第496話 「次の話」
11月16日。俺は共和国首都の魔導工廠へ足を運んだ。“今後”のためにということで、こちらの方々への顔出しなどを行うためだ。
工廠の見た目は、王都のものとあまり変わらない。無機質でのっぺりした質感の建物は、やはり窓が見当たらない。こちらも王都の工廠同様、防犯上の観点から出入り口が制限されているということだろう。
中に入った俺は、まず受付に向かった。職員さんは俺の身分証と所内スケジュールを照合するなり、かなり硬い態度になっていく。そこまでの客だという自覚はないけど……上の方でどのように話が伝わっているんだろうか。
ガチガチに固くなった受付の方は、俺を地下の方へ案内してくれた。そちらは寒いんじゃないかと警戒していたけど、意外にもそんなことはない。白い壁には薄っすらと赤いラインが走っていて、おそらくは赤いマナの力で暖気を行っているんだろう。
地下には、かなり広いスペースを取った射撃演習場があった。いや、そのように説明を受けたわけじゃないけど、そのようにしか見えない。いくつものレーンが平行に並んでいて、そのうちの多くは埋まっている。
目を引くのは、利用者の姿だ。銃士隊の制服を着た方もいれば、こちらの職員らしき方もいる。そして、フラウゼからやってきた、俺の戦友たちも。
俺が来たことに仲間たちが気づき、声をかけてきた。すると、受付の職員さんは「少々お待ち下さい」と断って、駆け出していった。程なくして戻ってきた彼女は、別の職員の方と軍の方を連れている。
「こちらが、リッツ・アンダーソン殿です」という受付さんのご紹介を受け、連れられたご両名がにこやかに手を差し出してきた。こちらも笑顔で握手に応じる。
その後ご紹介して頂いたところによると、どうも俺たち近衛部隊の実戦を目の当たりにし、「これは一度声をかけてみなければ」と思われたようだ。
「銃は他国での採用実績もあると、以前から耳にしたことはありましたが……まさか、飛行する部隊が銃を操るとは思いませんでした」
「なるほど。それは驚くでしょうね」
もちろん、こちらの国の方が、銃の扱いに関しては一日の長がある。フラウゼにおいては俺たち近衛部隊がイレギュラーだ。一方、こちらの国では銃を使う兵こそがスタンダード、魔法を使う兵の方が希少となっている。
そういうわけで、軍における銃の運用だとか技術面においては、共和国の方がずっと洗練されたものがある。しかしそれでも、俺たちみたいなのはかなり新鮮で、学ぶべきところも大いにあると感じられたのだとか。
「さすがに、空中機動部隊をそのまま我が軍に……というのは難しいでしょうが、それでも今後につながる何かがあればと。我が国の軍部指導層から、貴国王太子殿下に掛け合ったところ、まずは現場レベルでの交流をお認めいただいたという次第です」
「なるほど。道理で、見知った顔がここにいるわけですね」
同じ戦場を経験したせいか、俺の仲間とこちらの兵の方々は、すでにいくらか打ち解けているようだ。さすがに射撃中はいずれも真剣そのものといった風だけど、レーンから離れたところではテーブルについて談笑している姿が見える。
それにしても……火薬を使うタイプの銃だと、うるさくてくっちゃべってるどころではないだろう。それに比べると、
俺たちの協力関係とその経緯について武官の方から教えていただいた後、話は職員の方が引き継いだ。彼は、少し申し訳無さそうな顔で口を開く。
「何分、機密度が高い機関なものですから……お招きしておいて心苦しい限りですが、受付より上へのご訪問はご遠慮いただきますよう……」
「心得ました」
俺を上に通すとなると、色々と面倒なのだろう。というか、今回の戦いに関しては隠し事が多すぎる。そこへ来て、工廠中枢へ足を踏み入れようものなら、また厄介なことになりかねない。俺自身の事情もあって、職員さんには応諾した。
それから、俺は仲間たちが談笑しているテーブルの一つに近づいた。俺の仲間の他には銃士の方が同席していて、何やら真剣に語らっている。その中にはサニーの姿も。
