第7章 心の在処

第410話 「昇格」

 4月24日朝。宿でみなさんと朝食をとっていると、リリノーラさんから今日の予定について聞かれた。


「帰ってからというもの、ずっとお忙しそうですけど……」

「そうですね、実は今日も職場に呼ばれてまして」


 今日は朝食の後、ギルドへ向かう。戻ってからも色々と事務的なアレコレがあって、当分は結構忙しい。長期間不在にしていたからこんなもんだろうと思うけど、そんな俺に対し、同宿人のみなさんは労をいたわってくれた。


 俺がいただいた勲章は、勲二等のときのと一緒に、壁掛け時計よろしく高いところにかけてある。

 思いがけず、とんでもないものを引っ提げてこの宿に帰ってきたわけだけど、質問攻めにあうことはなかった。治安維持関係の仕事でもなければ、ピンとこない話が多くなるだろうし……みなさんいい大人だから、きっと配慮もあるのだろう。

 強いて言うなら、クリーガについてちょっとした質問を受けたぐらいだ。あちらの町がどんな感じかとか、あちらの食事情とか……。

 勲一等を授与して帰った時には、さすがに結構な騒ぎになったけど、今ではだいぶ落ち着いたものだ。折に触れて「すごい」とか言ってもらえるけど、四六時中ってわけじゃない。それぐらいの受け止め方をされているのが、俺には心地よかった。


 朝食の後、「お疲れ様です!」とリリノーラさんの元気な声に見送られ、俺は宿を出た。

 王都は戦勝の後、以前のような活気を取り戻しつつあるようだ。街ゆく人の数は、出立した当初より多く感じるし、笑顔も見られる。


 今回の内戦について、王都は吹っ掛けられた側の、被害者ではある。

 しかし、相手にそういう決断をさせてしまうだけの何かがなかったというわけでもない。それが口実に過ぎないとしても、王都の外への無理解や無関心は、きっとあったのだろう。

 確か、王都が襲撃を受けた以前も、そんな感じがあったと聞いている。城壁内の安全にばかりを気を向け、外のことには関心を向けなかったと。

 今回の内戦は、そういった王都至上主義を改めるきっかけになったようだ。

 ギルドに近づくと、中央広場沿いのちょっとした集会場に、数組の家族連れが入っていくのが見えた。国内の他の地域への理解を深めるため、市民向け講座が開かれるようになったという話だから、たぶんそれだろう。都政や冒険者ギルド、さらには一部の貴族の方々が主導しているんだとか。


 しかし、こちらから歩み寄ろうという人ばかりでもない。王都と王室へ弓を引いた人々に対し、その不忠を責める層ってのは、やっぱりいる。

 まぁ、誰かを叩きたいだけの人もいるようだ。それはさておいても、今回の内戦における王都側の兵のご遺族は……きっと、複雑な気持ちを抱いているのだろうと思う。

 内戦を平定するため、王都から出た兵のみなさんは、クリーガを守るための戦いにも参加した。その行いや、彼らの志は尊いものだったと思う。

 しかし、そんな戦いで家族が命を散らしたというのは、ご遺族にしてみれば納得のいくものじゃないだろう。

 今回の一連の事変について、戦没者のご遺族に対しては、普段の戦闘の時よりも厚遇するとは聞いている。国や軍が主体になって、遺族会をサポートするとも。

 それでも溝は残るだろう。でも、ご遺族の方々がクリーガに対して悪感情を抱こうと、それは誰に責められるものでもないと思う。ただ、時が解決してくれることを祈るしかない。


