第499話 「冬にも花は空に咲く」
12月3日10時。王都北区公会堂にて。会議室内には様々な顔ぶれが並んでいる。殿下、アイリスさん、冒険者、ギルド・工廠・魔法庁の職員、そして軍部の方……。
戦闘力が高い集まりではあるものの、別にどこかへ攻め込もうってわけじゃない。この場の司会を任された俺は、やや空白が目立つ企画書に目をやりつつ、口を開いた。
「お集りのみなさん、本日はお忙しいところご足労いただきまして、ありがとうございます」
「いいぞ~」
悪友が
「この度は殿下からお声がけいただきまして、年の暮れに王都近くの上空で
俺の話で室内が少しざわつく。ただ、なんとなく予想はできていたみたいだ。今年の8月末にも、こんな感じのメンバーでやったわけでもあるし。違いといえば、殿下がおられることと、アイリスさんの参加、それに魔法庁への協力要請ぐらいか。
アイリスさんが帰還して早々の提案ではあるものの、話自体は共和国滞在中に、殿下とシエラと相談したもののだ。まず、持ち上がった企画に対し、殿下御自らお言葉を賜ることに。そう厳粛な感じでもなく、普通に話しかけるような口調で、殿下は仰った。
「皆も知っているように、今年は本当に色々あったね。中でも、父が政務の場に復帰したというのは、私にとっては大きなことだった。その、ようやく立ち直った父への快気祝いと、この国や諸国の未来への祈りを込めて、一年の締めくくりに例の企画をどうかな……と思ったんだ」
異論をはさむ奴はいない。実際、こういう取り組みは良いことだと思う。殿下のお言葉に継ぐ形で、俺は言った。
「リーヴェルム共和国から、ホウキ普及に向けた勉強のためにと、向こうの軍や工廠から人員を送られています。そこで、『こういう使い方もしてますよ』とアピールするのも、良いことではないかと考えています。これも国際親善になるでしょうし」
俺の意見には、みんなうなずいて賛同してくれた。特に、シエラを中心とする工廠メンバーは、我が意を得たりとばかりに嬉しそうだ。ホウキの軍事転用に関し、シエラはもう吹っ切れた感じがあるけど、それでもやっぱり民間利用に重点を置いている。
それと、少し前に彼女と話したことだけど、この企画はアイリスさんのためのものでもある。去年の正月、みんなで一緒に空描きをやろうと約束したものの、彼女が共和国へ行ったことで、仲間外れみたいになってしまったからだ。
そして……今後の情勢を考えると、タイミングを逃せば一緒にこういうことをする機会が、なかなか来ないかもしれない。そういうわけで、殿下からのご提案に飛び乗ったわけだ。
ただ、共和国から帰ったばかりのアイリスさんに対し、気遣う声はもちろんある。操られた件は周知されていないものの、それでも色々と忙しくて気苦労もあっただろうと。
しかし、大勢の心配をよそに、彼女は朗らかな笑顔で言った。
「前々から一緒に混ぜてもらいたいと思っていましたから、この場に誘っていただけて、とても嬉しいです」
疲労感を感じさせない彼女の口調や態度は、強がりでもないとみんな感じ取ったのだろう。そういった心配事がなければ、彼女の参加は望むところではある。彼女の参加表明だけで、場の士気がちょっと盛り上がっていく。
とはいえ、こういう状況を好ましく思うものの、彼女のこととは別に懸念事項もある。水を浴びせるようで少しためらいも覚えつつ、俺はみんなに向かって言った。
「陛下に見ていただくということですが、安全を踏まえると、わざわざ王都の外へご足労願うべきではないと」
「そうだね。城から眺めるか……それよりは、中央広場に出て、住民と一緒に楽しむ形になるかと思う」
となると、王都からそう遠くない場所でアレをやる必要が出てくる。すると、仲間の一人が声を上げた。
「王都のすぐ上でやるってのは?」
「いや、万一の事故が起きたら大惨事でしょ? それはちょっと……」
さすがに、シエラがすぐさま指摘した。彼女の発言に、ラックスも付け足していく。
「観客からの距離が欲しいかな。『ちょっとやらかした』ぐらいのミスなら、うまくごまかせると思うから」
二人の発言に、王都直上案は引っ込んだ。まあ、見上げて首が痛いってのもあるだろうし。
