第547話 「終結と今後①」

 戦いが終わって急にしめやかな空気になったものの、軍として求められている行動というものはある。敵総大将の最期を見届けるや否や、ほとんど間を置かずに、総司令閣下が口を開かれた。


「あなたが、当座の代表と考えてよろしいか?」

「はい」


 声を掛けられた先の、両腕がない魔人は、棘のない普通の口調で応じた。こちらに敵意を抱いている感じはなく、その点は安心できる。

 しかし、彼が投降した軍の上に立つことをいぶかる声もあった。


「失礼ながら……いかに体の再生が可能とはいえ、すぐに治せるものでもありますまい。そのような状態で、配下を留めおけるものでしょうか?」


 実際、それは憂慮すべき問題ではあった。配下に同胞を討たせるほどだから、あの総大将のカリスマ性というのは確かにあったのだろう。しかし、彼はもういない。

 それに、生き残ったのは彼の配下ばかりではない。裏切られた側の魔人も相当数いる。そういった状況下で、新たなリーダーがどれだけ統制を保てるか……。

 後事を託された彼自身、事の重大さは把握しているようだ。渋面で黙考した後、彼はこちらに頭を下げてきた。


「近しい配下の忠誠が揺らぐことはありませんが、それ以外の者については……確約いたしかねます」

「こちらから監視と包囲を絶やさないようにし、威圧するしかないでしょうな」


 総司令閣下はそう仰った後、「ところで、あなたの名は?」と尋ねられた。


「私の名ですか?」

「名を与えられるだけの身分ではあったのでしょう? 私としては、呼び名がないとやりづらいもので」


 すると、彼はやや逡巡しゅんじゅんする様子を見せたと、静かに「アディントンです」と答えた。


「では、アディントン殿。これより我々は今後の対応を検討しますので、そちらは投降兵を良くまとめられますように」

「はい」


 戦闘後のやりとりはそこでひとまず終了した。監視要員として、リーヴェルムの偵察部隊をこちらに残すことに。彼らは偵察と連絡に徹していたから、消耗はほとんどない。戦闘終結後も任務を続行する形になったけど、彼らなら大丈夫だろうという判断があるわけだ。


 こうして思いがけず戦闘が終了し、終結後の処理をする段階へと移行した。もっとも、そういう実感はまったく湧かない。

 ただ、浮足立つ感覚がある中でも一つ言えるのは、きっと俺たちが思う以上に早い対応を求められているってことだ。取り急ぎ、軍議を開かなければならない。


 そこで俺たち近衛部隊は、この場までやって来られた将官の方々を、連合軍中枢へとホウキでお戻しする大役を賜った。俺やラウルにしてみれば、まぁ何回かやった――やらせていただいた――お役目だから、慣れというか耐性はある。

 しかし、他のみんなはかなり緊張しているようだった。まぁ、四の五の言ってられる状況でもなく、にわかに空気が引き締まる。

 まずは、人員の割り振りから……と思っていたら、総司令閣下は皆様を代表して、俺たちに感謝のお言葉をくださった。


「あなた方の才腕と献身により、多くの兵が助けられました。士気の面でも、あなた方の存在は極めて多大なものであったと考えています。正式な論功行賞は後に行いますが、まずはお礼だけでも」


 そう仰ると、総司令閣下と周りの皆様方が、ほぼ同時に頭を下げてこられた。身に余る栄誉という感じで、普段はおちゃらけた感じのある隊員も固まっている。

 そんな中、隊長のラウルは……涙ぐんでいた。お褒めの言葉に何か返すでもなく、ただ目元を袖で拭う彼に、皆様方は慈悲や感謝の入り混じる複雑な目を向けられている。


 ただ、彼が立ち直るのは早かった。いつもどおり持ち前の快活さで、テキパキと人員の割り振りを行っていく。職責上の理由からか、まずは総司令閣下のドライバーとして、彼自身が名乗りを上げた。ホント、立派になったもんだと思う。

