第506話 「国際協調①」
共和国の方々がこちらへいらっしゃって、一ヶ月ほど経過した。目的である技術交換とホウキの訓練法の伝達のうち、俺はどちらかというと飛行訓練の方に顔を出すことが多かった。
訓練の方は、意外と難航している。こちらの軍での飛行訓練においては
というのも、銃士隊の持ち味は均質性が高く訓練が行き届いた兵による、射程を活かした連携だ。一人浮く形になる空歩は、よほどのことがない限りは有効活用できないだろう。もっとも、フラウゼの軍ではよく使うかというと、そうでもなくて、せいぜい偵察ぐらいにしか使われないらしいけど……。
なんにしても、緊急時の対応のために、空歩のマスターは絶対条件だ。こういう先進技術を託される精兵を事故から守る意義はとても大きい。新技術導入に当たっての人身事故は、前進しようという集団の意志をも大きく削ぐだろう。事に当たる一個人にとっても、軍や国という集団にとっても、安全性の確保は欠くべからざるところだ。
そういうわけで、シエラを始めとするインストラクター勢は、空歩をマスターしていただくための訓練に多くの時間を費やした。その甲斐あって、正月を過ぎた頃には、実際にホウキに乗ってもらえるまでになった。
いざホウキに乗る段になると、共和国の方々の強みが活きてくる。こんな真冬の空でも平気で耐えられる彼らの耐寒性のおかげで、空中で体が震えてコントロールが乱れるという、ありがちな失敗はまったく発生しなかった。
まぁ、フラウゼの冬だからこそ彼らは耐えられるわけで、向こうでの真冬に空を飛べそうか尋ねてみると……誰も彼も微妙な笑みを返すばかりだった。
普通に乗る分には問題ない感じだけど、ホウキを自在に乗り回すという点においては、まだまだ訓練を継続していただく必要がある。
しかし……訓練の合間、試しに空中で銃を撃ってもらったところ、狙いの精度は陸上のものと比べて大きく見劣りするようなものではなかった。空中からの射撃なんて、慣れていないにもかかわらず、だ。
どうやら、今回こちらへやってきた兵のみなさんは、魔法も銃もイケるという精兵だったようだ。飛び回りながらの射撃はまだまだ難しいだろうけど、空中からも射程の強みを押し付けられるってだけで、用兵の幅は出るかもしれない……とラックスが言っていた。
それに、飛び回りながら射撃することについて、みなさんは「いずれは」という強い意欲を見せている。向こうの実戦で俺の仲間たちが腕を披露したし、種植えのときのサニーに触発された部分もあると思う。いつになるかは誰にもわからないけど、ホウキの存在が向こうでも確かな力になってくれればと思う。
飛行訓練についてはそんな感じだった。一方、技術交換については……。
☆
1月12日昼。俺は工廠雑事部に足を運んだ。いつもの事務室に入ると、今日は床で寝ている奴が一人もいなくて驚いた。
どうやら、部署内で意識改革があったようだ。「他国からのお客様がいらっしゃいますし」とヴァネッサさんが苦笑い。たぶん、あちらのみなさんがいなくなったら元通りになるんだろう。
いつもの流れで彼女にお茶を出してもらうと、程なくして実験室にいたみんながぞろぞろ出てきた。自然と談話スペースに集まってくる。それぞれ軽く茶を飲んで一息ついたところで、俺はみんなに尋ねてみた。
「技術交換の方だけど、どんな感じ? 順調?」
「滞ってはいないけど、やることは多いって感じかな……でも、面白いよ」
答えたのはシエラだ。最近はやはり忙しそうではあるけど、疲れた様子はなく気力に満ちているのがわかる。
「何か手伝えることがあれば……」
「いや、課題がだいぶ専門的なことだし……聞きたい?」
俺は彼女の問いにうなずいた。すると、彼女は宙に少し視線を巡らせ始めた。考えをまとめてるところだろう。やがて、彼女は口を開いた。
「もともと、ウチのホウキって、日常的に魔法を使える人向けに作ってるじゃない。でも、共和国での想定ユーザーは、“魔法は使えるけど使う機会がない“って方が多いと思う」
「ま、そんな感じかな。あくまで銃士隊の一員であって、魔法は個人的な研鑽で覚えたって感じだし……」
「それで、たぶんマナのコントロールって点では、向こうの方々は慣れてない部分が大きいと思う。銃の作りなんかも、すごく効率性優先だし……マナを操るっていう、個人技を磨く機会が少ないっていうか」
この場に向こうの方々はいないものの、彼女はだいぶ言葉を選びながら話した。彼女が言わんとするところは、俺もわかる。
「魔法に対する国のスタンスの違いが、使い手の違いにも表れてるってところ?」
「そうそう。それで、ホウキって調整次第で乗り味がだいぶ変わるじゃない。そこがまた難しくって……」
そういう専門的なことはいまいちわからないけど、これまでに聞いた話では、ホウキの素材と内部構造など、魔道具としての回路以外にも様々な要素が、乗り味に関わっているってことだった。
「今はとりあえず、
雑事部の主任研究員であるウォーレンが、発言を継いで締めくくった。しかし、ここに来て急に疑問が一つ浮き上がってきた。
「……ところで、今更な質問だけど、ホウキって軍装部に移管したんじゃ?」
「いや、あっちは量産とメンテナンスがメインだからさ。共和国としては基礎研究も重要だし、だったらウチの出番ってわけだ」
