第432話 「全滅パーティーの愉快な仲間たち」
7月9日夕方。Cランク魔導師階位認定試験の翌々日。結果発表を受けた俺たち近衛部隊一同は、居酒屋を貸切った。今からご苦労さん会をやるところだ。
結果の方は、見事に全滅と相成った。まぁ、今年に入ってから5か月ほど、まともに勉強する暇がなかったんだから当然ではある。
落ちたみんなも、さして気にしていない様子だ。ただ、「もしかしたら……」と希望を捨ててはいない者も一部いて、ラックスもその中の一人だった。
「みんなが落ちてる中、私だけ受かってたら、格好がつくかなって思ってたんだけど……難しいね」
そう語る彼女は、ほんの少し残念さをにじませていた。ただ、こっちへ帰ってからも、彼女は立場上色々とあっただろうから、俺たちよりもよっぽど……って感じはある。
一方、「それでもラックスなら」と思わせるだけの何かがあるのも確かで、そう思っているのは俺だけじゃないようだ。
「ラックスとウィンでも無理なら、ま、全滅するわなって感じだ」
「おい、リッツは?」
「いや、だってさ、試験に関係ないこと普通にやってそうだしな?」
「わかる~」
友人二人への称賛が、俺の方へ変に飛び火してきた。そうやって、やいのやいの盛り上がっている連中から目を逸らすと、女子を固めた隣の卓にいるネリーと視線が合った。同情というか、
彼女は、近衛部隊の一員ではない。とはいえ、近衛部隊は冒険者から選出されていて、受付であるネリーにはみんな日ごろからお世話になっているし、この中に友人も多い。それに、ハリーの妻ということもあって、もはや身内同然みたいなものだ。彼女はあまり何も言わず、しれっとこの集まりに混ざっていた感じではあるけど、もうツッコむのが野暮っていうノリすらある。
ただ、彼女がこの試験を受けていたってのは、ちょっと予想外だった。
「まさかネリーも受けるとは思わなかったけど、仕事で必要になったとか?」
「まさか~。シルヴィア先輩が持ってるから、私も頑張ってみようかなって。だけど、先は長そうだ~」
笑いながらため息をつく彼女に、同卓の子たちは「だよね~」と同調する。
彼女は受付兼冒険者ということで、依頼に加わることもある。どうしても人数が足りない時のピンチヒッターになったり、後輩の面倒をみたり。現場と裏方両面を併せ持つ彼女の視点は、査定作りにも大きく貢献していると聞いたことがある。となると、魔法使いとしての昇格も大いに役立つことだろう。
なんにせよ、同期としては頼もしい限りだ。先が長いのは確かだけど、一緒に頑張りたいものだと思う。
ただ、魔導師ランク昇格について、割と切羽詰まっている仲間もいる。俺の対面のサニーだ。落ちたことがそこまで堪えているわけではないようだけど、残念そうではある。
理由は、まぁわかる。Cランクに合格したらセレナにプロポーズすると、硬く心に決めているって話だからだ。
そのことは、実はここにいる連中の大半も知っていて……誰かが言いふらしたってことはないだろう。ただ、サニーとセレナの仲については、冒険者内で広く知れ渡っている――というか、商店街の方々や衛兵隊の方もご存知だと思われる――ぐらいだから、「最近どうなの」と尋ねられて、つい口を漏らしてしまったんだろう。あるいは、自分にハッパをかけるためか。
そんな彼に対し、みんなが向ける目線は暖かだ。俺を茶化すような連中も、彼に対してはかなり優しい。同期の中でも、弟分みたいな雰囲気があるからだろう。戦功に関して言えば、むしろ仰ぎ見るべき相手ではあるけど。
すると、彼の横に座る悪友が、囁くように話を持ち掛けた。
「試験とか関係なしに、もう言っちまったらどうだ?」
「いや、しかしですね……一回決めたことは、やり遂げたいって思ってて」
サニーの言い分はよくわかる。意地って奴だろう。
彼がセレナに相応しい功績をすでに持っているのは、世間的にも疑いない。それでも、一回決めたことは貫きたい。そういうところで意地を張るのを見ると、彼も結構変わったなぁと思う。俺たちの負けん気やら闘争心で染まったのかもしれない。
それ自体は好ましい変化だとは思うけど、問題は、変わった感じがあるのが彼だけじゃないってことだ。
