第436話 「ウィンストン男爵家②」

 メリルさんの昔話は、まったく予想もしていなかったことだけど、ご先祖様のことから始まった。この国がまだ王政を敷いていた頃よりも、更に前の話。詳細な情報は残っていないものの、メリルさんの家系は侯爵家だった。

 その頃ウィンストン侯爵家には、ルーシアさんという、当時名の知れた将帥がいらっしゃった。現代に残る家系図から、彼女は子孫を残されなかったようで、メリルさんと直接血がつながっているということはない。

 そして、そのルーシアさんは、普通の名将のように大功を成して名を馳せたわけではなかった。彼女は負け戦を収拾させる名手で、窮地に陥った軍や部隊を統率し、どうにか帰還させることに卓越していたそう。

 当時は、今よりもずっと前線の戦いが加熱していたという話もあって、そんな中でも生還させてくれる将軍に向けられる信望の念は、大変に厚かった――はずだった。


 しかし、勝たない将軍へ向けられる敬意を、快く思わない者もいた。彼女の功績は確かだとしても、国としては負け戦でしかない。国家の威信が揺らぐ中、撤退によって兵からの敬意を勝ち取る将軍というのは、きっと微妙な立場に置かれていたことだろうと思う。

 いつしか、彼女への糾弾はエスカレートし、負け戦を収拾させたのではなく、その人の将器が理由で負けたと、話のすり替えがなされるようになった。さらには、「退散がうまくいくのは魔人と通じているからだ」……とも。

 それに、当時は国境をジリジリと押され続けて、”国としても”負けが込んでいた。だから、責任を取る誰かが必要だった。負け戦に多く関わっているような、名の知れた誰かが。

 結局、ルーシアさんは不名誉な裁きを避けることには成功し――戦場で亡くなった。だけど、戦死してから一家に懲罰が与えられ、メリルさんの家系は今の地位にまで落とされた。


 メリルさんのご一家は、男爵家だ。マナの色は紫。歴然とした、貴族の家系だ。だけどそれは、マナの色が紫だから、貴族の末席に加えてもらっているに過ぎないそう。先祖代々、貴族社会における扱いとしては、平民とさほど変わらないぐらいだった。

 むしろ、平民並みだったらまだ良かったかも知れない。変に爵位があって、しかしあまりに軽んじられているものだから、平民からもあまり……名誉ある扱いを受けてこなかったという。メリルさんに言わせれば、「腫れ物」扱いだと。

 そしてメリルさん自身も、やはり小さい頃から、お家のことで辛い目に遭ってきた。


 転機となったのは、確か13の時だったそう。いやいや出た社交パーティーの場で、その場に来なかったお父上を愚弄されたメリルさんは、「子爵家のボンボンのツラをはたいてやった」そう。

 今では、少しは反省しているそうだけど……ともかく、貴族社会にもご自宅にも居られなくなったと思ったメリルさんは、それで家出して、同世代のはみ出しものとつるむようになったのだとか。


 でも、皆さんご一緒に、非行に走ったというわけじゃなかった。むしろ逆で、世のためになることをしたかったのだそう。「私たちのことをバカにしてきた奴らを、見返してバカにしてやりたくて」と。

 そこで、メリルさんが先頭に立って指揮を執り、程度の低いならず者や密猟者、墓荒らしなど、そういうのを「見境なくぶったおしてやった」とのこと。


 そんな生活を続けていると、一行の活動は首都近辺を警護する衛兵隊の方の目に止まった。ご自身の感覚としても、危なっかしかったそうで、当然の話だけど。

 ただ、活動の成果や心意気は買ってもらえた。そこで、メリルさん一行はそれまでの「やんちゃ」を隠した上で、衛兵隊の一部隊として認可を得た。後から知った話では、「ヤバいヤマの実戦要員」として当て込まれてたみたいだけど……。

 今、メリルさんと軍で行動している中には、この時期に知り合ったという方が多い。筆頭は将軍補佐官のスタンリーさん。エメリアさんも、この頃は衛兵隊所属の事務官見習いだったみたい。

 それと、メリルさんが街中で「大将」とか呼ばれるのは、この衛兵隊時代の名残なんだとか。


 軍属の今よりも、衛兵隊の頃の方が、人の暮らしに近いところで頑張っている実感が強かった――メリルさんは遠い目をしながら、そう語った。人からの感謝を受けて、夢中で治安維持に邁進したのだそう。悪党を捕縛したり、困っている人たちを助けたり、たまに農作業したり、土木作業もやったり……。

 そうやって多種多様な活動に明け暮れていると、メリルさんの部隊は、今度は軍のお偉いさんの目に止まった。やたら実戦経験が豊富――というか、トップクラスの出動率――な割に、人員の離脱率がとても低かったから。

 優秀な実績について、メリルさんは「スタンのおかげ」と謙遜したけど、部隊のリーダーに光るものがあるのは確か。というわけで……。



「それで、軍に入って、今に至るわけですね」

「そんなところ」


 立身出世の流れについて、こうして教えてもらったわけだけど、メリルさんに嬉しそうな感じはあまりない。彼女は、小さくため息をついてから、つぶやくように言った。


「私の立場が、単なる旗印に過ぎないんじゃないかって思う事、結構あるんだ」

「旗印、ですか?」

「そ。戦いに出れば常に勝つ、こんな若くて強い奴が、国の未来を支えているんだ! ってね」

「だとしても、仲間の方々と駆け抜けてきた、メリルさんの手腕は確かなんじゃないですか?」


 メリルさんは、ご自分の力量を疑っているみたいだけど、まさか飾りのためだけに将軍職に据えられるだなんて思えない。私はメリルさんの懸念を否定した。だけど、彼女は小さく首を横に振る。


