第476話 「共和国へ③」
中には大きなテーブルが用意してあって、こちらの将官の方々がそれを囲んでおられた。司会席らしきところにおられる、将軍にしては年若い女性が、共和国第三軍の将軍メリル・ウィンストン閣下だろう。
こちらの閣下については、フォークリッジ伯と殿下から、すでにいくらかお話をしていただいている。なんでも、アイリスさんのホームステイ先のお方で……アイリスさんの日記みたいな報告書によれば、お姉さんに近いご友人だとか。
そして、そういう間柄とご自身のお立場に加え、こんな状況が降って湧いて、心痛を重ねられているのだと。
それでも、閣下は弱気なところがなく、毅然として威儀を保たれておられる。一緒に肩を並べることになる相手として、頼りになるお方だと感じた。
俺たちが席につき、まずは殿下から俺たちについてご紹介をしていただいた――俺が、一騎討ちの場に赴くということも。話は事前にいっているらしく、驚かれはしなかったけど、視線はこちらに集まってほんの少しざわつかれた。
ざわつきが静まったところで、さっそく本題に。まずは、精神操作に関しての調査を、エリーさんの口から話してもらうことになった。彼女は「新情報としては些少ですが」と前置きして、話し始める。
「我々は、他国の魔法庁に当たり、精神操作の関与があったと思われる事件と囚人を調査しました。しかし、すでにご存知かと思われますが、そういった事例がそもそも希少です」
「はい」
情報が少ないと宣言した矢先に、この発言だ。場の空気が少し重くなる。しかし、エリーさんは平然とした様子だ。彼女は落ち着いた口調で、話を続けていく。
「その少ない事例において、症状の再発は見られませんでした。サンプル数が少ないのは確かですが……対象者の証言では、『幻聴や幻覚がなくなった』とのことです」
「それはつまり、取り置きができないのではないかと?」
「その可能性が高いものと思われます。少なくとも、対象者が痕跡を感じることはないようです」
その情報は、かなり前向きなものだ。事が成った後に、頭を悩ませないで済むわけだから。肝心なのは、どうやってそれを成すかだけど――それは俺の仕事だ。
エリーさんの発言を、他の方々も好材料と取ったらしい。場の空気は緊張感を保ちつつも、希望が見えたという感じが出ている。そんな中、エリーさんはさらに発言を重ねた。
「ご存知かとは思いますが、昨年の秋から冬にかけ、我が国において内戦が勃発しました。その際も、精神操作を受けたのではないかと思われる事例があったのですが……」
「……当事者が、もういないのですね?」
将軍閣下が問われると、エリーさんはうなずいた。
「情報を漏らされないようにと、術者が処分したものと思われます。そして、そうした処置を取ること自体が、再発がないと見る理由のように考えられます。またいつでも操れるのであれば、生かして泳がせるメリットの方が大きいと思われますし……そもそも、虜囚となることはないでしょうから。先に口封じをしたことで、露見しなかった事例もあるでしょう。魔法庁が掴んだ事例の少なさは、そこに起因するものと思われます」
「なるほど」
エリーさんの話は以上だ。「お役に立てたのなら幸いですが」と、控えめな感じで結んだ彼女だけど、後顧の憂いを断てそうな情報という意味では、かなり大きいと思う。
話は続いて、俺たちが実際にどう立ち回るかのものへと移った。まずは一騎討ちについて。殿下が口を開かれた。
「これは、もともと我が方に委任するという話を聞いていたが、相違ないか?」
「はい。何かしら手段をお持ちであれば、ご随意に」
「了解した。実際に戦うのは、こちらのリッツ・アンダーソン殿だが、どういった手法を用いるのか、私も詳細は知らない」
殿下があけすけに仰ると、さすがに皆様方は驚かれたようだ。信じられないという目で、俺と殿下を交互に見比べてこられる。ただ……。
「精神操作のような外法を、真っ向から破ろうというという考えのようだ。決して公表できない、深遠な術理を用いるのだろう。それを承知した上で、私は彼を信任している」
「かしこまりました。我が軍といたしましても……戦いの結果がいかなるものであろうと、それを受け入れます」
将軍閣下のお言葉に、他の将官の方々もうなずいて同意された。それでも、俺にはやっぱり視線がチラチラ集まって……まぁ、気にはなるんだろう。当然か。
その後、話は部隊のみんなをどう扱うかのものになった。この件に関しては、殿下よりもラックスの方が手っ取り早い。殿下が彼女の家名に言及されると、こちらの国でも通用する名前のようだった。当事者のラックスも、それには驚いた様子だったけど……。
