第497話 「共同戦線」

 それにしても……射撃中の方々は真剣だけど、一度射撃から離れると和やかな感じだ。俺たち以外のテーブルも、和気あいあいとした雰囲気がある。

 一応、ここも工廠の内部だ。職員の方が射撃に加わっている辺り、試験にも使われているんだろう。にも関わらず、部外者が立ち入ってのこの空気感は、かなりオープンなんじゃないかと思う。

 そんなことを考えていると、シエラに「何考えてるの?」と問われた。別に隠す必要もないと思い、気になったことを打ち明けると、フラウゼからやってきた面々は同意してくれた。


「こちらも、売店に比べれば機密度が高い区画には違いないだろうけど……言われてみれば、ちょっと緩さはあるかな」

「多分、軍属の人間の出入りを、普通に認めているからですね」


 銃士隊の方によれば、野外の演習場も当然あるんだけど、室内で射撃訓練をしたい人向けに、ここが解放されているのだとか。工廠からすれば兵は部外者だけど、それでも一般人よりはずっと信頼性の高い相手ということで、受け入れられているらしい。


「後は……この工廠自体、結構民間協力してますから、そのへんも緩いのかも……」

「そうなんですか?」


 食いつきのいいシエラに、銃士の方が微笑んで答える。


「こんな雪国ですし、赤いマナと魔道具がないと、やってられないっていうか……王政やめた辺りで、赤いマナの民生化が一気に進んだとか、歴史の授業で聞きましたね。その流れで、工廠も民間寄りになったのかなって思ってます」


 なるほどって感じだ。もともと魔道具の存在自体、「誰にでも魔法の力を」ってものだし……かつて王族固有の恩寵とされたものを下々に分け与える過程で、当時の工廠は新たな権力者に成り代わることよりも、人々に寄り添うことを選んだんだろう。

 今の話は、ホウキの民間利用を推進したいシエラにとっても、イイ話だったようだ。思いがけず遠くの国での事例を聞くことができ、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。


 しかし、そうは問屋が卸さないというか……にこやかだったシエラに、銃士の方が共和国軍でのホウキの利用について尋ねると、彼女の顔が真面目くさったものになっていく。無言で考え込む彼女の顔に、思い悩むような暗い陰がない辺りは安心だけど……。

 ややあって、彼女は「少し待ってて」と席を立った。そんな彼女が向かった先は、武官の方だ。何事か言葉を交わしあった後、二人してこちらへ向かってくる。


「私の一存で話せるものでもなくて……」

「ああ、なるほど」


 とはいえ、断るわけでもなく武官の方を連れてきたってことは、話せることもあるのだろう。少し期待感を見せる俺たちに、武官の方は口を開いた。


「結論から言えば、フラウゼ側の手法をそのまま転用するのは、難しいですね」


 彼に言わせれば、フラウゼ側の空中機動部隊のように、ホウキを乗り回しつつ銃を撃つのは、不可能ではない。しかし、実現にあたっては超えるべき難題がいくつもあり、もう少し現実的な実用案に目を向けるべきだという。


「実用的なものですか」

「はい。現状においては、魔法を使える兵を、ホウキに乗れるようにできればと考えています。我が軍でも少数である魔法使いを機動的に運用できれば、全体としてのパフォーマンスを底上げできるのではないかと」


 そういった話は、どうもラックスが提言していたらしい。なんでも、光盾シールド泡膜バブルコートを使える防御要員を空中から迅速に動かすことができれば、銃士への危険を大きく低減できるだろうと。

 俺たち近衛部隊としても、そういう運用には馴染みがある。陸戦部隊は全員反魔法アンチスペルを使えるし、ハリーは双盾ダブルシールドにも熟達している。そういった防御面に長けた人員とホウキを組み合わせるってのは、内戦下でも使った手法だ。

 ホウキによる機動的な部隊保護について、軍上層部は大きな関心を寄せているらしい。断言こそしないものの、フラウゼに対しこの件で協力をお願いすることになる可能性が濃厚だって話だ。


「そうなったら、シエラに直接頭を下げに来るかもな」

「……まさか~」


 仲間がはやすように言うと、シエラは口でこそ少し否定してみせるも、案外まんざらでもなさそうな感じだった。



 夕方、俺とウィンは夕食の席を共にした。殿下から、例の件についての相談相手として彼を勧められたからだ。しかし、薦めるだけの理由はあるのだろうけど、見当はつかない。

 今回相談するにあたって、アイリスさんにももちろん話はつけてあるけど、彼女もウィンが仲間についてくれそうという話には、喜びつつも驚きを示していた。

 アイリスさんとウィンとは、闘技場での訓練仲間だ。ウィンからすれば稽古つけてもらってる形になっているから、その恩で……ってことだろうか?