 以前に戻りつつあるようで、少し変化しつつもある王都だけど、ギルドは相変わらずドア開けっ放しで安心した。ラナレナさんの眠そうな顔にも、妙な安心感を覚えてしまう。

 とはいえ、違和感がないこともない。見慣れない顔の、おそらく駆け出しであろう冒険者が数人、俺の方へ熱い視線を向けてきている。その理由は、聞くまでもなかった。

 変に意識しても恥ずかしい。努めて、あまり気にしないよう平静を装い、俺はラナレナさんに話しかけた。


「おはようございます」

「おはよ~、呼び出して悪いわね~、色々と話があるものだから」


 そう言うと、彼女は一度伸びをしてから、受付後ろの部屋に声をかけ、ネリーと受付を交替した。

 それから、ラナレナさんの案内で応接室へ向かうと、まずは書類を一枚差し出された――Cランク昇格のお知らせだ。

 前にも、昇格したいかどうかの打診を受けたことがあった。確か、ロキシア公の救助に成功した後だ。その時は、作戦成功を冒険者としての功績に含めていいものかどうかということで、話がお流れになった。

 今回は「昇格のお知らせ」だ。もう確定事項なんだろう。まじまじと書類を読む俺に、ラナレナさんは「懸念事項は?」と尋ねてきた。


「正規の仕事をずっとやってなくて、これですから……ランク相応の冒険者として相応しい仕事ができるかどうかは、少し不安ですね」

「言うと思った」


 そう言って、ラナレナさんは笑った。


「公の功績ばかりじゃなくて、そこに至るまでの過程も評価しての昇格だから、もっと自信持ってね。あなたなら、きっと大丈夫よ」

「はい、がんばります」

「よろしい」


 腕を組みながら、彼女は大変満足そうにうなずいた。しかし、それから少し申し訳なさそうな笑みになって、昇格についての裏事情を教えてくれた。

 俺をCランクに上げるのは、何も俺のためだけってわけじゃない。近衛部隊として一緒にやってきたみんなを昇格させようという際、俺がまだDランクのままだと、やはり示しがつかないというか……問題があるようだ。

 それに、俺が勲一等を得たことは、まだ世間一般に広く知られてはいないものの、冒険者ギルドに関係する諸機関には知られている。そして、功績に見合った地位を構成員に授けないでいるっていうのは、ギルドとしての体面上、好ましいことではない。


「そういうわけだから……普通のお仕事こなさずに昇格っていうのは、少し居心地が悪いとは思うけど、ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫ですよ、ええ」


 こういうことでラナレナさんに頭を下げられるのも、何か少し違う。笑顔で胸を張って彼女に声をかけると、「ありがとね」と言ってもらえた。

 それから、手持ちの会員証に昇格の証を刻んだ。こうして少しずつ自分の会員証が豪華になっていくのは、やはり嬉しい。

 次いで手渡されたのは、金銭的な報酬のアレコレが記載された書類だ。正月あたりから王都を離れて以降、諸々の作戦行動における諸手当や功績等を加味し、ずらずらと細目が並んでいる。その末尾にある金額は、凄まじいの一言だった。


「こんなに……?」

「長期の仕事だし、それだけのことはしたでしょ? 遠慮なく、受け取ってね~」


 軽く2,3年ぐらいは遊べそうな金額だ。普通の口座に入れると金銭感覚が破壊されそうになる。

 そこで、ロキシア公救助作戦時に開設した、二つ目の口座に報酬を入れてもらうことにした。別に、もう内緒にする必要のない報酬だけど……これだけまとまった金額だと、普段の生活で手を付けるのも気が引けるというか……本当に必要になるまでとっておきたい。

 その旨をラナレナさんに話すと、「気持ちはわかるわ~」と言って笑った。


 食うに困らないだけの資金は、確かにある。しかし、冒険者として上に進む中で、心配事があるのは事実だ。


「最近、長く空けていたじゃないですか。それ以前からも、正規の依頼はあまりできてなかったですし」

「そうね。遺跡調査から始まって……空描きエアペインターもそうだし、その後に宣戦布告があったものね。普通の依頼って、随分ご無沙汰じゃないかしら?」

「そうなんですよ。別に遊んでたわけじゃないですから、なまってるとは思わないですけど、それでも多少は不安がありますし……何より、後輩とのやり取りが全くなくて」

「あ~、なるほどね~」


 大変納得いったように、彼女は苦笑いしながらうなずいた。


「やっぱり、気になる?」

「ええ、まぁ……始めたばかりの頃、先輩方にはお世話になりましたし。それに一方的に注目浴びてて、俺の方からは相手のことがわからないってのも、ちょっと落ち着かないですし」

