第413話 「後輩との初仕事③」

 作戦がまとまったところで、実戦に取り掛かる。まず、五人が俺から少し離れていって、構えるのにちょうどいい場所を探しに行く。

 すると、どうにか都合がいい場所が見つかったようで、彼らは俺に見えるように手を挙げてきた。

 今度は俺の番だ。再び、かなり濃い目の橙の光球ライトボールを宙に浮かべ、奴の方へ飛ばしていく。それに反応し、いくつものツタが伸びてくる。

 しかし、注目すべきは伸びてくるツタではなく、それらがつながる基部の方と、伸びてこなかったツタの方だ。後輩たちの正面に当たる辺りのツタは、まだ数本残っている。もう少し光球を近づけてやると、反応するツタが少しずつ増え……やがて、残すは二本だけとなった。

 そこで、俺は奴と光球の距離を維持しつつ、奴の側面へ回り込ませるように光球を飛ばした。そうすれば、光球に惹かれたツタが、後輩から離れてより安全を確保できるからだ。


 そうやって状況を整えていくと、グレッグは俺に向かって手を挙げた。「もう大丈夫、行きます」ぐらいの合図だろう。それに対して俺からも手を挙げると、向こうの前衛二人が奴の領域に立ち入り、剣を抜いて構えた。

 すると、それまで手持ち無沙汰だったツタが彼らの方へ伸びていった。他のツタは無反応だ。これなら……光球を切らさないように精神を集中させつつ、俺は後輩たちの方を見守った。


 ツタ二本が伸びる速度には、見てわかる程度に違いがあった。グレッグに対して伸びる奴の方が速い。その速い方のツタの根本を目掛けジュリアが放った矢は、見事に的中して突き刺さった。

 すると、そこへ深い青色のボルトが、間を置かずに何発も襲いかかる。カレンの矢だ。性格こそおとなしいものの、自分のジョブはしっかりこなす――というか、結構苛烈な攻勢だ。その集中砲火に、セシリアの青緑の矢も合流する。

 マナの矢が痛めつける中、さらには実体のある矢も追加で突き刺さり、強靭なツタもボロボロになっていく。それでも動きは収まらないものの、最初の慣性でどうにか飛ばしているぐらいに弱々しく、やがてはもう一本のツタに追い抜かされた。

 無事な方のツタは、トレヴァーに襲いかかった。しかし、彼は体勢を崩されることなく、ツタの打撃を剣で受け止める。植物と剣がぶつかり合う音とは思えない、まるで剣同士で打ち合うような音が森の中に響く。そんな戦いに応じている彼が「気持ちわりぃなぁ!」と叫んで、俺は思わず笑ってしまった。


 痛めつけられた方のツタはというと、グレッグの元につく頃には疲労困憊といった感じだった。彼は初撃を受け止めるも、響く音はかなり弱々しい。

 そこで、彼はゆるゆる伸びるツタに対し、剣を構えつつも大きく身を屈めた。しゃがむ彼に、ツタは高度を落としながら伸びる。

 すると、彼は軽くジャンプして伸びてくるツタを飛び越え、踏みつけた。そこに剣を突き立て動きを封じ、根本への射撃に加勢する。

 やがて、ツタの根本は耐えきれなくなった。剣を突き立てられ、地面を弱々しくのたうっていたツタも、根本が断ち切られたことで動かなくなる。ウナギでもさばいているみたいだ。

 そうして動かなくなる前には、ジュリアは狙いを変えてもう一方のツタの根本を射掛けていた。さすがに五人でかかると処理も早い。一本目よりも手際よく、彼らはツタの根本を破断してみせた。


 作戦がうまくいったところで、みんなは手を挙げ、こちらへ歩いてきた。そして、グレッグが話しかけてくる。


「ご協力、ありがとうございました。先輩のおかげで、俺たちでもどうにか……」

「いいチームワークだったよ、お見事」


 心からの賛辞を述べると、彼は少し表情を柔らかくしてから頭を下げた。他のみんなはというと、照れくさそうにしたり嬉しそうにしたり。

 これまではいい感じだ。後はどこまでやるかだけど……ジュリアが少し上目遣いに尋ねてくる。


「先輩、光球出しっぱなしだと大変ですよね……この後どうします? ちぎり取った二本だけでも、報告の資料には十分だと思いますけど」

「……本音は?」

「全部ちぎりたいですね~」


 メチャクチャいい笑顔で、彼女は物騒な本音を告げた。まぁ、冒険者としては当然の気持ちではある。他のみんなも、やはりもうちょっと……という気持ちはあるようだ。一方で、俺に頼りっきりになることへの、申し訳無さというか遠慮みたいなものも滲んでいる。