 他に思い付く理由は、前に彼が話していた功名心みたいなものだ。なんでも、彼の父がいわゆる毒親だったそうで……見返すというか、嫌がらせのために、自身の名を挙げて栄達を遂げたいって話だった。思いつく理由は、そんなところだけど……。


「どうかしたのか?」

「いや、考え事を」


 卓を挟んで対面にいる彼は、俺に少しいぶかしげな視線を向けた。まぁ、誘ってきた俺がこの調子では、変に思われて仕方ないだろう。例の件を打ち明けようにも、薦められた理由が気になって踏ん切りがつかない。「料理が来たら話すよ」と言うと、彼は「そうか」と短く返した。

 料理が来るまでの間、俺は店内に視線を巡らした。少し暗めの店内はかなり繁盛している。面と向かい合った相手に言葉が届かないほどの騒がしさではなく、一方で他の卓の会話は聞き取りづらい。万一聞かれても大丈夫なように、言葉を選びながら話せば問題ないだろう。いざとなれば筆談という手もある。


 程なくして料理がやってきた。腸詰め肉盛り合わせ、酢漬け野菜盛り合わせ、それにバンとサラダとホットワイン。元気のいいウェイトレスさんがテキパキとテーブルに並べていく。流れるように配膳を済ませた彼女は、「では、ごゆっくり~!」と笑顔で言って立ち去った。

 それを見送ると、ウィンが「で、話は?」と問いかけてきた。れているというより、単に興味があるように見える。


「実を言うと、好きな子ができて……」

「少し待て」


 意を決して口を開いた俺に、彼は待ったをかけてきた。少し考え込む様子を見せてから、彼が再び口を開く。


「俺が聞いてもいい話か?」

「いやまぁ……実を言うと、先に別の人に相談したんだけど、そしたらお前を薦められたからさ。それは後で話すよ」

「ああ……で、相手は?」


 あくまで落ち着いた様子を崩さない彼の問いに、俺は吸い込んだ息を細く吐いてから、「アイリスさん」と小声で答えた。

 周りには聞こえていない。しかし、彼の耳には届いたようだ。彼にしては珍しく、軽く目を見開いて驚いている。しかし、すぐに真剣な表情になって考え事を始め、やがてポツリと漏らすように尋ねてきた。


「お相手も同じ気持ちか?」

「ま、まぁな……よくわかったな?」

「お前ひとりで勝手に好意を持ってるだけなら、わざわざ相談なんてしないだろ」


 いい読みだ。確かに、彼女からも想われてなければ、こうして相談しようなんて思いもしないだろう。それから彼は、少し表情を崩した。


「おめでとう……ってわけにもいかないんだろうな。そういう相談か?」

「そういうわけだ。話が早くて助かるよ」

「しかしな……誰から俺を相談相手にと?」

「それは、なんだ、その……俺たちの部隊の雇用主」


 さすがにこの場で王太子殿下とか口走るわけにはいかない。幸い、俺が発言した意図を汲み取ってくれたようで、彼は「ああ……」と漏らした。殿下と何かしらあったのだろうし、思い当たる節があって察してくれたのだろう。彼は苦笑いして「まったく……」と言った。おそらくは、殿下に対する言葉だろう。


「状況はなんとなく分かった」

「そりゃ助かる」

「しかしな、始めに言っておくが、大した協力はできんぞ。俺も似たような立場だから、一種の同盟というか、お前に助けてもらうことすらあるかもしれん」

「助けるのは構わないけど……何? 似たような立場?」

「ああ、そういう話はされてないんだな……」


 どうやら、殿下がもっと暴露なされていたと考えていたようだ。俺が「薦められただけなんだ」と言うと、彼は「わかった」と答えてから、アンニュイな苦笑いを浮かべた。やっぱり話しづらいんだろうか……ややあって、彼は口を開いた。


「クリスティーナって覚えてるか?」

「クリスさん? あの?」

「たぶん、それだ」


 クリスさんと言えば、クリーガとの内戦時に戦った貴族のご令嬢だ。ウィンが受け持った川での戦いで、最終的には彼と一騎討ちした、因縁のある仲だ。終わって和解した後、特に不穏な空気も思わせぶりな感じもなかったけど……マジか。


