第411話 「後輩との初仕事①」

 後輩パーティーの世話を引き受けた俺は、まず東区へ足を運んだ。

 目指すのは、武具を扱う工房だ。客としての俺は、剣を一本買った程度でしかないけど、商会とはなんやかんやの催しでつながりがある。だから、工房の方にも顔は通じる。

 建屋から煙が立ちリズミカルな音が響く中、俺たちが足を踏み入れると、さっそく威勢のいい声を掛けられた。


「よう、大将!」

「大将じゃないですって」


 舌しかけてきたのは、ここの若旦那だ。小柄だけど筋骨たくましく、厚みのある体をしている。30代そこそこで職人としては若い部類だけど、気難しい年配の職人さん方が認め、気を許すぐらいの方だ。まさに親方って奴だろう。

 彼は、俺の後ろにいる後輩たちにも気さくに「よう!」と声をかけ、それから俺に用件を尋ねてきた。


「んで、なんか用か? 見学か?」

「いえ、少し分けていただきたいものが……」


 その欲しい物、そして用途を彼に伝えると、彼は「そんなことか」と言って快諾してくれた。


「ありがとうございます。ただ、お代はどうします?」

「あ~、そうだよな……売りもんじゃねえし、値段なんてあってないようなもんだが、タダにするとうるさい奴もいるんだよなあ」


 だいぶ困ったように、彼は言った。うるさい奴ってのは、おそらく妹さんのことだろう。ここの経理を取り仕切っていると、女友達から聞いたことがある。

 その後、その妹さんも交えて相談したところ、やはりすぐに値付けできるわけではなかった。

 しかし、これから仕事へ向かう俺たちに配慮してくださり、とりあえずはタダで持たせてくれるということに。値付けが済んでからの代金請求は、ギルド相手に行うとのこと。

「おそらく少額の取引になるでしょうし、ギルドの経費で落ちると思いますよ」とは妹さんの談だ。


 そうしてご配慮いただき、俺は目当ての品を手渡された。握りこぶしより少し大きい程度の麻袋に、ずっしりとしたそれが入っている。

 その後、急な話にも関わらず協力してくださったみなさんに礼を言ってから、俺たちは工房を後にした。

 工房から出てまずは西門へ歩く。しかし、一つ気が付いたことがあって、俺は足を止めた。俺が先頭になっている。俺の用で工房へ行った時はともかく、目的地へ行く時は、このパーティーのリーターに先を行かせるべきだろう。

「俺はオマケみたいなもんだから、後からついてくよ。リーダーを前にして行こう」と言うと、リーダーの青年は真顔で黙ったままうなずき、隊列の一番前へ歩み出た。

 彼の名前はグレッグ。他の仕事仲間4人に、どこか浮ついた感じがある中、彼はかなり冷淡な感じだ。言うことを聞いてもらえているあたり、煙たがられているって程のことはないだろうけど……まあ、打ち解けた感じではない。


 彼を先頭に街路を歩き、門を抜ける。そして王都から少し離れた辺りで、弓使いの女の子が少し興奮しながら話しかけてきた。

「リッツ先輩! 勲一等の叙勲、おめでとうございます!」

「あ、ありがとう……」


 元気の良さに少し気圧される。すると、彼女の言葉が皮切りになって、俺は色々と質問が飛んできた。

 どうも、ネリーが「王都を出るまでは控えるように」と釘を刺していたそうだ。町中でやると迷惑だからと。それで、王都を出て少し経ってから、機を見計らってにぎやかになったというわけだ。

 ただ、少し意外だったのは、内戦関係の質問じゃなくて、それよりも前の質問が多いことだ。空描きエアペインター企画の件だとか、遺跡発掘だとか……普通の冒険者の仕事ではない諸々について、前々から興味を持たれていたらしい。


