第458話 「棄てられし者たちの森②」

 実験台になれ――青年の提案にウェイドは押し黙ったが、残る五人は興味を示した。特に、標的となった魔法使いの二人は。ウェイドは「やめろ、無視しろ」と反発するものの、魔法使いの少女は戸惑いながらも口を開く。


「どういう実験か知らないけど……話ぐらい聞いてみてもいいと思う」

「バカか。わざわざこんな真似してとっ捕まえて、金で納得させようってんだぞ。どうせロクなもんじゃねえ」

「まぁな」


 ウェイドの言葉を青年はあっさり認め、それから実験について少し詳細に話していく。

 一人あたりの日当は、自治領基準で言えば三日分の稼ぎに匹敵する金額であった。提示額としては申し分ない。実験に関わらない四人にまで支払いがあるのだから、なおさらである。

 しかし、肝心なのは、その実験内容だ。青年は告げる。


「二人には、俺が考えた魔法を受けてもらいたい」

「どうせ、危険な魔法なんだろ」

「ああ。殺すつもりはないが、もしかするとそうなるかもしれない。人に使える安全な魔法かどうか、試すための実験だ」

「ふざけんなよ!」


 羽交い絞めにされつつも憤り、怒りに身をよじらせるウェイドだったが、魔法使い二人の考えは違うようだった。二人は顔を見合わせ、少し考え込む。そして、片割れの少年がウェイドに向かって口を開いた。


「僕らは、殺されていてもおかしくなかったと思う。殺すつもりで仕掛けたわけだし……その人は一瞬で僕らを始末できるだけの力があると思うから」

「だからだよ。別に、このままなら殺す気はねえんだ。だったら、努力賞だけもらって逃げ帰ればいいじゃねえか」

「でも……このまま食い詰めてどうすんだって、ウェイドは言ったじゃないか」


 ウェイドは口ごもった。状況に反抗しようという気力を見せる彼だが、仲間の前ではいた唾を飲むようなことはできなかった。そこで、もう一方の魔法使いが口を挟む。


「死ぬかもしれないけど、死なないように配慮はしてもらえますよね?」

「そのつもりだ」

「お金は後払いですか?」

「たくましいな……毎朝その日の分を払ってやるよ」


 その言葉で被験者二人の気持ちは固まったようだ。覚悟を決めた顔でうなずく二人に、残る四人は申し訳なさそうな表情になっていく。

 そこで、青年はウェイドを解放した。すぐにでもナイフで刺し殺せる距離に、青年が背をさらしているが、ウェイドは動き出せずにいる。

 すると、青年は腰の小物入れから金貨を取り出した。真面目に数えているようには見えない金勘定ではあるが、受け取った少年少女はその日の日当を十分に満たすものであると確認した。そうして支払いが生じたことの意味を察し、六人は息を呑む。

 次に青年は、黒い手袋と二つの指輪を取り出した。彼は魔法使いの二人に問いかける。


「この指輪は知ってるか?」

「い、いえ……」


 やや狼狽しつつも少年が答える。一方の少女は、小さく首を横に振っている。

 すると、青年は指輪を一つずつ手渡し、自身は右手に手袋をはめながら言った。


「手で軽く握って、マナを出すんだ。そうすれば指輪に、自分のマナがこもる」


 言われるがまま、二人は指輪にマナを込めた。入ったマナは、少年が深い青色、少女がややオレンジがかっている明るい黄色。それを見て青年は「もったいないな」とつぶやいた。


「えっ?」

「いや、何でもない。じゃ、指輪返して、袖まくって」


 そうして青年は指輪を回収し、袖をまくる二人に問いかける。


「どっちが先にする?」


 問いに対し、少年は傍らの少女を一暼した後、ズイッと身を挺した。緊張と恐怖が入り混じる少年に対し、青年は「痛くても我慢しな」と声をかける。

 ウェイドは、もはや眺めることしかできなかった。攻撃を仕掛けた時、魔法使いの二人は何もできずにいた。それだけの理由と見極めがあったからだが、彼らなりにその責任を取るとしているのかもしれない。

 注目の視線が集まる中、青年は回収した指輪の一つを指にはめ、少年の腕を手に取った。背格好の割には細く、華奢きゃしゃな腕だ。それを見て、青年の顔にわずかな同情の色が浮かぶ。が、それは一瞬のことだった。


 少年の腕に対し、青年が手を構えた瞬間、紺色の閃光が辺りを満たした。少年は痛みをこらえるように小さいうめき声を漏らす。しかし、さほどのことでもなかったのだろう。「これで、終わりですか?」と尋ねる少年に、青年は指輪を取り換えつつうなずいた。

 次いで、残る少女に対しても、青年は同様に処置した。差し出された腕を手に取り、一瞬黄色の閃光が走る。少女も痛みは感じたようだったが、特段大きな変化はない。それを確認してから、青年は言った。


