第414話 「仲間の相談事」

 5月3日昼前。帰還後の書類仕事や事務作業も大方片付き、以前通り自由に動けるようになった俺は、急に手持ち無沙汰になった感覚を味わった。慌ただしく、気が引き締まる日々を送っていたからか、それから解放されていきなりぼんやりした感じになってしまう。

 これが、燃え尽き症候群ってやつだろうか。

 しかし、ダラダラのんびりするのも悪くない。天気もよく、清々しい五月晴れだ。穏やかな気温の中、日差しの温もりがなんとも気持ちいい。

 そこで、俺は広場のベンチに座って日光浴することにした。幸いというべきか、俺が勲一等を頂いたことは関係者にしか伝わっていないから、こうしてボケーっとしていても、関係者以外には話しかけられたりしない。


 そうしてベンチに背を預け、ぬくぬくウトウトしていると、声をかけられた。目をこすって前方に目をやると、ハリーとウィンが立っている。そして、ウィンが「今いいか」と尋ねてきた。


「ん、どうぞ」

「教授、工廠に顔が利くだろ。彼らに少し聞きたいことがあるんだが……」

「つまり、そういう場を設けてほしいと」

「頼めるか?」


 ウィンと一緒にハリーも、俺に小さく頭を下げてくる。つまり、ハリーも工廠に用事ってことだ。

 この二人が連れ立って工廠に用があるというのは、かなり興味深い。眠気もどこかへ吹き飛んでしまった。つい十数分前までダラダラしようだなんて考えていたのも忘れ、俺は二人と一緒に工廠へ向かった。

 ただ、この二人なら工廠の関係者と言えなくもない。前の内戦では、将玉コマンドオーブという最新鋭――というか発掘品――の魔道具の主たる使用者だった。他にも浄化服ピュリファブやらなんやら使っている。テスターという名目であれば、面会も叶いそうなものだけど……。

 工廠への道すがら、その辺りについて触れてみると、ハリーは苦笑いして首を横に振った。


「あまり非正規の人間が立ち入るのも、良くないだろうと思う。リッツみたいな例外は、少数に留めるべきじゃないか?」

「……それもそうか」


 だいぶ前から、あまり気兼ねせずにあそこへ出入りできているからか、そのへんの感覚がいいかげんになっていたようだ。実際、機密度の高い物を扱っているんだから……部外者が工廠に用があるというのなら、俺がパイプ役になって取り次ぐのが妥当だろう。


 工廠の前に着くと、二人は入り口の脇で立ち止まった。「じゃ、誰か呼んでくる。希望はあるか?」と尋ねると、ウィンは少し渋めの微笑を浮かべて答えた。


「誰でも……と言うと失礼だが、実際あまり良くわからないからな。リムさんか、彼女の同僚なら話しやすいと思うが」

「ウォーレンは?」

「……ああ、あの賑やかな彼か。手すきだったら声かけてくれ」


 たぶん、ある程度面識あって、かつ向こうに迷惑にならなければ特に人選にこだわりはないんだろう。ハリーもそんな感じで、とやかく注文はつけてこなかった。

 しかし、今の工廠で忙しくない奴がいるかどうかってのが、そもそもの問題だったりする……。


 受付で挨拶し、さっそく雑事部に足を運ぶと、意外にも床で寝ている奴はいなかった。みんな実験室に入っているようで、唯一デスクワークしているヴァネッサさんが、俺に気づいて声をかけてくる。


「こんにちは。今日はどうしました?」

「いえ、友人たちが、工廠の職員に相談があるとのことで」

「そうですか。内容は?」

「……聞いてないですが、相談相手に強い希望はなかったですね」


 そこまで答えると、ヴァネッサさんは首を小さくかしげた。「あまり要領を得ませんが……」と苦笑いしている。


「工廠の職員であれば、誰でも答えられそうな相談ということでしょうか」

「おそらく……一応、面識があるからってことで、ウォーレンだと話しやすそうな感じでしたが、います?」

「ええ、今実験室です。そろそろ……」


 彼女がそう言いかけたところで、実験室の扉が開いて職員がぞろぞろやってきた。すると、俺に気づいたみんなが口々に声をかけてくれる。

 その中にはシエラの姿もある。内戦の終結で、彼女は軍装部からこちら雑事部へ籍を戻した。あちらの仕事もやりがいはあっただろうけど、今の方がこれまでよりも明るく見える……まぁ、内戦中と比べるのが、そもそもという話ではあるか。

