第474話 「共和国へ①」

 11月1日朝。今日は、いよいよリーヴェルムへ向かう。

 ただ、移動手段には当然、転移門を用いるところだけど、集合場所は転移門管理所にほど近い公会堂だ。俺と殿下、シエラの他には、ラックスも一緒に行くことになっているけど……別の場所、それも広めのところで集合するほど、大勢向かうんだろうか。


 疑問をいだきながらも集合場所へ向かうと、謎はすぐに解けた。集まってきている顔ぶれは俺もよく知っている連中で、ホウキやら魔力の矢投射装置ボルトキャスターを携行しているのも見える――近衛部隊のみんなだ。

 みんな意気に満ちた顔をしているけど、俺が来たことに気づくと、急に空気が湿った。やっぱり、心配させてしまったんだろう。あらためて、悪いことをしたと思う。

 ただ……久々に顔を合わせたことで、安心してもらえているようだ。その事自体は嬉しいけど、一方で「マナを出せなくなった」とか言い出すのが、やはり厳しい。避けては通れない責任というものがあるだろうけど……。

 互いに口を閉ざし、静かな中で一人思い悩んでいると、最初にハリーが口を開いた。


「リッツ……間に合ったんだな」

「……ああ」


 その、「間に合った」の中に、「どこかで俺が何かに取り組んでいたんだろう」というニュアンスを感じた。彼の中では、俺は常にそういう存在だったのだろう。それを、俺は裏切らないで済んだ。

 ただまぁ、間に合った結果、マナを使えなくなったって話すのは……士気が下がるんじゃないかって気がする。そこで俺は、殿下とラックスが来るまで、打ち明けるのを遅らせることにした。事情を知っている二人に、この件に関してフォローしてもらった方が、動揺させずに済むと思ったからだ。


 俺が来てから少しして、今度はシエラがやってきた。ホウキを携えてここに来ていることから、みんな彼女が同行するとすぐに察したようだけど、そのことについて驚いてもいる。それはそうだ。いつも、待つ側の子だったんだから。

 案の定、「シエラも一緒かぁ」と、ホウキ乗りの一人が言った。その言葉に、彼女は気力が満ちた顔でうなずく。


「一人で待ってられないから、私も行くよ」

「師匠が一緒ってんなら、心強いぜ」


 そう言って仲間がはやし立てる。銃を使いつつの戦闘機動では、今やサニーが第一人者になりつつあるけど、全体的な飛行技術ではシエラに優位がある――とか、サニーが言っていた。

 まぁ、実際の優劣はさておいても、空を飛ぶという一面において、彼女はみんなの師匠だ。それはいつまでも変わらない。アイリスさんを取り戻そうという戦いへの出発を前にして、彼女がこの面々に加わったことは、みんなの戦意を大いに高めた。


――いや、ちょっと待て。そもそも、みんな、アイリスさんが操られてるってことを知っているんだろうか? その可能性が高いとは思いつつ、下手に聞いてやぶ蛇になる危険も思い、俺は盛り上がるみんなを前に煩悶とした。


 それからまた少しして、殿下とラックスがいらっしゃった。俺たちが礼を示そうとする前に、殿下から先手を打って「楽にしてね」というジェスチャー。俺たちの扱いに関しては、本当に手慣れた感じでいらっしゃる。

 ただ、殿下が来られたことで、場の緊張感が高まったのは間違いない。俺も、自分自身の事情から、心臓の高鳴りを感じた。

 まずは、状況確認だ。みんなが、アイリスさんのことをどこまで知っているか。俺は殿下に「お尋ねしたいことが」と話を持ちかけ、少し離れたところへ一緒に来ていただいた。


「彼らは、アイリス嬢の件について、どこまで知っていますか?」

「私が知りうる限りは。知らせたのは、ごく最近だよ」

「それは、今回の出撃のために?」

「ああ。私一人で出向いて何かあったのでは、彼らにこそ申し訳ないと思うし……私の指揮権にある私兵という扱いだけど、彼らの技量ならば、共和国軍とも良い連携を取れるのではないかと思う」


 なるほど。しかし、みんなが一緒というのは心強い一方、ここでしくじれば、いよいよ隠し立てできないところへと追い込まれてしまうのではないかという懸念もある。

 ただ、その懸念は、そう大きく暗いものではなかった。初めてアイリスさんの一件を知らされた、あの日に比べれば大違いだ。きっと、そのことを知らされてなお、強い意志を持ってここにいるみんながいるからだろう。


 あらためて覚悟が決まった俺は、殿下に「マナの件を、今からみんなに話します」と殿下に告げた。すると、殿下は俺とみんなの顔を見比べた後、お顔が誰かに同情するような、微妙な微笑みになっていく。