「魔法自体は一発で終わりだ。ただ、この後どうなるかはわからない。何か具合が悪くなったら、その都度言ってくれ」

「は、はい」

「死ぬまで放っておくようなことはしないから、それは安心してくれ」


 いちいち不穏な表現が飛び出す青年の物言いに、魔法使い二人は不安を隠しきれないが、それでも青年に対して了解の意を示した。それから、青年は六人に向かって話しかける。


「隠れ家か何か、あるんだろ?」

「知るか」

「あります」


 反抗心で即答したウェイドとは裏腹に、弓使いの少年が正直に答える。彼をにらみつけるウェイドだが、小柄な少年は「まあまあ」と言って彼をなだめた。

 それでも、腹の虫がおさまらないかのように見えるウェイドは、青年に刺々しい口調でかみつく。


「どうせ、家に上げろってんだろ?」

「ああ。傍にいないと実験にならないからな。宿泊費でもう一人分、日当あげてもいいぞ」

「……ケッ! やけに羽振りいいけど、その金だってまっとうなやり方で手に入れたもんだかどうだか……どうせあんたも犯罪者なんだろ?」

「……まぁ、人には言えないことをしてる自覚はあるさ」



 青年が案内されたのは、森の中にある一軒の狩猟小屋らしきものだった。風雨にさらされたのか、あるいはわざと破壊されたのか、壁のあちこちに穴が開いている。しかし、それでもどうにか風雨をしのげそうではある。中は狭いが、六人分の寝床らしきものも、すでにある。ここで寝る分には困らないぐらいの拠点なのだろう。

 だが、新たな客人を泊める場所となると……ウェイドは言った。


「俺たちから二人分の寝床を奪えば、オッサンも泊まれるぜ」

「……別に、お前らに混ざって寝ようとは思わない。屋根か、屋根裏でも貰うよ」


 やや力なく返答した青年は、それから被験者の二人に声をかけた。


「具合は?」

「普通です」

「私も」

「そうか……ちょっと、あの木にボルトを撃ってみな」


 そう言って青年は、無造作に一本の木を指さした。その意図がわからない二人はキョトンとした顔つきになったものの、あまり間を置かず従順に行動を始める。

 そして、指示通り、標的の木に二本の矢が飛んだ。深い青と、橙が混ざった明るい黄色の矢だ。腕を組んでそれを眺めていた青年は、二人に話しかける。


「十分おきぐらいに、また同じように矢を撃ってみてくれ」

「は、はい」

「あと、体調に変化があったら、その時は言うんだ」

「わかりました」


 その”変化”は、さほど経たずに訪れた。二人が三回目の射撃に移ろうとしたところ……普段通りに矢を放った少年の横で、少女は自身の不調に首を傾げた。何度魔法陣の記述に取り掛かっても、矢が完成することなく、淡いマナの霞となって消える。

 その様子を鋭い視線で観察していた青年は、青白い顔になった少女に駆け寄った。


「どうした? 気分悪いのか?」

「か、書けなくなって、不安で……」

「そうか……ごめん、悪かったよ」


 不安と狼狽をあらわにする仲間を見て、ウェイドは青年に強い非難の視線を向けた。

 それを知って知らずか、青年は少女の前にいくつか器を描いてみせた。ただ着色しただけの器が四つ。それぞれ橙、黄、青、藍色だ。魔法として機能するでもないそれらを描き終え、青年は少女に問いかける。


「いつもと色は違って見える?」

「いえ、普通に見えます」

「一応、右から順に色を言ってみて」

「橙、黄、青、藍……です。合って、ますよね?」

「合ってるよ、大丈夫」


 その後、青年は「ちょっと、待ってな」と言って、少女にマナを込めてもらった指輪を用い、魔法陣を一つ描いた。それは少女のマナと同じ色の霞を、もくもくと吐き出し続ける。

 次いで、青年は別の指輪を手に取り、その霞の中へ手を入れた。空っぽだった指輪は、立ち込める霞を吸い、橙色に近い黄に染まっていく。

 やがて充填が済んだ指輪を、青年は少女に手渡した。


「もう一回、木を撃ってみるんだ」

「は、はい」


 多くの目に見守られながら少女が魔法陣を描くと、今度はうまくいったようだ。つっかえることなく宙に刻まれたマナは矢に変じ、撃たれた木がかすかに揺れる。

 すると青年は言った。


「一時的にマナが枯れただけだ。別に、魔法を忘れたわけじゃない」

「で、でも……こんなに早くマナが切れるなんて」


 そこまで言って、少女は口を閉ざした。そこで初めて、彼女は自分の身に起きている変化に思い至り、かなり怖じた様子を見せながら口を開く。


「も、もしかして……」

「心配しなくても、元通りになるさ……たぶんな」


 すると、ウェイドは青年につかみかかった。


「あんた、さっき何やったんだ!?」

「別に、死んではいないだろ」

「だからってなぁ!」

「一応、魔法は今解いてやる。ただ、それでマナが戻るかは断言できない。もともと、それを確かめる実験だからな」


 感情を排して淡々と告げる青年に、つかみかかったウェイドはややたじろいだ。

 彼は魔法のことを詳しくは知らない。ただ――目の前の青年が、得体のしれない何かに感じられて仕方なかった。

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