第415話 「深奥①」

 5月5日朝。宿でみなさんと朝食を取り終え、お茶片手に雑談していると、入り口のドアがノックされた。おそらく、俺の客だろう。みなさんも俺の方とドアを交互にチラチラ見ている。

 リリノーラさんがドアを開けると、やはり俺の客だった。ギルド職員の方が立っている。彼女は室内にいる俺に目を向け、頭を下げてきた。

 席を立ち、リリノーラさんと入れ替わるようにして来客に応じると、職員さんは言った。


「今、お忙しいですか?」

「でもないですが……用件は?」

「ただ、呼び出すようにと。詳しくは聞かされていません」


 つまり、普通の職員には明かせない話があるってことだ。俺のプライバシーに関わる話というよりは、何かこう面倒ごとの可能性が高い気がする。

 とはいえ、呼び出しがある以上は行かないわけにもいかないだろう。職員さんに「もう少ししたら行きます」と伝えると、彼女は「お待ちしております」と言って頭を下げ、ギルドへと帰っていった。

 職員さんをある程度見送ってから、俺は食卓に戻った。すると、「大変ですね」とねぎらう声が。

 一般的な定職と比べると、冒険者は定まった職場というものを持たないからか、こうして住んでいるところに呼び出しが来ることが多い。それでも、俺は平均的な冒険者より、こういう呼び出しが多いかもしれない。

 そんな俺を、同居人のみなさんは、結構心配してくださっている。やっと内戦が終わって一安心って状況になっても、俺は相変わらず忙しく映るようだ。そうやって変に心配させるのも……と思って、俺は「どうせヤボ用ですよ」と笑って言った。

 本当にそうならいいんだけど。


 食後のティータイムが終わり、みなさんそれぞれの職場へ向かう頃合いになって、俺もギルドへ向かった。

 受付のラナレナさんに話しかけると、すぐに応接室へ案内された。奥へ通される間、他の冒険者たちからの好奇に満ちた視線が背に刺さる。

 そして、応接室で待っていたのはウィルさんだった。だいぶしばらくぶりの再開に、思わず頬が緩み、俺は彼に手を伸ばした。


「お久しぶりです」

「ホントにね。今まで色々あっただろうけど、元気そうで何よりだ」


 そうやって挨拶すると、ラナレナさんは「ではこれで」とウィルさんに声をかけ、一礼して去っていった。

 まさか、再会の挨拶のためだけにいらっしゃったってことはないだろう。とりあえずお互い向かい合ってソファーに座る。それから、俺は彼に尋ねた。


「今まで、どちらで何を?」

「魚釣りかな。全然だったけどね」


 そういえば、彼とは釣る気のない釣り竿を垂らして色々話したことがあった。なんというか、触れない方がいい話題のようだ。こちらからは突っ込まないようにしよう。

 そう思ったところ、今度は彼の方から話しかけてきた。


「勲一等、おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「前に教えたおまじないが、役に立ったかな?」


 異刻ゼノクロックのことだ。あんまり依存しすぎるなとは言われたものの、事あるごとにバカスカ使っていて……背伸びしまくりって感じだ。

 師の言いつけを破って、功名を追いかけてしまったような気分になり、俺は身を縮めた。すると、彼は笑って言った。


「限界を超えて頑張りすぎるようであれば問題だけど、そうでないなら構わないよ。お役に立ててもらえた方が、教えた側としては嬉しいしね」

「そうですか……」


 やたら使いまくっていることは、もうお見通しなんだろう。それでも、彼は優しげな視線を向けてきた。すると、むしろ身の丈に合わない無理を諌めようって気が、自分の中から湧いて起こるような感じがする。

 そうして内心、少し複雑な思いを抱いているところに、彼は尋ねてきた。


「今日は、何か予定とかあったかな?」

「いえ、特には」

「……再来月にCランク試験があるけど、その勉強は?」

「ほとんど諦めてます」


 間をおかず素直に告げると、彼は笑って「だろうね」と言った。


「あんな事があったし、無理もないね。ま、来年頑張るといいよ。君ぐらいの年でも、Cランクとしては十分若い部類に入るし」

「まぁ、来年まで面倒事が起きなければの話ですけど……」


 俺が何の気無しに答えると、彼は気まずそうに苦笑いした。思わず身構えてしまう俺に、彼はだいぶ申し訳無さそうになって話しかけてくる。


「今から、少し着いてきてほしいところがあってね。急で申し訳ないんだけど」

「それは大丈夫ですが……この服でも大丈夫ですか?」


 俺が問いかけると、彼は一瞬だけ真顔になってから「大丈夫、貴人に会いに行くわけじゃないんだ」と答えて笑った。

 それから、俺たちは応接室を出て、ギルドの計らいで人気の少ない裏口から出してもらった。さすがに、つい最近叙勲を受けた冒険者と、元長官が一緒に動いていると目立って良くないだろう。どうも、内密の件であるようだし。

