第498話 「お土産」

 共和国滞在中、俺が加わった会議の議題は、結局のところ次に関わるものが多かった。

 もちろん、アイリスさんの一件に対する事後処理の話も、相応にあった。ただ、そちらに関して言えば、俺は公開情報の調整や確認に参加したぐらいだ。民衆向けにはどういった形で、正式な戦勝結果報告を行うか。軍内部の兵卒向けには、どのように通達を出すか。その際の文章はどのようにするか。そんな感じの議論に混ざったわけだ。

 実のところ、俺が口を出すべきことなんてほとんどなかった。あらかたでき上がっていた草稿に対し、目を通したものの、特に言うべきことなんてなかったからだ。俺やアイリスさんや、フラウゼ側の立場が悪くなったり、何か色々めんどくさくなったり……そういう懸念を抱かせる表現や文言は特になかった。

 それは、事前の会議でおおよその方針を互いに確認できていたからだろう。それに、フラウゼ側から意見を出して、ご配慮いただけていたのだろうとも思う。

 後は諜報だとか、軍における規律と情報管理の問題だけど……まぁ、そちらも大丈夫だろう。


 そんなわけで、例の件の当事者でありながら、事後処理に関して俺は傍観者みたいな感じで、随分と楽させてもらえた。

 俺がそんなだったからこそ、もう一方の大きな議題である今後の協力体制の方の比重が、重く感じられたのかもしれない。

 まず、二か国の基本的な合意として、次の黒い月の夜を終えた後、連合軍を結成して魔人側へ攻め込もうというものがある。他国にも掛け合って、その勢力を増強しようと動いてもいるそうだ。


 その連合軍結成に先立つ形で、両国の技術交換を行う同意がなされた。フラウゼからはホウキと浄化服ピュリファブの製造法と、飛行技術の訓練法について。共和国からは銃の製造技術を、互いに教え合う形になる。

 ただ、今後の戦いを考えると必要なトレードではあるものの、フラウゼ側から教えることの方が多い。そのため、金銭でいくらか埋め合わせることになるようだ。工廠を始めとする各種関係機関に、勉強料とかの名目で支払われるのだろう。

 また、技術交換にあたっては、共和国側から使節団のようなものを結成し、送っていだたくことになった。遣唐使みたいなもんだと思う――アレほどリスキーじゃないけど。

 これにはもちろん理由がある。フラウゼ側の技術は、まだこなれていない部分があって、技術や知識を持っている者に偏りがあるからだ。そんな中で共和国側へ人員を送り出すと、自国の研究開発に支障が出かねない。

 一方、共和国側の銃関係は成熟した技術だ。技術者の水準もあまりバラつきがないくらい、専門家向けの教育も整えられている。通常業務への影響は、共和国側の方が明らかに小さいものになるだろう。

 共和国から人材を送ってもらう件に関しては、そういった現実的な事情ばかりでなく、心情的なものもあるかもしれない。アイリスさんを送り出した結果、色々と大変な目に遭ったことで、ちょっとしたトラウマ気味になっているんじゃないかってことだ。

 だからって、「お互い様」で終わるようなトラブルは、誰も望んではいないだろうけど。


 ああいう事があった後だけど、両国は今まで以上に協調していこうということで合意がなされた。そういった動きは、もともとアイリスさんを国際親善のために送ったという事実も影響しているのだろう。

 力関係で言えば、国家間のものよりも、それぞれの国の議会内部の方にこそ変化があったと言うべきかもしれない。

 貴族の子女に遊学させるという一連の政策において、積極的だった推進派は、今回の事件でその立場を危うくした。どうにかなったからOKなどと、能天気に構えられるわけはない。

 一方、両国において少数派であった慎重派は、今回の騒動によって立場を強めた格好になる。どっちつかずの日和見主義者は、こぞって慎重派に味方したとか。

 また、例の事件が起きてからは、慎重派の方が事態の収拾に向けて的確な対応を取れていたという話もある。「どうせ何か起こるだろう」と考えていたからこその、対応の差なのかもしれない。

