第504話 「三度めの新年③」

 工廠での種植えが終わって午前の部が終了し、午後の部からは民間での集まりになる。共和国からやってきたみなさんにしてみれば、この民間主催の方が参加しづらいかもしれない。ギルドやら商店街やらに顔を出すのも……ってわけだ。

 みなさんを放っておくのは悪い気がする。だからといって俺につき合わせるのもなぁ……って感じはある。

 そこで、午前部の終了で以って一度王都へ戻り、俺はツアーガイドを退任することになった。せっかくだからギルドの集まりに顔を出して、縁をつないでおきたい――そんなビジネスマンみたいな方も幾人かいらっしゃるから、この後はそういう方と一緒に動く感じだ。

 また、エメリアさんを中心とした女子グループは、アイリスさんがいるフラウゼ側の女子グループと合流して動く予定らしい。そちらの集団に関しては、特に心配ないだろう。

 残った手持ち無沙汰な方々についても、運よく工廠の面々が同行を申し出てくれた。「いい店ご案内しますね」とヴァネッサさんが話しているから、たぶん食べ歩きツアーみたいな感じになるんじゃないかと思う。たまの休暇の観光にはちょうどいいだろう。

 工廠のみんな、特にヴァネッサさんに感謝してから、俺たちはギルドの集まりへと足を向けた。


 王都西門から出ていくらか歩いた先に、広々とした公園みたいなスペースがある。そこが今年のギルドによる種植え会場だ。

 こちらも去年に比べると、民間の方の姿がかなり多い。去年は色々と自粛ムードみたいな感じで、商業活動が冷え込んでいた。そこからだいぶ回復し、往事の活力を取り戻したってところだろう。

 公機関から参加されている方の中には、郵便関係の役人さん方がいらっしゃった。時期尚早かもしれないけど、共和国の方々の意欲に応えるならば、ここで顔をつないでおくべきだろう。

 そちらの役人の方々の中でも、代表格の方はさすがに方方へのご挨拶で忙しそうだったけど、俺に気づくと「リッツ君!」と声をかけてくださった。


「お久しぶりです。実は折り入ってご相談が」

「ふむ」

「ご存じかと思いますが、ホウキの導入に関しリーヴェルム共和国からこちらのみなさんがいらしてまして……差し支えなければ、郵便関係のお話などをと」

「ああ、なるほど。では、ウチの実務担当の若い奴に話させましょう」


 そう言って快諾してくださった役人さんは、手ごろな部下を探し始めた。すると、俺が案内している共和国の方の一人が、俺に声をかけてきた。


「リッツさん」

「何でしょう?」

「ご自身の挨拶などもありますよね? ここまでご案内していただければ、後は我々だけでも大丈夫だと思いますし……」


 案内している相手に気を遣われている。お言葉通り、みなさんご自身で動いていただけるのなら、助かると言えば助かるんだけど……声をかけてくださった方以外のみなさんも、目で「大丈夫」とアピールしてくださっている。

 そこで、郵便関係者に色々ぶん投げる形になって申し訳ないとは思いつつ、俺は後事を託してその場を離れた。


 が、しかし。フリーになったその矢先、俺は肩をツンツンつつかれた。背後を振り返ってみると、そこにはマリーさんとレティシアさんの姿が。

 お二人とも、ギルドと縁がまったくないわけではないけど、ここにいるってのは少し妙だ。お二人に笑顔を向けつつも、疑問が頭に沸いてくる。すると、マリーさんがにこやかに言った。


「レティが、冒険者になってみたいと」


 色々と耳を疑う発言だった。しかし、まずレティシアさんの呼び方については、すぐに納得がいった。普段通りの敬称付きだと、周囲から変に思われるだろう。

 それに……今の呼び方の方が、ご本人はむしろ喜んでいるように見える。きっと、屋敷の外で二人になったら、気兼ねなくああやって呼んでいるんだろう。

 となると、気になるのは一点だ。


「冒険者ですか?」

「はい。学んでばかりでなく、実践の機会も必要ですし」


 仮に冒険者になったとしても、普通にやっていけるだろうとは思う。

 問題は、クリーガ出身の貴族のお嬢様が、預かり先で冒険者になるっていうことだ。何かあった時大変なのではないかと思うけど……たぶん、お屋敷のご夫妻は問題ないと判断されたのだろう。