「お前と、クリスさんが?」

「いや、慌てるな。別にそういうわけじゃない。順を追って話す」


 そうは言われたものの、ウィンの方がやや慌てているように見えた。言葉の区切りが多いのも珍しい。まぁ、話してくれそうなので、俺は彼のペースに合わせることにした。彼に一言断ってから、腸詰め肉をフォークで口へ運ぶ。


「実は、内戦が終わってから彼女と文通を……」


 勢いよく肉を噛んで、口の中に熱い肉汁が炸裂した。


「……ま、マジか?」

「言っておくが、クリーガから発つ際にそういう話をつけたわけじゃない。内戦が終わってから少しして、向こうから手紙が届いたんだ」

「……で、それに応じて返信して……」

「そんなところだ」


 先程やや慌てたところを見せたものの、彼の態度に照れや恥ずかしさはない。そういう性分なのかもしれないけど、思った以上に真面目な話なのかもしれない。俺は食事を進めつつ、彼の言葉を待った。


「最初の内は、かなり真面目な手紙が届いてな。国のあり方とか政治思想に関する問いとか……」

「へ、へぇ~、ちゃんと答えたのか?」

「まぁな」


 その手紙の内容自体、純粋に興味が湧いた。まぁ、口にするのもどうかと思ったけど。


「……で、文通を重ねるごとに、少しずつだが内容が変わっていってな」

「どう変わったんだ?」

「お互いの暮らしについて書くようになったり、向こうの文体が柔らかくなったり……」

「文体?」

「ああ。最初は……なんだ、年初ぐらいにしか会わない立派で気難しい伯父に宛てたみたいな、堅苦しい感じだった。今のは……まぁ、普通だな。敬語使われているのはそのままだが、表現は肩肘張らなくなったように思う」

「へぇ~」


 文体が変わったってことは……向こうの彼女が文通に慣れて、ウィン相手に少しずつ素になってきてるってことだろうか。そして少なくとも、そういう変化に気づける辺り、彼も彼でかなり真面目に文通をやっているんだろう。いいことだと思う。


「言っておくが、俺たちはお前たちほど進展しているわけじゃない。なんとなく、好かれてるんじゃないかとは思うが……」

「そ、そうか」

「……表現が難しいが、文通を続ける間に、もらう手紙が少しずつ変わっていくのが面白くなってな。待つのが楽しみになったのは事実だ。他の男とくっつくのを傍観するのが、ひどくもったいない感じすらある。たぶん、俺の方も好きになってるんだろう」

「ほ、ほう……」


 冷静に淡々と自己分析を重ねる彼に、俺は生返事しかできなかった。ただ、俺の前でこうも正直に話してくれる辺り、マジなんだろうとは思う。肝心のクリスさんの気持ちがわからないのが、一番の難点ではあるけど……。

「同盟組もうってことは、家柄やら何やらをどうにかってことか?」と彼に尋ねると、彼は肉を頬張って噛みながらうなずいた。それをワインで流し込んでから、彼は言葉を補足する。


「そこが面倒な話だと、自分でも思ってな」

「そりゃそうだ」

「いや、たぶん、お前が思っているのとは少し違う。前に俺が『偉くなりたい』とか話したのは、覚えてるか?」

「ああ、もちろん」

「あの場にはクリス嬢もいただろ? 俺が偉くなりたいがために、彼女に近づいて利用しようとは思われたくない。それに、俺は俺として自分の名を挙げたいんだ」

「なるほど」

「とはいえ、家柄の問題があって今のままじゃムリだろう。だからって、そちらは俺だけじゃ解決できない問題だ。だったら、せめて俺は自分にできることをと思ってな」


 こういう意地とかプライドは、よくわかる。それに見合うように研鑽を重ねてきているわけだから、みんなにとっても好ましいものだろう。当のクリスさんにとっても、彼のこういうところは魅力的に映るのではないかと思う。


「つまり、協力しようぜってのは、アレか。一緒に頑張って勲功を積もうぜ、みたいな」

「そういうことだ」

「……今までと大して変わらん気が」

「目標を口にしただろ、お互いな。俺とお前は、こういうことで手が遅いとみんなに思われてるんだぞ?」


 そう言って彼はワインをグイグイ飲んでから、まるでシラフみたいな顔で「大変化だろ?」と付け足した。

 言われてみれば、ごもっともだ。

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