気を取り直したラックスは、前にウィンと問答したことを述べていった。陸上戦メインで防御魔法に長けた面々は、こちらの銃士隊に組み入れた方が良いのではないかということ。一方、空戦部隊は独立した機動戦力として運用すべきではないかと。
彼女の意見に対し、居並ぶ将官の方々は、特に疑問を挟まなかった。ただ、懸念事項がないわけでもない。その点について、ラックスが触れる。
「我が隊の陸上戦力につきましては、貴軍銃士隊の全隊に組み入れるほどの頭数がありません。また、隊員同士の連携で防御効果が高まりますから、二人一組で運用できればと考えております」
「では、左右両翼の部隊に編入する方向で調整します。中央はすでに我が方の貴族が入っている部隊が多いので。それと、差し支えなければ、我が軍の制服を使って頂けませんか? そちらの方が、変に目立って狙われにくいものと思われます」
「では、そのように、よろしくお願いいたします」
そういうわけで、陸上部隊は銃士隊に組み込み、この軍の兵になりすますことになった。一方、空戦部隊についても、制服は貸与していただく事になった。ただ、運用は独立した戦力になる。
「動きがあるまでは、銃士隊の後方で陸上待機していただくべきかと。最初から姿を表して向こうに警戒させるよりは、然るべきタイミングで発する奇襲に用いるのが有用と思います」
「はい、私も同意見です」
将軍閣下にラックスも同調した。俺たちとしても、異論の挟みようはない。
ただ……ここまでの話は、一騎討ち以外の部分で戦列が動いた場合の対応に関するものだ。アイリスさんを取り戻す上で、魔人側に邪魔させない手立てにはなるけど、彼女を術中から救い出す手助けそのものにはなりえない。
その辺りは、皆様方も承知しておられるんだろう。言葉には出さないまでも、肝心の部分が未解決だとばかりに、心配そうな視線がこちらへ飛んできた。
とりあえず一通りの話が終わり、決定事項を各隊と共有するため、将官の方々が動き出された。その流れに従い、俺たちも幕舎を後にしようと、席を立つ。
すると、将軍閣下に呼び止められた。呼ばれたのは、俺とマリーさんだ。この組み合わせだけで、話の内容がなんとなくわかってしまう。
呼ばれた後、俺は殿下に顔を向けた。すると、殿下はたいへん慈悲深い微笑を浮かべられた。
「こちらのことは、私たちに任せればいい」
「かしこまりました」
そうして、外で出られる殿下を見送った後、俺たち二人は将軍閣下の元へ向かった。広い幕舎の中、たった三人だけになり、急に静かになって物寂しい気分になる。
すると、将軍閣下は、柔らかくも哀しそうな笑みを浮かべられた。
「あなた方お二人の事は、彼女がよく話してくれました」
「……アイリス様から?」
「ふふ、あなたは『アイリスさん』って呼ぶのでしょう?」
将軍閣下に訂正されると、どういうわけか、ものすごく恥ずかしくなった。
「……彼女にお国のことを聞くと、あなた方の名前がよく出ました。それに、シエラさん、ネリーさん、セレナさん、エリーさん、ラックスさん……素敵なお友だちに恵まれているのね。あんまり楽しそうに話すものだから、私もすっかり覚えてしまって……」
そこまで仰って、閣下は目を潤ませられた。横ではマリーさんが、表情を崩さずに涙を流している。
「……こんな形であなた方に遭うことを、私は心の底から恥じます。ですが、どうかお力添えを、あの子を助けてください。お願いします……!」
軍議のときと同じ方とは思えないくらい、閣下は感情を表に出してこられた。ご自分では情けなく思われているようだけど、俺の目には、今までお会いし関わってきた、立派な貴族の方々と何一つ変わらない。王都で出会った方々も、クリーガで出会って戦った方々も、こちらの閣下も……重すぎる何かを背負わされて、それでも懸命に戦ってこられたんだと思う。
俺があの子を助けに行くのは、当たり前のことだ。しかし、そうすることでこちらの閣下も助けられるのなら、それはそれで喜ばしくもあるし、誇らしいことだ。荷が増えただなんて、まったく思わなかった。そもそも――こちらのお姉さんは、アイリスさんの友だちなんだから。
「任せてください。どうにかします」
将軍相手に掛ける言葉と思えないくらい、具体性に欠く宣言だけど、信じてもらえたみたいではある。涙ぐみながらも、閣下は微笑まれた。そこへ、マリーさんがわずかに声を震わせながら告げる。
「何するつもりかは存じませんが、期待は裏切らないものと思います」
「……そう。ふふ、本当に、素敵なお友だちなのね」
「あなたもですよ」
何の気なしにそう言ったところ、閣下は声もなく涙を流し始められた。すると、マリーさんに腰を小突かれた。
「罪作りな男ですね、まったく」
☆
そして三日後……俺たちは、運命の日を迎えた。
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