隣の卓で話を聞いていたラウルが、「セレナに先越されるかもなー」と言ってきて、サニーは「そ、そうなんですよね」と微妙な笑みを浮かべて答えた。そこまで想われていること自体は嬉しいんだろうけど、やっぱり自分から切り出したい……そういう意地もあるようだ。
しかし、実際のところ、セレナから言い出しかねないというのは十分にあり得る話だ。二人が正式にお付き合いするようになったのも、あの子が先手を取ったからだし。
それに、彼女は着実に仕事の実績を積み上げ、今ではCランクの冒険者だ。突発的な災難に関わった俺たちとは違い、普通の冒険者を続けてきた中では、凄まじい昇進速度だ。
そんな彼女は、軍属の方々から変わらず信頼を受けていて、近頃は後輩との関わり合いも増えた。これらがきっと、彼女にとって確かな自信につながったんだろう。依然として控えめな部分はあるけど、ややしり込みしながらも、はっきり自分の意見を伝えることが多くなった。
というわけで、セレナもいい感じに変わってきている。しかし、幸か不幸か、彼女の見えざる手がサニーのケツを叩いているようでもあって……。たぶん、セレナは前向きに変わっていく一番の手本として、サニーを見ているんだと思う。それを踏まえると、サニーにとってはなおさら皮肉ではある。
そんなあれこれも、サニーがCランク試験に合格すれば丸く収まる話だけど、彼は国でもトップクラスの空戦の名手だ。その関係でお声がかかることもしばしばある。
だから、結果が出るのはもう少し先のことになるかもしれない。
複雑な顔で思案しているサニーをよそに、ラウルは少し赤くなった顔で「ま、頑張れよ!」と言った。そんな彼に、「お前もな!」という声が飛ぶ。
色恋沙汰となると、やはりみんな食いつきがいいようで、サニーに対しては勘弁してやろうという気持ちも働いたのだろう。興味関心の中心はラウルに移った。彼はシャーロットとの仲を問いただされ、しどろもどろになっていく。
この二人とは孤児院でのつながりがあって、俺は良く知っている――つっても、二人一緒に行動するのは恥ずかしいのか、年始みたいなイベントでもないと、揃って姿を見ることはないけど。
ラウルも大概だけど、シャーロットも輪をかけて恥ずかしがり屋なところがあるから、たぶん進展を見せるのはサニーたちより遅いんじゃないかって感じだ。
そうやって恋愛話で盛り上がる中、あまり興味を示さずに淡々とグラスを傾けている奴もいる。隣の卓のハリーとウィンだ。
彼らは一枚のメモで、なにやら相談しているようだ。これで恋愛ネタをやってたら爆笑もんなんだけど……俺より先に覗き込んだ奴の反応を見る限り、そういう笑えるネタではないらしい。
「試験後によくやるぜ……」
「ある意味では、今が一番気楽だろ」
仲間からの指摘にウィンがさらりと返すと、「それもそうか」と言って、仲間は発言を引っ込めた。そのメモの中身が気になって、俺は二人に声をかける。
「何してんだ?」
「ああ、前に工廠の面々と話をしたことがあっただろ」
「あったな」
「そのときの話だ」
口だけで端的に言われても、メモを見ないとピンとこない。すると、ウィンが俺にメモを手渡してきて、手持ち無沙汰になった二人はナッツをつまみ始めた。
さっそく、渡してもらったメモに目をやると、
前に工廠の友人たちと話した際、型として偏色型なるものを教えてもらっていた。マナを吸わせる魔法陣に組み合わせることで、特定の色域のマナだけを吸わせるようにするというものだ。生物の時に覚えた、基質特異性みたいなものを付与する感じだと思う。
その時、俺たちとしては、むしろ逆に特定の色だけを素通りさせる型があれば……と考えていたけど、この二人はその後も、反魔法と偏色型について考えていたというわけだ。
「自分の色を素通りさせる方法は、結局見つからなかったんだが」とハリーが話しかけてくる。こうやって彼が率先して実験していることを内心嬉しく思いながら、俺は彼の言葉に耳を傾ける。
「吸わせたい色があらかじめ決まっていれば、これ以上のものはないと思う」
「吸わせたい色っていうと、赤紫か?」
「やはり、お前もそう思うか」
特定の色が死活問題になるとなれば、やはり赤紫だろう――っていうか、瘴気だ。
この件に関し、今度はウィンが話を継いでくる。
