第503話 「三度めの新年②」

 魔法庁の後、俺たちは王都の外にある練兵場へ向かった。そちらでは王都の衛兵隊と国軍本部合同での種植えがある。その道中も、共和国の方々はいくらか緊張した様子だったけど、魔法庁の時に比べれば……って感じだ。


 練兵場に着くと、すでに大勢でごった返していた。やっぱりこちらも、内戦下の去年に比べると雰囲気がいい。こちらの代表である、練兵所の管理官の方の挨拶はというと、だいぶ落ち着いたものだった。去年みたいに士気を上げる必要がなかったからだろう。

 挨拶の中では、次なる動きについては触れられなかった。まだ表沙汰にできるものではないという事だと思う。とはいえ、アイリスさんを送り込んですぐ、共和国から客を招いて技術交換に励んでいる事実から、察しのいい人はそういう流れを感じているのかもしれないけど。


 そうして挨拶が終わり、いざ種植え……という頃合いになって、少し雲行きが怪しくなった。位が高そうでいて陽気な感じの武官の方が、明るい口調で言い放つ。


「年末のアレみたいに、ここでも何かー発、景気づけに演武でもと思うんだが……誰か、名乗りを上げる者は?」


 とはいえ、いきなり話を振られても、動く奴はそうそういない。場の流れは他薦へと静かにシフトし、互いに目で牽制し合うように。

 ただ、沈黙はそう長く続かなかった。こちらの衛兵や国軍の方の多くは、明らかに一人の方へ集中して目が向いていたからだ。


「どうだ、サニー。なんかここで一発、技前を披露しては?」

「……やっぱり、そうなりますよね」


 意外にも、彼自身はなんとなくこういう事態になるのではと、察しがついていたようだ。そんな彼に、武官の方が嬉しそうに言葉を続ける。


「馬とホウキ、好きな方を使っていいぞ。弓と銃もあるからな」

「つまり、騎射か空中射撃か……ってことですね」

「お手の物だろ?」


 そこまでやり取りを聞いて、はたと思い出した。サニーは実家の手伝いということで、軍の方々に騎射のデモンストレーションを披露することが、しばしばあったのだとか。「こんな小さい子でも乗りこなせる、賢くて気性が落ち着いた馬ですよ~」みたいな売り込みをしていたそうだけど……まぁ、馬だけじゃなくてサニーも覚えられるわなって感じだ。

 そういう模範演武については、サニーも慣れっこのようだ。照れ臭そうにしつつも、練兵場の方と一緒に準備を進めていく。すると、彼はその場の全員に聞こえるような大声で宣言した。


「陸から打ち上げてもらった矢を、空から射落とします!」


 その言葉には、彼の技量に慣れ切っている俺たち仕事仲間も、大いに盛り上がった。「……一発でうまくいくかわかりませんけど」と付け足しても、後の祭りといった感じだ。やんややんやとはやす仲間たちに苦笑いを向ける彼に、武官の方が尋ねた。


「陸から撃つのは? セレナか?」

「ええっと……そうですね。できれば」


 少しためらいがちに答えたサニーだけど、話を向けられたセレナは、すでに覚悟は決まっていたようだ。サニーよりも落ち着いた感じで彼女は静かにうなずいた。セレナもセレナで、軍の方々と付き合いが多いし、こういう演武の場はいくらでもあったんだろう。

 やがて準備が整い、セレナが弓を構えて、サニーが空でそれを待つ構図になった。

 すると、大勢の視線が注がれる中、弓を構えるセレナは普段の柔らかな感じから一変して精悍な表情になった。観衆を感じていながら、それに煩わされない、研ぎまされた集中力を感じる。そんな彼女のたたずまいに、場の空気も自然と引き締まって静まり返る。


 そして、矢が放たれた。ぽ~んと放たれた矢は、ややきついカーブの放物線軌道を描き――俺の目が正しければ、サニーの前方mぐらいのところで頂点に達した。

 上昇から下降に転じる、速度が緩んだ辺りの絶好の的を、サニーが見逃すわけもない。彼は構えた銃で矢を撃ち抜いた。空で木くずが四散し、陸は満場の拍手に包まれる。しかし……。


「セレナ~!」


 空からセレナを呼ぶ声が響く。すると、すぐに場が静まり返り、セレナは「なに?」と普段よりは大きめな声で返した。


「も~ちょっと、撃ちづらい矢を頼めるかな~って」


 まぁ、そう言いたくなる気持ちはわかる。サニーにしてみれば、外すわけがない矢が来たわけで、トスバッティングみたいな感覚だったんだろう。仲間内で意地っ張り精神が伝播したのもあると思う。

