第412話 「後輩との初仕事②」
とりあえず、この場でできる限りのことをしようという話になった。こうなってくると、改めて考えなければならないことが一つある。俺の立ち位置というか、どこまで干渉するかだ。
ただ、今回の相手は個体差が大きい植物で、実際に戦う側からしてみれば新種といっても差し支えない奴だ。先輩だからといって、後輩に任せてふんぞり返っていられる感じではない。それに、一緒になって解法を考えるのも教育になるだろう。
そういうわけで、あくまで指揮権はリーダーのグレッグに委ね、俺は意見を出したり手を貸したりと、パーティーの一員程度のポジションに収まることにした。
では、どのようにして、あの
実際、それは不可欠な行程だろう。むやみに近づいて剣を抜こうものならば、奴のツタが森の中を縦横に動いて迎撃してくる。それをさらに迎え撃とうにも、奴の庭のような森の中では、こちらは動きにくいし狙いも定めにくい。だから、まずはあのツタの制御法を見つける必要がある。
すると、今度は魔法使いの子が俺の方を見てきた。さっき転びかけてバランスを崩したからか、ずっと気に病んでいたようで、今でもだいぶ恥ずかしそうにしている。それでも、彼女は意を決して口を開いた。
「あの、先輩……少しいいですか?」
「どうぞ」
「先程の魔法、
「そうだけど、よくわかったね」
俺が駆け出しの頃は、ランク外の魔法なんて大して知らなかった。だから、素直に彼女の見識や観察眼を褒めると、彼女ははにかみながらも言葉を続けた。
「ツタが鉄粉を捕食し終えても、魔法陣に群がっているように見えました」
「そりゃー、単にアレの食い意地が張ってるだけじゃ?」
「この辺りの鉱石とか、だいぶ食べ終わってそうだし……久々の好物だから、念入りに探ってたのかな」
剣士の青年と薬師の子が口を挟んだ。彼らの言も一理あるだろう。ただ、餌がなくなっても魔法陣に群がっていたのは、確かに思う。そして、魔法使いの子は首を小さく横に振ってから言った。
「もしかしたら、だけど……金属だけじゃなくて、橙色のマナにも反応するかもって……」
そう言った彼女は、俺の方に視線を向けて同意を求めてきた。ありそうな話ではある。金属との親和性が高い橙のマナに、アレが引き寄せられたってことだろう。なんにせよ、試してみる価値はある。
そこで、俺はリーダーに尋ねた。
「この中で、橙に近いマナを持っているのは?」
「……強いていうなら、俺が黄色ってぐらいです」
少し消沈した様子でグレッグが答えた。ただ、これからの立ち回りのためにも戦力の把握は必要と思い、改めて自己紹介みたいなノリでそれぞれの実力を話してもらった。
まずはリーダーのグレッグ。主に剣を持って前衛を務める。マナの色は黄色。魔導師ランクは未取得で、とりあえず
サブリーダーぐらいの立ち位置にいるのが、剣士のトレヴァー。彼はまだマナの開通ができてないそうで、パーティー結成当時から「今度やる」と言って、かれこれ2ヶ月経っているそうだ。その代わりというべきか、剣以外にも武具を色々使いこなせて大変器用だ。なんでも武器商の息子で、売り込みの大道芸に色々仕込まれたんだとか。
そんなサブリーダーは盛り立て役で、参謀を務めるのは薬師のセシリア。実際には、傷の手当以外にも野外調理とか情報収集とか、戦闘以外の場面で一番多面的に働いている。リーダーも、彼女には頭が上がらないようだ。そんな彼女は俺と同じような青緑のマナで、親近感が湧いた。とりあえず魔力の矢は使えるということで、戦闘にも十分貢献できる。
弓使いのジュリアは、サブリーダーに並ぶムードメーカーだ。マナの色は黄緑。「セレナ師匠に比べるとまだまだです~」とは言うものの弓の腕は中々のもので、よほどのことがない限りは外さないと、仲間たちは太鼓判を押している。覚えている魔法は、光球や
最後に、だいぶ引っ込み思案な魔法使いのカレン。マナの色は藍色に近い深い青で、俺よりも上だ。魔法使いランクはEで、Dの魔法は
そうして自己紹介が済み……俺が橙のマナを染色型で作ることに。だいぶ申し訳無さそうに、カレンが「お願いします……」と消え入りそうな声で言った。
「ま、適材適所ってことだから、気にしないで」
「はい……」
それに、俺としては、むしろ好都合な立ち位置かもしれない。見てるだけというのはちょっとなぁ……って感じだけど、さりとてツタ相手に後輩差し置いてバチバチやりあうのもどうかと思う。そう思えば、奴の観察のためにチョロっと手を貸す程度の役回りは、ちょうど収まりがいい。
ただ、思惑通りに奴が動いてくれればの話だけど……見守る後輩たちの視線も俺の緊張を後押しする中、俺は橙に染めた光球を作り出した。
光球を作り出したのは、俺のほとんど手元と言っていいぐらいの位置だ。奴は反応を示さない。すると、トレヴァーが「ダメかぁ……」と言った。それをジュリアがたしなめる。
「いや、どの位置から反応するか試すために、あえて近くに作ったんだって……ですよね、先輩」
「正解」
「ほらァ~」