 軽く挨拶してから、俺の用件を切り出すと、ウォーレンは職員みんなの方へ振り返って言った。


「今立て込んでる奴、いるか?」

「別に」

「昼からでいいや」

「メシ行こ?」


 なんだか、今しがた色々一段落したみたいな空気を、みんな醸し出している。そして、だいたい予想できた言葉がウォーレンの口から飛ぶ。


「昼飯ついでに、全員で話そうぜ。そっちの方が手っ取り早い」

「まぁ、そうだな」


 そうしてササッと話がまとまると、デスクワークやっていたヴァネッサさんがいそいそと机の上の書類を片付け始めた。一緒にどうですかと、声かけるまでもなかった。

 彼女の片付けを待ってから、部屋に鍵をかけ、俺たちはぞろぞろと外へ向かった。そして外の二人と合流すると、二人は大いに驚いた。


「まさか、部署の全員か?」

「話の流れでそうなった……もしかして、あまり多くには聞かせられない相談か?」

「いや、相談相手が多いのは助かる。ただ、ここまで連れてくるとは思わなくてな、驚いただけだ」


 まぁ、呼んでくる前は「手すきな誰か」って話だったし、こうして一同勢揃いとなるとビックリだろう。

 それなりの人数集まってとなると、ちょうどいい飯屋は結構限られてくる。すると、ヴァネッサさんが隊の前に躍り出て言った。


「ちょうど良さそうな飯屋がありますから、私が案内しましょう」

「お願いします」

「頼むわ」


 彼女の申し出に俺とウォーレンが声を返す。他のみんなも異存はないようだ。

 そうしてヴァネッサさんの案内で向かった先は、青空の下で食べる定食屋みたいな店だった。「ここならテーブルとイスを、ある程度自由に動かせますよ」と彼女は言う。


「それに、サイドメニューも豊富でリーズナブルなんです。みんなでシェアしましょうね」

「はいはい」


 ちょっとテンションが高くなってきている彼女に、職員の子が笑いながら応じる。職員みんなで昼食に出ると、だいたいこんな感じなのだろう。

 一応、店員さんに断ってから、俺たちは大きめの丸テーブルを4つほどくっつけた。

 しかし、並べ終わってから気になったのは、相談内容だ。ぶっちゃけ、密談できそうな状況ではない。ウィンとハリーを見る限り、この状況に不満はないようだけど。

 その後、大量のオーダーを店員さんが受け、厨房らしきところへ走っていった。それを見届けてから、ウィンが口を開く。


「相談事っていうのは、魔法陣の型についてなんだ」

「型?」

「ああ……光盾シールドは同じ色だと素通りするだろう? しかし、反魔法アンチスペルは逆に、同じ色だとよく吸い込む。これは、構えながら射撃戦するには少し不便なんだ」


 彼が言う通り、自分の前に反魔法を展開した上でそれと同色の魔法を放つと、威力がいくらか減衰する。それが、反魔法は出しっぱなしにするには適さない理由の一つだ。


「それで、逆に特定のマナだけ吸わせないようにする型があればと考えたんだ。そこで、工廠の職員に相談に乗ってもらえればと」


 工廠の職員たちは、顔を見合わせた。即答できないってことは、無いか問題があるかってことだろう。それを察したようで、ウィンとハリーも、緊張した面持ちに若干の諦めが浮き上がる。

 すると、ヴァネッサさんが口を開いた。


「反魔法関係は魔法庁の管轄ですよね。そちらには、もう当たられましたか?」

「はい。ただ、そういう型には覚えがなく、工廠ならあるいは、と」

「なるほど……私もそういった型は存じません。型に関する知識で言えば、工廠の方が深いところはありますね」


 ハリーの返答に、ヴァネッサさんは深くうなずきながら言った。

 実際、魔道具を設計するに当たり、彼ら工廠職員はいくつもの型を組み合わせることを日常的にやっている。もちろん、魔道具と魔法とで勝手が違う部分はあるだろうけど、型に関する知識と経験は魔法庁より上だろう。

 ただ、型を扱うプロたちも、ウィンが話した物には思い至らなかったようだ。ウォーレンが少し申し訳無さそうに答える。


「ご希望の型ってのは、ちょっと記憶にないな~、すまん」

「いや、いいんだ。あればいいなってぐらいの話だからな」

「逆の、特定の色しか吸わない型というのはあるのですが……」


 リムさんがつぶやくように言った。それに興味を惹かれた俺たち三人が身を乗り出すと、彼女はちょっと驚いて身をわずかに引いた。他のみんながそれを少し笑い、シエラが説明を始める。


「ホウキの専用化ってあったでしょ? 乗り手のマナにしか反応しないようにして、盗難対策してた、アレ」

「ああ、なるほど。乗り手のマナと同じ色しか吸わないようにしてる型を使ってるのか」

「御名答」


 そう言って彼女は、手持ちのメモを開いてその型を描いてくれた。


「偏色型っていうの。円周に沿って動く二本の線で、どっからどこまでの色を吸うかを決めてるわけね」

「それで、線が重なり合うと、専用化ってことか」

「そういうこと」


 メモを描き写そうとして、俺はヴァネッサさんにチラリと視線を向けた。魔法庁的に、こういう話はどうなんだろうか。

 すると、彼女はニッコリ笑って「反魔法の担当職員に教えてあげてくださいね」と言った。悪用するんじゃないかとか、そういう風には思われていないようだ。

 安心し、改めてシエラのメモに目を落とす。彼女の説明通り、時計の秒針みたいなのが二本、円の中央から出ている。これを動かすことで、吸い込むマナを調整しようってことだろう。魔道具以外で使うとなると、マナを吸わせるために収奪型も必要になる。

 しかし、吸わせるマナの色をその都度アドリブで決めるってのは、実戦だと難しいだろう。俺には異刻ゼノクロックというインチキがあるから良い――いや、あんまり良くはない――としても、ウィンとハリーの要望に耐えうるものかというと……。


 気になって二人の方を見ると、揃って考え込んでいた。諦めとか残念とか、そういう後ろ向きな感じはない。そんな彼らに、俺は尋ねた。


「使えそうか?」

「どうかな……知っていて損はないだろうが」

「そうだな。何か使い方を思いつくかもしれない」


 こうして戦友二人が、反魔法の開拓に熱心になってくれていることを、俺はとても嬉しく思った。

 特に、ハリーがこうして色々と考えを巡らせ、俺が考えついた技術に工夫を加えようとしてくれていることが、頼もしいし喜ばしい。慎重派でありつつも、次の一歩のための労苦を惜しまないようになってくれている。

 ウィンの方も、反魔法に関して色々と熱意を燃やしてくれているように思う。傍目には冷めた感じではあるけど……結構凝り性なのかもしれない。


 結局、今回の相談では、目立った確かな進歩というのはなかった。それでも、いつか目が出ればいいと思うし……みんなであれやこれやと話しながら突っついた昼食は美味しかった。二人と工廠の顔をつなぐこともできた。それで、十分かもしれない。

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