第477話 「運命の戦い①」
昨日の夜から降っていた雪は今も続いていて、地面を真っ白に染め上げている。
だけど、こんな寒い中でも人が出張ってお誘いしてあげているのに、向こうはなかなか動いてこない。
ただ、今日はちょっと本気モードみたいな雰囲気が漂ってる。張り詰めた緊迫感の中に、戦意の高まりみたいな感じのね。わざわざ気持ちを読んであげるまでもなく、向こうが何か仕掛けてくるってのが伝わってくる。
ホント、かわいらしいったらありゃしないんだから。思わず口にも力が入る。
それにしても、連中は本気でこの子を取り戻す気なのかな? 今まではのらりくらりとした、いい加減な貴族がお手合わせしてくれたけど、そうやって一騎討ちの茶を濁す裏で兵はそれなりに死んでる。それこそ、映画のエキストラみたいに。
そして、この子はそういうどうでもいいその他大勢の死に心を痛める、とてもカワイソウな女の子だった。この体で誰かを殺さなくたって、この子の心は死に向かって擦り減っていってる。
さっさと諦めてあげるのが優しさだと思うんだけど……向こうは、「助けてやるから、もうちょっと苦しめ」って言ってるのかな?
大した思い上がりだと思う。
それで……今日はどんな感じで、あがいてくれるのかな。ちょっとワクワクしながら向こうの様子を眺めていると、一人の男がこちらへ向かって歩いてきた。
服装は、今までお相手してくれた人たちと比べると、ちょっと地味目。この子と戦うのにふさわしい連中ってことで、今までは貴族ばっかり相手だったけど、あの人たちとは違う身分なのかな?
向こうの雰囲気から、今日は本気でかかってくる感じは、やっぱりある。本気のお相手は、侯爵、お父様に続いて三人目。それが、今回は普通の平民っぽい男の子で、ちょっと傾向を外してきたのかなって感じ。
ま、半端な奴だったら瞬殺できると思うけど……弱りに弱ったアイリスちゃんじゃ、今の私は止められないんだから。
男の子がさらに近づくと、やっぱり平民なんだと直感した。貴族の連中みたいな、無意識の無駄な風格がなくて、ああいうのと比べると冴えない感じすらある。
ただ、そんなでも自分のことを場違いだとは思っていないみたいで、顔からは強い戦意を読み取れた。それがなんだか、ちょっと気に入らない。
すると、私の心の奥底が疼いた。そこに押し込めた、この子の気持ちが揺れている。あ~、なるほど……今まではこの子に探りを入れても、大して教えてくれなかったけど、コイツにどういう感情を抱いているのかはわかる。不安と絶望で押し潰されそうになりながら、消えかけの希望が必死に輝いている――風前の灯火ってやつね。
アレを斬って倒せば、いよいよこの子は私のものになる。お父様を斬っても無理だった、この子が。ヤる前の景気づけに、あの戦いのことを思い出すと、私の中で声にならない悲鳴が響いた。
このカワイイ声も、今日で聞き納めと思うと、寂しいやらなんやら。死にに来た彼に聞かせてあげられないのも、ちょっと残念だった。ま、彼にも聞き納めの声を楽しんでもらおうかな?
