第507話 「国際協調②」
「いいね、面白い」
とはいえ、喜ぶべきことではある。同席したラックスも、この件に関しては強い興味を示してくれた。
「相当の術士じゃないと制御できないって思い込んでいたけど……単に壁として立たせるだけなら、使えそうな術者は大きく増えるかもね。そこまでは、思い至らなかったな……」
「まぁ、リムさん専用みたいなイメージはあったかな」
「うん」
しかし、使い手にそこまで困らないかもしれないってのは、あくまでフラウゼにおいての話だ。共和国ではもう少し使い手探しが難しくなる。その辺の事情については、ラックスが詳しく教えてくれた。
「共和国軍の兵の中だと、魔導士ランクは最高でもDまでみたい。手書きの魔法に頼らない軍を構成している中、個人的な研鑽でCまでやらせると、"本業"に障るかもしれないってことでね」
「なるほど。一応Dまで受かれば
「うん。それと、冒険者でもCランクはまずいないって話だね。基本的に魔法の練習って野外でやるでしょ? ものによっては室内で練習できなくもないけど……Cには
「あ~」
さすがに
「さすがに、魔法庁の職員を前線に立たせるわけにはいかない……ですよね?」
「軍としても魔法庁としても、それは難しいだろうね」
俺の質問には、殿下が苦笑いして答えてくださった。あちらの法律やらなんやらがどうなってるかは知らないけど、魔法庁の職員は明らかに文民だろうし、戦場に立たせるわけにはいかないだろう。魔道具を使ってもらうために軍へ組み込むってのも、どうなんだろうって気はする。
ただ、今回の件について話した最初の段階で、殿下には何かアテがあるように見えた。「殿下には何かお考えが?」と尋ねると、殿下は「貴族にやらせればいい」と仰った。
「貴族は平民よりもずっと、マナの扱いに長けている。それは向こうでも変わらない。それに、通年で魔法の訓練をするための専用の部屋などが、向こうの貴族の邸宅にはあるそうでね。魔法を使うという点において、平均と貴族の差はこの国よりもずっと大きいんだ」
それだけ聞くと貴族の方にお任せするのがいい気がする。しかし、それはそれでまた政治的に考慮すべき事項が増えるわけで……間違いなく仕事が増えるだろうけど、それでも殿下はこのアイデアについて意欲的でいらっしゃる。
「意義のある試みだと思うよ。さっそく、関係者に掛け合ってみようと思う」
「ありがとうございます」
「……ちなみに、この件が通った場合、人員については向こうから来てもらう形にしようと私は考えているよ。そうでないと、彼女に悪いからね」
彼女ってのは、リムさんのことを意味しているのだろう。さすがに雪国へ彼女を送るのは……そういうのを覚悟していたとしても、酷に過ぎると思う。
提案が一段落した頃、俺はお茶を口に含んでイスに背を預けた。王城の中の、それも殿下の居室だというのに、驚くほどリラックスできている。何かとこちらへお邪魔する機会があるから、もう慣れてしまったんだろう。
それに、テーブルを囲む顔ぶれがいつも変わらないのも大きい。俺がここへ来ると、だいたいは殿下とラックス、そしてアーチェさんと同席する形になる。ラックスはともかくとして、後のお二方も、気のおけない仲とまでは言わないけど、席を共にして居心地の良いお方だ。
今回の話の間、アーチェさんはずっと静かにしていた。ちょっと仲間外れ気味になって申し訳なかったかもしれない。とはいえ、こういう軍事技術とかの話に、彼女を巻き込みたくないという思いはある。それは殿下も同様だろう。
そういや……殿下からは意中の相手がアーチェさんだと教えていただいたけど、年末の
殿下とアーチェさんの顔を見ながら、ぼんやりとそんな考え事をしていると、不意に殿下に声をかけられた。
「リッツ」
「はい、何でしょうか?」
「今回の技術交換だけど、君はどう思う?」
なんというか、漠然とした問いかけだ。
「私は意義のあることだと感じていますが……国としては気前がいいなとも思います」
「なるほど。ラックスはどうかな?」
