第409話 「一番のご褒美」
呼ばれた名前が自分のものだと気づいたのは、周囲からの音の波に襲われてからだった。
やっと状況が呑み込めてくると、戦友たちにもみくちゃにされている自分に気づいた。
それから、壇上へ向かって歩いていくけど、体が思うように進まない。足元の絨毯は異様に柔らかで、足を乗せてもその感触が伝わってこない。
一気に茹だって微妙に不確かな足取りながら、それでもどうにか登壇すると、緊張が余計に募った。知ってる方々から知らない方々まで、地位のある多くの方の視線を一身に受けている。
そんな中、尻込みしそうになる気持ちを抑えて、俺は陛下に顔を向けた。初めて間近に接見する陛下は、大変穏やかな微笑を湛えておられる。こんなことを思うのは無礼かもしれないけど、威厳とか威圧感とか、そういう
陛下から宰相閣下に視線を移すと、閣下はにっこりと笑顔を向けられた後、俺の功績を口にされた。
「貴殿はロキシア公の救出から始まり、クリーガ防衛戦の最後に至るまで、民間からなる一勢力の筆頭として之をよく率い、自身も卓絶した働きをしてみせた。特に、公爵の救助においては自ら敵地へ侵入して見事に成し遂げ、防衛戦においては魔人側の首魁を見事に打倒した。その知勇を、フラウゼ王国国王ランドバルトの名のもとに賞するものである!」
褒め称えられると、一気に体温が上がった。俺は、それだけのことをやったのだろうか。きっと、やったんだろう……たぶん。
認められたいという気持ちは、確かにあった。しかし、自分が大いに称揚されているこの現実に、自分の気持が追いつかず半信半疑になってしまう。
そうしてまごまごする俺だけど、式は容赦なく進む。陛下が俺の方に歩み寄られ、俺の首に勲章をかけられた。「王子が世話になった」とのお言葉を添えて。
そのことも、この勲章に関わっているんだろうか? たぶんそれはないだろう。しかし、直々にいただけた言葉を、とても誇らしく思えた。いただけたお言葉、首にかかる重みが、しっかりとした実感となって俺を落ち着かせてくれる。
俺の番が済むと、来た時よりはずっとマシに動けるようになった。陛下と宰相閣下に礼をした後、ホールの皆様方にも一礼し、それからシエラの横へ。
珍しくドレス姿の彼女は、いまだに目が潤っているせいか、かなりしっとりした印象があった。まあ、普段も意外とウェットなところがある子だけど……。
それでも、俺が横へ行くと、彼女は泣きはらした目を俺に向けつつ、はにかんだ微笑みを向けてくれた。
勲一等は、俺たち二人だけだった。続いて勲二等の授与に移った。
俺たちの部隊から呼ばれたのは、まず各部隊長の四人だ。ウィンは、橋を封鎖する作戦において、部隊をよく指揮し、貴族相手の一騎討ちも制してみせた。それに、その作戦以外でも作戦立案面での功績が大きい。
続いてはハリー。彼も、峡谷側を抑える部隊長として、期待された通りの働きをしてみせた。ウィンが、ほんとうにうまいことやっただけに、ハリーとしては引け目を感じていたようだけど……彼は殿下の一騎打ちの後に馳せ参じ、お命を救うという大任も成し遂げている。その後の防衛戦でも、あちらの要人を良く守り抜いた。
それから、ラウル。彼もハリーと同様に、殿下を敵の奇襲から救い出すことに大きな貢献をしている。それ以上に評価されたのは、防衛戦の際の救助隊長としての働きだ。機動力と勇敢さで以って、部隊は多くの人命を救った。その働きは戦後の復興に大きな影響を与えただろう。実際、彼が一番、あちらの街の人々に受け入れられるのが早かったと思う。
最後にサニー。彼は何と言っても、クリーガ市街上空での大立ち回りだ。あの働きがなければ、防衛戦における状況把握と互いの意思疎通がうまくいかず、被害がより拡大していた可能性が高い。それに、かなり目立つ活躍をしていただけに、士気への影響も多大だった。あの防衛戦における、戦勝の立役者とさえ言えるかもしれない。
俺たちの部隊はそこまでだった……というより、実は近衛隊員という肩書を伏せての授与だ。
これには理由があって、近衛の隊員がそろいもそろって勲章を得ると、色々と政治的にめんどくさいんだとか。まぁ、一つの部隊で揃いも揃って褒章を得たのでは、何らかの力がかかったのかと邪推されるかもっていうのは理解できる。だから、あくまでも俺たちは冒険者として参戦を志願した、軍への協力者という扱いだ。