となると、王都の城壁外の上空でやることになる。ただ、それはそれで問題がある。
「今までは海の上でやってたから、落ちてもまぁ……って感じだったけど、陸の上だとそうもいかないと思う。王都直上を避けたとしても」
俺が発言すると、仲間たちから唸り声が聞こえた。
従来のように水上で演技した場合、何かしらのトラブルに見舞われても、着水までの間に
幸い、そういう事故が起きたことはない。それでも、悪いケースへの備えは、仲間たちばかりでなく、この企画に関わる外部の方々の安心感にも関わることだ。水上よりも危険度の高い、陸地上空でやるとなると、それなりの用意が必要となる。
そこで今回、魔法庁にお出まし願ったわけだ。安全性の検討ということで、ギルドと工廠連名による活動報告書が、魔法庁へと事前に渡っている。
少し場が静まり返った後、それらしい書類から目を上げ、魔法庁庶務課の課長さんが口を開いた。殿下がいらっしゃるせいか、いつもよりも少しお堅い感じの口調だ。
「これまでの活動に関しては、軽微なインシデントも発生しなかったとのこと。各種安全対策を講じた上、”従来通りの活動”であれば問題なく承認するところです」
「魔法庁的に、陸の上でというのは?」
「何かしら、追加の安全対策は必要でしょうね。ただ、殿下のご意向もあることですし、こちらとしても喜んで協力させていただければと思います」
その一言で、緊張した空気が緩んだ。
もし万が一落ちた場合の対策には、一応目星をつけたものがある。随分と前の戦闘で、俺が確か
「
と、頼もしい回答をいただけた。用法へのツッコミがない辺り、課長さんも想定済みの流れだったのだろう。その魔法で非常時の安全を確保できるかどうかの検証、それに並行して緊急対応訓練を行うということになった。
万一の備えについて、段取りがついたところで、今度は実際に何を空に描くかの話に入った。案はいくつかあるだろうけど、まずは俺から。
「とりあえず、花がいいんじゃないかと思うんだけど」
「ほう」
「マナの色のバランスを考えると、ちょうどいいかなって。それに、共和国から大勢いらっしゃっただろ? でも、せっかく"花の都"へ来たってのに、この季節じゃ街の彩りが少し寂しいからさ」
「それに、わかりやすいモチーフの方が、小さい子も楽しめるだろうしね」
俺の意見にラックスが乗っかり、みんなもいい案だと認めてくれた。
マナの色のバランスってのは、どの色にどれだけの人員を割り当てるかっていう話だ。花の場合、花びらを担当する緑以外の色は、描く線の総延長こそ短めなものの、小刻みな機動が要求される。さらに、色を染める場合はマナの負担も加わるわけだ。
一方、茎や葉に関して言えば、緑色なのでマナの負担はない。花びらに比べると大きく移動する必要があるけど、細かく動かす必要がない分容易だ。
このように、花びらと茎・葉では難度が結構違う。そこで、よりホウキの運用に慣れている俺たち冒険者組が花びらを担当し、軍部の方には茎と葉をお願いしようというわけだ。
というのも、軍部ではもっぱら偵察・連絡に、ホウキを用いている。長距離移動はお手の物だけど、戦闘機動のようなアクロバットは、まだ軍として手を付けていない。それに、軍としては一握りのエースを作ろうというのではなく、今は兵の実力を可能な限り揃えたい。となると、花びら担当みたいなのは、まだ時期尚早ってわけだ。
そういった役割分担について、軍部の方々はすんなり認めてくださった。彼らからすれば、俺たち冒険者は空の先輩にあたるからか、相応の敬意を持っていただけているようだ。軽いところのある俺の戦友たちも、軍の方々の態度には、ちょっと恐縮しているのが見て取れた。ただ……。
「いつまでも、難しいところをお任せしてばかりというのも……とは思います。いずれ、我々もあなた方と同じ水準に立てれば、そういう気持ちで臨ませていただく所存です」
そうやって、軍の方々は気骨のある頼もしい笑みを見せてくれた。いずれ、所属に関係なく完全に混じり合って、同じ絵を描けるようになるだろう。血なまぐさい世の中だけど、それでも、いつかきっと。
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