「ほんの少しだけ上の先輩なのに、手広くやってるって聞いてて、でも中々捕まえる機会がなくて気になってて……」

「たぶん、俺らの世代からすると、一番謎が多い先輩っスよ」

「へ、へえ~」


 人には言えないアレコレがある後ろめたさが、「謎が多い」という形容で刺激される。

 それはさておいても、興味津々に過去の"ご活躍″を掘り返されると、さすがに照れ臭い。正直に話しても、我ながら話を盛ってるんじゃないかという気がしてきて、あまり落ち着かない。後輩ってものを持つこと自体がかなり久しぶりだからかもしれない。懐かしいようで慣れない感覚は、俺を戸惑わせた。

 しかし、そんな中にあって、リーダーの彼はずっと静かだった。時折振り返っては、楽しそうにしている仲間たちへ視線を向けることがあったものの、声をかけるところまではいかない。

 一方、仲間たちの方はと言うと、彼を無視したり邪険にする感じはない。俺への質問の切れ目に、普通に声をかけるぐらいのことはあったし、そういう時、彼は普通に受けこたえをしていた。

 まぁ、現時点で不穏な感じは見受けられない。先輩だからと首を突っ込むのも早計かと思って、とりあえずは気に留める程度にしておくことにした。


 俺への質問や、後輩の悩み等で話が盛り上がったけど、目的地に近づいてくると、さすがに静かになる。そうして仕事モードに入ったところで、リーダーの彼が口を開いた。


「そろそろですが、どうしますか、先輩」

「なるべく“見守る程度”にって言われてるからね。よほどの事態にならない限りは、リーダーの君が指示を出してくれ」


 俺の返答に、彼は無愛想な顔ながらペコリと頭を下げた。


 出立前に、ラナレナさんやネリーから、後輩と同行する際の心構えを伝授されている。特に重要なのは優先順位で、主要なものが4つ。上から順に、人命・後輩の成長・依頼の前進・依頼の成功だ。先輩の手で介入して、見学程度にもならなくなるようでは、依頼が成功しても同行者としては失敗だ。それよりは、成功に向けて少しずつでも前進した方が、よほど教育になる。

 まぁ、冒険者としては依頼を成功させなければと身構える気持ちはある。後輩のみんなもそうだろう。それに、俺から手を出すことで、みんなの参考になる部分だってあるだろう。

 だから、結局は臨機応変にやるしかない。


 俺たちは緊張感を漂わせながら、木々生い茂る山道へ足を踏み入れた。後輩のみんなが感じている緊張と、俺の緊張は、少し違うんだろうな……なんてことを思った。

 山道は、一応道のようなものになっているものの、ネリーの話通り人通りは少なそうだ。道の横に立つ木からは、時折太めの枝が伸びて進路を横切る。足元を見ても、少し植生が密な感じだ。立派な木の根が縦横に走り、地面は光沢があるコケに覆われた所も多い。これで戦闘になったら、少し厄介かもしれない。


 そして、話があった地点にたどり着いた。ちょうど山道の分かれ道付近で、わかりやすいのが幸いした。

 ただ、依頼の収穫対象の方が、もっとわかりやすいかもしれない。地肌が見える山道から、右脇の木々の向こうに、例の美食ツタグルメアイビーが見えた。


 美食ツタの体は、主に三つの部位で構成されている。まず、中核になる消化部。ウツボカズラのように、コップ状の構造に消化液が波々と湛えられていて、ツタが捕獲した物をそこで消化する。

 その消化部を取り囲むように張り巡らされているのが、基部だ。ツルが縄で編み込んだ籠のようになっていて、打たれ弱い消化部を守っている。構造上、衝撃に強く、断ち切ろうにも難儀する緑の要塞だ。

 そして、捕食部。まるでタコ足のように器用で敏捷に動くツタ数十本からなるその捕食部が、辺りにある獲物を捕らえてつかみ、消化部へ運ぶ。また、外敵に対する抵抗も、この捕食部が行う――まぁ、敵も食べ物なのかもしれないけど。