 ただ、俺としてはもう少し続けて……この後輩たちを見守っていたくはある。橙の魔法を出しっぱにするのは確かに負担だけど、見物料としてみれば安いくらいだ。

 そこで、俺はグレッグに提案した。


「無理しない範囲で、この後も続行していいんじゃないかと思う。ただ、休み休みでやりたいけど……」

「わかりました……ありがとうございます」

「それに、君らの昼食がどんな感じか、興味もあるしさ」


 そう言うと、彼はセシリアに一度視線を向けてから、ニコリともせずに「期待していいですよ」と言った。それに対し、「ヤダも~!」と言わんばかりに、セシリアはグレッグの背をはたく。

 表情に出ないだけで、彼も意外と面白い奴なのかもしれない。



 作戦終了は夕暮れ前だった。本当に休み休みで、慎重に事を進めたからだ。休憩中にも色々話できたから、お互いに満足ではある。昼食でいただいたキノコと野禽のスープも、かなりのものだった。

 ちぎったツタは、全部で50本を下らないほどになった。ただ、ジュリアの希望通り、全部ちぎったというわけじゃなく、二本だけ残してある。というのも、あれを完全に退治するかどうかの検証用に、少しぐらいは生きているツタを残すべきと考えたからだ。

 二本まで減らしたものの、時間をかければまたツタが伸びる可能性は高い。だから完全に放置するのはマズいだろうけど、何かしらの研究資料としての価値を見いだされるかもしれない。

 そこで、完全には駆除することなく、以後の判断を上に委ねることにしたわけだ。


 しかしまぁ……ツタは重い。これまでどれほどの金属を捕食したのか知らないけど、ツタは実際に触ってみると、植物に似つかわしくないほどの硬度と重量感があった。

 試しに力ずくで輪切りにしてみたところ、硬い表皮の内側に密な肉質が詰まり、中心には針金のような物が通っていた。これがツタにとっての神経系みたいなものなのだろう。

 そんなツタを持ち帰ろうにも、全部となると地面を引きずる形にならざるを得ず、帰り道でボロボロになるのが目に見えていた。そこで、引きずらずに済むだけの分量として三本持ち帰り、後は人を遣わして現場検証と回収を……ということに。


 王都までの街道でも、入ってからの街路でも、やはりすれ違う人には「なんじゃこりゃ」という目で見られるのは避けられなかった。門衛さんも、美食ツタグルメアイビーの存在は知っていても、これだけ立派な奴は初めてとのことだ。当直のみなさんで集まってツタをペタペタ触っていた。

 そうして色々な人達から興味の目を引き寄せつつ、ギルドに帰還を果たすと、受付はシルヴィアさんに代わっていた。彼女は目を見開いて話しかけてくる。


「おかえりなさい! 見た感じ、大成功ってところですね!」

「ええまぁ……少し判断に迷う部分もありますけど」

「運びきれなかったというだけじゃなくて、ですか?」


 さすがにシルヴィアさんは話が早い。そんな彼女に、グレッグの口から事情を説明してもらった。


「……というわけです。ある程度までの弱体化には成功してますが、収穫までは不十分で……」

「なるほど」

「持ち帰るまでも依頼ですし、その意味では……」

「いえ、切ってすぐ悪くなるようなものでもないですし……普通の美食ツタじゃなかったですよね?」

「はい」

「でしたら……報告書と後の現場検証次第ですね。ただ、今聞かせていただいた感じでは、依頼の満額までは問題なく出せると思います。そもそも、元は収穫依頼でも、調査か退治になるかって話でしたし。とりあえず、お疲れさまです!」


 それからシルヴィアさんは、カウンターの上に置かれたツタをペチペチ叩きながら、「大変だったでしょ~、こんなの初めて見ますよ!」と笑顔で言って、俺たちをねぎらった。


「それで報酬の件ですが、正確な金額を算定するまでは少しかかると思います。それでも大丈夫ですか?」

「はい」


 グレッグが代表して答えた。他のみんなも不満はなさそうだ。それから、シルヴィアさんは俺の方を見て話しかけてくる。


「現場検証と回収ですが、明日やることになると思います。リッツさんには立ち会いをお願いしたいんですけど……最近お忙しいですよね?」

「いや、ギルド向けの書類仕事がメインですし、お待ちいただけるなら別に大丈夫です」

「では、お願いしますね!」


 しかし、俺たちのやり取りに、後輩のみんなはだいぶ申し訳無さそうになった。「何も、そこまでしていただかなくても……」とカレン。


「いや、こういうのも先輩の仕事だからさ。君らの仕事ぶりを少し離れたところから見てたおかげで、状況の説明には向いてるだろうし」

「でも……」

「いえ、ここは甘えるところですよ! 後輩なんて、少し図々しいくらいでもカワイイんですからね!」


 シルヴィアさんがニッコリして言うと、後輩のみんなは「そこまで言うなら」といった感じになり、食い下がるのをやめて俺に揃って頭を下げてきた。

 とりあえずの報告も済み、ギルドを出ようという頃合いになって、俺は一つ思い出したことがあり、後輩のみんなには外で少し待っていてもらうように頼んだ。それから、シルヴィアさんに話しかける。