「リッツさん、カッコい~! まさに悲劇のヒーローって感じですね! あなた程度で本当にどうにかできるだなんて、夢みたいなこと思ってます? あなたが死んだら、この子も死ぬよ? そしたら、あなたのお墓にこの子の名前も刻んであげるね!」
だけど、煽ってやってもリッツ君は反応を返さない。冷たい目でこっちを見てくるだけで……この辺りは本気でかかってきた連中と同じね。ただ、だいぶ格落ちはするように見えるけど。
そう考えると、今回のお相手は反応が薄くて力量が劣りそうな、つまらない玩具みたいな男ね。せっかくノコノコやってきたんだから、最後の宴を楽しませてほしいんだけど。
少しの間、静かに向き合っていると、リッツ君はこちらに向かって右腕を構えた。
ポーズで終わらせるって雰囲気じゃない。これまでの、本気の連中もそうだった。最初の一発は、当てる気で撃ってくる。きっと、彼もそのつもりなんじゃないかな。それで、たぶん一発撃って終わり。
まぁ実際、一発ぐらいならいいかなって思う。思い出作りにね。
――なんて思っていたら、みぞおち辺りに強い苦しみを覚えた。膝をつきそうになるくらい苦しいけど、弱みを見せたくはない。ちょっとこらえて立ち、胸元を確認する。
外傷はない。一点だけを穿つような鋭い痛みは、もしかしたら
急いでリッツ君の方に目を向けたけど、彼はまだ右腕を構えたまま。撃たれる前だって、彼から目を外しはしなかったけど、それから記述に入るそぶりは見えなかった。見えない速度で書いたのだとしたら、見かけ以上に危ない男だ。もう少し警戒しないと。
ただ、追撃をしようって感じはない。すでに
そして、何を考えているのかわからない。無表情の奥底を覗いてみようと意識を集中させても、彼の感情は伝わってこなかった。読ませない奴ってのは、たまにいる。それ自体、取り立てて脅威じゃないけど……不意に襲い掛かってきた苦痛のこともあって、これまでの連中とは一味違う男だっていう感じがしてきた。
そんなリッツ君を観察していると、彼の右手の指に紫の輝きを見た。マナリングに紫のマナがこめられているみたい。
それに気づくと、心の奥底がシクシクと傷んだ。ああ、なるほど。お別れの前に、彼に指輪を渡していたんだ……おままごとみたいな奴らね。カワイイ。
で、リッツ君は思い出の品を、わざわざ殺し合いの場につけてきた、と。指輪をチラつかせて、この子に働きかけ、どうにかしようだなんて思っているのなら、ホント笑っちゃう。その程度で私の魔法が敗れるわけもないのに。
だけど、この子が渡してやったマナで、この子の体を撃ちぬいたのなら……これからもそういうことをするつもりなら――かなり面白いって思った。なんだか、「他所様に迷惑かけた」とか言いがかりつけて、婚約指輪つけたまま殴ってくるDV男みたい。
だけど、リッツ君はそのまま立ち尽くすばかりだった。やっぱり、一発撃って終わりなのかな? 私自身、彼には少し興味が湧いてきたところだっただけに、少し残念。
でも、彼を切り刻めば、この子が完全に私のものになる。そう思うと、急き立つ気持ちは止められなくて、私を前に突き動かした。
無意識に剣へ手が伸び、一気に間合いを詰めて彼に突きを放つ。
ただ、彼は急襲に対してきちんと対応してきた。後ろに引きさがりつつ、剣を抜いて構えてくる。私からの初撃は、軽くいなされてしまった。
だけど、こっちは一発で終わりじゃない。心の奥で健気に泣き叫ぶ声をBGMに、私は突きの連撃を繰り出した。頭、首、みぞおち、へそ……体の正中を中心に攻め立て、時折横に散らしてかく乱も入れる。
でも、彼はそれらを剣一本で
でも、違和感もある。少し妙な感じを覚えた私は、軽い踏み込みの突きを受けさせたその隙に、後ろに飛びのいて魔法を放った。
まずは
そこへ今度は
ただ、直撃こそ免れたものの、
だけど……腕を構えて記述に入ったところで、私の肝が冷えた。そのまま書いていれば火砲が通ったはずの射線上に、彼が何かを指ではじいて飛ばしてきた。いちいち確認する暇なんてなかったけど、たぶん魔獣のコインだと思う。
これが、撃ちだしたばかりの火砲に当たっていたら……もしかしたら、誤爆していたかもしれない。この子の体だけは、傷つけられない。
そして……ここまでのやり取りを踏まえると、この牽制が偶然だとは思えなかった。あまり手加減したつもりはないけど、こちらの動きを見切られていたように思えるから。
それにしても、一歩間違えればこの子が大怪我をしかねなかった。そんなバクチを、リッツ君は顔色一つ変えずにやってみせた。
どこか、狂ってるんじゃないかな?
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