第431話 「北国の閲兵②」

 戦いの火蓋が切って落とされたけど、向こうの出方は慎重だった。こういう話を持ちかけてきただけに、少し意外ではあるけど、それが逆に楽しくもある。細心の注意を払って私の間合いを読むように、彼はときに素早く、ときにゆったりと運足する。

 そうやって足を細かく動かす彼に、私も対抗してみた。彼が近づけば遠のき、彼が遠のけば詰め寄る。ただ一定の間合いだけを維持し続ける、挑発じみた動きを重ねていく。

 変わらない状況に対し、それでも彼は冷静に応じ続けたけど、少しずつ足さばきに「飽き」のような物が見えてきた。もうそろそろかな……。


 やがて、彼はそれまでの前進よりもやや前傾気味になった。その動きに合わせ、私も一気に詰め寄る。彼の方から決めにかかろうという動きに対し、私もそれに追って被せる形になり、彼の前進に一瞬の怯みを見て取れた。

 でも、この程度で驚いて崩れるような相手じゃなかった。そうこなくっちゃ。彼は上に構えた剣を浅く鋭く斜めに振り下ろし、やや握られかけたペースと間合いを一度断ち切ろうとする。

 それに対し、私は突撃を止めて彼の側背をうかがわんと、斜めに振られる剣とすれ違うように横へ飛んだ。しかし、無防備な背を晒し続ける愚かさは彼になく、初撃の勢いを手早く手仕舞いにした彼は、間合いを取ろうと後ろにはね飛んだ。攻めるなら、今かな。


 後ろへ進み続ける彼に対し、私は前に進み続けた。そして二人で剣を打ち合う。間合いはやや空いていて、このままでは勝負が決まる一手にはなりえない。あくまで、お互いに牽制を放ち合っているに過ぎない。普段の剣ではありえない、軽い木の板同士がぶつかり合う乾いた音が連続して響く。

 彼は、後ろに下がりつつも、左右への動きや緩急を織り交ぜてくる。押され気味になって、なおこの揺さぶりには、思わず感心してしまう。心情面で風下には決して立たない性質なのかも。


 そして、決着の時が来た。ちょうどいいと感じたタイミングで、私は前進を一瞬だけやめた。それまで打ち合いに応じていた剣を、彼の太刀筋を微妙にかわすように動かす。

 すると、虚空を彼の剣が切り裂き、剣が振り下ろされたことで左の小手が無防備になった。足を止めていた私は、そこで全身をバネにして前に跳び、彼の小手へ突きを放つ。

 ここまでは読めていたのだと思う。当たるまでに彼は振り切った剣を構えなおそうと動き、後ろへの運足も速めたように見えたけど……私が一手早かった。戦う双方にそれと分かる程度の感触を伴う突きが決まると、審判係の教官長さんが「そこまで」と言った。


 しかし、その勝敗を判ずる声よりも、もしかすると対戦相手の彼の方が早くに、それを認めていたかもしれない。彼はその場で真っ直ぐ立ち、それから私に頭を下げてきた。

 事が始まるまで、彼が私をどう思っていたのかはわからない。「鼻を明かしてやろう」ぐらいは思っていたかもしれない。でも、少なくともこういう戦いや勝敗に対しては真摯なのだと思う。静かに頭を下げている彼に、私も礼を返した。

 こうして試合が終わり、彼の直上の教官さんは安堵のため息をもらしていた。お互いに負傷なく終わったから、だと思う。一方、教官長さんは装具を外していく彼に向かって、苦笑いしながら話しかける。


「ウォルシュ。お前のせいで、我々の底が知れてしまったではないか」


 その発言はウォルシュさんをくさすようでもあったけど、その実、彼の実力を高く評価しているものでもある。そんなお褒めの言葉に、彼はやや気まずそうな笑みを浮かべた。


「力及ばず申し訳ございません。日頃お教えいただいている全てをぶつけたつもりではありますが……」

「まったく、お前は口が減らんな。本当に頼もしいよ」


 二人が皮肉をぶつけ合っていると、教官長さんの堅そうな口が緩んでいくように感じられた。きっと、良い師弟関係なのかなと思う。間に挟まれる教官さんは大変そうだけど……。