俺の接近に気づくと、仲間たちが声をかけてくれた。一方、銃士の方は俺に軽く頭を下げてきた。この様子を見る限り、たぶんあの戦闘における俺の動きは知られていないようだ。内心ホッとしながら、俺はテーブルに同席させてもらった。
「今、お互いの銃の違いについて話していたところです」
「へぇ、違いとかあったんだ……」
「やってるうちに細かく変化したっつーか」
サニーたちは、それまでの雑談の復習をするようにして、俺に銃の変化について話してくれた。
共和国側で使っているような銃は、俺たちの部隊が結成された当初ももちろん使われていた。しかし、当時の銃は欠点があって、それは銃身が長いことだ。片手でホウキを操り、もう一方の手で銃を構えるとなると、狙い定めるには具合が悪い。銃身が長いほど、外側へ重心が移って取り回しが悪くなるからだ。
「ま、サニーは足腰の動きだけでホウキを操れるんだけどな」
「いや、それでも片手で構えて撃ちたい局面の方がずっと多いですよ。下手すると墜落しかねませんし」
そういう空中機動部隊の要請を受け、工廠が最初に取り掛かったのは短銃身化だ。その時その時の技術で行けるところまで銃を切り詰め、重心を手元へと近づける。銃身が短くなることで携行性が増すのも、荷を軽くしたいホウキ乘りにとっては重要な話だ。
そして、他にも銃に違いはあるらしいという。そこでサニーは、レーンの一つに向かって「シエラさん!」と呼びかけた。そちらには、射撃中の銃士に付いて何やらメモを取っていたシエラが。呼びかけに対し、彼女は銃士の方に軽く頭を下げてからこちらへ向かってきた。
「すみません、いきなり呼んでしまって」
「いいけど、何かあった?」
「僕らのと共和国のとで、銃の構造上の違いとか……少し専門的な話をと」
「ふーん」
俺たちの顔を一通り眺めた後、彼女は「専門家じゃないけど」と断りつつ、話をしてくれた。
フラウゼにあった銃は、共和国から仕入れたものだった。その当時の銃には、魔道具として大きな特徴があり、それは射撃におけるマナのロスが異様に少ないことだ。
「共和国では、魔法使いがあまりいないそうだから……魔道具以外でマナを使う機会はほとんどないと思う。だから、自分のマナを鍛錬する機会も限定されるはずで、そこを補うために効率性の高い回路を設計しているんだと思う」
「へぇ~」
彼女の見立てには、俺たちフラウゼの人間ばかりでなく、共和国生まれの方々も感心したように声を上げた。まぁ、言われてみればって感じなんだろう。やや得意そうになったシエラは、さらに話を続けていく。
「マナのロスが少ないのはいいんだけど、その分だけ重量もかさんでいてね。こちらの銃士隊は長射程が持ち味で、あえて機動力を高める必要はないと思うけど……」
「ホウキと組み合わせると……って話か」
「うん。重量とマナの効率性のどっち取るかって話になって。もちろん、効率性のいい回路に利点はあるけど、ホウキに乗れるレベルなら魔法使いとしても一定の水準は確保できるからね。軽くするから、マナの面では頑張ってもらうことにしたわけ」
「へぇ~」
俺はほとんど銃を触ったことがない。そんな俺ばかりでなく、銃に慣れ親しんでいる他の面々も、この話は中々興味深いものだったようだ。
すると、説明してくれたシエラが、逆にサニーに問いかけた。
「撃つ側としては、それぞれの技量とかスタイルに違いとかあるの?」
「かなりありますよ。ホント、びっくりしました」
「そんなに?」
「狙いの精密さというか……精密な速射では、ちょっとかないませんね」
サニーの話によれば、こちらの銃士隊の方々は、短い間に連続して標的を狙い撃つ技術がすごいらしい。一方、褒められた銃士の方に言わせれば、飛び回りながら狙い撃つのは「正気とは思えない」そうだけど。
「そもそも、僕らは空を飛ぶところからして夢物語なんですけど」
「それはそうですが……」
「……ところで、寒くなかったですか?」
「ヤバかったですよ」
「ホントホント」
まぁ、雪国の初冬にホウキ乗り回してりゃなぁ……正直な返答に、卓を囲んだみんなで笑った。
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