 今回の案件のそいつは、10メートルぐらい離れているだろうけど、こちらまで威圧感が伝わってくるほどの大きな個体だ。基部だけで成人男性の背よりも高いかもしれない。

 そいつの存在そのものよりもわかりやすいのが、足元だ。手当たりしだいにというわけではないだろうけど、ツタが届く範囲の物体に食指を伸ばしたようで、弧を描くように地面に境界線ができていた。コケや草が普通に生えている部分と、アレに食われた部分とで。


 目に見えるテリトリーを前に、後輩たちは息を呑んだ。偏食家として知られる美食ツタは、好物にありつけなかった場合、とりあえずは生物に手を付ける。そして、巨大化した雑食のツタは、小動物まで食べるようになるという。人まで食った個体の話は聞いていないけど、そうなる前に駆除してきたからだろう。

 目の前のそれも、討伐対象として考えるべきかもしれない。


 まずはリーダーが先頭になり、少しずつ距離を詰めていくことになった。まだ十分な距離がある……そう思っていた矢先、奴は反応を示した。木々で少し隠れた向こうから、ツタをこちらへ伸ばしてくる。

 それを攻撃と捉えたのだろう。リーダーは「退くぞ!」と鋭い声を出した。他のみんなもそれに従い、ツタが襲いかかる前に距離を開けようとする。

 しかし、森の中というのが災いした。足を取られ、魔法使いの女の子がバランスを崩す。そこへリーダーと剣士の青年が割って入り、迫るツタに対抗しようと構えた。

 こちらへ来るツタは、計6本。植物のものとは思えない、筋肉の存在を幻視させるような勢いで迫るそれに、俺は魔力の矢マナボルトを数発放つ。


「援護するから、二人は構え続けて」

「はい」

「うっす!」


 矢が当たったツタは、怯んで基部へ戻っていく。1本、2本と、脅威が減っていく。

 しかし、全部追い返そうとは考えなかった。こちらが構えているところへ、ごく少数のツタを引き込めれば、斬って捕獲できるかもしれないし、それが無理でも何らかの観察になる。

 そう思って俺は、一本だけ残した。「一本だけ引き込むから、対応を!」という俺の声に、前衛二人は無言でうなずく。


 そしてツタは、リーダーに襲いかかった。もちろん、彼は構えた剣でツタを受け止めたけど、衝突時の音は、とても植物の放つ音ではなかった。硬質な物同士を勢いよくぶつけ合ったときのような、残響を伴う音が響いた。

 ツタを弾き返した彼は、少し押し込まれてたたらを踏んだ。それだけ、勢いと……質量のある攻撃だったんだろう。片や、”突き”を防がれたツタは、衝突してから少しだけ後ろへ戻り、蛇のように鎌首をもたげた。


 第二撃が来る。警戒を促すまでもなく、リーダーの前に剣士が割って入り、次へ備えようとする。

 しかし、今度のはツタが増量されていた。さすがにマズい。俺はこちらへ来る奴をボルトで迎撃し、リーダーは撤退の命令を出した。

 ただ、最前列にいる剣士の彼は、一人前線を維持しながらということもあってか、後ろへの歩みが遅い。さっき仲間がバランスを崩したという事実も、彼を慎重にさせているんだろう。

 とはいえ、まず距離を取らないことには立て直せない。彼を逃がすための時間稼ぎのため、俺は腰にくくりつけた麻袋から、工房の方にいただいたブツを取り出し、宙に放り投げた。

 そして、放り投げたそのブツの辺りに、橙に染色した魔法陣を描く。磁掌マグラップだ。


 いただいたブツってのは、金属加工の際に出てくる鉄粉だ。その中でも、少し粉が大きめのものをもらってきている。依頼対象の美食ツタが、ネリーの懸念どおりに金属食いの個体なら、これで動きを誘導できる可能性があると考えたからだ。

