第408話 「戦勝記念式典」

 4月22日18時。王城内の大ホールは、多くの人でごった返している。

 ホールは広く、天井は高い。そして、壁からアーチ状の天井まで、シミ一つなく真っ白だ。きらびやかな装飾を兼ねた照明は、辺りを煌々と照らして暖かい光で包み込む。絨毯はふかふかで、その上にゆとりを持って並べられたテーブルには、名前もわからない料理が見事に盛り付けられている。

 住む世界が違うって奴だろうか。一応お呼ばれした側ではあるものの、自分が随分と場違いな存在に思われる。


 今日これから始まるのは、戦勝記念の式典と、褒章の授与式だ。その戦勝というのは、内戦から始まって黒い月の夜の市街戦までの、一連の事変に対するものを指している。

 クリーガ市街の戦闘に関しては、防衛戦と呼称されている。市街戦だと、王都からの軍が攻め入ったという意味に取られかねないからだ。それよりは、街の者と共に防衛したという方が、ずっと響きがいい。

 まぁ、この戦勝が魔人相手の防衛戦だけを指すものなら良かったけど……内戦込みとなると、心情的には複雑な部分がある。今にまで伝わる歴史の中では、人間同士の戦いが記録されていないから、なおさらだ。

 とはいえ、ひどいことにならないようにと、人の世のために尽くした人間がいるのも事実だ。それを称えないわけにはいかないということで、この式典が催されたというわけだ。


 俺は式に呼ばれた側であり、もっと言えば、褒章を受ける可能性が高い。王都への帰還の前に、そのように殿下から内示を受けている。

 しかし、もっと堂々とすべきなんだろうけど、中々気分は落ち着かなかった。幸か不幸か、ここに来ている戦友たちも、大体そんな感じだ。だいぶフワフワして落ち着かない感じでいる。

 茶化してくるはずの悪友たちも、今日この時ばかりは、借りてきた猫みたいにおとなしい。この場そのものと、俺に対する遠慮もあるのだろうけど。


 あんまりウロウロしても落ち着かなくなるだけだと思い、俺は壁に背を預けた。

 すると、傍らに見目麗しい女性がお越しになった。奧様だ。ロングドレスの上にカーディガンを羽織られていて、だいぶ落ち着いた感じの装いだ。

 帰還のご挨拶がまだだからと頭を下げようとすると、それよりも先に、奥様はにこやかに仰った。


「久しぶりね。元気そうでなによりだわ」

「奥様も、お変わりないようで」

「待つことにかけては年期入りですもの」


 あの閣下のお忙しさから察するに、待たれている奥様にも相当なご負担はあるだろう。しかし、奥様は陰の一欠片も見せず、「フフン」と余裕のある笑みを浮かべられている。こういうところは、本当に尊敬する。

 そうして、久々に会う奥様に感服していると、奥様は急に表情を崩して仰った。

「卸したてでしょう? よく似合ってるわ、カワイイ」

「……それはどうも」

「服選び、マリーはすごく楽しかったそうよ。よろしくお伝えくださいって」

「でしたら、良かったです」


 実際、俺含めてみんなの衣装を選んでいた時、マリーさんもエスターさんもかなり楽しそうだった。そのことを思い出し、奥様に笑顔で言葉を返す。すると、奧様は「そういうところ、変わってなくて嬉しいわ」と微笑んでから立ち去られた。

 立ち去られた奥様を少し視線で追うと、立派な身なりの方々に混ざって歓談を始められた。

 いや、服装自体は、俺たちだって立派なものだ。ただ、装いに負けない、服に着られていない方々がいるというわけで。


 なんとなく気後れを覚えていると、ラックスがやってきた。ドレス姿の女性が多い中、彼女は前の授与式と同じように、ブラウスにジャケパンみたいな感じの装いだ。

 そして、彼女は服に着られていない側の人間だ。場の空気にも負けず、堂々としていて軽やかささえある。

「大したもんだ」などと思っていると、彼女はフッと軽く鼻で笑ってから、苦笑いしつつも俺に同情するような視線を送って寄こした。


「緊張してるね。大丈夫?」

「まぁ、なんとか」

「でも、これからが本番だよ? いつ呼ばれるかわからないけど……私たちの中で呼ばれるなら、あなたが一番だから。しっかりね」


 いつ呼ばれるか……ってのは、勲章が何等のものになるかってことだ。

 しかし、情報が漏れないようにと、俺たちはかなり秘密主義を貫いてやってきた。その上、いまだに公表しづらい情報だってある。そう考えると、俺がどう評価されてるのかなんて見当もつかなかった。というか、国として俺をどう評価するのが正当なのか、自分でもよくわかっていないありさまだ。