「なるほど、それもそうか」
ホウキ導入の最初期から関わってきた部署だけに、向こうに話せることはいくらでもあるだろう。言われてみれば納得だ。
「それで、
「あれは……ぶっちゃけると、向こうの服装との兼ね合いだな」
ウォーレンの発言に、ヴァネッサさんが言葉を足していく。
「あれの上に服を重ねると、吸収効率が悪化します。とはいえ、もともと重ね着前提でしたから、一枚ニ枚では、どうということはありませんが……」
「あ~……向こうの冬着だと、効果を発揮しづらいかもってことですね」
「はい」
しかし、瘴気の吸収効率を優先すれば、今度は寒気でやられかねない。そういう実運用における課題は、向こうでどうにか解決するしかないのかもしれない。
とはいえ、技術を伝える分においては、何の問題もなさそうな感じとのこと。あちらの工廠も、やっぱり優秀な人材が多いんだろう。国策として遣わされた方々というわけでもあるし。「何か勉強になったことは?」と尋ねてみると、やっぱりあるようだ。
「なんていうか、設計構想が違うって言うんかな?」
「へえ、設計構想?」
「向こうじゃ、マナのロスを最低限に抑えるような効率性が、最優先されてるっぽいんだよな。魔法使いが少ない中、誰にでも使えるようにって思想があるそうだから、それが反映されてんだと思う」
「なるほどな……それに、マナで部屋を温め続けないと、向こうじゃ死活問題だろうし」
「それもあるな」
そういう思想の違い自体が、みんなには結構な刺激になったようだ。もとは銃の製造技術を教えてもらうって話だったけど、それよりももっと広範な、魔導回路の効率化という点で大いに参考になっているのだとか。その効率性たるや、「憑りつかれたみたい」という評すらあった。
お国柄の違いからくる、技術面での方向性の差は、当然リムさんにとっても衝撃的だったようだ。
「私の国では、そもそも魔道具があまり使われませんし……」
「
ヴァネッサさんの指摘にリムさんはうなずいた。雪国であるリーヴェルムと砂漠のアル・シャーディーンでは、兵や軍のありようも対照的なのかもしれない。
すると、「そういえば」と職員の子が口を挟んだ。
「銃士隊と
「えっ? ええっと、そうですね……」
話を振られてしどろもどろになったリムさんは、みんなの目に押されるような格好になり、ためらいながらも口を開いた。
「話を聞いた限りの印象ですが、銃士隊の前衛にゴーレムを起用できれば、効果的ではないかと……」
「なるほど。ホウキを導入するって話も、結局は防衛力を機動的に展開したいからってことですし、魔道具で銃士を守る意義は大きいですね」
「はい。ゴーレムの基材について検討の余地があると思いますが、水で構成できれば、視界を塞ぎませんし……」
確かに。実現できれば、銃士隊には大きな力になるだろう。
しかし、とりあえず思い当たる問題が二つ。まず、ゴーレム関係はフラウゼにおいても、未だに先進的な技術だってことだ。これを伝えるとなると、政治的には難しいかもしれない。現時点でも、この技術交換はフラウゼ側から供与する分が大きいわけだし。
もう一つの問題は……使い手がいるかどうかってことだ。「結局、自由に使えるのって……」と俺が尋ねてみると、照れ臭そうにするリムさんに代わり、ヴァネッサさんが困ったように微笑みながら答えてくれた。
「将玉を自由に動かせるのは、今のところリムさんだけですね。ですが、単に立たせるだけであれば、私でもなんとかという感じでした」
「では、壁の役目は果たせそうだと」
「はい」
つまり、魔法庁職員……の中でも中堅? ぐらいの力量があれば、銃士隊向けの用途で使えるってことだ。
まぁ、そういう術士が向こうでは少ないんだろうけど……結局はゴーレムという前衛を、あちらがどう評価するかってことだろう。そして、その評価は決して低いものにはならないのではないかと思う。
「この件、誰かにお話ししたりは?」と尋ねてみたところ、まだ話はしていないみたいだ。さすがに先端技術だけあって慎重だ。お話しする相手も選んだ方がいいだろう。となると……。
「やっぱり、殿下かな……」
「そうなるよなぁ。そもそも、将玉なんかは、直に御覧になった方が少ないし」
その点、殿下ならクリーガとの内戦時に、将玉とかの有用性を実感なさっているはずだ。相談相手には最適だろう。後は誰がお話に向かうか、だけど……。
「もし良かったら、俺の口からこの件を殿下にお伝えしますけど、リムさんはそれで構いませんか?」
「よろしいのですか?」
「いやまぁ……あちらに出入りしても変に思われない肩書を得てしまいましたし、これぐらいは……この件でリムさんの仕事が増えるかもしれませんけど」
「いえ、殿下にお認めいただけるのなら光栄の至りです。喜んで務めさせていただきますから、ご心配なく」
控えめで奥ゆかしいリムさんだけど、強い意志を感じさせる表情で言い切った。
こうなると、殿下に対しては単なる説明に留まらず、意志を込めて説得した方がいい気がしてくる。どのように判断なされるかは未知数ではあるけど……。
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