 ただ、議会内での力関係が変化したと言っても、多数派がおとなしくなったってだけだ。それに、アイリスさんの一件について、互いの非を掘り返そうという動きはほとんどなく、次への協力体制構築のために多くの時間と言葉が費やされた。

 これは、立場をまずくした推進派をおもんぱかり、その失地回復を促しての動きなのかなと思う。いずれの派閥も、方法論の違いでしかなくて、結局は人の世のために尽くそうという同志なんだから。



 12月1日朝。共和国首都クリオグラスの中央政庁。俺たち近衛部隊一同と帯同する面々は、大ホールに集合した。これからフラウゼへ帰還するためだ。

 アイリスさんも、今日でこちらへの滞在期間満了ということになる。しかし、彼女は色々と挨拶回りがあって別行動だ。午前中は学校のみなさんが送別会を開き、昼からは首都の民衆全般向けの集会に出席するらしい。

 そんな彼女と俺たちが一緒に動くと、ちょっとものものしいだろう。戦勝への立役者ではあるものの、それはそれ、これはこれって奴だ。


 先に帰還する俺たちは、昨日の段階で色々済ませてある。留別のご挨拶だの、土産物の調達だの。戦闘の後は割と観光みたいなノリの奴も多く、たぶん昨日は土産探しがメインだったのではないかな、と思う。見た感じ、結構色々買いこんでいる。

 俺だけじゃなくてみんなも、互いに何を買い込んだのか、興味津々といった感じだ。女性陣はアクセサリー類とか、服が多い。それと……。


「靴下専門店見つけちゃってさ、メッチャ買い込んじゃった!」

「人生観変わったよ、ほんとね!」


 とまぁ、女の子たちはホクホク顔だ。一方の野郎どもは、酒類や乾物が多い。自分で愉しむだけじゃなくて、差し入れの意味もあるのだろうけど。

 そんな中、メルは大量の書物を買い込んでいた。魔道具が優秀な反面、手で書く魔法についてはあまり普及していないこの国だけど、それでも見るべきものはあったようだ。


「ビギナー向けの教本とか、国に戻ってから意外と役に立つかもと。後は歴史書とか地理地勢の本とか……」

「勉強熱心だな……」


 あまり土産という感じがしない彼の大荷物には、みんな感心していた。なんやかんやでこの部隊は精兵扱いだ。向上心、向学心に富む奴ばかりで、メルの知識欲は他人の気がしないんだろうと思う。

 一応の部隊長である俺としては、誰かの土産物に禁輸品とか入っていないか心配だった。一緒に帰還される外交関係の高官の方からは、「よほどのものでなければ、後で書類仕事するだけですよ」と笑顔で請け負ってくださったけども……。

 まぁ、実際は特に問題ないようだった。強いて言えば、工廠の魔道具関係は国外持ち出しが厳しく管理されているようだけど、そういうことを察してか、誰も買って帰ろうとはしていない。



 大荷物を携えた俺たちは、転移門を通じて久しぶりに王都へ帰還した。さすがに、雪国のあっちと比べると、こっちの気候は優しく感じられる。というか、屋外で視界に雪が入らないってだけで大違いだ。

 転移門管理所を出ると、堅苦しい挨拶抜きで解散ということになった。みんなさっさと帰りたいだろうし……部隊としての大仕事はすでに済ませてしまっていて、今日までのは事後処理だったり観光だったりって感じだし。

 それでも部隊長としては、一人でさっさと……というわけにもいかない。散っていく仲間一人一人と短く言葉を交わし、その背を見送る。そうして場に残る顔ぶれが少なくなった頃、殿下が仰った。


「今日までお疲れ様。また今度、忙しくなるだろうけど……」

「いえ、ご遠慮なさらずに」


 やや申し訳無さそうな顔をなされた殿下だったけど、俺の言葉で微笑まれた。そして立ち去られる殿下を見送った後、俺は傍らにいるラウルに話しかけた。


「じゃ、行くか」

「だな」


 今から向かうのは孤児院だ。アイリスさんが操られてから助け出して今に至るまでのドタバタの中で、孤児院はすっかりご無沙汰になってしまっていた。それでも、俺があそこの先生になった当初と比べれば、知り合いが大勢先生になってくれたから、大丈夫だろうとは思うけど……。