俺たちの部隊以外では、将軍閣下が勲二等を授与された。実戦に関わったのはクリーガ防衛時ぐらいだけど、それに至るまでの過程では閣下の働きはとても大きかった。なにしろ、それまで敵だった兵をまとめあげ、一つの軍隊としてクリーガ領へ進行したわけだから。
指揮統率において、殿下のお力があったのは確かだ。しかし、将軍閣下が心情面と実務面から、敵将たちをうまくまとめ上げ、コントロールをした功績はやはり大きい。
他に意外なところで、クリーガに近い町、レンドミールの郵便局長さんが勲二等となった。彼らが身の危険を顧みず、王都までの諜報網維持に協力してくれたおかげで、諜報部門はだいぶやりやすかったようだ。
勲二等は以上で、以降は勲三等だ。
まずラックス。内戦全般において、民間部隊と軍を問わず、知恵で大勢を導いたことを評価された。ただ、俺もみんなも、彼女には頼りっきりだったから、勲三等ってのは控えめな評価に感じないでもない。
しかし、当の本人によれば、これで妥当だそうだ。「自分の考えを、自分の責任で以ってみんなに言い聞かせたわけじゃないからね。助言役にすぎなかったし、勲三等でも重いくらいかな」と。
他には、リムさんが勲三等だ。川と峡谷を封鎖する作戦において、彼女の協力は人的被害を抑える上でかなり大きかった。いなければ防衛戦に響いていた可能性だってある。
それから、スーフォンの街の町長さんが勲三等を授与した。兵站線の構築と、敗走した兵の回収や受け入れで多大な貢献があったからだ。
さすがに大規模な事変というだけはあって、その後も勲三等の授与が続いた。全体としては、正規の軍人より民間人の授与が圧倒的に多い感じがある。
実際、国を守る兵の方々に、人を斬らせないようにと思って俺たちが動き、そのようにしたわけだ。内戦において正規の将官はロクに軍功を積めなかった。これは、俺たちなりの勝利だろう。
まぁ、功績を積まんとして参陣した方には申し訳ないけど……そういう人はあんまりいなかったと信じたい。
一通りの授与が終わると、宰相閣下の音頭により、改めて盛大な拍手に包まれた。
その後、宰相閣下から陛下へとバトンが渡され、陛下はかなり重々しい口調で仰った。
「この度の内戦は、国王たる余の不徳が致すところであった。誠に……申し訳なく思う。以後は、この壇上に立つ忠義と才気の士たち、そして全ての臣民に恥じぬよう、王としての責務を果たすつもりである。諸賢には不甲斐ない王と映るだろうが、どうかこれからも、力添えを頂けぬものだろうか」
陛下のお言葉の後、ホール内は静まり返った。どう反応していいのか、誰もが対応に困っているのだと思う。
ただ、大勢に困惑する感じはあっても、それはきっと場の空気に対するものなのだろうと思う。陛下へ向けられた視線には、負の感情を感じ取れなかった。
それから、宰相閣下が場を引き継がれ、「料理が冷めないうちに」ということで、普通の立食パーティーが始まった。
いや、間違っても、“普通“のパーティーなんかじゃないな。壇上から降りると、さっそく戦友たちや工廠の連中に包囲された。「ちょっと触らせてくれよ~!」などといって、みんなが俺の勲章に手を伸ばしてくる。気持ちはわかる。
そうして勲章の方に興味を示す連中がいる一方で、俺の声をかけてくれる仲間もいた。「やったね!」「おめでとう!」と、まるで我が事のように俺の叙勲を祝ってくれている。
そうして祝福してくれる仲間の中に、ハルトルージュ伯もいらっしゃった。
「おめでとう。私が教えた剣は、役に立っただろうか?」
「はい! おかげで、私の腕でも、どうにか戦い抜けました」
「そうか……良かった」
思えば、前の授与式の後には、俺の叙勲に対して不正があったんじゃないかと詰め寄られたお方だ。それが、今ではこんなに親身にしてくださるんだから、人生ってわからないものだ。
勲一等ということで少し心配していたのは、知らない貴族の方々から声をかけられるんじゃないかってことだ。それで、政治の世界に引き込まれるんじゃないかと。
しかし、それはどうやら杞憂だったようだ。伯が、その辺りの事情について教えてくださった。
「君が、フォークリッジ伯の元で世話になり、冒険者ギルドや魔法庁、魔導工廠も強い縁があり、宰相閣下から面識があって殿下からの信認を受けているということは、貴族階級の中では割と知られた事実だ」