 となると、俺がどうこう言う事でもないか。余計なことを言って周囲の目を集めるのも困る。俺は疑問を胸にしまうことに決めた。


「ということは、登録前のご挨拶回りに?」

「はい。まずは前にお世話になった方々へと」


 世話になったって言うと……クリーガでの一件だろう。俺たちの部隊は防衛戦に大きく関わっていたし、彼女自身がヤバかった際、俺とラウルで助けに行ったという経緯もある。

 そこで、「案内しましょうか?」と尋ねると、レティシアさんは微笑んでうなずいた。しかし、マリーさんは真顔でこちらを見つめてくる。


「お師匠様?」

「……なんスか?」

「いえ、こちらの子は弟子であって、さらには後輩になるわけですし、あまりかしこまった態度は……いかがなものでしょうね?」

「……左様ですか」

「左様ですよ」


 俺の言葉に、レティシアさんが乗っかってきた。ああ、マリーさんのノリにすっかりなじんでいるようだ。それはそれで、いいことではあると思う。

 で、二人が言外にほのめかしていることはわかる。軽く息を吐いた後、俺は言った。


「じゃ……行こうか、レティ」


 たったそれだけの呼びかけだったけど、彼女は少し伏し目がちになって喜んだ。一方、やや意地悪な笑みを浮かべていたマリーさんは、優しい笑顔を俺とレティシアさんに向けてきた。

 正直、馴れ馴れしいかな~と思って、抵抗感を覚えるけど……本人は嬉しそうだし、今日一日はこんな感じでいいか。


 それから俺たちは、彼女のご挨拶参りに向かった。まずはラウルから。レティシアさんが冒険者になると伝えると、彼は驚きつつも喜んでくれた。

 ただ、彼女があの時の件について気持ちがこもった礼を述べると、彼はガチガチに固まった。殿下がお相手でも普通に話せるようになったけど……上の身分の女の子という組み合わせは、まだキツイらしい。慣れてるアイリスさん相手ならともかく。

 その後も仕事仲間たちにレティシアさんを紹介していくと、仲間入りを祝福されながらも一つの疑問が発生した。


「何ランクからになるんだろ?」


 貴族の子女という前例で言えば、アイリスさんはCランクからのスタートだった。しかし、やや寒そうにしているラナレナさんが「ちょっと事情が違うかも~」と指摘を入れる。


「あの子の場合、すでに実戦経験が多くて、冒険者を指揮するのも慣れてたって事情があってね~」

「なるほど。冒険者としての仕事はしたことがなくても、一緒に連携は無理なくできるだろうと」

「そゆこと~」


 そこへ行くと、レティシアさんは……箱入りってわけじゃないだろうけど、そこまでの実戦経験はないだろう。彼女本人もそう言っている。

 ただ、貴族としての教育は十分受けていて、魔導士ランクはCだ。その辺を踏まえると……。


「たぶんDか、もしかするとEからってところね~。Fはないと思う。実際にはマスターと話してみないと、だけど~」


 まぁ、アイリスさんの時のことを考えると、本人はきっちり下からやっていきたいんだろうなぁ……とは思う。そういう個人の希望が受け入れられない立場だろうけど。


 その場にいた仲間に一通り挨拶していくと、当然ながらアイリスさんがいる女子グループにもぶち当たった。ぶっちゃけ、こっちに預けてしまった方がいいんじゃないだろうか?

――とは思ったものの、彼女らはこの後ケーキ屋で女子会をするらしい。そちらにも強く興味を惹かれたレティシアさんだけど、それでも挨拶回りを優先したいのだとか。

 そこで、俺と一緒に年始回りを一通り済ませてから、例のケーキ屋へ向かうという話になった。


 ギルドの種植えが終わり、俺たちは王都へと歩いた。一つ気になるのは、こちらの二人とアイリスさんが別行動してるってことだ。てっきり朝から一緒に動いているものと思ったけど……。

 その疑問にはマリーさんが答えてくれた。


「結局は屋敷で落ち合うことになりますから。共和国の方々も、あの子とお話ししたいでしょうし。でしたら、私たちは後でと」

「なるほど……」

「リッツさんも、後で来られますよね?」


 それは言わずもがなって奴だ。

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