「なるほどね~……今日この後って空いてる?」

「空いてますけど」

「だったら、今受付にいる子たちのサポートでもやってみない?」


 急な話ではあるけど、ここで尻込みしていては……とも思う。とりあえず、話だけでも聞いてみようということで、ラナレナさんと一緒に受付へ戻った。


 すると、受付でネリーが、さっき会った後輩のパーティーと何やら話をしている。ネリーにラナレナさんが「どう?」と問いかけると、ネリーは「どこまでやるかを検討中です」と答えた。


「ま、そこがネックよね~。悪いけど、リッツにも説明してもらっていいかしら?」

「えっ? ということは、リッツも先輩デビューを?」


 ネリーは妙に嬉しそうに言った。そんな彼女の反応が、なぜか俺も少し嬉しい。

 後輩のみんなも、若干仏頂面の青年以外は盛り上がった。そうして少し気が逸っている面々を、ラナレナさんは「まずは、話だけでもね」と落ち着け、ネリーは少しバツが悪そうにしながらも、依頼の内容を口にした。


「依頼は、美食ツタグルメアイビーの収穫なんだけど……」


 美食ツタっていうのは、雑食性の植物だ。

 ただ、雑食っていうのは種全体としてのもので、個体としてはすごく偏食家な植物だ。食虫植物よろしく虫ばかり食べるのもいれば、他の植物を食う奴も発生する。

 そういう生物専門の美食ツタは、生態系を著しく乱しかねないとして、見つけ次第駆除するのが通例だ。放置して大きくなられると、食うものに困って本当に雑食化する可能性すらある。

 しかし、ネリーが言った依頼内容は、駆除ではなく収穫だ。これはどういうことかというと、美食ツタの中には石を食う奴が発生することがある。そういう個体に関しては、石を食わせて彼らのツタを″収穫”し、土に還せば、土を肥やすことができる。ミネラル分を補給するわけだ。

 そのため石食いの個体に関しては、大きくなりすぎないうちは、ツタを収穫する依頼が農家から来ることがままある。

 ただ、ネリーの様子から察するに、今回のは少し厄介なのだろう。彼女は依頼についての懸念を挙げた。


「今回依頼があったのは、人通りが少ない山中の、山道から脇に入ったところで発見されて……」

「すでに、結構大きい?」

「目撃報告からするとね。でも、もっと気がかりな点があって……石を食べたって報告はあったんだけど、その辺りで拾える石に、質が悪い鉱石も入ってる可能性もあるの。かなり前に廃棄された鉱山が、すぐそばにあるくらいだから」

「……つまり、金属を食う可能性もある?」

「断言できないけどね。だから、農家からの依頼としては″収穫″までが希望なんだけど、まずは調査まででも十分じゃないかって話してたところ」


 金属を食うタイプの奴は、初めて聞く。石を食うくらいだから、ありえなくもない話なんだろうけど、ラナレナさんも初耳らしい。実際にそうと決まったわけじゃないから、まずは見てみないことにはなんともいえないけど。

 個体差が大きい植物だけに、対応を誤れば危険だ。だから、まずは慎重を期して調査までとして、依頼を細分化するのは理にかなっている。

 しかし、冒険者心理としては、逃げ帰るのを前提とした受注になる。それに抵抗感を示すのは、わからないでもない。

 そうして迷っているところに、俺が来たというわけだ。よくよく考えれば責任重大である。俺が来たことで気が大きくなって……という可能性も、ありえなくはない。

 やはりと言うべきか、かなり期待を込めた視線を向けられながらも、俺は「危なくなる前に帰るよ」とネリーに言うと、彼女は「うん。よろしくね、先輩」と笑顔で言った。

 すごく、むず痒い。

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