第473話 「反撃の兆し」

 お屋敷で色々あった翌日の昼、殿下の居室にて。俺はマナを使えなくなった件と、それが意図的なものであること、そういう魔法を編み出したということを打ち明けた。

 卓を囲むのは、殿下の他にラックスとアーチェさんの二人。いずれも、俺の話がにわかには呑み込めないようで、かなり困惑している。

 その中で、一番落ち着きを保っていらっしゃるのが殿下だ。魔法庁での検査結果を、すでに耳にされているとのことだ。ただ、症状が意図的なものだということ、そういう魔法を作ったという件はさすがに初耳で、やはり驚かれた。


「見たほど深刻じゃなくて、何か裏があるんじゃないかと、メルが指摘していたけど……まさかね」


 メルには少し見抜かれていたというのには、俺も驚いた。さすがの観察力と洞察力というか……。

 ただ、俺にとっては幸いだったのかもしれない。前もって彼がそういう見解を示していたことが、殿下が俺の証言を信じられる後押しになったように思う。ここで打ち明けた話について、殿下が信用なされたことで、ラックスもそれに同調した。「にわかには信じがたいですが……リッツのことですし」というのが、彼女の言だ。

 一番、信じられないという反応を示しているのが、アーチェさんだ。俺たちが知らない魔法や技術を知っているかもしれない彼女に、殿下が少しためらいがちに問われた。


「アーチェ、君は彼の言う魔法というのに、心当たりは?」

「いえ……そういった効果のある魔道具や設備などはありましたが、魔法という形式では……少なくとも、公には知られていないものと思いますし、実際にも存在しなかったのではないかと」

「なるほど。つまり、この分野では古代人を超えたと」


 微笑みながら、殿下が仰った。本当にそういう魔法がなかったのかどうかはわからないけど、アーチェさんがああ言うくらいだから、本当になかったんだろう。史上初、なのかもしれない。その認識は、興奮よりもむしろ責任というものを思わせた。緊張で少し体が硬くなり、テーブルに目を伏せた俺に、殿下が話しかけてこられる。


「詳細は、明かせないかな?」

「……申し訳ございませんが、事が終わるまでは……終わっても、然るべき機関に報告し、そこで話が止まるかもしれません」

「いや、いいんだ。むしろ、自分の功績だとして言いふらす奴じゃなくて安心したよ。そういうところは、もともと信頼してたけどね」


 俺が隠し通そうとする理由を、殿下は察してくださっているように感じる。しかし、考えは共有すべきだとも思う。言わないことを逃げのようにも感じる。そこで俺は、言えない理由を口にした。


「お察しいただけていることと思いますが……世の有り様を一変させかねない魔法になりえますから」

「ああ、承知しているよ」


 自分の色のマナを出すってことは、この世界では自己認識に関わることだ。実用面でも、生活に大きく関わっている。王都に入る時だって、身分証に自分のマナを通さなければならない。マナを出せない今は、わざわざ自分のマナを入れておいた水たまリングポンドリングでどうにかしたぐらいだ。

 そんな世の中に、マナを使えなくする魔法が知られたら、どうなるだろう。確かなことは、何も言えない。アイリスさんを救うためだけに使って、後は俺が墓まで持っていくのが正解という気さえする。

 ただ、マナを使えなくするという危険な魔法を、俺一人が知っているというのは、それはそれで危うい状況なのだろうという自覚はある。

 それでも、殿下は俺を信頼してくださった。ラックスも、アーチェさんも。


 俺からの話が一通り終わると、殿下は今後の流れについて教えてくださった。


「11月になったら、私が向こうへ行く予定だった」

「殿下が、御自ら?」

天令セレスエディクトで、どうにかアイリスに働きかけられないかとね。ただ、望み薄ではあるし……君がある程度自信を持っているのなら、私はそれに賭けたい」

「……お任せください」


 殿下のお言葉に、俺は答えた。詳細を明かしていないにも関わらず、このように信任していただけていることに、応えてみせなければと思う。


 そうして次の予定を耳にしたところで、俺はシエラのことを思い出した。アイリスさんを一緒に助けに行こうと、昨日約束したばかりだ。正直、こっちの約束は絶対に裏切れない。なんとか懇願して、同行を認めてもらわなければ……。

 しかし、かなり緊張しながらも、その旨について陳情すると、あっさり快諾していただけた。


「同行者が多少増えるくらいなら、構わないよ。アイリスにとっても、大切な存在だろうしね。救出後の離脱を任せるのなら、むしろ適任だと思う」

「ありがとうございます」

「工廠には、私たちの方から通達を出しておこう」


 つまり、国として彼女の同行を必要と認めた、そういう形式を取ろうってことだ。こういう話を口約束で終わらせるようなお方じゃない。シエラの予想とはだいぶ違う形での出立になりそうだけど、最低限の約束は果たせたのではないかと思い、俺はホッと胸をなでおろした。



 殿下との面会を辞去した後、俺はラックスと一緒に王城を後にした。

 しかし、城を出て敷地内の庭を二人で歩いていると、彼女に対する申し訳なさが急激に膨らんでくる。思えば、アイリスさんの話を聞かされた後、俺が走って逃げだして、その流れで姿をくらましたわけで……一番、心配かけてしまった相手かもしれない。

 幸いと言うべきか、庭は静かで、他に誰もいなかった――いや、聞かれたって構うものか。とにかく、逃げずに向き合い、謝らなければ。

 俺が庭内で立ち止まると、彼女はそれに気づいて振り向いた。「何?」と聞いてくる彼女は、普段の調子だ。さっきの話で希望を持ってくれたのか、暗い感じはない。腹も決まったんだろう。ここで以前のことを蒸し返すことに、いくばくかの抵抗感を覚えつつも、俺は彼女に頭を下げた。


「心配かけて、本当にごめん」

「……そうだね。ホント、心配したよ」


 彼女の落ち着いた口調の中に、俺は怒気を少しばかり感じた。より一層、彼女に対する罪悪感が胸を占める。

 すると、彼女は「ふふっ」と笑った。それを妙に思って頭を上げると、彼女は本当に微笑んでいた。


「怒ってないよ。心配はしたけどね」

「ごめん」

「いいよ」


 それから、彼女は目を閉じて口を閉ざした。何か言葉を探しているのか、あるいは考えをまとめているようにも見える。

 やがて、彼女は静かに目を開け、俺に話しかけてきた。


「あなたが居なくなったとき、本当に心配だったけど……この状況を覆すために動いているんじゃないかって、心のどこかで思ってた。それを希望的観測とか、現実逃避みたいに捉える自分もいたけど……合ってたね。信じて良かった」


 返す言葉に困った。勝手に居なくなった俺のことを、信じて待っててくれた……そう思うと、気持ちの整理がつかなくなる。


「……連絡手段がまるでなかったのは、本当に反省してる」

「それは……ちょっとね。でも……」


 取り立てて責めるでもなく、俺の反省に同調する程度に留めた彼女は、なにやら考え事を始めた。そして……。


「私たちから切り離されたからこそ、あなたのいう危険な魔法に、本気で打ち込めるようになったんじゃない?」

「……かなわないなぁ、本当に」

「……私だって、リッツにはかなわないよ。無事を祈ることしかできなかったから……」


 そう言って彼女は、どこか寂しそうに笑った。

 言葉が途切れてから少しすると、木枯らしが吹き付けてきた。急に冷えて、二人で体を震わせる。


「立ち話もなんだし、さっさと出ようか」

「そうだね。誰か来ると恥ずかしいかもだし……」

「ラックスも?」

「私は違うけど」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは庭を後にした。

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