第478話 「運命の戦い②」

 魔力の火砲マナカノンという選択肢を失った私は、少し間合いを取った。相変わらず、リッツ君から仕掛けてくる気はないみたい。ま、コイン投げぐらいはするだろーけど。

 それでも、私は光盾シールドを構えた。今まで本気でかかってきた連中と違い、リッツ君が平民なのはわかる。でも、この場を任されるだけの何かがあると、私は感じた。

 アイリスちゃんも、きっとそう思ってるんだろうね。心の奥は、深い悲しみの中に、なけなしの一欠片みたいな希望が揺らいでいる。

 だから、もう油断はしない。きっちり戦って、始末してあげる。


 気を取り直した私は、数発のボルトを放ってから、また彼につっかけた。でも、突きばっかりでは通る気がしない。

 そこで私は、もう顔も思い出せない大勢から盗んだ技を、もうちょっと織り交ぜて畳みかけることにした。斬って払って突いて薙いで……アイリスちゃんのしなやかな肉体と、見た目以上に強靭な骨格は、私が思い描く剣技の全てを忠実に再現した。手にした剣の軽さも相まって、刃は縦横無尽に彼を襲う。

……はずなんだけど、彼の間合いの見切りは、どういうわけか完璧だった。「常に間合いを取りながら、防戦に徹しているから」というのでは説明がつかないくらいに、気持ち悪いほど正確に、私の乱撃を避けてさばいていく。上段斬りは上肢の動きだけでかわされ、返す刃の切り上げは剣で受けられ、突きは体を横にして避けられ……下半身の安定を保ったまま、連撃をうまく捌かれてしまった。

 思い出したばかりの技じゃ、シンクロ率が足りないのかな? それとも、まだ死んでないこの子が、無意識に足を引っ張っているのかも。私は技を心体になじませるように、斬って払って突きまくった。

 でも、それでも結果は変わらない。


 そうしてやりあっていくうちに、私はリッツ君に対して抱いた違和感の正体に気づいた。単に、斬り合いでの結果だけ見れば、今まで戦ってきた連中と何も変わらない。

 ただ、彼にはデキる奴に良くある威圧感みたいな、それらしい雰囲気がなかった。それに、剣の振りや体捌きに、前の連中ほどの鋭さがない。これまでの奴らが、人間側でも相当の猛者だって考えると、むしろ比べちゃかわいそうなのかもしれない。

 で、このリッツ君は、結果だけ見ればそういう連中と同じように私の剣技を受けきった。動きの鋭さスピード感のなさは、もしかすると動き始める早さで補っているのかもしれない。あるいは、十分受けきれるタイミングで動き出しているから、あえて鋭く動く必要がない?

 もしもそれが本当だとしたら……私が心を読めないってのに、コイツには動きを読まれてるってわけ?

 ありえない。


 不可解なのはそれだけじゃなかった。最初に受けた胸の痛みの正体がわからない。これが私の罪悪感とかだったら、帰ってから爆笑すれば済む話だけど……この、よく分からない男に、何か攻撃されたのだとは思う。

 彼は、決して強そうには見えない。剣で語り合っても、その印象は変わらなかったけど、それでも彼は無傷で生き残っている。この妙な相手に、私は胸中に強い警戒心が芽生えるのを感じた。


 一度距離を取って様子を見よう。これまでよりも浅い剣撃を繰り出した後、私は後ろへさがった。

 だけど……魔法が出てこない。構えた右手から逆さ傘インレイン出なかったことに、私は動揺した。書きかけの魔法陣は、紫のマナへと還って、雪に紛れて消えていく。

 それでも私は表情を変えず、気を取り直して矢を撃った。こっちは撃てる。だけど、こんなのじゃ打ち崩せない相手だって、もうわかってる。散弾で面制圧しないと。そうやって動きを封じたところに、剣を叩きこまないと。

 でも、再び書こうとした魔法陣は、またしても形になることなく霧散してしまった。戸惑いと苛立ちが、私の心を揺らす。私が、この程度の魔法も書けなくなった? それとも、何かされてる?

 私が魔法陣を書こうとしている間、リッツ君は私に向けて右手を構えていた。それが何を意味するのかわからないけど、とりあえず、逆さ傘に頼れないと考えても間違いなさそうだった。

 となると、他に使えそうな魔法は、あまりない。魔力の矢ぐらい隙がない魔法だって、彼に通じるって気はしない。いくら連射しても、どうせ剣で捌かれる。そして……他の魔法となると、隙が大きかったり使い勝手が悪かったりで、矢よりもずっと分が悪い。

 だったら、やっぱり接近戦で詰め切るしか?