ものすごくいいドヤ顔でふんぞり返る彼女に、トレヴァーはちょっと芝居じみた悔し顔で応じる。それに、他の仲間たちは含み笑いを漏らした。こっちも、いいパーティーだと思った。
それから、俺が少しずつ光球を動かしていくと、空気が急に引き締まって観察モードになった。俺たちがいる安全圏から、少しずつ奴の方に近づけていって……植生が違う、食い荒らされたテリトリーの上空に差し掛かっても、奴は反応を示さない。
すると、今度はジュリアが心配そうになって俺に尋ねてくる。
「もう少し近づけないと、ダメっぽいですか?」
「どうかな……さっきまで俺たちがいた辺りだと思うけど」
「はい。あの辺りでした」
弓使いの彼女が、間合いを間違えるとも思わない。さっき、俺たちの対応を後ろから見ていたはずだし。そこで口を挟んだのはセシリアだ。落ち着いた口調で、彼女は指摘する。
「今の光球と磁掌って、あのツタから見て、どっちの方が目立ちます?」
「磁掌かな……」
その場に物理的実体をマナの力で留めるため、磁掌はただ発動させる以上のマナを必要とする。そうやって注ぎ込んだマナと比べると、今の光球は少し弱々しい。
そこで俺は光球を解いて作り直した。今度の奴は、マナを注ぎ込むことで光度を増すことができる。また、小さく作ることで密度も高めてある。
作り直した光球にマナを突っ込んでやると、先程の光球が不安で頼りなく思えるくらい、今度のは濃い光になった。半透明な光球ではなく、宙に浮いたテニスボールほどの一点が、完全に橙に染まっているようにさえ見える。
まぁ、その分の負荷ってやつはある。マナを突っ込んだ分、動かすのも重い。それでも、反応されないよりはマシだろう。宙に浮く橙のテニスボールに精神を集中させ、俺は奴の方へそれを飛ばしていく。
すると、今度は反応があった。奴のテリトリー上空を侵犯した光球に対し、何本かのツタが迎撃だか捕食だかに向かってくる――というか、かなり多い。俺たちに向いている面ばかりでなく、側面からもツタが伸びてきているようだ。
なんであれ、誘導作戦はうまくいきそうだ。後は、これをどのように作戦に組み込むか。実際の作戦を考える段に至り、少し考え込んでから、グレッグは俺に向いて尋ねてきた。
「先輩には、ツタの誘導をお願いしても……」
「もちろん」
俺の快諾に対し、彼は無表情で小さく頭を下げた。それから、彼はその作戦をみんなの前で話す。
「まず、奴の周囲を回って、できる限り開けた場所を探す。そこで俺たち五人は待機。先輩には、そこから少し横に行ったところから光球を使ってツタを誘導していただく。それで、誘導しきれなかったツタに対し、トレヴァーを囮にして捕獲を行う」
「囮ってことは、剣を抜いて構えりゃいいんだな?」
「ああ……向かってきたツタに対し、ジュリアは根本を矢で撃ってくれ。それで、矢が当たった箇所に
「私は、それでいいと思う」
参謀のセシリアは、リーダーの作戦を肯定してから、俺に視線を向けた。
実際、妥当な作戦だとは思う。奴の懐には入りたくないから、攻めは飛び道具に頼らざるを得ないだろう。しかし、ツタが密集している中では有効打になりにくい。そこで、こちらへツタを向かわせて根本を狙いやすくするのはいい考えだ。
リーダーと参謀に向かって、俺は笑顔でうなずいた。すると、参謀は嬉しそうにしながらも、すぐ表情を引き締めて言った。
「最初は感触を確かめるため、リーダーも囮役になった方がいいと思う。慣れてきたら、攻撃の効率を上げるために攻めに回るのがいいかな」
「ああ、わかった。そうしよう」
「それと、向かってくるツタが何本までなら続行するかも、今決めておかないと。とりあえず、最初は二本が適当だと思うけど」
「そうだな。三本向かってきたら、俺たち前衛はテリトリーから下がる。二本なら、互いに距離を少し開けて一本ずつ対処……でいいか?」
「うぃ」
放っておいてもこうしてサクサクと作戦が決まる。それを眺めてみているだけってのは、少し新鮮な感じがあった。今までずっと、立案に関わってきたからなぁ……。
グレッグの作戦を聞いていて、少し気になる部分がないこともなかったけど、穴はしっかりセシリアが埋めていった。今こんな事を思うのも気が早いかもしれないけど、この五人なら、放っておいても大丈夫だろう。
というか、問題はむしろ俺だ。ツタの大半を引き寄せられるくらい、橙のマナを濃く維持できるかどうか。後輩の信頼や期待には、うまいこと応えたいところだけど……。
自分の役割に思いを馳せてから後輩たちに視線を向けると、色々な感情が入り交じる目で俺を見つめていた。期待や緊張、手伝わせることへの申し訳無さ……そんな感じだ。
そういう目で見られて、モチベーションが上る感じがあった。こんなかわいい後輩たちの前で、かっこ悪いところは見せられない。誘導係ぐらい、見事に決めてやろう。そういう気概が沸き起こる。
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