第475話 「共和国へ②」

 マリーさん、エリーさんとの再開の後、俺たちは転移門をくぐってリーヴェルムの地を踏んだ。

 ただ、実際に到着したのは、共和国首都クリオグラスの転移門だ。国をまたぐ形での転移は、それぞれの首都同士でつなぐというのが通例らしい。一度、首都へ向かってから乗り換える形で、目的地へつないでもらうのだと。

 転移した俺たちを待っていらしたのは、転移門の管理者の方と、威厳がある初老の男性だった。装いを見る限りでは、為政者というか、高級官吏というか……華美ではないけど、風格がある感じだ。

 その男性は、殿下の姿を認めるなり立礼をされた。そして、共和国主席議長、ローレンス・ハワードだと名乗られた。国のトップが、お出迎えしてくださったわけだ。

 立礼に対し、殿下ももちろん対応なされたけど、先に議長閣下が動かれたことには大きな意味合いがある。殿下も当然、そこに思い足らないはずがなく、議長閣下に向かって問われた。


「私はあくまで、国家元首の代理として、ここに参じております。議長殿の方が、位としては上にあたられるのではありませんか?」

「位だけ見ればそうなりましょうが……今の式礼は、一個人としての非公式な物と捉えていただきたく存じます」


 つまり、国としてのポーズってわけじゃない、そう仰っている。そもそも、この場での面会自体が、非公式には違いないだろうし。

 一個人としての礼をなされたこと、そして議長閣下のお顔をうかがった感じでは、こうして殿下と近衛の兵を迎え入れることについて、相当複雑な思いを抱いておられるようだ。会話の切れ目の空気も、それを物語っているように感じられる。


 ただ、沈黙はすぐに途切れた。議長閣下が取り出された親書を、殿下が受け取られると、閣下は仰った。


「事前にお伝えしたとおり、議会及び軍部から全会一致での承認が出ております。そちらは、その書状です」

「……確かに」


 権力者同士のやり取りは落ち着いたものだけど、間近に聞くだけで緊張感が高まっていくのがわかる。内戦の時とはまた違う、大きなものがかかった戦いに参加している、そういう感覚が一層強くなっていく。

 その緊張を一層強めたのは、権力者お二方のご様子だ。あまりゆとりがあるようにはまったく見えず、かなり硬い表情でいらっしゃる。そのことが、今俺達が直面している事象というものの大きさ、深刻さを思わせた。


 書状の授受が済むと、議長閣下は「では」と仰って俺たちにまで頭を下げられた後、転移門の間を辞去しようとされた。その背に、殿下のお声が飛ぶ。


「必ずや、吉報を」

「……よろしくお願い申し上げます」


 そうして議長閣下が立ち去られると、部屋の空気は少しだけ弛緩した。別に威圧感で以って応じられたわけじゃないけど、それでも緊張はする。そうして少しだけ力が抜けたところに、殿下がつぶやくように仰った。


「私がやるわけじゃないんだけどね……」

「いえ、ご命令を下さるのが殿下であり、動くのは我々ですから!」


 隊員の一人が殿下のボヤキに応じた。俺が言うセリフなんじゃないかと思わないでもないけど……まぁいいか。

 その後、殿下は転移門管理者の方に向かって声をかけられた。


「では、用意を」

「はい。こちらクリオグラスから、前線最寄りの転移門までつなげます」



 首都の転移門を中継として、俺たちは目的地に到着した。こちらは、転移門管理所の周囲に陣地が構築されていて、物資の集積拠点の役目も果たしているみたいだ。倉庫らしきものや、積み重なった物資が至るところに見られる。

 それにしても、寒い。今着ている隊服は、内戦の時に使ったのと同じで、寒さには十分対応できるはずだけど……気温差はいかんともしがたい。服の隙間という隙間から、容赦なく寒気が攻め込み、靴で隔たれているはずの地面からも、凍えるような冷気が這い上がってくるようだ。

 そんな寒さに身を震わせながら、俺たちは陣地の外を目指して歩いた。俺たちがこちらへ来るということは、当然、すでに通達済みなのだろう。俺たち一団を目にした兵の方々が、一般兵から将官に至るまで、直立不動の敬礼で俺たちを受け入れ、見送ってくださる。

