第510話 「国際協調⑤」

 宿を出た俺たちは、王都の東へ足を向けた。目的は闘技場だ。将玉コマンドオーブの説明とか実践のため、今日は貸し切りになっている。

 闘技場を用いる理由は簡単で、最初の内からスペンサー卿にあまりご足労願うのも……ということだ。王都の案内も重要だから、王都からそう遠くない場所で活動したい。そう考えると、衆目を避けやすい闘技場はベストだ。

 とはいえ、いつまでも貸し切れるわけではない。国の権力や工廠と魔法庁の協力があれば、貸し切り自体は可能だろうけど……何やってんだろう? という、周囲の疑問や好奇心は止められない。見慣れぬ人間が、ずっと貸し切りの闘技場に足繁く通ってるとなると、色々と面倒だろう。

 そのため、いずれ卿には遠出していただく必要が生じるかもしれない。あるいは工廠内部の実験室で済ませるかだけど……そのへんは応相談ってところか。


 そういう今後のことよりも心配だったのは、闘技場へ向かう道で知り合いに絡まれないかってことだ。闘技場へ向かう東の大通りは、王都でも有数の繁華街になっていて、今日も朝から人通りが結構ある。

 この雑踏に、卿はいくらか怯んでおられるようだった。雪よけのアーケードがあると言っても、共和国の冬は寒い。この時期にこれだけの人間が外をうろついているのは、卿にしてみれば新鮮で驚くべき事態なのだろう。

 幸い、知り合いに遭遇することなく、俺たちは東門に着いた。さすがに卿が来訪される旨は周知されているようだ――それと、お忍びだってことも。傍目に見て不審に思われないよう、普通に丁寧な態度で対応していただき、何事もなく門を通過することができた。


 そうして俺たちは闘技場に到着した。貸し切りという事もあって、メインの入り口のところには、魔法庁でも施設管理に携わる職員さんが数名いらっしゃる。彼らは俺に気づくとにこやかに笑みを向けてくれた。そのうちの一人が口を開く。


「お疲れさまです。工廠からはすでにリーメイアさんの一行がいらっしゃっています」

「早いですね……気合入ってる感じでした?」

「それはもう。魔法庁からも立ち会いで数名、現場に入っています」


 関係者からはすでに注目を集めるプロジェクトになっているようで、自然と気が引き締まる――まぁ、俺はただの案内係なんだけど。

 一方、主役であらせられる卿はというと、俺よりもずっと緊張なされているようだ。無理もないことかもしれないけど、闘技場へ入っていく動作も、かなりの硬さが見受けられる。


 闘技場の中央部へ足を踏み入れると、関係者が談笑しているところだった。関わる人間の多さに戸惑い気味であらせられた卿も、和やかな場の雰囲気には好感を抱かれたようだ。表情に安堵のようなものが感じられる。

 一同揃ったところで、まずは挨拶からだ。俺の口から卿のことをご紹介し、続いて工廠から雑事部と軍装部の面々の紹介に移る。ホウキの方でも忙しい雑事部からは、ウォーレンとリムさん、それにヴァネッサさんの三人だけが来ているけど、必要十分ってところだろう。

 軍装部の方が人数は多い。しかし、彼らは立ち合いと見学兼補助みたいな立ち位置のようだ。魔法庁からやってきた職員も、軍装部と似たようなもので、平たく言えばギャラリーみたいなものだ。

 こうして改めて耳目を集める試みということを再認識すると、緩んだ気持ちが引き締まる。卿にとってはなおさらだろう。この集まりの主幹であるリムさんも、かなり硬い表情をしている。

 一通りの紹介が済んだ後、代表として卿とリムさんが握手することになった。お二方ともにガチガチな感じでいらっしゃる。そういえば……この国の生まれではないお二方が、こうして今回の集まりの代表になっているわけだ。これは国際協調路線あってのことだろう。


 握手の後は、さっそく本題だ。工廠から卿と俺に、書類が手渡される。そして、淡い黄色の光を放つ実物を片手に、リムさんが将玉コマンドオーブの仕様について語りだした。


「こちらの将玉は、内部にため込んだマナを用いて周囲の物質に働きかけ、ゴーレムを複数展開するという魔道具です。本来であれば、魔道具に設定された、決まりきった動きしかできないところでしたが……」


