第511話 「嵐の前」

将玉コマンドオーブについて、スペンサー卿はとても精力的に取り組まれた。初日以降、かなりの頻度で、将玉を使いこなすための訓練に打ち込まれていた。

 そういった卿のお姿に、各関係者も感銘を受けたみたいだ。ギャラリーからは多くの意見が飛び交い、それを受けて工廠メンバーが改善策を練り上げていった。


 訓練場所については、早い段階で王都近隣の湖へと変わった。闘技場を貸し切りっていうのは、やはり問題がある。

 それに、卿が遠出を苦にされなかったというのもあるし、ゴーレムの基材についても問題があった。闘技場には砂が潤沢にあり、それを用いて訓練に取り組めていたわけだけど、共和国側で同様に使用できるわけじゃない。あちらの土地は砂が少なく、表土はもっとどっしりとしているようだ。

 リムさんによれば、土でゴーレムを作ることもできなくはないらしい。ただ、その場その場でゴーレムとするための材質としては、強度と流動性が中途半端で、砂に比べると扱いづらい。

 そこで、実際に共和国側で使うことを想定し、基材に水を用いることになった。あちらでは、雪を解かせばいくらでも水を調達できる。凍結するんじゃないかという懸念はもちろんあったものの、ゴーレムの基材として動かしていれば、凍ることはないだろうとのことだ。

 また、卿のマナの色はもちろん紫で、寒色側だ。黄色いマナを使う砂より、青いマナを用いる水タイプの方が、卿のマナには合っている。そういった事情もあっての、場所変更だ。


 実際、水を用いるタイプの将玉は、卿にとって扱いやすいらしい。砂よりも楽にゴーレムを生成でき、作った後も、より強いつながりを感じ取れるとのことだった。

 また、訓練を重ねられるうちに、一度に操れる数が徐々に増え、ゴーレムの動きも滑らかなものになっていった。どこまでを目指されるかで話は変わるけど、現状でも運用次第では十分戦力になるのではないかと思う。見学にいらっしゃった軍部の方、そして共和国銃士隊の方々も、同様の考えだ。


 そうして、訓練に熱心に取り組まれた上、もともと生まれ持ったマナの強みもお持ちの卿だけど……やはり、リムさんにはかなわない。橙色のマナを持つリムさんにしてみれば、水タイプの将玉は相性が悪い。それでも、彼女は卿より扱いに慣れていて、動かせる数もその動きも上を行っていた。

 ただ、ご自身よりも優れたところを見せつけられても、それを不愉快に思われるような卿ではなかった。むしろ、教えを乞うべき相手がいることを、喜ばしく思われたようだ。年上の貴族のお方を指して″素直″と評するのは失礼にあたる気がするけど、リムさんに対する卿の姿勢は、まさにそれだった。

 控えめで照れ屋なリムさんとしては、最初の内はやっぱり戸惑いが強かったみたいだった。ただ、嬉しさや誇らしさも同時にあったのだと思う。日に日に、気後れや尻込み感が薄くなっていった。


 メインで動かれるのは卿だけど、休憩時間にギャラリーで将玉を使うことはできた。俺だけでなくみんなも、見てばかりではなく、自分で触ってみたかったのだろう。順番待ちができるぐらいに、みんなで将玉に群がった。飴玉に群がるアリになった気分だ。

 たまに両国の軍の方が混ざることはあったものの、基本は工廠と魔法庁職員がこの訓練のメンバーで――早い話が魔法関係のエリートだ。普通の魔道具に比べると、圧倒的に使い手を選ぶであろう将玉も、みんなそれなりに機能させることができた。

 そして、俺も。マナの色で言えばぶっちゃけ最下層民だけど、それでも、この集まりの平均以上に将玉を操ることができた。自分のマナを操ったり、自分の限界に挑戦したり……そういう機会はこの中でも飛びぬけて多いとは思う。そんな積み重ねが、見える形で発揮されたわけだ。


 訓練ばかりでなく、観光も一応の滞在目的となっている。というか、卿は大変楽しみにされていたようだ。

 そこで嬉しい誤算だったのは、今回の試みに関わるみんなが、オフの日の観光に付き合ってくれたことだ。そうは言っても、あまり大勢だと変に思われるから、抽選みたいな形をとったけど……選んで絞らなければならないくらい、同行を申し出る声は多かった。