 俺が刻んだ魔法陣は、名前通りに磁力のような力を発して、放り投げた鉄の粉を中に留めた。すると、こちらへ向かってきたツタは、方向転換して鉄粉の方へ伸びていく。おそらく、目論見は成功したんだろう。

 そして、俺はほんの少し前にいる剣士の彼に、「剣をしまって、静かに後ろへ」と声をかけた。アレが本当に金属食いなら、剣を出すのが逆効果かもしれない。彼も、すぐに事情を察してくれた。じりじりと引き下がりつつ、滑らかな所作で音もなく剣をしまう。

 一方のツタは、食事に入った。磁力で引き寄せているといっても、そこまで強力なものじゃない。生まれのマナ次第ではあるものの、少なくとも俺のマナでは、ツタの食事を邪魔する出力にはならない。宙に浮く鉄粉の皿は、ツタに舐め取られて橙の皿になっていく。

 それで、あっという間に鉄粉は綺麗サッパリなくなった。それでも俺の魔法陣をツタが舐め回す辺りが、アイスクリームのフタみたいな感じで楽しんでいるようだった。まぁ、そんなほのぼのしたような状況でもないか。橙の魔法を使いっぱなしでは負荷が強いから、時間稼ぎも済んだことだし、俺は魔法を解いた。少し息が上がる。


 仕事熱心なのか、あるいは勉強熱心なのか、後輩のみんなも敵の摂食行動には一言も発することなく注視していた。

 そんな中で気づいたのは、あのツタに妙な光沢があったことだ。コケだって光沢があるといえばそれまでだけど……剣とかち合った時の衝撃や鉄粉を食っている様子を踏まえると、これまで相当量の金属を捕食して、それが表層を覆っているんじゃないか。

 石を食うタイプの美食ツタも、他の植物に比べて重量があったり硬度が高かったりする。アレが食い物に影響を受ける体質だとすれば、あの個体が金属を食ってきたのではないかという推測も的外れではないように思う。


 一人で静かに考察を重ねていると、やたら荷物が多い薬師の子が心配そうに尋ねてきた。


「先輩、どうしましょう」


 俺も聞きたいぐらいだ。というのも、リーダーと俺とで指揮権が分かれているのが、なんともよろしくない。

 ただ……リーダーの彼に、俺に対して助けを求めさせるってのも、あまり良くない気がした。プライドってもんはあるだろう。こういう考え自体がおせっかいかも知れないけど。

 まぁ、先輩として言っておかなければならないことがあるのも事実だ。俺は正直に懺悔した。


「さすがに、ああいうタイプのは初めて見るね。たぶん、同期のみんなもそうだと思うけど。ほんと、どうしようか」

「……やっぱり、撤退した方が?」

「もう少し観察してからでも、遅くはないと思う。できれば、倒したいとは思うけどね。リーダーはどうかな」


 俺が言葉を向けると、彼は多少逡巡してから静かに言った。


「俺も、ここまで来ただけで帰ろうとは……お前らは?」


 リーダーに問われたみんなも、やはりここで逃げ帰るのには抵抗があるようだった。心配やためらいは見られるものの、同時に負けん気も感じさせてくれた。

 それから、リーダーの彼は、俺に向き直って尋ねてきた。


「……こういう時、先輩に協力を頼んでも大丈夫ですか?」

「別にいいんじゃないかな。手を出すなとは言われてないし。あくまで、君らが主体になって頑張ってくれれば」

「わかりました」


 とりあえず、無理しない範囲で頑張ってみることになった。そうして方針が定まってから、リーダーの彼は、あいかわらず無愛想ではあるものの、頭を下げて礼を述べてきた。


「先程は、先輩の機転で仲間が助かりました。ありがとうございます」


 感情を表に出さない彼だけど、悪く思われてないのはなんとなくわかった。少なくとも、かなり律儀な奴ではある。「どういたしまして」と返すと、彼はまた小さくうなずいた。

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