「私は……後々埋め合わせが行われるか、貸しにするものと考えていました。合意までの過程で長引かせるよりは……といったところでしょうか。ともあれ、現時点ではこちらからの払い出しが多いように思います」
「ふむ」
淡々とした口調でラックスが話すと、殿下は腕を組んで考え事を始められた。俺たちの意見が意に沿わないものだったという感じじゃない。まぁ、そう思われたとしても表に出されるようなお方じゃないだろうけど。
やがて、殿下は口を開かれた。
「少し考えてみてほしいことがある、いいかな。仮にだけど、国が保有する軍事技術を他国に無償で供与したとして、具体的に何か困ることはあるだろうか?」
「……見返りをもらう機会を損なったというのはあるかと」
パッと思いつくのはそんなところだ――いや、思いついても口にできないのもある。「遠い未来に、もしかするとその技術をこちらに向けられるかもしれない」なんて、アーチェさんの前では言えやしない。
一方、俺の隣で難しい顔をしているラックスは、俺よりももっと……シビアなことを考えているのだと思う。ややあって、彼女は静かに話し始めた。
「与えた技術により友軍の力が増せば、魔人は脅威と見て交戦を避けるでしょう。そうした敵戦力が巡り巡って自国へ来るとは限りませんが……我々だけの技術に留めておくことが、敵への抑止力になる面はあると思います」
「逆に言えば、技術を与えることが国益を損なう部分はあると?」
「……はい」
重苦しい緊張感を漂わせ、ラックスは殿下に答えた。すると、殿下は少しだけ間をおいてから柔らかな笑みを浮かべ、仰った。
「君たちが言う通りだよ。今回の件は、そういう面も確かにある。この国のことだけを考えるのなら、こんなに気前よく技術を分け与える必要なんてない。国の議会でも、そういう意見はあった」
「では、反対意見がある中でも合意に至った理由は、何でしょうか?」
「考えてみれば簡単な話だよ。魔人にしてみれば、自分の利に凝り固まっている人間なんて、都合のいい獲物でしかない。利己心から勝手に分断してくれるのなら、各個撃破のいい的だし、ともすれば利用だってできる。内戦が起きてしまうほどに連中に付け込まれた問題の根も、結局はそこにあった。だったら、その逆を行こうって話さ」
「つまり、連中にとってやりにくいように、各国で協力しあおうと」
「そういうことだね。ただ、それが単なる口約束のポーズで終わらないよう、形で示す必要があった。機を逃さないようにと合意を急いだ側面もあるけど、こちらからの技術供与が先行したのはそういうことなんだ」
そこまで仰った殿下は、茶で軽く一服された後、ふと思い出したように口を開かれた。
「ホウキと
「どうかなされましたか?」
「いや、どれも君が関わってきた案件なんだなぁって……」
言われてみれば……ホウキは導入の頃から関わっていて、浄化服は開発の初期から割と重要なポジションで、将玉は発掘に関与している。いずれにおいても開発者ではないけど、完全に関係者ではある。あちこちに首を突っ込みまくった結果ってところか……。
「自分が関わったものが他国に渡ると思うと、なんだか感慨深いものはありますね」
「君、本当に色々と頑張ってきたからね……」
そう仰って、殿下は俺に微笑んでくださった。過去の実績を褒められ、照れくさい部分はあるけど誇らしい。
とはいえ、これからも色々と頑張っていかなければならないのは確かだ。まずは次の黒い月の夜を乗り切らないといけない。共和国での敗戦を受け、向こうの出方が変わる恐れがある。その後はこちら側から打って出る流れだけど、まだまだ先の見通しは不透明だ。そして――アイリスさんとの件もある。
先々は問題が山積みだ。しかし、ちょっと立ち止まって振り返ってみれば、これまで築いてきた実績も確かにある。それも、殿下にお認めいただけるようなやつが。そう思うと、これからも割となんとかなるんじゃないかと思う。
それに……少なくとも俺は、あの最悪の状況をどうにか乗り越えた。あの日のことを思えば、大抵のことはなんとかなるんじゃないかという気がしてくる。
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