「今話したルーシアさんだけど、名誉回復しようって動きがあるんだ。正確に言うと、発掘かな? 王制をやめる前後のいざこざに呑まれて、私の家のことなんて興味を持たれなくなったからさ。みんなが知らない、ルーシアさんって将帥を歴史から引っ張り上げて持ち上げて、その末裔まつえいとして私を担ぎ出そうってわけ」

「そ、そんなの……」

「……怒ってくれるんだ。ありがとね」


 そう言ってメリルさんは、優しく微笑んでくれた。でも、私の気持ちはとてもじゃないけど安らがなかった。国を盛り立てようという必要があるのは理解できるけど、こんなのは……あまりにも信義に欠けている。

 そして、話はこれで終わりじゃなかった。


「私の家を陞爵しょうしゃくしてやろうって話もある。ま、将軍職に就かせてもらってるしね。でも、そうなると、特に功績がない現当主が邪魔なんだってさ……」


 その言葉の先に続くものを色々と想像してしまって、私は言葉を失った。


「もう、察しがついてるかな? お父さんさ、恥ずかしくて表を歩けないって……ひどい話だよね。先祖がねたまれた末に家が没落して、バカにされ続けて、私が功績を上げると、今度は邪魔者扱いされて……私の功績だって、公的には水増しされた名声かもしれない」


 私は、どう声を掛ければいいんだろう。何か言わなきゃって、私の中は震えているのに、肝心の言葉が出てこない。ただ、体の震えを抑えられない自分を情けなく思っていると、メリルさんが私の頭に優しく手を置いた。


「小さい頃はさ、ルーシアさんのことを恨んでたんだ。あの人がいなければ、今みたいなことにならなかったのにって。でも、私が変に祭り上げていると感じるようになって、結局私もあの人も同じなんだって思うようになってさ。だから、何か悩みごとがあった時、ここがあの人のお墓だと思って考え事してるってわけ」

「そう……だったんですね」

「つまらなかったでしょ」

「そんなことないですよ……」


 私の前で気丈にふるまってくれるメリルさんとは裏腹に、私は今の話を聞いて落ち込んでしまった。本当につらいのは、メリルさんだとわかっているのに。


 その場で静かに、二人で立ち尽くした。涼しい風が不意に吹き付け、頭上の枝を揺らす。すると、メリルさんがだしぬけに言った。


「今の悩みごとの中身、言ってなかったよね」

「はい、聞いていません。でも、話しづらい内容でしたら……」

「いや、あんな話をしておいて、逃げるわけにはいかないから」


 そう言って、メリルさんは悲壮感のある表情で、悩みごとの中身を話してくれた。今日メリルさんが出席したという、高官会議での話だ。話によると、きたる国境越えの作戦において、私は衛生隊に配属される。その理由や背景について、メリルさんは言葉を濁すことなく、真摯に伝えてくれた。

 そして、話の結びに、メリルさんは「ごめんなさい」と言った。


「私の立場では、決定を覆せない。こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」

「いえ……あの、メリルさんに謝られると、逆に申し訳なくって」


 戦場の医務に携わるというのは、正直に言うと予想外だった。メリルさんの話を聞く限り、議会というものが戦場医療を安易に考えている節も感じ取れて、それには憤りすら感じる。

 色々と思うところはある。でも、双方の国の合意がある以上、結局はそうなるのだと思う。そこから逃げるわけにはいかない。大変な心痛を伴う部署だとしても……私がいることで誰かが救われるのなら、私が逃げることで誰かに迷惑がかかるのなら、踏みとどまって頑張らなければって思う。

 だけど、やっぱり気に入らないこともある。こういう時、どうすればいいんだろう。メリルさんを元気づけられるような、何かいい感じの意趣返しは……そう考えてマリーやお母様の顔を思い浮かべると――二人には申し訳ないけど――ちょっといいイジワルを、たちまちにひらめいてしまった。


「メリルさん。衛生隊に配属された場合、私に制服は貸与されますか?」

「えっ? どうかな……士気高揚のために、あなたにはお国から持参していただいた装束で、事に臨んでいただくことになる可能性が高いと思う」

「でしたら……隊の活動で汚れた一張羅は、洗わずに議会へ提出します。そうすれば、私の貢献を示す良い資料になると思いますから」


 この提案の意味するところを察したみたいで、メリルさんは人が悪い笑みを浮かべた。


「わかった。そうしよっか。」

「はい」


 我ながら、少し性格が悪くて喧嘩腰な考えだとは思うけど……精一杯の抗議を認めてもらえればって思う。

 そんな申し出がうまくいったのか、メリルさんは気分がだいぶ上向いたみたいで、私に笑顔をみせてくれるようになった。それから、少し申し訳無さそうな、あるいは恥ずかしそうな苦笑いを浮かべて言った。


「変な話して、ごめんね。ま、あなたの方からせがまれたんだけどさ……遠慮せずに言っちゃった」

「いいですよ。聞けて良かったって思いますし」

「本当に?」

「はい」


 嘘なんかじゃない。胸を張って堂々と答えると、メリルさんはニヤリと笑った。


「私にも、あなたのそういう話、聞かせてほしいな。あったらでいいけどさ」

「私の、ですか?」

「それで対等じゃない? こういうの、お互いの立場抜きでありたいし」


 言わんとする意味は、よくわかる。私だって、そう思う。だけど、何を話したらいいものやら。目を閉じて考える私に、メリルさんは「最近の、一番キツかった話とか」と声をかけてきた。

 思い出せる限りで、一番辛かったのは……去年の今頃だったかな。遺跡発掘の調査が終わって、アーチェさんに出会って、彼女から人伝いに私まで貴族の真実が伝わってきて。

 そして、私は……あの夜のことを思い出した。


「……顔、赤いよ?」

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