 そう言ってリムさんは、白くつややかな光沢がある腕輪を取り出した。ウォーレンが試作版を作った、外連環エクスブレス普及版の派生型だ。


「こちらの腕輪と将玉を一対一で連動させることにより、多少のコントロールが可能になっています。また、将玉へのマナの供給も、こちらの腕輪を通して行います」

「ということは、習熟次第ではゴーレムを遠隔で操り続けられると?」

「はい」

「なるほど、それはスゴい!」


 心底感心したように、卿は声を上げられた。飾りっ気のない賛辞に、リムさんはわずかに顔を伏せてはにかみ、ウォーレンは誇らしげに微笑んだ。ヴァネッサさんを始めとする他のメンバーは、開発の中核である二人を温かな目で見ている。

 実際、はるか昔の発掘品を解析し、模倣できたリムさんはとんでもないし……別件での試作品をオプションとして組み込んだウォーレンもさすがだ。

 それに、卿の視点では文化の違いも、新鮮な印象につながっているのだろう。卿は少し興奮を隠し切れない様子で仰った。


「僕の国の工廠は、作り込みがすごいとは聞くけど、こういう新しい動きっていうのは、あまりなくって」

「……実を申しますと、こちらの魔道具には共和国からご教示いただきました手法を用いております」


 ウォーレンの言葉に、卿はまたも驚かれ、そして嬉しそうに「そうだったんだ」とこぼされた。

 たぶん、回路の効率化とか、そういう手法を導入したのだろう。仕事が早い。リムさんは「まだまだ途上の改良ですが」と謙遜して見せたけど、今以上に良くなると考えれば、むしろ期待を煽るような言葉だ。


 説明が終わり、いよいよ実践に入る。リムさんは制御用の腕輪を装着し、将玉を砂の地面に置いた。しかし、前に見たバージョンと違うのは、一度地面に置いた球が宙に浮かんだことだ。どうやら、そういう制御ができるようになったらしい。

 前のバージョンとの相違に気づいたのは俺ばかりでなく、ギャラリーから小さなどよめきが漏れる。すると、リムさんが少し照れながら言った。


「効率よくマナを使えるようになったことと、腕輪からの伝送効率が向上したことで、このように球本体への制御が可能になりました」

視導術キネサイトを中に仕込んでいるみたいな感じですよね?」


 俺の問いに、彼女はうなずいた。こうして自由に動かせるのなら、使用後の回収が楽だ。奪われたり紛失したり、そういうリスクを低減できる。それに、ゴーレムの基材を確保するにも便利だろう。地味に見えて、かなりの改善だと思う。

 軽く宙を漂わせ、将玉を動かしてみるデモンストレーションの後、ついにゴーレムの生成に入った。地面スレスレにまで球が降下すると、黄色いマナの光が周囲にじんわり漏れ出て、地面を染め上げていく。

 そうしてマナが浸透した砂が、今度は徐々に寄り集まっていき、すごく滑らかな動きで砂地の一部が盛り上がっていく。ふもとから寄り集まって盛り上がっていく砂山は、あれよあれよという間に高さを増し、ついには細長く立ち上がった。

 すると、立ち上がった棒状の構造が、今度は人型に近づいていく。そして、最初に砂が動き始めてから10秒ぐらいだろうか。俺たちの目の前に砂の人形が姿を現した。

 流れるような一連の反応が終わると、拍手喝采が鳴り響いた。中心にいるリムさんは、やはり照れている。


 その後さっそく、卿に実際にやっていただくことに。やや戸惑い気味でありながら、どこか期待感と興奮している様子もある卿に、魔道具が手渡される。


「先ほどリッツさんが指摘した通り、宝珠を動かすのは視導術の要領で問題ありません。また、腕輪を通じてマナを押し込む感覚で、砂のゴーレムを生成できます」

「わかった、やってみよう」


 まずは球を動かすところから。これは特に問題なかった。肝心なのは、砂人間を作るところだ。リムさんがやって見せたのと同様に、まずは地面近くへ球を下ろし、マナを浸透させる。

 卿は自信なさそうでいらっしゃるけど、さすがに生まれ育ちのなせる業か、腕輪越しに伝わったマナは色鮮やかな黄色に染まって地を染めていく。

 そして、砂が動き始めた。地面のある一点へ砂が集まり、小さな砂山の標高が徐々に上がっていく。それから、細長い棒状になって砂の塊が立ち上がり、人型のディデールを得て砂のゴーレムに。