 陣地を出るまでの間、特に声をかけられることはなかった。たぶん、声をかけられても、返す言葉に困っただろう。全てにケリを付けた後、言葉を交わせたらとは思うけど。


 陣地の外に出た俺たちは、前線へ向かおうとホウキにまたがり始めた。とはいえ、俺は飛ばせないから、誰かと相乗りする形になる。そこで、俺はラウルに呼びかけた。


「悪いけど、頼む」

「しゃ~ね~な~、ホレ」


 承諾をもらい、彼のホウキに二ケツすることに。他にホウキに乗れないのは、マリーさん一人だ。教えればすぐに慣れそうな感じではあるけど。彼女はシエラと同乗することになった。

 意外だったのは、エリーさんもホウキに乗れるってことだ。どうも、ヴァネッサさんがホウキに乗れるようになったと、エリーさんに自慢したことがあったようで……ちょっと頼み込んで、練習させてもらったのだとか。ホウキのスペアがあったので、彼女にはそれを使ってもらうことになった。

 それぞれ間隔を開け、離陸体勢に入る。すると、ラウルが俺に話しかけてきた。


「なんか、号令とかしないか?」

「俺が?」

「いや、今回はお前が主役だろ? 俺たちは付け合せの野菜みたいなもんだし……」

「殿下もか~?」


 ラウルに対し、ツッコミの横槍が入ると、そこかしこから含み笑いが漏れる。殿下も、笑っていらっしゃる。そんな空気にいたたまれなくなったようで、ラウルは軽く咳払いした。


「……で、号令」

「わかったよ……じゃ、出撃!」


 俺が声を上げるも、「なんか、締まんねえな……」という不平が飛んでくる。それに俺は「今はお荷物だからなぁ!」と逆ギレ気味に返すと、悪友連中は声を上げて笑った。

 まぁ……ノリはいつもの感じだ。待っているのが世紀の一戦になるかもしれないけど……重苦しくなりすぎるよりは、俺たちらしさを活かせるだろう。

 そんなことを思ったものの――俺の、締りのない号令の代わりが、俺たちの背を押してくれた。戦場へ向かう俺たちに、陣地の将兵の方々が、勇壮な雄叫びをかけてくださっている。さすがに、これに不満を言う奴はいなかった。



 ちらちら小雪舞う中ホウキを飛ばし、俺たちは前線の陣地に到着した。空から見るその威容には圧倒されるばかりで、先程の陣地が単なる中継地点なんだと、すぐに理解できた。ここは、長年に渡って魔人側とにらみ合いを続けてきた、国の一大拠点なんだ。

 着陸する俺たちには、すぐにお迎えの方々がやってきた。殿下を目の前にしても緊張しすぎることにない、風格がある将官の方々だ。そんな彼らは、殿下の私兵である俺たちにも、礼を尽くした態度で迎えてくださった。俺としては少し過分に感じてしまうぐらいに。


 しかし……案内されて陣地を歩いていくと、転移門があったところとは兵の方々の空気が違っていた。俺たちに対する態度は友好的だけど、ふとした拍子に目にする彼らの顔には、どこか思いつめたような陰が見え隠れする。将官の方々の対応も、そういうところから来たものなのかもしれない。

 そうして案内されたのは、陣地中央にある幕舎だ。ここで、こちらの軍を切り盛りする将軍閣下と、今後について話を詰めていくことになる。

 ただ、別に全員必要ってわけではなさそうだ。殿下は当然こちらの軍議に出られるとして、俺も必須。後は作戦面の話でラックスが殿下の補佐に、精神操作に対する調査を話すということで、マリーさんとエリーさんも話に加わる……といったところだ。

 そこで、残った面々には陣地の案内や、周辺の地勢について教えていただくということになった。一つ気になったのは、メルが何かこの件で情報を掴んでないかってことだけど……ずっと俺を探してたんだよな、たぶん……。

 余計なことを言わずに飲み込み、俺はみんなと一緒に幕舎に足を踏み入れた。

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