「今後も、こういう感じで後輩と仕事できたらと思うんですけど、構いませんか?」

「もっちろんですよ! リッツ先輩と一緒に仕事してみたいって子、きっと想像以上にいますし」


 面と向かってそう言われると、だいぶ照れくさいものの、悪い気はしない。その後、「また明日」と互いに挨拶して、俺はギルドを出た。


 待たせていた後輩たちと合流すると、俺たちは夕食を一緒にということで、東区へ足を向けた。「今日はおごるよ」というと、やはりと言うべきか、みんな遠慮してくる。


「むしろ、私たちの方からお礼にってくらいですし……」

「いや、大丈夫だって。俺もみんなぐらいの頃には、仕事終わりに先輩からおごってもらったし……今日おごった分は、みんなが先輩になったときにおごってやればいいからさ」


 俺自身、そういう言葉を掛けられておごってもらったものだ。みんなも、そういうものかと、微妙に煮え切らない感じながらも納得してくれた。代表に、グレッグが頭を下げる。


「ありがとうございます。ごちそうになります」

「それでよろしい」


 今の彼はさすがに、どこか申し訳無さそうな顔をしている。それでも、他のみんなに比べると表情が控えめではあるけど……一日一緒に仕事したことで、感情の変化ぐらいは十分把握できるようになった。

 それにしても、口数の少なさといい、律儀で真面目っぽいところといい、どことなくハリーを思い出させる。マナの色も彼に近いし。そうして彼の顔をまじまじと見ていると、「どうかしましたか?」と尋ねられた。


「いや、親友に似てるなぁって」

「それって、ハリー先輩ですか?」


 セシリアが口を挟んできて俺は驚いた。彼女に無言でうなずくと、彼女はふふっと笑った。代わりにトレヴァーが話しかけてくる、


「ハリー先輩とも、一緒にお仕事をしていただいたことが何回かあるんス」

「へぇ~、ハリーと」

「それで、ハリー先輩がグレッグに、『あんまり他人の気がしない』って」

「へぇ~!」


 そうして仕事を一緒にこなしてからというもの、闘技場等で顔を合わせることがあると、ハリーはグレッグたちに色々と教えているみたいだ。前衛二人には剣を、女の子たちには護身術など。

 親友の、そういう話を聞いてなんとなく嬉しくなったところ、グレッグが口を開いた。


「ハリー先輩から、リッツ先輩について、色々と話を伺っています」

「へ、へぇ~」


 聞きたいような、そうでもないような……妙にためらってしまっている内に、ジュリアがニコニコしながら言った。


「アイツには敵わないって、よく言われますよ?」

「そ、そっか……」


 人づてに親友からの評価を聞かされると、やはり恥ずかしい。ハリーからの印象と、後輩のみんなからの目が重なるようで、なおさらだ。

 そんな中、相変わらず淡々とした感じのグレッグがいて、なんとなく安心してしまう。すると、彼は言った。


「あのハリー先輩がそう仰るくらいなので、どれほどの先輩なんだろうと思っていました」

「……あんまり、大したことなかった?」

「いえ、よくわかりませんでした」


 たぶん、素直で率直な言葉なんだろうと思う。実際、今日の仕事で全力なんて出してない――いや、橙の魔法をずっと使い続けたのは、ある意味全力だったけども。

 ただ、「よくわからない」なりに、信用を得ることはできたようだ。グレッグは表情を少し柔らかくして話しかけてくる。


「今度も、機会があれば、お願いします」

「もちろん」

「次にご一緒することがあったら、ご遠慮無く“敵わない”ところ、見せてくださいね!」

「いや……あんまり頑張ると上から怒られるから」


 ジュリアの言葉に、苦笑いして答えると、みんな「ですよね~」みたいな感じで笑った。まぁ、怒られる理由としてイメージしているものは、俺とは違っているんだろうけど。


 ともあれ、後輩との初仕事はうまくいった。つい最近までずっと、自分の身の丈を超えるような事態に、背伸びして追いつこうとしていた。そんな日々と比べると、仕事としては些細なものでしかないだろうけど……これはこれで、穏やかというか爽やかな達成感がある。

 こういう仕事もいいもんだ。

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