 何の問題もなく完成したことで、今度も拍手と興奮の声がこだました。すると、リムさんが笑顔で口を開いた。


「ゴーレムを作るだけであれば、特に細かく意識せずとも機能するようにしてありますが、いかがでしょうか?」

「うん、マナを流し込んだだけで、こうも簡単に作れちゃうんだね。本当に驚きっぱなしだよ」

「では……少し動かしてみませんか?」


 リムさんの提案に、卿は少し戸惑われたけど、一方でやる気がわいてきているようにも見える。「わ、わかった」と仰る卿に、リムさんが声をかけていく。


「ご自分が歩く動作を、まずはイメージしていただけますでしょうか。そのイメージと、腕輪でつながっている感覚に集中していただければ……」


 その言葉に、卿は目を閉じられた。きっと集中なさっているのだろう。

 すると、かなりぎこちなくはあるものの、砂人間が一歩だけ前に足を踏み出した。それから数秒遅れ、次の一歩。確かに動いているこの事実に、場は大きく沸き立った。ただ一人、目を閉じっぱなしの卿だけが、状況を視認できずにいらっしゃるわけだけど……。

 卿が目を開け、改めて動かそうとなさると、砂人間はそれにきちんと応えた。緩慢ではあるものの、一歩一歩、確かめるように着実に進んで行く。


「す、すごいな……本当に、動かせちゃうんだ」


 そうつぶやかれた卿は、感心というよりも感動していらっしゃるように見える。それから少しして、何か思いついたような表情になられた卿は、リムさんに視線を向けて尋ねられた。


「リーメイアさんは、これをもっと自由に操れる?」

「…………はい」


 貴族相手に「私の方が上です」と認めるのは、リムさんの性格だと難しいんだろう。気持ちはわかる。それでも彼女は、消え入りそうな声だけど、その事実を認めた。

 すると、卿は喜びと興奮が入り混じる表情で仰った。


「もしよければ、『ここまでできます』みたいなデモンストレーションをしてもらえないかな?」

「わ、私がですか?」

「それはもちろん」


 リムさんと現バージョンの組み合わせがどこまでできるか、みんなも興味津々だ。一方、ウォーレンとヴァネッサさんの二人――つまり、彼女の同僚は、微妙な笑みを浮かべている。そこで口を開いたのはウォーレンだ。


「今回の将玉は、ゴーレム操作の精度よりも、生成効率を優先したモデルでして……」

「つまり、彼女でもそこまで自由に動かせるわけじゃない?」

「ご期待に応えるほどの動きになるかどうか……というところです」


 それでも、卿と他のギャラリーの気持ちは変わらない。

 そこで、現バージョンの真価を発揮してもらうことになった。再びリムさんの手に渡った魔道具が、まずは流れるように一体の砂人間を生成。でき上がったところで、彼女は砂人間を動かし始めた。細かい動き、機敏な動きは難しいとのことで、できるのは基本的な歩行ぐらいとのことだ。

 しかし、滑らかに動く砂人間の歩行に、俺たちは目を奪われた。こうして動いていても、表面から砂が零れ落ちる様子もない。スタスタと砂人間が周囲を歩き回り、やがて元の位置に戻った。


「次は……数を増やしてみます」


 そう宣言するや否や、一体目の後ろに砂の山がこんもりでき上がり、例の流れでもう一体できあがった。将玉が二体から離れるように動いていき、少し空けたところで三体目、次いで四体目……そうやってどんとん仲間を増やしていき、ついには10体の砂人間ができ上がった。

 細かい動きはできないって話だけど、彼らを壁として立たせるのなら十分だろう。効率性が上がった点、将玉本体のコントロールが可能になった点も合わせれば、かなりイイ感じに仕上がっているように思える。

 卿も、この魔道具の力には大いに感動なされ、そして同時に価値をお認めになられた。


「これ、うまく使えれば、銃士隊にとってはすごくありがたいね! 来てよかったよ、本当!」


 屈託のない笑みを浮かべられる卿の、その惜しみない称賛に、リムさんの顔が晴れがましい感じになっていく。


――卿がどれだけ将玉を使いこなせるようになられるかはわからない。しかし……両国が認めたこの人選は、決して的外れではないように思う。俺はもちろんのこと、他のみんなも、この試みを卿と一緒に取り組めることを、幸いに感じているようだ。

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