第437話 「心の洗濯①」

 あの子が外国へ行って、Cランク試験で全滅して、少し落ち着いて……俺たちの中で、少し変化があった。


 ハリーとウィンは、瘴気専門で吸い込む反魔法アンチスペル探求のため、魔法庁と工廠の職員と共にアムゼーム盆地へ向かった。あそこなら、年中瘴気に満ちているから、実験対象には事欠かない。

 また、盆地は大型の魔獣の目撃例も多い。瘴気を武器とするだけでなく、明らかに瘴気を肉体としているように思われる奴もいて、そういう魔獣を退治するために新手法を役立てられるんじゃないかという目論見もある。


 この取り組みに対しては、ラウルもかなりの関心を寄せていた。実戦になると、ホウキ乗りを率いて救護に回ることが多い彼にとって、瘴気が敵になることもままある。今後、空戦部隊の活躍が増えればなおさらだろう。

 ただ、今回の盆地行きでどのような結果を得られようと、まずは反魔法を使えなければならない。そこで、ラウルも反魔法の訓練に参加することになった。あの二人は、大体一ヶ月ほどで帰還する予定だから、それまでにって話だ。

ラウルが想定する用法では、瘴気さえ吸えればそれでいい。戦闘中のやり取りの中で使うよりはまだ難度が低いから、用途に対して十分なレベルにまでは持っていけるだろうと思う。


 そうやって、Cランク試験が終わって早々、他の取り組みにかかった三人とは対照的に、サニーは来年の試験を見越して本格的な勉強を始めた。 俺も彼と一緒に勉強する機会がままある。図書館でカンヅメになったり、覚えたことを闘技場で実践したり……。

 ただ、彼はなんやかんやで忙しい。内戦の後、軍の方から意見を求められることがしばしばあるし、今では工廠から声がかかることもままある。

 工廠との関わりについては、アイリスさんが外国へ行った件と関連がある。なんでも、彼女が向こうで空戦部隊についての話をしたところ、軍関係の方から向こうの工廠へと話が伝わったらしい。それで、彼女の一件に関わる外交文章のやり取りに、両国首都の工廠同士で文章のやり取りも始まったとか。

 魔力の矢投射装置ボルトキャスターを軸に考えれば、向こうリーヴェルム共和国は軍が正式採用した唯一の国家であり、本場だ。片や、こちらフラウゼ王国は、空飛ぶホウキに乗った冒険者たちが併用しているというわけで、かなり先進的ではある。

 そんなだから、いずれの工廠も、相手国での運用形態や、改善につながるアイデアには興味津々というわけで……サニーは、国でもトップクラスの戦果を持つ銃手ということで、ヒアリング対象になっている。

 なんか、あの戦闘で一気に名が売れた感があって、だいぶ大変そうではあるけど、頑張ってほしいとは思う。


 そうやってサニーが超がんばっている一方、セレナも精力的に動いている。

 彼女とは、図書館や闘技場で見かけることがあって、そういう時は口止めをお願いされた。なんでも、9月のDランク魔導師試験を目指していて、サニーに気づかれないようにこっそり頑張っているんだとか。

 アイリスさんがいないのは、彼女にとってもやっぱり寂しいみたいだ。サニーがいない間、気を紛らわそうということで、二人で一緒に狩りに出掛けたり魔法の特訓をしたりしたそうで。

「それで……アイリスさんが戻ってきたとき、私がDランクになってたら、驚いてくれるかな……って思ったんです」とも。本当に、いい子だと思う。


 少し上を目指そうと、新しい取り組みに着手している仲間は、他にも結構いる。アイリスさんと仲がいい女の子たちは、そういう動きが強い感じだ。

 後、男連中でもお調子者の奴らとか、あるいは責任感が強くて真面目な奴とか……つまり、色んな連中が、新しいことに積極的になっている。

 寂しさを紛らわすためと言う声もあれば、驚かしたいから、あるいは一人国を離れて頑張る彼女に負けないようにという声も。

 それぞれがあの子に対し、別々の思いを抱いて、頑張っているわけだ。


 しかし、そうやって熱心に取り組む者ばかりでなく、逆に少しゆとりを持つようになった者も、中にはいる。



 7月19日。王都から多少離れた大きな湖で、俺とシエラはホウキを使った新事業の検証を行っていた。

 いや、検証と言うのは、実際にはただの方便だ。そうでも言わないと、ホウキで遊べないから、そういう建前を用意している。


 前を飛ぶホウキの末尾から伸びている紐をしっかりつかみ、俺は水上でバランスをとる。やっていることは、こっちの世界における水上スキーだ。モーターボートみたいなのなんてないから、そこはホウキで代用。引きずられる側の足元に関しては、魔法でどうにかしている。