「実は、あの後工廠の連中に会う機会があって聞いてみたんだが、
「それで、歩留まりも改善されるそうだ」
「へぇ~、なるほどな!」
さすがに、その道のプロたちは抜け目がない。それに思わず感心したし、彼らの工夫を俺たちの方でも流用できそうだと見通しが立った気がして、俺は興奮を覚えた。
「瘴気専門で吸わせるための反魔法ってのも、もしかしたらできるかもな」
「ああ。それに、
そういうウィンは、何の気なしにしているけど、あの段階でもヤバいくらいの時短には成功していたわけで……彼にとってはあれが初遭遇だから、その辺の躍進については、今一つピンとこないのかもしれない。
それはさておき、瘴気だけを吸わせる反魔法ってのは、かなりアリだろう。魔法庁に打診して、もしかすれば専用の名前がつくんじゃないかとさえ思える。
とりあえず、偏色型の応用について、実現性がありそうなのは対瘴気用のものだった。他は、少し微妙かもしれない。
「相手が使う色の偏りに合わせるというのも考えたが、それにかまけて他の注意が薄れると、意味がないからな。汎用性のある
「まぁ、そりゃそうだ」
「自分の色で反魔法を作ると、自分の
ウィンは、こういう実践面への探求心がすごい。単に負けず嫌いなだけじゃないかとも思うけど、仲間としては心強い限りだ。
そうやって俺たちが宴席に似合わない話をしている間も、他の卓ではコイバナが相変わらず花咲いていた。魔法の相談が済み、俺たちの卓が静かになると、そういう話が普通に耳に届くようになった。
ウィンは、それらを涼しい顔で聞き流している。しかし一方、ハリーは真面目な顔を俺に向けてきた。
「リッツ。お前には、特にそういう話はないのか?」
「な、なんだよ、急に」
まさか、ハリーからそういう話を振られるとは思わなかった。ただ、興味本位で聞いている感じではない。彼の言葉を聞いたのだろう。サニーもこちらに顔を向け、だいぶ驚きながら俺たちの様子をうかがっている。
ちょっとたじろいでしまった俺に対し、ハリーはやや慌てた様子で「すまん」と言ってから言葉を続けた。
「ただ、お前にも幸せになってほしいとは思っているんだ。色々と借りもあるからな」
「あの結婚式のことを指してるなら、別に気にしなくていいって」
「そうは言っても、逆の立場なら、お前は借りがあると思うんじゃないか?」
「……まぁな」
そう返してから俺は、ジュースみたいな酒を口に含んだ。すると……。
「大切な人がいるっていうのも、いいもんだぞ?」
などとハリーが言い出し、俺の口の中が爆発した。思わずむせてせき込む俺に、ハリーとサニーが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「す、すまん。何か、変なことを言ったか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだ。単に、ビックリしただけで……間違ったことは言っちゃいないぞ、うん」
「そ、そうか……」
ハリーの口から、ああいう言葉が出てきたのは、本当に予想外だった。案外酒が進んでいるのかもしれない。
しかし……彼の口からそういう言葉を聞けたことに、心温まる感じがあるのも事実だ。孤児だったという彼が、こうまで言えるようになったんだから。
ただまぁ、彼の言の正しさを認めるならば、俺は自身のありようを見つめ返さなければならないわけで……しかし、酒と場の空気に侵食されつつある中、ちゃんと考えるのはしんどい。
それでも、心の中心にいる女の子の座は揺ぎ無かった。決して結ばれない仲だとしても、あの子の出立を見届けるまで他の誰かと恋仲にならないでいるっていうのが、自分の気持ちに一番素直なんじゃないかと思う――身を固めるよう勧めてくれたハリーには、少し悪いけど。
そんなこんなに思いをめぐらせながら、ぼんやりとウィンに視線を向けると、彼は苦笑いした。
「俺としても、お前のことは割と心配だよ」
「ま、マジでか……」
「相手が苦労しそうだからな」
「……ソッスネ」
本当に、返す言葉もなかった。彼も彼で、人のことを言えるような奴じゃないだろうけども。
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