第425話 「リーヴェルム共和国③」

 お互いの接し方が決まると、見計らったように店員の方が、衣装をいくつも携えて近づいてきた。顔は妙にニヤニヤしている。

 ただ、その笑みはメリルさんに向けたもののようで、私に対してはやや距離を置いた、店の者としての笑顔になっていく。それでも、かなり親しげで柔らかな感じがある。


「当店の店主代行、ソニア・スクラインです。今後ともごひいきに」

「はい」

「手間のかかる子だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたしますね~」


 そう言って、ソニアさんはメリルさんの方へチラリと視線を向けている。それに気づいたメリルさんは「うっさいな」と、やや憮然とした顔で応じ、私は含み笑いを漏らしてしまった。

 お二人は、気の置けない友人なのだと思う。メリルさんが国の要職に就いていても。


 ソニアさんに、ご用意していただいた衣装は、何パターンかある。いずれも質は良さそうだけど、だからといって変に気取った感じじゃない。良いところの、大事に育てられた町娘といった感じの装いで……私が着るには、少しばかりかわいらしすぎるかも。セレナさんが好んで着そうかな。

 似合うかどうかはさておいて、これなら外に出ても悪目立ちはしなさそう。きっと、「初日ぐらいは静かにお忍びで」という配慮をしていただけているのだと思う。満面の笑みで、「きっとよくお似合いになりますよ」と請け負ってくれるソニアさんから、私は服を受け取った。


 それから、試着するために、部屋の中にある小さな部屋へと案内された。内部は完全に外と区切られているけど、壁全体から光があふれているようで、嫌な圧迫感はない。

 そんな試着室の中に入ると、ソニアさんが楽しそうに話しかけてくる。


「実はですね~……この試着室は温度の調整が自由にできるんですよ!」

「ええっ、そんなことが!?」


 ソニアさんの感じに合わせ、妙に芝居じみた驚きを返してしまった。後ろでは二人の含み笑いが聞こえる。


「お国柄、外と内の気温差がかなりありますから。きちんと試着していただこうということで、こういう設備がありまして……他にはないウチだけの特注ですよ、ンフフ……」


 自慢げに言うソニアさんだけど、確かに感心したし興味もある。お国の違いというものを、こういう文化的なところで実感できた楽しさや嬉しさも。

 そんな私の、はやる気持ちを汲んでいただけたみたいで、ソニアさんは柔らかに微笑みながら言った。


「最初は室温に合わせてあります。アウターまでお着替えが済みましたら、お声がけください。外気相当に調整しますので」

「はい、よろしくおねがいします」


 話が済んで個室に入り、私は軍服から着替えていく。この部屋の仕組みが気になっているせいか、手つきが少し速いのが自分でもわかる。

 そして、着替え終わって私は姿見を見た。服は、実際に着てみても、やっぱりかわいらしい。ただ、これに似合う私かというと、あまり自信がない。というか、服が合っているかどうかより、この部屋がどうなるのかに注意が向いている私だから、この服に似合うような可愛げはないのかも……。


 妙にドキドキしながら着替え終わった旨を告げると「かしこまりました~、ビックリしないでくださいね~」と声を掛けられた。

 そして、部屋の中で変化が起きる。上方に藍色のマナが集まって、それが冷たい風を吹き付けてくる。加えて、足元からは室温の空気が逃げていく。側面の壁も、照明の温かな光はそのままに、少しひんやりした冷気を放ってくる。

 ただ、風の方はすぐに止んだ。おそらく、これで元の空気を入れ替え、壁からの冷気で細かく調整しようという事なのだと思う。

 肝心の服はというと、ちょうど外と同じような涼しさの中でも、ぬくぬくとした温かさに包み込まれる感じがある。気持ちがいいというか、心地がいいというか……思わず頬が緩む感じになって、私は「素敵な服ですね、ありがとうございます」と言った。


「お気に召して何よりです……温度は、もう少し下げられますが?」

「……どこまで?」

「限界ギリギリですと、厳冬期中の比較的マシな日中レベルまで……」


 ソニアさんが落ち着いた口調で言うと、それをエメリアさんが慌てた口調で止めにかかる。


「あ、危ないからダメですよ!」

「ホント、やめてよね!?」


……それはそれで、少しばかり興味があったりして……。



 私だけでなく、同行するお二人の着替えも終わり、私たちは服屋を出た。

 外に出ると、さっきの試着室に比べ、日差しがある分だけやや温かな感じがあるかなという程度。日陰に入ると、あの時と体感ではほとんど変わらなくて、再現度のすごさには改めて感心してしまった。

 着替えのおかげか、私に注意を向けられることはあまりない。道行く方々から見れば、私も「ここの人」になっているのだと思う。

 一方、メリルさんは着替えても有名人みたい。軍服とは打って変わって、かなりフェミニンな装いをしているけど、分かる人にはわかるようで、足を止めては会釈する方が幾人もいた。