 それから、俺と殿下はみんなのもとへ戻り、俺はみんなを前に深呼吸をした。悪友連中からの賑やかしはない。空気を読んでいるんだろう。そして、俺はみんなをまっすぐ見据えて、口を開いた。


「驚かずに聞いてくれ」

「お前の話なら、大抵は驚かんって」

「逆に期待」


 軽口こそ飛んでくるものの、眼差しは真剣だ。そんなみんなを相手に、俺は言葉を続けていく。


「実は、俺はマナを出せなくなったんだ。ただ、これはアイリスさんを術中から助けるために考えた魔法の影響だから、あんまり心配しないでほしい」

「……心配するなって言ってもな」


 やはり衝撃が大きかったのか、みんな驚き唖然としている。そんな中、他よりは冷静さを保っているウィンは、俺に言葉を返しつつ、辺りに視線をめぐらした。


「先に、殿下に聞いていただいたってところだな。そこにラックスが同席、シエラは別口か?」

「さすが」


 俺が戻って以降の動きを彼が見抜くと、みんなも少しずつ落ち着きを取り戻していく。先に知っている人がいて、すでに受け入れられていると認識したからだろうか。

 一方、一足先に冷静になったウィンは、俺に問いかけてきた。


「教授、いくつか聞きたい」

「ああ」

「それは、解除できない魔法か?」

「いや、永続するようなものじゃない」

「だったら、お前がマナを使えないままでいる理由は、ないんじゃないか?」


 ああ……よく気づくな、本当に。実際、俺がその魔法を解除できるのなら、そうしないでいるのは不可解に思うだろう。

 解かない理由というのは、もちろんある。しかし、それを説明するのは難しい。決して世に出せない、ロクでもない魔法の仕組みについて、少しでも言及することになるのは、できれば避けたい。俺は罪悪感を覚えつつ、答えた。


「詳しくは言えないけど、この魔法を使いっぱなしにする理由ってのも、一応はあるんだ」

「……なるほど。お前がそう言うくらいだし、殿下がご承認されるのなら、これ以上追及しようとは思わないが……」

「私は信認しているよ」


 殿下が口を挟まれると、ウィンは諦めたような笑みを浮かべた。すると、そこへ今度はラウルが口を開いた。


「そんな状態で、お前も戦いに行くのか?」

「そのつもりだけど……」

「心配ないと思いますよ?」


 会話に割り込んできた声の主に視線を向け、俺は驚いた。近衛部隊の隊服に身を包み、ホウキを携えたメルがいたからだ。驚く俺に、メルは「体験入隊です」と、笑顔で言った。みんな普通に受け入れているし、一介の魔法使いとしては俺よりも上だから、問題はないんだろうけど……。


「で、心配ないってのは?」

「王都へ帰る前ですが、マナを使えない状態でも戦えていた様子でしたので。たぶん、剣技を磨いたんじゃないでしょうか」

「でもなぁ、『マナを使えなくする魔法』はリッツしか知らなくて、肝心のリッツは『マナを使えない』ってんだろ?」

「……さすがに、抜け道は用意してると思いますよ。少なくとも、水たまリングポンドリングは、この中の誰よりも持ってて、しかも使い倒しているはずですし」


 やっぱり鋭いな。俺が考えていることのある程度まで食い込んできている。魔法について考えたり、新しい魔法を探求したりするという点においては、きっとメルが一番の理解者だと思う。その彼の説得力によるものか、ラウルは疑問を引っ込めた。


 その後、俺に対して質問が飛ぶことはなく、一安心と思ったところ、今度はサニーが発言した。


「リッツさんが、今回の作戦の主役になるわけですよね?」

「そうなるけど」

「現場指揮はどうしましょうか? 最上位の権限は、殿下がお持ちになられることと思いますが……」

「実際に指揮するのは、私以外の方がいいね。君たちを直接指揮したことはないから」


 そこで、殿下に代わって誰を指揮官に立てようかという話に。すると「ラウル」とウィンが呼びかけた。


「ん、俺か?」

「それがベストだと思う。ラックス、共和国軍は魔法を使わない兵が主体なんだな?」

「うん。ほぼ全員が、ボルトの間合いよりも遠くから射撃する銃士だね。魔法の訓練はしていないはず」

「となると……相手方の意向次第だが、俺たちを固めて使うより、バラけさせてほしいと思うんじゃないか? もしものために、各銃士隊に防御魔法を使える連中をと」

「実際には、すでに魔法を使える貴族の方々が配されているはずだけど……全体にくまなく行き渡っているわけじゃないから、そういう需要はあると思う。それに、長距離戦を旨とする銃士隊の中にあって、私たちの陸戦部隊は、そのままでは浮いた駒になりかねない。だから、連携という意味では、むしろバラすのが正解かもしれない」