「ウチのリーダー、そうやって列挙すると、とんでもないですね」
隊員の子が指摘し、俺も伯も苦笑いするしかなかった。
「すでに君に対して、宰相閣下と殿下が目をつけられている中、我先にと声をかける貴族はあまりいないものと思う。それに……誰かの手元にある私兵でいては、これほどの活躍はならなかっただろう」
「それは、確かにそう思います」
「そういったことは、殿下もご理解なされていることと思う。もちろん、君の方から貴族階級へ売り込む自由はあるが……そうでないのなら、今までと特に変わりなく過ごせるだろう」
宮中警護役の伯がここまで仰るんだから、そういうことなのだろう。だいぶ安心した。
ただ、殊勲者を完全に無視するということにはならず、知り合いメインで盛り上がっているところに、しばしば初めてお会いする方がやってこられた。
そうして近づいてこられた方々は、仲間の誰かに縁故があって、それを頼るようにやってこられたみたいだ。いずれのお方に対しても、仲間の方から紹介があった。おかげで変に警戒心を抱くことなくお話できたけど、こういう振る舞いも処世術ってやつなのかもしれない。
ともあれ、式は和やかな雰囲気のまま幕を閉じた。しかし、俺にとっては……この式は前夜祭みたいなものだった。
☆
翌日の昼。お屋敷へ足を運ぶと、エプロン姿のアイリスさんが出迎えてくれた。マリーさんが出てこないことを妙に思ったものの、なんとなく察しはついた。念の為に聞いてみると……。
「お母様と一緒に、王都へ買い物に出かけました。夕方には戻ると」
「はぁ、なるほど」
おそらく、アイリスさんの口から、俺が今日来る事を伝えたんだろう。それから、「私が昼食を作る」的なことを告げ、あのお二人は“気を利かせた”ってところか……。
むしろ、一緒にいてくれて茶化してくれた方が、逆に落ち着いたかもしれない。二人で食事ってのは、どうも緊張する。
しかし、アイリスさんの方はと言うと、平然としている。まぁ、この状況を変に思われていないだけいいか。気を取り直し、軽い気持ちで俺はお屋敷へ入った。
手料理の方は、すでにでき上がっているとのことだ。食堂へ二人で歩いていくと、近づくほどに腹を刺激する良い香りが漂ってくる。
俺が食卓につくと、彼女は台所から料理を運んできてくれた。配膳されたのは、丸っこいパンとサラダ、そしてメインディッシュのスープだ。スープは薄い朱色で、ポタージュっぽい少しもったりした感じがある。
配膳が済むと、彼女は対面に座ってニッコリ微笑み、「どうぞ、召し上がれ」と言った。
さっそく、スープを一口、口に含む。そして、俺は幸せを噛み締めた。
「……おいしいですか?」
「ええ、もちろん」
「昨日の式の料理と、どちらが美味しく感じます?」
「昨日のは、ぶっちゃけ良くわかんなくて……」
素直に答えると、彼女は「ふふ」と言って笑った。それから、少しイジワルな感じの笑みを作って問いかけてくる。
「マリーやお母様と比べて、どうです?」
「皆さん、十分おいしいですよ。比べられるほど上等な舌を持ってないですし」
「そうですか」
彼女は納得したような、そうでもないような。俺の返答を逃げ口上と取ったかもしれない。どこかアンニュイな笑みを浮かべている。
「でも……」
「でも?」
「今日のが一番、美味しく感じます……」
思ったことをそのまま伝えると、一瞬だけ真顔になった彼女は、柔らかで温かい笑顔になった。
今の状況は、嬉しいことは嬉しいんだけど……食が進まない。そんな俺に、彼女は言った。
「おかわりもありますから、遠慮しないでくださいね」
「アイリスさんは、お昼はもう?」
「えっ? 私は、後で食べようかと」
「一緒に食べませんか?」
俺の申し出に、彼女は少し逡巡したものの、俺が「余ったら全部いただきますから」と言うと、表情を崩して台所へ向かった。
それから、彼女は自身の分をテーブルに乗せ、俺と一緒に食事を始めた。
さすがに、食べている間はどちらも声を出さない。ただ黙々と食べた。
それでも、彼女とは時折視線があって、言葉をかわさなくても幸せな気持ちになれた。
帰ってこれて良かった。
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