第505話 「三度めの新年④」
王都に入った俺たち三人は、東区へ足を向けた。商店街での集まりに顔を出すためだ。冒険者をやってると色々な店が取引先になる。今のうちから声をかけて顔を覚えてもらうのもいいだろう。
念のためにマリーさんに確認したところ、近衛部隊みたいな関係者を除くと、レティシアさんの素性は割れていないのだとか。よほど深くお付き合いする店でもなければ、素性を伏せておいた方が面倒が少ないだろう。その辺については、レティシアさんも同意してくれた。
「必要があれば、お忍び向けのコーディネートをと思ったのですが……」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
そう言って、レティシアさんは変装に対し、若干のためらいを見せた。アイリスさんは明らかに変装好きだけど、こういうところは違うらしい。
そして……マリーさんとしては、やはり趣味であの子のコーディネートをしていたようだ。拒否されてわずかに残念そうに微笑んでいる。最近は彼女が変装する必要もすっかりなくなって、退屈だったのかもしれない。
こうして服の話をしていて、俺は気がついた。
「今から仕事用の服でも……ご挨拶のついでに、どうかな?」
俺の提案にレティシアさんは「そうしましょう」と微笑んだ。一方、マリーさんは少し真顔になって尋ねてくる。
「エスターさんのお店ですよね?」
「そのつもりですけど、何か?」
「いえ……あの方相手でしたら、素直に素性を明かしても良いかもしれません。上の方とも引き合いがあるお店ですから慣れているでしょうし、商店街に一人は理解者がいる方が、助かることも多いかと」
「そうですね……じゃ、俺の口から紹介しますよ」
すると、マリーさんは少し意地の悪い笑みを浮かべ、肘で俺の腰をつついてきた。
「新年早々頼もしくてイイですね、お師匠様」
「はいはい」
――などと話しているうちに、東区の広場に到着した。街路同様にこちらも大勢の人であふれかえっていて、ちょっとした出店もいくらかある。エスターさんのところへ行くと込み入った話になるから、まずは別のところから攻めていこう。
そこで俺は、仲間内でよく使う飲食店から、素材採集の依頼をよく出す店、仕事で何かと助かる小物屋などを紹介していった。
俺が紹介した店の方々の目にレティシアさんは、やはりというべきか、いいとこのお嬢さんとして映ったようだ。彼女の折り目正しく気品のある振る舞いに対し、店主さん方は自然と腰が低い対応になる。
そこで彼女が冒険者になる旨を伝えると、大いに驚かれた。しかし、アイリスさんという前例もある。そのおかげか、最終的には、「どうぞごひいきに!」という慣用句で締めてもらえた。
そうして一通りの挨拶を済ませた後、俺たちは満を持してエスターさんのところへ向かった。しかし、エスターさんはいるけど、フレッドの姿がない。普段であれば彼女について動いているはずだけど。
俺たちの接近に彼女が気づき、柔らかな笑みを向けてくれた。それにこちらも笑顔で返しつつ、俺は疑問を口にした。
「フレッドは、店ですか?」
「いえ、今日は他の従業員の子に付いて、取引先の挨拶に向かってもらってます。応接の対応が丁寧で、覚えも良いと評判なんですよ?」
「へえ~!」
知らないところできちんと経験を積んでて、認められているってわけだ。会えないのは残念だけど、新たなステップへ踏み出していると思うと嬉しくもある。
すると、今度はエスターさんが俺に尋ねてきた。
「そちらは?」
「仕事の後輩になるかもしれない子で……話すと少し長くなるんですが」
「では、続きは私の店で伺いましょう」
「……ありがとうございます」
催促したみたいになって申し訳なく思いつつ、俺は頭を下げた。
エスターさんのお店は、年始から結構客が入っていた。仕事仲間の子も何人かいる。