 ギルドを出て、ウィルさんの案内で俺たちは、主に裏通りを進みながら王都北へ向かった。公的機関が多く、しかもこの組み合わせだ。服装の心配はないって話だったけど、嫌でも緊張してしまう。


 そして到着したのは、転移門管理所だ。相変わらず、外界から切り離された感じすらある、神秘的な雰囲気の廊下を進んでいく。すると、ウィルさんが話しかけてきた。


「クリーガの防衛戦だけど、王都側から転移門で増援を呼んだことは知ってるよね」

「はい」

「変に思わなかったかな?」

「まぁ、少しは……それまで閉鎖されていた門同士がつながったわけですし。クリーガ側の転移門を、説得したか懐柔したかあるいは……」

「あるいは?」

「そもそも、クリーガの転移門管理所が、クリーガの統治機構とは独立してるんじゃないか、とも考えてました」


 すると、彼はいたく感心したように何度かうなずき、言葉を返してくる。


「実を言うとね、転移門という仕組みそれ自体は、いずれの国にも属していないんだ」

「……となると、天文院か、魔法庁の管轄ですか?」

「前者だよ。良くわかったね」

「なんとなく、です」


 天文院や魔法庁が、国とは独立した組織だということは聞いたことがある。知ってる中では、その二つだけが国に従属しない機関だから、今こうして答えたわけなんだけど……。

 天文院と転移門を結びつける要素に、思い当たるものはあった。俺にとって最初の黒い月の夜を乗り越えた後、森の“目“の封印と監視に、天文院の方が駆り出された。目といえば、魔人の連中にとっては転移の助けになる空間の穴みたいなもんだ。転移門と、そう遠くはないだろう。

 それに、天文院は黒い月の夜の到来日を予報するという、この世界にとっての生命線みたいなこともやっている。つまり……天文院は、魔人や魔獣が転移するのに都合がいい日を察知できるってわけだ。

 そういった連想は、天文院と転移門ばかりでなく、天文院と魔人をも結びつけた。どこに連れて行かれるんだろう。一瞬寒気がした。

 そうして黙って考え込んでいると、不意に声を掛けられてビクッと背筋を伸ばしてしまった。


「何やら考え込んでいるね。だいたい、当たりはつくけど」

「……天文院って、一体なんなのか、考えていました」

「後で説明するよ。悪いね、変に心配させて」


 それから、ウィルさんは真剣な表情に、どこか申し訳無さそうな感じをにじませながら言った。


「気が進まないなら、引き返そうか。この先を無理強いしようという気はないんだ」

「……いえ、行きます。帰ったら帰ったで、後で気になって気になって、寝付けが悪くなりそうですし」


 若干冗談めかして答えると、彼は笑った。


「さすがの好奇心だね。ま、退くべきときは退いてほしいけども。ちなみに、今回のは大丈夫だからね。どうか安心してほしい」

「わかってますって」


 ウィルさんがどれほどの猛者かは知らないけど、俺よりも異刻に精通していることに疑いはない。だとすれば、その気になれば煮るなり焼くなり好きにできるはずだ。それでも、俺の自由意志に任せてくれているのだから……緊張と不安があるのは確かだけど、ここは信じるべきだろう。

 そして、俺たちは門が安置されている部屋に入った。三重になった金色のリングが、部屋の中央にある。あれが、どこにつながるのだろうか……。

 思わず生唾を飲んでしまう俺に、管理員さんが話しかけてきた。


「この度の内戦は、お疲れさまでした。なんでも、勲一等を叙勲されたとかで」

「えっ。ええ、まぁ……」


 そして、彼はニッコリして手を差し出してきた。それに応じようと右手を伸ばすと、彼は両手で俺の手を包んで、かなり嬉しそうに上下に振ってくる。

 魔法使いとしては、彼の方が圧倒的にエリートだろう。にもかかわらずの、この歓待だ。少し面食らってしまった。ただ、俺が生身で世界間の転移をやった後も、管理者の方にはこうして握手された記憶がある。きっと、認められたってことだろう。深くは考えないことにした。

 すると、ウィルさんが若干困ったように微笑みながら話しかけてくる。


「ここの職員は、実際に動く者に敬意を抱くことが多いからね。私に対してはそうでもないけど」

「それはそうだ。君はどちらかというと身内だからな」


 管理者さんはキッパリ言い放った。それから、握手をやめて仕事モードになり、ウィルさんに問いかける。


「一応聞くが、転移先は?」

「帰還」

「了解した」


 管理者さんは金色のリングを動かし始めた。しかし、過去二回とリングの動きが明らかに違う。

――というのも、重なり合った三つのリングが台座を離れ、完全に宙に浮いたからだ。

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