 そんなサニーの注文に対し、セレナはどことなく嬉しそうにしながら、さっきよりも大きな声を返した。


「ちょっとって、どれぐらい?」

「テキトーでいいから~!」

「じゃあ、好きに撃つよ?」

「いいよ、合わせる!」


 そんなやり取りの後、セレナはまた射撃準備に入った。軍関係の方中心に、二人のやりとりを微笑ましそうに眺めていたのも一変し、再び緊張感漂う空気になる。


 サニーが先ほど言った「合わせる」という言葉は、文字通りのものだった。改めて放たれた一矢に対し、彼はその軌道を確認すると、素早くホウキを操った。そして、彼が止まった高度で、今度の矢も降下に転じ……見事に射抜かれ四分五裂。

 よくよく考えれば、ホウキに乗っているのに、その場に留まって構えるだけでいる必要性はない。サニーには弓の覚えもあるわけで……たぶん、セレナの構えから、射撃コースはなんとなく把握できるんだろう。

 それにしても、この技は半端なものじゃない。空に向かって惜しみない拍手が向けられる中、セレナは静かに矢を放っていったけど、サニーはいずれも見事に撃ちぬいていく。

 やがて、サニーの勇姿に満足したのか、セレナは柔らかな表情で弓を下ろし、満場の拍手が鳴り響いた。


 そこでふと横に目を向けてみると、共和国からやってきたみなさんは、憧れや称賛を抱く方が半分、ドン引きしている方が半分ってところだ。まぁ……俺たちがあの二人に慣れて毒されているだけなのかもしれない。

 とはいえ、彼らの模範演武は、みなさんにとっていい刺激になったようだ。現状においては、ホウキの導入はあちらの魔法使い向けということになっているけど、将来的に空戦銃士隊とかが生まれないとも限らない。というか、いまこちらにやってきているみなさんの頑張り次第かもしれない。

 種を植える段になると、先程の演武に触発されたのか、向こうでもそういう部隊をというお願いをする方がチラホラ。一方、フラウゼ側の軍部の方々のお願いはというと……。


空描きエアペインターのことを。もう少し難しい絵柄に挑戦できれば、と」

「そうですね。正直、今の力量であれば十分行けるんじゃないかって思います」

「本当ですか!?」


 俺の返答に、つい先日空を一緒に飛んだ方々は、喜びに沸き立った。

 実際のところ、俺たちの方が慣れているからってことで難しめの役を請け負ったけど、そこまで差はないと思う。それに、軍の方々の練習に対する集中力は尋常じゃない。練習時間を確保して、軍の方での折り合いがつけば、夏頃には完全に混ざって飛べるのではないかと思う。

――というか、俺自身、たまには見る側に回ってみたいし、お任せできれば何よりなんだけど。

 そうして話が空描きの件になると、共和国のみなさんは、憧れに目を輝かせた。きっと、あちらでも実現する日が来るだろう……真冬はキツいだろうけど。



 次の種植え会場は工廠主催だ。こちらへの道中では、共和国のみなさんはほとんど緊張していない。まだ付き合いは短い中、工廠とのやり取りは一番多いから慣れたんだろう。

 それに加え、工廠の連中の気安さもあると思う。魔法庁から出向中のヴァネッサさんも、真面目でしっかり者だけど、割と面白い寄りの人だし。実際、みなさんに聞いてみると、向こうの工廠の方々とあまり変わらない感じでお話できるのだとか。


「僕らの国の工廠が特殊なのかと思っていましたが、こちらの方々も親しみやすい方が多くて」

「確かに、話し上手が多いかもですね」

「そうですそうです」


 工廠の連中は、特に雑事部は結構ざっくばらんで雑なところもあるけど……仕事に対しては真摯だ。もっといいものをという信念があるからこそ、フィードバックを得ようと人とのつながりを大切にしているんだと思う。そういうところは、共和国の工廠も変わらないんだろう。


 会場につくと、やはり今までの会場とは雰囲気が少し違う。公的機関による午前の部の中でも、ここ工廠の集いは「関係者向け」って感じがあまりしないくらい、一般の方の姿が大勢見られる。去年があんな感じだったから、その反動ということもあるんだろう。