 次いで、俺たちの王太子殿下を誰に乗せるか。なんとなく場の流れ的に、俺なんじゃないかという感じはある。隊員のみんなもこちらへ、それとなく視線を向けている。

 しかしそこで、待ったが入った。声を上けられたのは、スフェンディア王国のトリスト殿下。天文院につながる外連環エクスブレスをお持ちだと判明した方だ。殿下は、ラウルに向かって問いかけられた。


「あなたの部隊で、一番腕の立つ隊員は?」

「それは……おそらく、そちらの彼、リッツ・アンダーソンかと」


 まぁ……否定はしない。ここにはハリーもウィンもサニーもいないから、禁呪抜きでも、この部隊としては最高戦力だろう。期待されるだけの働きをしたという自負もある。それでも、そうそうたる顔ぶれからの関心の眼差しに、かなり緊張はする。

 一方、問いを発せられた殿下は、さらりとした様子で仰った。


「向こうとの話はまとまりましたが、アディントン氏は信用するとしても、不測の事態は起こりえるでしょう。私とアンダーソン殿で殿しんがりを勤めようかと」

「なるほど……では、お願いいたします」


 総司令閣下は、殿下の申し出を承認された。他の方々も、殿下に対しては信頼を寄せるような態度でいらっしゃる。俺たちのアルトリード殿下もだ。

 おそらく、こちらのトリスト殿下は相当の猛者なのだろう。俺としては、初対面の王族を後ろに乗せるわけで、心理的には大変だけど心強くもある。

 その後の割り当ては特に問題なく進んだ。ぶっちゃけ、格として気にすべきは、総司令閣下ぐらいのものだ。後の方々はいずれも天上人みたいなもので、隊員を順繰りにガンガン割り当てていった。

 こうして準備が整い、二人乗りのホウキが空へと飛び立っていく。最後の俺が地面をけって空に飛びあがり、集団の最後尾へ。

 すると、みんなと同じ高度に達したところで、トリスト殿下が小声で声をかけてこられた。


「何事もないかのように、前を向きながら話してほしい」

「はい」


 ああ……念のために後ろを守るってのは口実か。まぁ、声を掛けられる心当たりはないでもない。戦闘中ほどではないものの、緊張に手に汗握る感覚がある。

 しかし、そんな俺に掛けられた声は、思っていたよりもずっと親しげな響きがあった。


「アルトから聞いたけど、アンダーソンよりもリッツと呼ばれる方が好ましいらしいね。私もそちらの呼び方で構わないかな?」

「はい」

「では本題だ。君も、天文院から外連環を受け取っているね? あちらの総帥から、私はそのように聞いたけど」


 総帥閣下がそのように情報を伝えられたなら、隠す意味もないか。


「はい。しかし、私はトリスト殿下がお持ちであるとは、聞かされておりませんでした」

「現場寄りの人間に、余計な情報を漏らしたくなかったのだと思う。"協力者"同士の関わりよりも、現場に集中してほしいと。私は、先ほど君の前で天文院とのつながりを明かしたから、もはや隠すこともないかと思って伝えた」

「そういうことでしたか」

「他にも天文院とつながりがある者は、何人か紛れ込んでいるだろうけど……中枢寄りは私たちだけではないかな。後は、監視・観測に徹するように思う」


 つまり、状況を動かす側に近いのは、俺と殿下の二人ってことか。天文院のために戦っているというわけでもないけど。


「今の状況について、天文院としてはどう考えているでしょうか?」

「難しいね。君も知っての通り、あの総帥は我々と少し異なる倫理観や正義をお持ちだから」


 そのお言葉に、俺は苦笑いした。

 天文院の思想としては、この世がぶっ壊れないようにするってのが第一にある。たぶん、今の魔人よりも、禁呪が解き放たれた場合の人の世の方を、より危険視しているのではないかと思う。

 そんな天文院にとって、この状況がどういう意味を持つかは、正直わかりかねる部分がある。あの総帥閣下を悪だと思ったことはないけど、世間とも俺ともズレているところは、確かにある。