 しかし、それでもなんとなく後ろめたさや申し訳無さ、そして緊張を覚える。ラウルも似たような感じだ。少し笑顔が硬い彼と一緒に、俺は孤児院へと足を向けた。


 本当に久しぶりの孤児院に着くと、みんな外で遊んでいるところだった。みんな、俺たちの姿を認めるなり、それまで遊んでいたネリーやジェニファーさん、シャーロットを放ってこちらへ駆け寄ってくる。そして、近衛の隊服のままの俺たち二人に、みんなが声をかけてきた。


「先生、カッコい~!」


 表現の違いは微妙にあるけど、だいたいみんなそんな感じのことを言ってくれた。

 ただ、言葉の違い以上に態度の差がある。本当にカッコいいと思ってくれてそうな子もいれば、新顔に近い方の子は戸惑いながらも声を合わせている感じだし、俺たちに慣れきって舐め腐ってるナマイキな子は茶化すようなノリだ。

 でも、まぁ……みんなかわいいな。従順な子からそうでもない子まで、俺たちはみんなに笑顔を向けた。すると、こどもたちを取られた先生ズが、こちらに微笑んできた。


「おかえり。寒かったでしょ?」

「まぁ……」


 ネリーに返答していて、なんだか急にハリーのことが気になった。彼に悪い気がするけど……まぁ、この二人は気にしないか。


 こどもたちは土産物や土産話に興味津々な風だったけど、外でってのも何だし、まずは院長先生に報告したい。そういうわけで、みんなに軽く謝ってから、俺たちは孤児院の中へ足を踏み入れた。

 院長先生は、いつもと変わりない様子だった。俺たちがいきなり遠方へ行ったことに関しては、やはり心配されたようだけど、一方で理解を示してくださってもいる。テーブルを囲む俺たちに茶を出しつつ、院長先生は言った。


「あの子たちの中にも、帰らなかった親というのはいらっしゃいます。でも、その事を以って間違っていた仕事だと非難はできませんし、したくもありません。きっと立派なお仕事だったのでしょう。あの子たち当人が、それを受け入れるまでは時間がかかるでしょうけど……」


 そう言って俺たちはしんみりしたものの、院長先生はすぐに笑顔になって問いかけてきた。


「少しはしたないようですが……あの子たちへのお土産、あなた方のことですから」

「そりゃもっちろんですよ」


 勿体つけず、少し食い気味にラウルが答えた。彼は背負ったカバンから色々と取り出していく。市販品ながらマナ効率が良くて軽い自己加熱型の手鍋、お湯割りで飲む瓶入りシロップ、焼き菓子たくさん、木彫りの銃士の人形……。


「結構買ったな……」

「いや、ホント。こんなに買ったっけ?」


 一通り取り出したラウルは、首をかしげた。その後、彼は「お前は?」と問いかけ、俺に促してきた。院長先生も、彼の土産に目を細めてから、俺に視線を向けてくる。


「俺の土産は、本が多いですね」

「ふふ、リッツ先生らしいですね」


 笑顔で言われて少し照れくさくなる。腰を肘で小突かれた俺は、軽く咳払いしてから話を続けた。


「共和国の歴史本と、国の紹介みたいな……小さい子でも読めそうなのと、ちょっと大きくなった子向けのを両方買ってきました。俺が読んでも割と面白くて、あの子たちも読んでくれるかと」

「ええ。きっと読むでしょう。でもその前に、私からですね」


 そういう院長先生の前に、俺は本を積み上げていった。


「結構買ったな、お前も……」

「……そうだな」


 俺も俺で、気がつけば結構買い込んでいたらしい。薄いのも厚いのもあるけど、積み上げるとそれなりの高さになった。

 でもまぁ……院長先生にはなんてことのない分量だろう。彼女はずっとにこにこ顔で、本の塔を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る