 使っている魔法は、Dランク魔法の水乗りハイドライドだ。忍者が使うとされる水蜘蛛みたいに、足元で展開することで浮力を得られるこの魔法は、今までほとんど使わなかった。他のみんなも同様だろう。たぶん、試験勉強以外で必要になったことはないはずだ。船舶関係の仕事をやるようになると必須らしいけど、俺たちにはあまり縁のない業界だし。

 今回のお遊びは、そんな試験のにぎやかしな魔法を使ってみたいという考えもあった。あと、つい最近まで働きづめに見えたシエラに、たまにはパーッと遊んでもらうのもいいかなと。

 こういうお遊びにホウキを用いることに対し、シエラは思いのほか好感触を示した。工廠の談話室で話してみたところ、とんとん拍子で話が弾んで今に至る。


 風を切りながら、俺は水面も切り裂いてかっ飛んで行く。スキーが滑降とか滑走、グライダーが滑空だから、これは滑水とでもいうんだろうか。ネタ元の水上スキーみたいなブルジョアスポーツは、やったことがないけど、今やっているのはこれはこれでいいんじゃないかという、いい感じの手ごたえがある。

 紐をつかむ手から始まり、腕、肩、腰、下肢と、全身に力を入れないとバランスを崩しそうになる。しかし、ちょっとフラつくのを立て直すのも、新鮮な面白さがある。

 足元の魔法陣は、ものすごく強力な浮力と撥水性を発揮している。下方からの水の侵入を寄せ付けない。そのため、すぐそこに水があっても、足は全く濡れない。念のために素足でやってるけど、飛び散った水が上から少しかかる程度だ。

 しかし、魔法陣はペラッペラに薄く、こんな使い方をしていると折れるんじゃないかという、本能的な警戒心が働く。それもまた、ちょっとしたスリルの演出になってくれていて、好材料だった。


 バシャバシャと水しぶきをまき散らしながら、俺たちは進んでいった。もうすぐ対岸に着く。すると、シエラが大きな声で話しかけてきた。


「ねえ!」

「何!?」

「どうやって止まるの!?」

「あっ!」

「あっ、じゃなーい!」


 実際、その辺はあんまり考えていなかった。ここまでほとんど、ノリと勢いで来ちまったしなぁ……。濡れても困るような服じゃないから、最悪水の中に突っ込んで終わりだけど……。

 ただ、新事業の検証と言う名目上、そういう始末のつけ方は、あまりにもダサい。そこで俺は、シエラに頼んだ。


「少しずつスピードを落として、大きな弧を描くように旋回してほしいんだけど!」

「わかった! 投げ出されないでね!」


 返答すると早速、彼女は俺のリクエスト通りに動いてくれた。ピンと張った紐が若干ゆるんだような感じがして、真正面から右へ彼女が傾く。

 やがて、俺は真っ直ぐな前進から、大きな曲線運動へ移行した。これで直進の勢いを無駄遣いしてやれば……。

 体の左側へ波立てるように、足首を気持ち傾けてやると、旋回の外側に水しぶきをぶちまける感じになった。中々爽快感がある。

 こうやって、進む力を別方面へ転嫁したおかげで、次第に速度は落ちていき、最終的にはゆるゆる水面を滑る程度になった。

 それから、湖の際まで歩いていき、シエラに話しかける。


「お疲れ様」

「どういたしまして……じゃ、次は私の番ね」

「いいけど、濡れるかもよ?」


 やや不安になって尋ねてみると、彼女は若干不満そうに声を返してきた。


「別に、大丈夫だって……いざとなれば自力で止まれるし、下に水着着てるし」

「だったら平気か……」


 あまり深く考えずに返答すると、彼女はやや頬を赤らめて言った。


「ねえ、わざと濡らしたりしないでよ? そういう人じゃないって、私信じてるからね?」

「そーゆーことはしないって。お互い気まずくなるだけだしさ」

「……まあね、うん」

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