 アイリスさんで慣れている部分はあるにしても、お相手は他国の貴族だ。遠慮を覚えるのが普通だろうけど、卿の親しみやすさがそれを上回ったのだと思う。

 ただ、観光に関しては、みんなに任せっぱなしってわけにもいかず、俺は卿に同行した。


 一方、訓練の方に関しては、俺が参加しなくても問題なくなった。卿からの「あまりつきっきりにするのも……」というご配慮もあり、俺のお役目は休日のご案内に限定された形だ。

 そうして卿に付いて動くことは減り、俺は浮いた時間を後輩との仕事やレティシアさんとの魔法関連に費やした。

 目下の懸念としては、次の黒い月の夜がある。しかし、相手がどう出るかわからない中、明確な対策の取りようがない。単に自己研鑽に努めようかとも思ったけど……それよりは落ち着いていられるうちに、人付き合いを大切にしようと思った。たぶん、そうした方がいざというときに戦意の源になってくれる。

 それに、そういう人付き合いにおいても、なんやかんやで、魔法を使うなどして訓練になっている。だから、腕がなまるなんてことはあり得なかった。


――そして、その日がやってきた。



 3月14日夕方。窓からのぞく空は、色鮮やかな赤紫に染まっている。そして、宙を穿うがった穴のような、黒い月の姿も。


 今、この公会堂に集まっているのは、簡潔に言えば二つの集団だ。

 まず、近衛部隊とその関係者。内戦時に名目上結成された集まりだけど、結局ことあるごとに召集される。上からすれば、その方が便利なんだろう。俺としても、気心知れた隊員とともに動けるのは心強い。

 そして、共和国から来られた方々も、ほとんどがこちらにいらっしゃる。例外は関係諸機関との調整にやってきた、エメリアさんを始めとする事務系の方々。彼女らは各所との連絡・連携のために動いている。こちらにいらっしゃるのは、戦闘要員の方々というわけだ。その中にはスペンサー卿もおられる。


 今日こうして集合しているのは、緊急時に備えるためだ。王都と一帯の防備については、衛兵隊を中心として冒険者ギルドと魔法庁が補助する形になっている。仮に突発的な返事が起きれば、ホウキで急行するわけだけど……この一帯は大丈夫なのではないかというのが、事前の見通しだ。

 この集まりは、他国への支援を見越したものでもある。というのも、共和国への出張の件が他国にも知れたことが発端になり、何か事が起きればそちらへ機動部隊を派遣しようと、共和国以外の諸国にも話がついている。そうして、国際協調の流れを鮮明にしようというわけだ。

 もっとも、派遣の合否の最終決定は、兵力を拠出する側に委ねられている。俺たちの場合は、陛下と重臣の方々が、共和国のみなさんについては議会が決を下されるわけだ。だから、とんでもない死地に回されはしないだろう。


 しかし、部屋の中は落ち着かない様子だ。特に、共和国からいらっしゃっているみなさんは。遠く離れた自国を思えば、気を揉むのも無理はないだろう。

 一方、俺たち近衛部隊は……落ち着いているのと、そうでないのとで半々ってところだ。このメンバーで何度も窮地を切り抜けて来たことを思えば、この落ち着きようも納得できる。

 俺はというと、連中の出方が気になるところではあるけど、胸騒ぎというほどのものはない。どちらかというと、この国よりは、共和国の方が心配だ。

 そうして静かにざわつく中にあって、スペンサー卿は――こういうと失礼だけど――思っていたよりも落ち着いていらっしゃった。そのご様子に影響されたのか、共和国のみなさんも少しずつではあるけど、冷静さを取り戻していった。


 ただ、静かに待っていただけでは、やっぱり不安は募るだろう。何か気を紛らわすために、話題でも提供しようか――などと思っていると、悪友連中から声が飛んできた。


「へい、隊長! なんか面白い話!」

「考えてたんだけどな、お前らのせいで頭から抜けちまったよ」

「おいおいおい~」


 こんな晩にもおどけた感じの連中は、場をほぐそうという意識はあるのだろうけど、無理している痛々しさはない。あくまで自然体でやっていて……まぁ、適材適所とでもいうか。連中のノリのおかげで、共和国の方々も少し気が楽になっているようだ。