 ただ、かなり確信を持って言えることも。


「よほど判断を誤らない限り、各国の合意形成に口を挟まないものとは思います」

「それは確かに。あちらの方々は、政治や外交への干渉を嫌っているからね」


 捉え方は俺と同じような感じだ。身に負った秘密を多少でも共有できて、なんとなく肩の荷が軽くなる。

 ただ、天文院についての話はそこまでで、殿下は話題を変えてこられた。その口調は明るい。


「開戦前のことだけど、各国の王族同士で集まって自慢合戦をしてね。とりあえず、ここに来ている中から自慢できる人材を順に上げていった」

「さ、左様ですか」


 お互いの戦力を把握しようとか、そういうノリだったのだろうか? なんとなくだけど、そういうのは副産物であって、単に親睦のためにやってらしたのではないかという感じがする。

 で、その自慢大会で、俺たちの王太子殿下は……。


「最初に君の名が出たよ」

「そ、そうですか」

「嬉しくないのかな? しかし、驚きはしない辺りは、色々と考えさせるね」


 鋭い。驚きはしないことを突っ込まれ、それに驚いてしまった。反応に困る。常々、信頼されているのはわかるけど……他国の王族相手にまで口にされるほどとは。非公式な歓談ではあるものの、次代を担う方々の間で。嬉しさよりも恐縮する感じがずっと強かった。

 そこで俺は、話が少しはそれるかと思い、先を促してみた。


「私以外に上がった名は、何かありましたでしょうか?」

「まず、ルクシオラ嬢。家自体が有名だけど、彼女自身もさすがだね。他には、君たち近衛部隊の中核戦力の名が出たよ。実際、今日は良く働いてくれたものと思う」


 ああ、こっちの話は素直に嬉しい。仲間も一緒に認められるのはいいもんだ。何より、殿下の口から自慢されたのが嬉しい。

 そして、その場で名を上げられなかった仲間についても、きっと殿下のことだろうから、信頼の念は抱いておられることと思う。前を行く仲間たちの背中は、立派な方々の広い背に隠れて見えないけど、ともあれそんなことを思った。


 それから少し間を開け、殿下はそれまでよりは抑え気味の、真剣な口調で話しかけてこられた。


「この先の流れについて、断言はできない。ただ、私の考えでは、この機を活かしてさらに侵攻することになるのではないかと思う」

「殿下のご意向としても、そのように?」


 少し思い切った問いかけをすると、殿下は「難しいことを聞くね」と仰った。声の感じから、気を悪くなされた様子はない。


「懸念すべき事項が多いのは確か。兵や国の負担はあるし、敵に引き寄せられているという面もあるかもしれない。しかし、ここで攻めを選択できないのなら……未来に対して無気力、無責任ではないかと思い」


 その後、殿下は「君はどうかな」と尋ねてこられた。


 俺自身としては、個人的な理由に支えられた戦意がある。アイリスさんを苦しめるだけ苦しめたあいつらは、結局取り逃がす形になってしまった。それとは別で、聖女とやらを倒すという約束もしている。

 連中に対し、俺の力量が上回っているとは思わない。というか、真正面からやり合うには全然足りないだろう。

 しかし、俺が普通に修練を重ねたとしても、素の実力で手が届くようになると期待するのは……うぬぼれていると思う。何か、異刻ゼノクロックみたいな新しい禁呪でもあれば、話は別だけど、そううまい話もないだろう。

 足りない実力は、知恵と小細工で埋めるしかない。そして、そういう戦いであれば、俺にも勝ちの目はあるのではないかと思う。連合軍という形で各国が手を取り合うようになった今なら、なおさらだ。実戦力を周囲が担保してくれている中、俺は別口のやり方で戦える。

 だから、今はチャンスだ。


「私も……次で決着をつけられたらと思います」


 俺の返答に対し、殿下はただ「頼もしいね」と仰った。俺たちの殿下も、きっと似たような言葉を返されるだろう――そんなことを思った。

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