 やがて、教官長さんは、口が軽くなってしまったことに気づいたのか、咳払いしてみせた。その後に、教え子たちの小さな含み笑いが続く。それを、私は好ましく思ったけど……教官長さんは、つき合わせてしまったと感じているみたいで、謝意もあらわに頭を下げてきた。


「お手を煩わせる形となり、申し訳ございません。ですが、この者たちには良い経験になったかと思います。一同を代表して、感謝申し上げます」

「いえ、そんな……故郷でも、日常的にやっていることですから」


 ただ、教官の方々とは違い、教え子の皆さんは神経が太いというか……遠慮がなかった。私にとっては、むしろ喜ばしくもあるけど、彼らはリーフエッジを握った時の私に興味を示してきた。

「アイリス様が愛用の剣を握られたら、どうなるのですか!?」と一人が尋ねると、それに大勢が同調してくる。ウォルシュさんも、手合わせする前より謙虚な姿勢を示しつつ、関心を向けている。

 場の空気がそういう流れになってきたところ、教官の方々はどうも面目なさそうな顔になっていく。そんな中、エメリアさんが明るい口調で言い放った。


「私からも、お願いできませんか?」

「いいですよ」


 私は笑顔であっさり快諾した。それから教官の方々に素早く目を向けると、ホッとしたような、嬉しそうな感じで……興味を持っていただけているみたいで、私も嬉しくなった。

 だけど、どのように試技を行うかは問題だった。さすがに、人間相手に使う剣じゃない。私の人生の中でも、これを人に向けた経験は皆無だった。

 そこで、試し切りにちょうどいい物を……ということになって、修理に持っていく前の大きな盾を用意していただけた。外側のフレームがかなり歪んでいて、鍛冶屋さんには「直すよりも買った方がいいよ」と言われそう。

 そんな盾でも、小柄な女の子がすっぽり収まるぐらいの大きさはあって、腕前を示すにはまたとない素材だとは思う。適当な木材を組み合わせ、大盾を立てかけるように置いてもらい、その前に私は立つ。


 そして剣の柄に手を当てると、場の空気が一気に引き締まった。さっきまで、少し弛緩した感じすらあったのに。こうして技に対し一様に敬意を払われると、この場の皆さんも私も、中身の根っこの部分はそう変わらない気がしてきて、ほんの少し頬が緩むのを感じた。

 それから、私は剣を抜いた。マナを通し、白い葉を刃に変え、上段に構える。そして、動かない大盾に対し、私は剣を振り抜いた。


 私は剣を振り切った。音はない。大盾は、まだ動かない。でも、私は間合いを間違えてはいない。きっと斬れた。

 確信に近い自負心を持って剣を鞘に収めると、大盾がそれに応えた。少しずつ動いて切断面が覗き、やがて完全に二つに別れ、それぞれが地面に転がって音を立てて鳴いた。

 その後、喚声と拍手が私を包んだ。私としては、カッコつけがうまくいって、ホッとした感じだけど……カッコよく見せ続けるのもお役目と思って、心のうちは私だけに留めておいた。

 そんな中、皆さんと一緒に驚いているウォルシュさんに、同僚の一人が話しかける。


「お前も、無礼が過ぎたら、ああなってたわけか……」

「いえっ、私ってそんなご無体な子じゃないですよ?」


 すると、練兵場にドッと笑い声がこだました。



 剣の手合わせの後、練兵場の中を色々と見学させてもらったり、皆さんの昼食に混ぜてもらったりした。

 それらも私にとってはいい経験になったけど、今回の閲兵はここからがメインみたいなもので……野外演習の見学が始まった。

 この野外演習においては、主に射撃訓練を行う。それに用いるのは――魔力の矢投射装置ボルトキャスターだ。ここリーヴェルム以外では採用例がなく、フラウゼだってごく一部でしか使われない。そのことをエメリアさんが知らないわけもなく、彼女は珍しい兵装であることを前提として、私に講釈してくれた。