彼女らは俺たちに気づくと、女の子を二人連れて入店した俺を冷やかしてきて、俺は彼女らを軽くあしらった。レティシアさんは少し戸惑っているけど、こういうのは、仲間内じゃ挨拶みたいなもんだ。笑顔の彼女らに軽く手を振られながら、俺たちは店の奥へと進んだ。
それで応接間へ通されたものの、今日はフレッドがいない。茶の準備は他の従業さんに任せるんだろうか……と思いきや、エスターさんが自分で用意するようだ。「たまには」と笑ってらっしゃるから、まぁいいか。
程なくして茶の一式がテーブルに並んでから、俺は本題を切り出した。
「こちらのレティシア嬢ですが、フォークリッジ伯爵家がお預かりする形になっている貴族のご令嬢でして」
「道理で、そういう雰囲気をまとわれているわけですね」
エスターさんの言葉は、単なる世辞のようには聞こえない。装飾のプロから見ても、やはりそういう品格を自然と感じ取れるのだろう。当のレティシアさんは、小さな声で「恐縮です」と返して身を縮めている。
「……それで、今度冒険者になろうとしているとのことで、こちらへご挨拶しつつ、仕事着も見繕っていただければと」
「そういうことでしたら、お任せください。素晴らしい素材ですし、腕が鳴りますね!」
「はい、そこは保証します」
軽く腕まくりのジェスチャーをして意気込むエスターさんに、マリーさんが笑顔で応じた。ドレスアップの対象として褒めそやされ、レティシアさんの頬がますます赤くなる。
それから軽く雑談した後、さっそく彼女の服を探すことに。しかし……「長引くかもしれません」と、エスターさんが困ったような笑顔で話しかけてきた。というか、喜んでじっくり長引かせそうである。
正直、三人で気が向くままに思う存分楽しんでもらえればって思うけど……きっと俺は暇だろう。そして、ここで俺が暇を持て余していると、たぶんこちらの三人は気を遣うんじゃないかと思う。だったら、お
そう思って俺は、エスターさんにお礼を言ってから、この場を辞去した。
店を出て次に向かうのは孤児院だ。去年は不在にした期間が結構あって、あの子たちに悪かったと思うし……今年もなんやかんやで、遠出することがままあるんじゃないかと思う。
だから、せめて正月ぐらいは、あの子たちとゆっくりしよう。
孤児院の入り口に着くと、すでに先生や仕事仲間が大勢入っていた。おかげで寂しい思いはしなかっただろうけど、俺の姿を見るなり結構な人数が飛びつくようにかかってきてくれた。
小さい子が中心になって俺にまとわりつく一方、OB・OGの子は少し距離を取りながらも、笑顔で頭を下げてくれる。お給金をもらう側になっただけはあって、生意気だった子も見違えるように落ち着いて見える。それが嬉しいような、少し寂しいような。
そんな卒業生の子たちを手招きし、軽く頭を撫でてみると、みんな恥ずかしそうにはにかみつつも、静かに喜んでくれた。
ホント、みんなかわいらしくていい子だ。
みんなの相手をしつつ周囲を見回すと、先生の中にはラックスの姿もあった。俺たちの仲でも相当忙しい部類に入る彼女だけど、ネリーやシャーロットによれば、割とここに来るらしい。
「ラックスってものすごく頭いいじゃない。話が上手で色々勉強になるからって、年長の子に特に人気があるよ。小さい子には普通に優しいしね」
「そういう意味では、リッツさんに近いと思います
「へぇ~」
俺まで褒められた気がしてきた。思わず笑顔になると、ネリーがちょっとばかりニヤけだし、少し恥ずかしくなってくる。
しかし……なんにせよ、ラックスがこちらに馴染んでいるのは、とても嬉しく思った。彼女の生まれやこのご時世は、彼女の才能が血なまぐさい場で活きることを望んでいるだろうけど……俺とアイリスさんの仲ばかりじゃなくて彼女の才能にも、もっと自由な道があればと思う。
孤児院で遊んでいると、時間が経つのはあっという間だった。日が傾いたあたりでお別れの挨拶をしてから、俺たちは孤児院を後にした。俺たちの集まりは、西区から中央広場へと進むにつれて少しずつ減っていく。