 実際に、そういう運用をすることになるかどうかは、すり合わせてみないとわからない。殿下の近衛という名目でやってきた部隊を、一度バラして再編することに、向こうがどういう考えを抱くかもわからない。

 ただ、一つ確実に言えるのは、空戦部隊はそれ自体で独立した戦力になり得るだろうってことだ。


「共和国軍は、射程が武器なんだろ? だったら、戦場を広く使うはずだ。俺たちの空戦部隊も、機動力をフルに使うことになるんじゃないか」

「で、俺が指揮官?」

「隊長経験があって、視野が広くて、声が大きいからな」


 声が大きいのところに、やや不満がありそうなラウルだったけど、指揮官を務めることについては異存がないようだった。俺もみんなも、彼に任せようということで話がまとまった。


 それから、俺たちは転移門管理所へ向かった。出発に向けた挨拶は、特にない。やるなら決戦前にということだ。あちらへ着いて、そう遠くないうちにその日が来るという。

 公会堂の敷地を出て街路に入り、大勢でぞろぞろと歩いていく。すると、向こうから駆け寄ってくる人影があった――マリーさんだ。その後ろで少し離れ、エリーさんもこちらへ近づいてきている。

 その二人の姿を認め、俺の脳裏に閣下との会話が蘇った。実家に帰ったという話だが、素直に従ったとは思えない――そんな話だったけど、きっと、本当だったんだ。


 いつもクールで余裕たっぷりの彼女に似つかわしくないくらい、全力疾走でこちらへ向かってきた彼女は、俺の前で立ち止まった。膝に手を置き、息を切らしている。何から何まで彼女らしくない。

 でも、それは上っ面だけだろう。アイリスさんに対する想いは、何一つ変わっていない……そう直感できた。

 やがて息が整うと、彼女は顔を上げて言った。


「申し訳ありません、いきなりこのような……」

「いえ、いいんです。何か、用件があるんですよね?」

「はい……その、おそらく同じ案件を探っていたことと思いますが、その調査事項を」


 周囲に人通りが少ない北区とはいえ、往来ではある。そんな状況を加味してか、「アイリス様」とも「精神操作」とも口に出さない辺りは、やっぱりマリーさんだ。それだけのことにしみじみとした思いを抱くと、目が合った彼女は、少し瞳を潤ませた。

 そして、取り出した走り書きのメモを握りしめ、彼女が口を開こうとしたところ、殿下が先手を打たれた。


「一つ、いいかな?」

「……はい、なんなりと」

「いや、往来では話しにくかろうと思ってね……私たちと一緒にどうかな? これから、リーヴェルムへ発つところなんだけど」


 殿下の申し出に、マリーさんは不意をつかれて硬直した。そんな彼女に、殿下が言葉を続けられる。


「彼女にとっても、君は重要な友だから……違うかな?」

「仰せのとおりです」


 一切ためらわず、即答する辺り、殿下も少し面食らわれたようだ。ただ、いい意味での予想外だったのだと思う。殿下はどこか嬉しそうに微笑まれているし、後ろに続くみんなも……マリーさんとアイリスさん両方と面識のある女性隊員なんかは、つられて涙ぐんでいる。

 それから少しして、エリーさんが合流した。すでに状況は把握しているらしく、俺たちの集まりを見ても驚いた様子はない。まぁ、連絡手段ゼロでいなくなった誰かさんと違って、外連環エクスブレスとか持っているんだろう。魔法庁の中でも要職にある方だし。

 落ち着いた様子で「出発ですね」と尋ねてくるエリーさんに、殿下はうなずかれた。


「あなたも知っていることと思うけど、今から共和国へ」

「承知しております。ところで、殿下。実は私、12月まで長期休暇を取っておりまして……転移門の使用許可も得ております」

「……心強い限りだけど、魔法庁的に大丈夫かな?」

「拒絶されれば帰国するまでです。それに、こちらの思惑が成れば、戦線を大きく押し戻せるでしょう。その際のお役に立てればと存じます」

「なるほど。貸しを作ろうと」


 殿下の問いかけに、エリーさんは不敵な笑みで応えた。

 そうしてにわかに同行者が二人増えると、悪友の一人がおどけた感じで声を上げた。


「メンバーが豪華すぎる、どうなってんだ?」

「人徳だろ」


 その人徳が誰のものか、いちいち問う奴はいなかった。その場のみんなで顔を合わせ、俺たちはただ静かにうなずいた。

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