第420話 「若き貴族たちの悩み①」
天文院へ行ったからといって、身の回りに変化は特に起きなかった。心の持ちようが変わったということも、そんなにない。まぁ、何か事が起きた時、思っている以上に色々な方に気にかけられているんだと再認識したぐらいだ。
5月に入り、例のゴタゴタが概ね片付いてからは、後輩と仕事をすることが多くなった。受付で頼まれてということもままあるけど、多くは自分から申し出てやっている感じだ。
後輩との仕事は、色々と気付かされることが多く、興味深いものだった。俺が駆け出しの頃、そんなに他の冒険者について意識することはなかったから、後輩と触れ合って初めて、なりたての冒険者というものを客観視できるようになった。
普通、冒険者を目指す場合、あらかじめ何かしらの技芸を身に着けてから、ギルドの門をたたくことが多いようだ。思えば、俺の親友たちもそんな感じだった――駆け出しにしては、異様な技量だったと思うけど。特にセレナは……。
最近になって知り合った後輩たちも、冒険者になる前からある程度の技を身につけていたようで、そういう意味では経験者ってところだ。仕事の休憩時間、試しに木の枝でチャンバラをしてみたところ、剣士の後輩に普通に負かされたぐらいだ。その時は、本業は魔法使いだからって言い訳が立ったけど……言い訳を口にしたのが俺に勝った当人で、ちょっと言いしれない微妙な感情を覚えたもんだ。
そうしてギルドで仕事をすることが増え、一つ気がついたことがある。アイリスさんも、かなり積極的に後輩と仕事をしてるってことだ。
これは実際、ネリーが言及したことでもある。Cランク向けのハードな依頼が最近はあまりないから、代わりに下のランクの後輩と仕事を……ということらしい。アイリスさんはもともと人に物を教えるのは得意だし好きで、ネリーはそういうところを知っているから、意識的にそういう仕事を振っていったという面もある。
それで、アイリスさんは後輩たちから、かなり慕われているようだ。今となっては先輩や同輩からあまり身分差を意識されてないおかげか、後輩たちもそういう空気に、最初は戸惑いつつも慣れていったらしい。敬愛する先輩の一人ってところだろうか。
しかし、ここ数日、彼女の様子がどうもおかしい。お互いにギルドへ通う頻度が高くなったからか、街中ですれ違うことは日に何回かある。多くは後輩たちに囲まれていて、そういうときは普通にしているけども……。
妙なのは、彼女が一人になったときだ。どこか物憂げな感じで、遠くを眺めることがままある。何か悩み事かと思って話しかけても、「なんでもありませんよ」と慌てた様子ではぐらかされた。その後、力なく微笑んで「すみません」と言われたから、何か隠し事はあるのだろうと思う。
ネリーなら知っているかと思って事情を尋ねてみても、特に思い当たることはないようだ。だとすれば、おそらくギルドや孤児院絡みの件じゃない。
そこで、マリーさんに尋ねてみようかと考えた。しかし、思いとどまって結局やめた。お家に関わる問題であれば、俺からはどうしようもないし、少し立ち入りすぎていると感じたからだ。
それでも……力になれることがあれば、とは思う。彼女の口から悩みを聞ければ、それに越したことはないけど……。
☆
5月22日夕方、闘技場。
顔なじみのギャラリーたちに拍手される中、ハリーとウィンは握手を交わした。何回目になるかわからない二人の勝負は、今日のところはウィンの勝利で終わった。しかし、勝者の彼にあまり余裕はない。彼は汗を拭いながら苦笑いをした。
内戦から例の防衛戦に至るまで、いくつもの死地をくぐり抜けてきたこの二人は、戦士としても一皮むけたようだった。技量や判断力もさることながら、「よーわからんけど、凄みが増した」と、先輩方も太鼓判を押すほどだ。
そんな二人に、「今度あったら手加減してくれよ~」と先輩が声をかける。しかし、二人は無言で苦笑いするばかりで……少なくとも、面目を立ててやろうって気はないようだ。
闘技場が本来の機能を復旧させて以降、興行としての闘技会が始まったけど、さすがに内戦が始まってからは一時休止となっていた。それで、内戦が終結し戦勝式典が済んでから、また興行を再開するようになった。一区切り済んだから、というわけだ。