 まぁ、勲章を頂けるのなら、もちろん大変光栄に思うし……みんなの頑張りを認めてもらいたいから、そう考えると俺への評価もやっぱり重要だろう。

 俺よりは国の上層部に詳しいラックスだけど、誰がどう褒章を得るかという情報までは知らないようだ。彼女も褒章を得る側の人間だから、知らないのが当然と言われて納得した。余裕たっぷりに「楽しみだね」という彼女には、本当に頼もしさを覚える。


 俺たち二人に加え、他の仲間も何人か集まって雑談していると、辺りがにわかに騒がしくなった。より強くざわめいているのは、体育館みたいな壇がある前方だ。

 そちらへ揃って視線を向けると、ラックスは息を呑んでから両手で口を覆い、「陛下」と言った。

 彼女が言う陛下は、俺でもすぐにわかった。王冠をかぶっておられるお方に、周囲の身なりが良い方々が大変恭しい態度を取っているからだ。

 こういう場にも、陛下はこれまでお姿を現されなかったというのは、俺でも知っている。だから、この場にお越しになられたということが、大勢にとっては衝撃なんだろう。

 後から思えば、陛下がお越しになられただけでこんなに驚くこと自体、大変な不敬って気がするけど……まぁ、俺たちだけじゃなくて、ホール内のかなりの人数がそこまで頭が回ってなかったんだろう。本当に、大勢が驚いていた。それだけ、衝撃的なご登場だったということだ。


 人が集まりだした当初、大ホールの中は、きらびやかで澄ました感じさえあった。それが陛下のご登場で、驚きと、どこか興奮のような熱気が漂い始める。

 そんな中、前方に登壇して声を挙げられたのは宰相閣下だ。生まれは平民でも、文民の最高位にまで上り詰めたほどのお方だ。家柄に優れた方々も、閣下のご登壇には敬意を示され、喧騒はすぐに凪のようになった。

 そうして場の空気を掌握されると、閣下は高らかに宣言なされた。


「ではこれより、クリーガ内戦及び、それに続いて発生したクリーガ防衛戦の、戦勝式典を執り行います」


 それから、式はすぐに勲章の授与へと移行した。宰相閣下のすぐ傍へ陛下が歩み寄られていく。

 つまり……そういうことだろう。陛下が御自ら勲章を授けてくださる。

 陛下がただこうして少し動かれただけで、ホール内には緊張と高揚、期待感が入り混じり、静かながらも張り詰めた空気になった。

 そして、多くの耳目が注意を傾ける中、閣下は朗々とした声で「勲一等!」と仰った。そこかしこから、息を呑む音が聞こえる。


「シエラ・カナベラル殿!」


 一瞬静まり返り、すぐにホール内の一角から歓声が上がった。まぁ、工廠の連中だろう。見るまでもなかった。

 でも、彼らの反応を、俺は不作法だとは思わなかった。こんな場でも、ああやって素直に喜べる友人がいるのは、きっといいことだろう。

 すると、彼らの歓喜に呼応するかのように、あちこちから拍手が続いた。壇上の宰相閣下も、穏やかで温かな笑みを浮かべられ、拍手なさっている。


 そうして厳粛な会場が急に温かみを帯び始めた中、ドレス姿のあの子は、だいぶ硬くなりながらも前方へ歩いていって登壇した。

 彼女が壇に上がり、対面したところで、宰相閣下の口から功績が語られる。


「この度の内戦では、開戦直後の情報戦からロキシア公の救助作戦、さらには実戦にいたるまで、空を飛ぶホウキによる機動力が並々ならぬ働きをした。その魔道具の実用化において、かねてより研究を重ねてきた貴殿の存在は欠くべからざるものであり、当事変においても、その貢献は確かなものであった。よって、戦勝への道筋を強く支え続けたその偉功に対し、フラウゼ王国国王ランドバルトの名のもとに、これを賞するものである!」


 激賞が終わると、会場は拍手の音で満ちた。それから、陛下が彼女の首に勲章をかけられ……彼女はその場で動けなくなった。遠目に見ても、マジ泣きしているのがわかる。


 彼女は、ホウキを軍用化することについて、かなり抵抗感を覚えていた。自分の研究した品で、友人を戦地へ送り出したくないとも。

 しかし、彼女がもたらした機動力によって、俺たちがうまく立ち回れたのは事実だ。彼女の努力は、一貫して人の世のための戦いの力となってくれた。その賞賛を、今はきっと受け入れてくれているのだと思う。


 式の進行は一時ストップしてしまったけど、誰もそれを責めはしなかった。

 それに、彼女も割とすぐ、いくらか立ち直ったようだ。泣いたままではあるものの、陛下に深々と頭を下げてからその場を離れ、壇上を去った。

 そうして次なる誰かを呼ぶ準備が整うと、宰相閣下は再び「勲一等!」と仰った。


「リッツ・アンダーソン殿!」

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