そして、中央から南門へ向かう道の途中で……ようやくアイリスさんと二人になった。
そういえば、彼女とは今日まともに会話していない。彼女と本当に付き合うために、現状では変な目を向けられないように気を遣う必要があるわけで……こういう行事の中では一緒に動きづらいのが悩ましい限りだ。
すると、彼女は俺に軽く顔を向け「お疲れさまでした」と声をかけてきた。
「何かしましたっけ?」
「いえ、共和国の方々のご案内をしてましたから。エメリアさんが、とても助かりましたと」
「あ~、なるほど。お役に立ててよかったです。そちらは、どうでした?」
「こちらも、とても楽しかったですよ? みんなで協力してケーキ全種類頼んで、少しずつシェアしてコンプしました」
なんというか、魔法庁のお姉さんたちを思い出した。話を聞く限り、共和国の方々も完全に打ち解けたみたいで、それは何よりだ。じゃなきゃ、途中で抜けて孤児院まで来られなかったかもしれないけど。
そうやって軽く雑談しながら歩いていくと、気がつけば南門についていた。門をくぐって王都の外に出、お屋敷へと歩いていく。
門の通過で会話が途切れ、俺たちはしばらくの間、二人で静かに歩いた。沈黙もまったく苦にならない。変にドキドキすることもなくて、こういうのもいいな……とだけ思った。
そうして歩いていくと、アイリスさんはレティシアさんのことについてポツリと触れた。
「冒険者になりたいって話、聞きました?」
「はい。それで色々と案内してみましたけど」
「そうですか、良かったです。本当なら私が一緒に……とは思いましたけど、共和国の方々のこともありましたから……」
「まぁ……人気者のツラいところですね」
「ふふ、おかげさまで」
それからも、他愛のない会話を交わしていくと、いつの間にかお屋敷についていた。見たところ、あの二人が帰った感じはない。ちょっと遅れているんだろう。
で、種植えだ。先に植えるか、二人を待つか……王都へ続く道を振り返ってみると、あの二人の姿は見当たらない。ちょっと遅くなるんじゃないだろうか。だったら……。
「先に植えません?」
「そうですね」
ちょっと薄情かなと思わないでもないけど……あの二人だったら、俺たちを二人っきりにさせるんじゃないかとも思う。そんなこと考えつつ、お屋敷の一角にある花壇へ足を向けた。
それから、俺たちは花壇を前に二人で並んで腰を下ろした。次いで地面に小さく穴をあけ、種をそっと置いて軽く土をかぶせ、目を閉じて願掛けをする。この一連の流れの間、俺たちは何も言葉を交わさなかった。
お願いに思いを巡らせながら、俺はこれまでのことを思った。結局、彼女に告った日以来、一度も手をつないでないし、ハグもしてないし、もちろんキスも最初の一回だけだ。ベタベタするのを避けるためか、お互いの口数が減った感さえある。
それなのに……どういうわけか、心は暖かな感じで満たされている。ただこうして一緒にいるだけで、幸せな気分になれる。
そうして静かなまま、ゆったりと時間が流れていく。今、彼女は何を願っているんだろう? 聞いてみたくもあり、別に聞かなくても……という気持ちもある。きっと似たようなことを願っていると思う。
しかし、いつまでもこのままってのも……寒々しい北風が吹き付けてきたのを頃合いと思い、俺は立ち上がった。すると、彼女が立ち上がりながら問いかけてきた。
「晩ごはん、どうします?」
「ここで食べるつもりですけど……」
「いえ、そうじゃなくて……」
それだけ、尻すぼみ気味に言った彼女は、ほんの少し恥ずかしそうにして視線を伏せた。そこで俺は、少し考えてから答えた。
「一緒に作りませんか?」
「えっ?」
「そっちの方が楽しいですよ……たぶん」
俺の申し出に、彼女は穏やかな微笑みを浮かべてうなずいた。
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