 一般の方が多いことについて、共和国のみなさんは最初驚いていたけど、すぐに合点がいったようだ。エメリアさんに言わせると、「向こうで同じことをやっても、きっとこんな感じになる」らしい。


「というか、国民総出で工廠に感謝しに行っても、おかしくないですね」

「ほんと。工廠がないと、寒くって寒くって」


 どうも女性陣の方が工廠への支持は強いようだ。実際、あっちで冷え性だと、マジでツラいと思う。


 そうしてものすごく和やかな雰囲気漂う中、所長さんが新年の挨拶をなさった。まぁ、「今年もどうぞお引き立てを」という、本当に取引先へ向けた感じの簡単なご挨拶だ。後はみなさんでご自由にご歓談を、ってところだろう。

 実のところ、工廠としては大きなプロジェクトが動いている真っ最中ではある。しかし、民間人が大勢いる中で触れる話題でもない。所長さんの動きを目で追うと、様々な所属の上役の方々が、入れ替わり立ち替わりで声をかけているところだった。やっぱり、今年は年始からすごく大変なのだろう。


 すると、不意に声をかけられた。工廠の雑事部のみんなが勢揃いでいる。共和国のみなさんも、彼らとはすっかり仲良くなったようで、すぐに和気あいあいとした空気になった。

 ただ、一人だけ……ほんの少しツラそうにしている人がいる。


「大丈夫ですか?」

「ええ……いえ、やっぱり、寒いです……」


 さすがに砂漠の国で生まれ育っただけあり、リムさんにこっちの冬はこたえるのだろう。誰よりもぬくぬくと着込んでいるものの、それでも小刻みに体を震わせている。

 そんなリムさんは、共和国の方々の軽装ぶりを見て、ちょっと信じられないという表情になっている。


「さ、寒くないんですか?」

「ええっと……これぐらいなら、涼しいぐらいですね。雪降ってないですし……」


 あっちの国に比べれば、ここが温暖だってのはわかる。それでも、着ている服が一枚二枚違うってのは、本当に生まれ育ちの違いを思い知らされるばかりだ。リムさんにとっては、俺が感じる以上のものがあるだろう。

 そんな文化の違いについて、色々話しながら俺たちは種を植え始めた。願い事を考えていると、シエラが尋ねてくる。


「リッツは?」

「特に考えてなくて……ああ、いや、今年は空描きを見る側に回りたいかな?」

「ふーん」

「シエラは?」

「……ん、何かちょっと、新しい企画でも立ち上げられたらって思ってる。夏に湖でやったアレとか、実際のビジネスにできたら」


 すると、彼女の話にみんなが耳を傾けてきた。さすがにホウキの第一人者だけあり、耳目を集めずにはいられない。そんな彼女は、かなり照れくさそうに「考えたのはリッツだけど」と前置きして、俺に視線を分散しつつ、ジェットスキーごっこについて軽く触れた。

 彼女の話が終わると、共和国から来ている工廠の方が、思いついたとばかりに口を開く。


「冬季は完全に凍結する湖があるんです。同じことをそっちでやったら、きっと爽快なんじゃ……」

「いや、危ないですからね!?」


 すかさずエメリアさんが釘を刺す。実際、あのジェットスキーもどきは、水の抵抗で速度を相殺している部分があって、それがコントロール感にもつながっている。氷上だと危険だろう。

 というか、スケートでいいんじゃないか……とは一瞬思ったものの、こっちの世界にはスケート靴がないんだった。変なことを口走らないよう言葉を飲み込むと、シエラが再び口を開く。


「リーヴェルムでホウキが普及した場合、最初は軍とか郵便とかで使うと思います。ですが、それ以外の使いみちを見出したなら、私たちにも教えてもらえれば……とっても、嬉しく思います」


 彼女の言葉に、共和国側のまとめ役みたいになっているエメリアさんは、みなさんと顔を見合わせた後、「ええ、必ず」と応じた。その後、彼女は笑顔で言葉を続けていく。


「でしたら、今年のお願いはそういうのにしましょう。『シエラさんにお話できる、何かいい仕事のアイデアができますように』って!」

「では、私は『リーヴェルムのみなさんから、いいお話聞けますように』ってお願いしますね」


 二人のやり取りで場の空気がイイ感じになったところ、共和国からの一人が笑いながら「除雪作業に使うとか……」と口を挟んだ。それに対し、エメリアさんは「そーゆーのじゃなくって!」と困ったように笑顔でツッコミを入れ、その後みんなで笑った。

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