 この国でこの銃が使われているのは、一般に魔法を使いにくいからだ。というのも、冬は寒すぎて手がかじかみ、正しく魔法陣を描くのが難しい。

 もちろん、一年中そうというわけじゃない。覚えようと思えば、暖かい時期に覚えられる。だけど、年間を通して魔法を使いにくい時期があるというのは、技術を定着させる上ですごく問題がある。だからって、温かな部屋の中で魔法を覚えるというのは、安全性の上で問題がある。少なくとも、大人数に施せる方法じゃない。

 軍としても、訓練のタイミングが限定され、さらに通年でパフォーマンスが安定しない技術には頼りづらい。それでも、少数の選別された兵に訓練を施す価値はあるとしても、大多数の兵に使わせるようなものではない。

 そこで、この国では魔力の矢マナボルトに代わって、弓や銃を用いられるようになった。マナの開通ぐらいは、寒くたってできるから、銃は弓と比べて格段の訓練が必要というわけじゃない。

 むしろ、実際には銃の方が信頼されているみたい。防寒具装着の上でも、弓より格段に狙いをつけやすいから。


「それと、魔道具に頼るようになったのは、政体の変化の影響も大きいかもしれません。王政をやめたことで、魔法を民主化する魔道具を重んじる動きが強まりましたから」

「なるほど」


 歴史について語るエメリアさんの語り口の巧みさもあって、私は感心させられてばかりだった。国を取り巻く環境のあり方が、国と魔法の関わり方にまで影響を及ぼす、その実例に対面している。そこにはきっと、文字に起こされることのなかった数々の試行錯誤があっただろうと思う。そんな営みに、私は思いを馳せた。


 この国では、兵の方々はだいたいが銃を使える。一方で、魔法はあんまり使えない。士官クラスになると覚えさせられるみたいだけど、それを逆手にとって、昇格アピールのために海外へ渡って魔法を習得しようという意識の高い人もいるそうで……。

 そんな、他国と比べても珍しいこの国の兵隊は、銃士隊と呼ばれることもある。そう名乗るだけのことはあって、広い野外練兵場を使った射撃訓練で、私は皆さんの技量を垣間見ることができた。


「さすがに、狙いが素晴らしいですね」

「それで国土を守ってますから」


 エメリアさんは、ちょっと誇らしげに胸を張ってみせた。

 実際、狙いの精密さといったら、かなりのものがある。魔法使いが手を使って狙いを定めるのに対し、こちらは機材を用いて射撃しているから、感覚はだいぶ違うのだろうけど、紛れが少ないのだと思う。私の国で“ボルトの間合い“とされるものより、こちらの兵の方々は遠くの的を正確に射抜いている。

 ただ、光盾シールドを使えないのは、やっぱり不安ではないかと思う。それを補うための、この長射程と精密射撃なんじゃないか、とも。


 射撃訓練が一段落すると、皆さん私の方に視線を向けてきた。「いかがでしたか? 貴国では、ほぼ使われない兵装かと思われますが」と、射撃担当の教官さんが話しかけてくる。


「はい。仰るとおり、あまり一般的ではないですね」

「……もしかすると、使われることもあるのですか?」

「あるにはあります」


 私がそう答えると、やっぱり皆さん興味をそそられたようで、一瞬ざわついた後すぐに静かになった。

 私の国での、銃の使われ方については、事前に口止めをされてはいない。というよりも、むしろ工廠や軍部からは後押しを受けたくらいで……今後の技術的な協力関係につながるかも、ということだった。

 そこで、私が見聞きした限りのことを話すと、ホウキで飛ぶ兵種に皆さん驚きつつも、銃が役立っていることには嬉しそうにしていた。


 中には、銃との組み合わせに気づいた”誰か”を称える指摘も。それは私もそう思う。あの子は決してホウキの軍事利用を望んではいなかったけど――それが必要になるだろうという見立て、その時に一緒に使うべき武器の選択、その見識の広さと先見性には、並外れたものがあると思う。

 あの子が喜ぶかどうかはわからない。けど、銃の本場で本職の方々からあの子が称賛されることは、私にとっては誇らしく思えた。

 きっと、あの子自身が思う以上に、その知恵と努力は世の役にたっているんだから。

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