第508話 「国際協調③」

 1月25日朝、朝食をとり終えたぐらいのタイミングで宿の戸が叩かれた。いつもの流れで視線がそれとなく俺に集まり、リリノーラさんが応対へ向かう。

 やはりというべきか、外にいたのは俺の客で、ギルドの事務員さんだった。呼ばれる前に立ち上がり、俺は入口の方へ向かった。


「リッツさん、今からよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」


 予定があると言えばあるけど、ホウキの訓練の方については、俺は割と自由参加みたいな感じになっている。他にも色々あるからってことで、フラウゼ側のみんなが気を利かせてくれたからだ。そういうわけで、時間をあけようと思えば、かなり融通は利く。

 俺がすんなり応諾したことで、事務員さんはホッと安堵のため息をついた。それを見て逆に、なんとなく良からぬ気配を感じ取ってしまう。一体何の用なんだろうか……まぁ、行けばわかるか。


 そうして案内されるままにギルドに着き、俺は奥の応接室へ通された。部屋にいたのはウェイン先輩だ。見たところ先輩はにこやかで、重たい話題を切り出そうって感じはない。

 先輩と対面するようにソファに腰掛けると、先輩がさっそく話しかけてきた。


「いきなりで悪いな。少し相談事が」

「何でしょうか」

「それが……まず、状況説明からな。来月頭に、リーヴェルム共和国から、ハーマン侯爵家ご長男のスペンサー卿が、王都へお越しになられる予定だ。どうも、お前は卿と面識あるって話だけど」

「はい。共和国滞在中に一度、お相伴に預かりました」


 すると先輩は口笛を吹いた。アイリスさんを始めとして、俺たちに良くして下さる貴族の方々のおかげで感覚が麻痺しているのだろうけど、本来は平民が貴族と一緒に食事するだけでも、大変な栄誉なのだろう。それも、相手が他国の貴族ならなおさらだ。


「それで、こちらにいっしゃる理由は……なんだっけな?」


 そう言って先輩はとぼけてみせた。さすがにこれは芝居だろう。本当に忘れたのでは失礼が過ぎるし……俺を試してるんじゃなかろうか。

 それで、卿がこちらに来られるって理由だけど……おそらく、技術交換絡みだろう。ただ、様子見とか監査とか、そういう感じではないと思う。そういうのは外交経由で報告がいっているはずだ。となると……。


「先輩も将玉コマンドオーブのことは知ってると思いますけど、アレを共和国軍に導入できれば……って話を耳にしたことがあります。その件ですか?」

「ああ、そうだった、そうそう」


 先輩はわざとらしくうなずいた。俺も俺で、例の件について提唱者に近い立場でありながら、だいぶ持って回った表現ではぐらかした部分はあるけど……。

 ともあれ、その件で卿が来られるってことは、あの将玉を卿が使われるってことだろう。しかし……卿のことはあまり知らないけど、バリバリの戦闘要員って感じはしない。前にお会いした印象では、物腰低くて穏やかな雰囲気をまとわれていらっしゃった。どちらかというと政務に向いてらっしゃるような……。

 ただ、先輩がこうして俺を呼んで話を持ちかけたってことは、卿がこちらへ来られるのはほぼ確定なのだろう。両国から信任を受けられてのことだろうし、もちろんこの件には殿下も関与されているわけで、殿下も人選には関わっているのではないかと思う。だとすれば、俺がどうこう口を挟むことでもないか。

 となると、気になるのは一つだ。


「俺が呼ばれた理由は?」

「案内係を頼めれば、と」


 非常にざっくりした表現で言い切った先輩は、茶で一服してから言葉を補足していった。


「つきっきりでという話じゃないんだ。本題である魔道具関係で動かれる間は、工廠の職員が行動を共にするしな。ただ、すでに面識があって関係各所に顔が利くお前が付いてくれるなら、卿にとっても関係者にとっても大いに助かるだろうってわけだ」

「なるほど」


 この件を殿下に話したのは俺だし、言うだけ言って放置ってわけにもいかないだろう。将玉自体についても興味があるところだし、俺は依頼を承諾――する前に、もう少し詳しく話を聞くことにした。


「つきっきりじゃないって話でしたけど、もう少し詳しく話してもらえませんか?」


 先輩に尋ねると、彼はソファに立て掛けたカバンから書類を取り出した。いま思い出したかのようなその動きに、引きつった笑みが浮かんでくる。ちょっと危なかったな……断ろうって考えてたわけじゃないけど。

 それから先輩は、「悪い悪い」と悪びれる感じもなく笑ってから、依頼の詳細に入った。つっても、まだざっくりしたものだけど。


「とりあえず、ご滞在初日と翌日は、王都のガイドも兼ねてご一緒してほしい。別に護衛ってわけじゃないから、そこは気楽にな」

「気楽にって……まぁ、善処します」


 さすがにアイリスさんやレティシアさんを相手にする時みたいにはなれないだろう。かといって距離感アリアリで接するのも……結局はなんとなくの肌感覚で応対するしかないか。


「で、工廠と一緒に行動する際も、初日の数日間は同行してほしい。いつまでそのように動くかは、工廠も絡めて相談次第というところか」

「了解です」

「それと、最初の二日間ほどは、卿が投宿される宿に泊まってくれ。宿泊費は国庫持ちで、部屋は別になるからな。いや~、王都一の老舗だぜ~、羨ましいな~」

「宿は楽しみですけど……それってつまり、何かあったときのために隣室で待機みたいな?」

「そういうことだな。もっとも、トラブルは起きないだろうから、夜通し警戒しろって話じゃない。宿泊時に何かあれば、宿側の責任問題だしな。卿が外出を希望された際に、それにお付き合いしてくれってところだ」

「なるほど……わかりました」


 要人警護をだいぶゆるくした感じの……本当にガイドに寄せた立ち位置で動けってことだ。ここへ来てそんなに長いわけでもない俺がガイドをやるってのは、少しおこがましい気がしないでもないけど。

 ちなみに、その老舗の宿って奴は、アイリスさんが今も使っているところだった。先輩ももちろんそれは把握している。しかし……。


「実は、くだんのスペンサー卿に、ガイド役としてアイリス嬢を打診してみたって聞いたんだが」

「国の方から?」

「ああ。しかし、先方は……拒絶ってわけでもないが、尻込みされたみたいでな。『気まずい』とかなんとか、そういう話だ」

「ああ、なるほど……」


 アイリスさんを救助する一件で、卿は負傷されたって話だ。その件についてはアイリスさんも認識しているだろうし……卿ご自身も、助けられなかった負い目を感じておられるかもしれない。それを踏まえれば、気まずいってのはすごく納得できる感覚だ。


「で、代わりにガイド役として、お前の名が挙げられたとかで」

「最初からそう言えば早かったんじゃないですか?」

「それもそうだな。ハハハ」


 先輩は後頭部を軽くかきながら朗らかに笑った。まぁ、言い出すタイミングがなかっただけか。その後、先輩は手にした書類を俺に見えるように差し出し、下段の方を指差した。


「それが現時点でのガイド料な。状況次第では上乗せの可能性もある。一応、国からの支払いってことになってるが、いい金額だろ?」

「結構ありますね……なんか、コレ見ると緊張しますが」

「……じゃ、タダ働きにするか?」

「まさか」


 俺の返事に先輩は唇の端を軽く釣り上げた。


「ちなみに……報酬よりも宿代の方が、たぶん高いぞ」

「はい?」


 どんだけいい部屋に泊まることになるんだろう? 目と耳を疑う俺に、先輩は「いや~羨ましいな~」と笑うばかりだった。

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