再開によって、ランキングも一新され、全員一からのスタートだ。まだまだ試合数が少ないから順位がダンゴになっているけど、試合を重ねるごとに開いていく。だから、練習試合でこうやって火花を散らし、本番に備えているというわけだ。
しかし、ランキング一位の予想について、大多数の見解は一致している。おそらく、ハルトルージュ伯だろう。可能な限り上を目指そうと研鑽している連中――つまり、実際の試合でマッチングしたり、手合わせ願う連中――も、同様の見解を持っている。そのため、一位に限ってはトトカルチョが成立しないくらいだ。
その伯爵閣下だけど、最近はどうも考え事をなさることが多くなったように見える。閣下は、闘技場に足繁く通われては、俺たちみたいな下々に今までどおり剣の手ほどきをしてくださる。そうやって剣を握られている間は、以前と変わらない気迫を漂わせておられるものの……稽古の合間合間には、遠い目をなされたり、伏し目がちになって考え込まれたりという感じだ。
そういった閣下のご様子が、どうもアイリスさんに重なってしまう。何かしら、国の上の方で問題ごとでもあるのではないだろうか?
ただ、その具体的な内容は、まったく見当がつかなかった。歴史的に見て、今は混乱期に当たるのだろうけど、陛下がご政務に携わられるようになったという好材料もある。では、一体何だというのだろう。
今日も、やはり閣下はどこか気が塞いだ様子でいらっしゃる。みんなも、そんな閣下のご様子が気になるらしい。閣下に気取られないようにしつつ、閣下に不安そうな視線を向けている。
すると、仕事仲間に小突かれた。声はないけど、「お前行ってこいよ」ぐらいのものだろう。殿下がお相手のときもそうだけど、こういうときは俺が切り込み役になっている気がする。
しかしまぁ……よくよく考えてみると、アイリスさんとみんなが仲良くなる前にだって、俺は似たような立場にあったと思う。たぶん、元からそういう立ち位置なんだろう。そのせいで結構緊張したり重い話題を振られたりすることはあるけど……まぁ、悪いことではないと思う。
できる限り平静を装い、閣下に近づいて、俺は話しかけた。
「閣下、少々よろしいでしょうか」
「ああ、何か?」
「いえ、何かお悩みごとでもあるのかと……近頃、何かを考え込まれているご様子でしたので」
すると、閣下は真顔で少し固まった後、フッと顔の力を抜かれた。
「君にも、こういうことはあるだろう? 言い出しづらい話もあるはずだ」
「……仰るとおりです。差し出がましい事をしました」
俺自身、言えない話はいくらでもある。触れちゃいけないことだったかと思い直し、頭を下げて引き下がろうとした。しかし、閣下はやや慌てた口調で、それを引き止められた。
「少し待ってくれないか。君は、口が堅い方か?」
堅い方だとは思う。しかし、即答するほどの自信はない。
そこで、周囲の連中の評価に任せることにした。
「堅いと思いますよ。重要なことを後から話すってことも、ままありますし」
「結構秘密主義なんスよね、そいつ」
「多分、考えてることの半分も言わないですよ、彼」
「一日でもいいからさ、考えてること、そのまま話させたら面白そうだよな!」
「だなぁ!」
「魔法庁に睨まれそ……」
口々に勝手なことを言い始め、俺は引きつった笑みしか返せなくなった。コイツら、俺の事をそう思ってたのか……。しかし、反論できないほどには思い当たる節ばかりで、俺は押し黙るほかなかった。
そんな俺に、閣下は同情のこもった微笑みを向けつつ、仰った。
「少なくとも、相談相手としては適格のようだ。今から、空いているか?」
「はい、大丈夫です」
そうして夕食をご一緒することになった。話が決まると、周囲の連中の多くは、いかにも興味アリといった目を向けてくる。そんな奴らに、「すみませんね~、口が堅いんでね~」と言ってやると、連中は笑いながら芝居っぽく地団駄を踏み、閣下は笑みをこぼされた。
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