 しかし、何を話したもんか……今この場でそんなことを考えている自分に、妙なシュールさを感じながらも、俺は頭をひねった。

 すると、スペンサー卿がやや遠慮がちな感じで、俺に声をかけてこられた。


「リッツ、ちょっといいかな?」

「はい、どうかなされましたか?」

「いや、もしよければ、みんなに聞いてもらいたい話があるんだ」


 そう仰る卿のお顔は、優しげではあるものの、目に意志の光も感じられる。激励してくださるのだろうか? ともあれ、この場をお任せしても問題ないと感じた俺は、「お願いします」と先を委ねた。

 場の視線が集中し、スッと静かになると、卿は少し緊張されたみたいだ。そこで軽く咳払いなされた後、卿は静かに口を開かれた。


「僕が、将玉の使用者として送られた理由なんだけど……とりあえず、貴族から選出しようってのは、議会が早々と決定したんだ。貴族の方が、より強いマナを魔道具に与えられるからね。ただ、そこからの話が中々進まなくて……」


 そこで卿は苦笑いなさって、一度言葉を切られた。話を続けられるまでの間が、逡巡しゅんじゅんのようなものに感じられる。


「……実を言うと、戦える貴族はすでに軍属になっていて、銃士隊に随行しては彼らを守っているんだ。そして、『一緒に戦ってくださっている』っていう感覚が、兵の士気に影響しているのは間違いない。だから、身を張っている前線の貴族に、そういう魔道具を持たせるっていうのは……実際、どうなんだろうね? って話になって……そこで、僕が推薦されたんだ」

「実際、適任だと感じています」


 素直にそう言うと、悪友たちも「同感です」と真面目な口調で同調した。調子のいい連中だけど、イイ奴らだ。卿は嬉しそうな笑みを浮かべられ、俺たちに「ありがとう」と仰った。


「僕を推薦したのは、同じ貴族の友人でね。『すでに戦える者が魔道具で従僕を作るとなると、ある意味逃げのように取られかねない。しかし、後ろで見守っていた者がそのようにするのなら、話は別だろう』っていうのが、彼の考えなんだ。僕自身、戦闘経験はほとんどないけど、軍属の方々には思う所があるし……少しでも、力になれればって」


 そのご友人というのは、おそらく卿とともに食事をご一緒したことがある、アシュフォード侯爵閣下だろう。その発言については、なるほどと思わされる。それまで戦闘に関わらなかった方が、兵を守るためだけに前線へと赴かれたのなら……たとえ身の守りを固めることしかできないとしても、兵の士気はむしろ高まるかもしれない。

 ただ、問題は確かにあって、強いマナを持ちながら戦場に出てこられない方には、それだけの理由があるだろうということだ。戦闘に不向きな気質の方もおられれば、政務において重要なポジションを占めているという方もおられるだろうし――単に、労役を避けている方も、もしかしたらおられるかもしれない。

 そして……卿はこれまで戦場から遠い存在でありながら、ご友人のお言葉にお応えなさったというわけだ。


 卿のお言葉には、やはりというべきか、共和国の方々が心を打たれたようだ。感涙にむせぶほどではないけど、卿に向けられた視線には敬愛が感じられる。そういう気持ちを一身に受ける形となり、卿はかなり照れくさそうにされた。


「……こういうことを話すのは、やっぱり恥ずかしいね」

「しかし、エメリアさんたちが戻ってきたら、もう一度話していただきたいものです」

「おっ、それはそうですね!」


 俺の言葉に、またも悪友連中が乗っかってきた。それに対し、卿は困ったような笑みを浮かべるばかりだ。


 こうして場が和んだのも束の間、ドアがノックされた。一瞬でみんなの表情が引き締まり、室内が静まり返る。

 代表として俺がドアへ向かうと、やってきたのはラックスだった。廊下の方からは慌ただしく行き交う足音が聞こえる。怒声飛び交うような状況ではないけど、何かあったようではある。

 そして、全員の注目を浴びていることをすぐに察したラックスは、さほど間を置かずに言った。


「緊急性が低い事象が発生しました。とはいえ、判断に困る事態のため、国の上の方で協議がなされます。みなさんは引き続き、こちらで待機を」


 要領を得ない発言ではあるけど、「詳細を」と言っても明かされないだろう。言えるものならとっくに言っている。

 ただ、俺だけにはもう少し細かい話をしてくれるようだ。廊下まで俺を出すと、彼女は少し小さな声で言った。


「信じられないかもしれないけど、とりあえず聞いて」

「うん」

「各国の前線に、敵方から矢文が届いてね」

「矢文? 内容は?」


「詳細はまだ言えないけど……『今夜は攻めない。日を改めて、種族としての総力戦を行おう』ってさ」

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