 ただ、そういう反応をされる方から見ても、私とエメリアさんはメリルさんの単なる友人ぐらいの存在に見えるらしく、格別の注意を払われたりはしない。

 おかげで、今は落ち着いてこの町の観察ができるようになった。


 今いるのは、首都の中心部。大きな――本当に大きな広場を挟んで、行政関係の区画と、民間の区画がある。

 王都と比べて、まず印象的だったのが、建物の高さ。それぞれの建物の高さを平均すると、こちらの方が高くなる感じだけど、一方でこちらの首都には、突出して高い王城みたいな建物がない。

 これは、共和制国家で城みたいなものがないからかと最初は思った。でも、共和制の前は王制だったわけで、国政のありようとは無関係にこうなのかもしれない。

 その点をエメリアさんに尋ねると、端的な回答をもらえた。


「雪のせいですね。高い建物の屋根から落ちてくると、それだけで危険ですから。屋根が高いと、視界に入りづらくてなお危険ですし、落としに行くのも厄介です」

「なるほど……」

「ちなみに、軍や都政・国政関係の諸機関が入っているあの建物ですが、昔は王宮だったそうです」


 言われて改めて見直してみると、過度な装飾はないけど、質実剛健とした中に威厳や品格がある。地下の転移門管理所から直通というのも、元が王宮と考えると納得。


 元王宮という庁舎群から視線を外し、民間向けの方を見てみると、こちらも王都とは全く様相が違っている。

 まず、建物一つ当たりがとても大きい。王都で言う一軒の建物を、こちらではいくつも統合したような感じで、街区一つがひと固まりの建物になっている。その中でそれぞれの建物というか、部屋に分かれているみたいで、商店も家屋もそんな感じに見える。

 そうやって街区一つが丸ごと一つの建造物になっているため、この首都には細かな路地というものがない。

 また、街区ごとの大きな建物は、傾斜があって特徴的な屋根を除けば、外に大きな凹凸が存在しない。画一的な、大きい建物が整然と並ぶ様は、私の中にある“街”というものの固定観念を揺さぶる感じすらある。

 そうして多少圧倒されてもいる私に、エメリアさんがにこやかに話しかけてくる。


「お住いの街とは、だいぶ違うと思いますが、どうでしょう?」

「ええ、まったく」

「なぜ、このような感じだと思われます?」

「……熱を逃がさないため、ですか?」


 思いついたことをそのまま口にすると、驚きながらも喜んでもらえた。当たっていたみたい。


 それから、この首都クリオグラスがこういった街作りになっていることについて、色々と解説してもらえた。

 仮にあの王都みたいな建物のつくりにしてしまうと、建物と建物の間が外気と接して、そこから熱が逃げてしまう。それは、夏場にはいいかもしれないけど、冬場では大きな問題となる。特に、酷寒と雪が敵となるこの地では。

 そのため、建物の容積に対する表面積を可能な限り抑える形で、建物や街そのものが設計されている。

 すると、民家も建物の集合体に組み込まれる形になる。だから、建物を同じくする家庭同士では、結びつきが強くなるのだとか。特に、外出する気が起きなくなるような厳冬では、一つの建物の中にある複数の家庭で集まって、暖を取ったり食事をとったりするのが日常化するみたい。


 街についての講釈が一段落すると、メリルさんが私たちに話しかけてきた。


「さっそくだけど、必需品でも買いに行きましょうか」


 その必需品という言葉が、あえて中身をぼやかしたようで、とても興味をそそられた。思わず気持ちが弾む私に、メリルさんはにこやかな笑みを向けてから、私たちの前に立って案内を始めた。


 街の建造物は巨大で、凹凸がなく、形状としては画一的だ。

 でも、だからといって殺風景なわけじゃない。むしろその逆で、代わり映えしない容器の中、どうにか人目を引こうと、各商店のデコレーションには眼を見張るものがある。あくまで、通行人の邪魔にならないように、それでいて他の店には負けないように……互いに楽しみながら競い合っている感じすらあって、街全体が明るく感じられる。

 街ゆく人たちも、快活な感じがある――今まで色々とあった、あの王都と比べてしまっているからかもしれないけど……。


 もっとも、街の人々に対する印象は、単にメリルさんが明るい人たちを引き寄せているだけかもしれない。商店主らしき中年の方には特に人気があるらしく、通りかかるだけで「よぅ、大将!」と声をかけられている。

 この「大将」という呼びかけが、将軍職を指しているものにはあまり聞こえない。国の要職の方を相手にするには、少し砕けすぎているように感じる。

 そうやって呼ばれるメリルさんは、呼ばれるたびに私の方をチラリと見ては、微妙な感じの笑みを浮かべるばかりで……色々と事情があるのかなと思う。


 やがて、先を行くメリルさんが足を止めた。すぐ側には目当ての店らしきものがあって、それは私には馴染みのないものだった。


「油屋、ですか」

「そう。とりあえず、入りましょう」


 先にメリルさんが店に入り、少し戸惑う私の背を、エメリアさんが押してくる。

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