 魔法をやめ、接近戦に切り替えようと、私は剣を構えた。だけど、剣先が微妙に揺れている。

 どうして? こんな奴に恐怖を覚えるなんて、そんなはずはない。まともに直撃を与えられていないけど、それは防戦に徹してるから。決して、相手が上手うわてなわけじゃない。

 それでも、何か変化が起きているのは明らかだった。相変わらずかすかに震えて定まらない剣の切っ先を、私は忌々しく感じた。見つめた先に重なる、この白い吐息さえも、うっとうしい。


……息が上がっている? まだ、そんなに経っていないのに、どうして?

 この子が足を引っ張ってるとか、そういうのじゃない。本当に、この体が疲れてるんだ。だけど、思い当たるものなんて何もない。心臓が早鐘を打つ。息が荒くなる。どうして、私が追い詰められてるの? きっと、動揺が動揺を呼んでるだけ。落ち着けば、きっと解消できる。

 だけど、心の中を落ち着けようとしても、べったりまとわりつくような疲労感は、力が抜けていくような感じは、まったく拭えなかった。


 こうして剣を構えるだけになってから、どれだけ経った? きっと1分も経過していない。なのに、永遠の責め苦みたいに感じる。

 目の前に立つ男が気に入らない。感情を抑え込んだ無表情に、冷たい視線が合わさって、それが私を嘲笑あざわらっているみたいに感じる。

 そして、だんだんと耐えられなくなってきた。体が重い。まるで、私の身体じゃないみたいに……。

 こんなことって、今までになかった。まさか、本当に、あいつに触発されて、この子が力を取り戻そうとしているの?

 だけど、そんな兆候はない。息苦しさを覚えながらも、心の奥底を覗き込むように精神を集中させると、アイリスちゃんは相変わらずだった。暗い闇の中に、消え入りそうな灯が閉じこもってる。


 だったら何なのよ!


 この子が体のコントロールを取り戻そうとしているわけじゃない。そんなのわかってる。だけど、体に力が入らない。

 やがて、本当に立つのもつらくなって、私は構えた剣を地に刺し杖代わりにした。一度奪った体で、こんなの……屈辱だった。

 そこで一瞬、大師様の顔が脳裏をよぎった。ここで負けてやるつもりはない……そのつもりはない、けど、万一のことを考えると、もう離脱しなきゃ。


 だけど……帰り道の確保のため、右手を宙にかざした直後、心臓が止まるような感覚に襲われた。逆さ傘を出せなくなったことを思い出した。もしかして、これも……?

 寒い。体が冷たい。どんどんどんどん弱気が起きて心を取り囲んでくる。自分の境界が曖昧になる。どうして? 今まで感じたことのない恐怖に、戸惑いに、私は叫びそうになった。その叫びを、この子に聴かれるかと思うと、頭がおかしくなりそうだった。

 でも、そんな心配は要らないのかも知れない。もう、アイリスちゃんの存在が、輪郭のないノイズぐらいにしか感じられないから。奪ったはずの体から伝わる情報も、こちらから与える意思も、何もかもが間延びして薄めた無意味なものになっていく。

 認められない。認めたくない。だけど、この子に施した私の魔法が、私そのものといっていい秘術が、力を失っていくのがわかる。いずれ私はこの体の支配を喪失し、この体は誰のものでもない抜け殻になる。そしてきっと……本来の持ち主が力を取り戻す。


 私は強い意志をもって、この体の顔を上げた。ぼんやりとして曖昧な視界の中、今まで戦っていたリッツさんが、舞い散る雪の中で淡い光を放っているように見えた。

――リッツさん? 吐き気がする。私とこの子が混濁している。目元が熱い。この子は自分を取り戻し、私は追い出されて一人ぼっち? 周りのくだらない連中に笑われる? せっかく、ここまで来たのに……この子は、私を置いて一人で幸せになろうっての?


 力を失いかけた中、私の強い憎悪はこの体を動かしてくれた。無意識に手を伸ばした先は――腰に携えたナイフだった。

 あなたたちだけ幸せになるなんて、そんなのナシでしょ……見捨てないで、一緒に苦しんでよ。

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