第404話 「戦の後始末③」

 マイルズ卿がクリーガへ来られてからというもの、少しずつだけど、街の雰囲気は上向いていった。

 現在のところは、あくまで暫定的に、卿が父君の代理を務められているに過ぎない。正式に家督を継がれてここを統治されるのは、もう少し落ち着いてからという話だ。

 しかし、仮という形ではあっても、この地に縁があるお方を上に戴くことになる。この成り行きを、クリーガの方々は前向きに受け入れたようだ。


 実際、こちらの出身の兵の方と街の見回りに行った際、卿を統治者として迎えることについてかなり喜ばしく感じているようだった。

 ただ、その一方で後ろめたさや負い目みたいなものもあるようだ。こちらの人々が王都に対して悪感情を根強く持っていたことで、前統治者のロキシア公は心労を重ねられた。ご典医からは再任を止められてしまい、今後は王都近郊で静養なされるとのことだ。公爵への気遣いと、一種の人質というか……まぁ、そういう意図もあるのだろうけど。

 そういう事情があり、公爵に対する贖罪のようなものとして、嫡男のマイルズ卿を上に立てて再出発を……といった感じの気運があると、兵の方々が教えてくれた。


 街の雰囲気が少しずつ良くなっていったことで、俺たち近衛部隊に対しても変化があった。

 ここに駐留した当初は、ぶっちゃけるとそんなに良くは思われてなかったんじゃないかと思う。なにしろよそ者だし、部隊名に恥じない立派な制服に身を包んでいるのも、ここの人々から見れば少し高圧的だったように思う。

 ただ、黒い月の夜における俺たちの働きが、ここの兵の方からご家族や知人等のつながりで知れ渡ると、その件で感謝されるようになった。

 特に目立ったのがサニーだ。さすがに、あの夜に状況を把握していた民間人は全くと言っていいほどいないけど、一方で兵の方々は大多数が彼の働きを知っている。これみよがしな空の脅威を6体、バラバラに解体してみせたからだ。その勇姿を語ろうという、兵の方々の口を閉じさせるのは難しい。

 それに、彼自身が控えめで人当たりがいいところも幸いしたんじゃないかと思う。彼の偉業が街の人に知れるや、割と気軽に声をかけられているようだった。彼は自慢げに吹聴するような性格じゃないから、ちょっと戸惑い気味だったけど。


 ただ、新たな統治者を上に戴いただけで、万事解決とはならない。政治的には色々と面倒が残っている。

 一番厄介な問題は、付近一帯の貴族に対する処遇の決定だ。さすがに、俺たちがどうこうできる問題でもないけど、殿下が「愚痴」と称して色々教えてくださるおかげで、情報だけは耳に入ってくる。今後のための勉強といった意味合いもあるようだったけど……。

 国としての基本方針は、できる限り旧来通りの地位や所領を安堵してやるというものだ。というのも……最初に魔人を招き入れたのが誰か、完全には判明していないからだ。そこで疑わしきを罰していくと、政治基盤がズタズタになる。

 もちろん、この辺りの貴族の方々が、王都及び王室に対して弓を引いたという事実は動かない。しかし、国の上層部としての考えは、積極的に敵対しようとした者、あるいは強い敵意と害意を持って動いた者は、ごく僅かだろうということだ。それに、あのときの“民意“を踏まえると、中道・中立を装うのも難しかっただろう。粛清対象になりかねないからだ。

 それに……代々つないできた、マナの重みというものがある。貴族の家は、そう安々と取り潰せるようなものじゃない。そこに仕える民心というものもある。

 そういった事情を踏まえると、当面の間はこれまで通りで……という、かなり日和った声が、王都の議会で大勢となったようだ。

 ただ、そういう無難な消極案を通した方が、諜報部門がやりやすいというのも確かだそうだ。とにもかくにも、こちらはなるべく早めに安定させ、余計な問題が起きないように政治を整えた上で、今回の内戦の真相究明に乗り出したい……ということだ。

 そんなこんなの裏事情を殿下から――非公式に――教えていただいたとき、仲間が一つ尋ねた。「最初の裏切り者は、自殺とかしたりしないんでしょうか」というものだ。

 その問いに対し、殿下は苦笑いして、こう答えられた。


「さすがに、やる奴はいないよ。この状況で自害すれば、ただの答え合わせだ。早晩、妻子にも後を追わせかねないからね」



 彼の国における内戦が終結し、二週間経った。例の夜と時期が重なったということもあり、かなり立て込んだようだ。報告は少し遅い。

 もっとも、それも無理もないことだ。あの夜に、街を襲った指揮者が亡くなったというのだから。彼だけが持っていた情報というのもあるようで、その確認にもいくらかの手間を要したようだ。

 ただ、この情報の共有不足に関しては、大師殿にもかなり非がある。亡くなった彼にしてみれば、その死で以って一杯食わせたといったところか。


 普段は会議の進行を軍師殿が務めるところではあるが、今回は大師殿がその任に当たる。自身の策謀の締めくくりだからだろう。彼は、かなり平坦な調子で、事の顛末を述べていった。当初想定していたのよりは、双方の兵の損耗がかなり少なく、例の夜における対応も迅速であったと。

 もともと、「あの国を大きく分断し、後世に長く残る溝を」ということでの、今回の策謀であった。だが、少なくとも現場の兵に関して言えば、目論見はさほどうまくいかなかったということだろう。

 あくまで落ち着いた様子で状況報告を続ける大師殿から、私は軍師殿に視線を向けた。あまり感情が表に現れていない。しかし、大師殿の謀略がうまくいっていれば、いくばくかの嫌悪を顔に表していることだろう。そう思えば、今の様子は少し喜んでいるとさえ言える。

――などと思っていたら、当の彼女に指摘を入れられた。


「皇子、少し嬉しそうですが、どうかなさいましたか?」

「ん? 余が嬉しそうに見えると?」

「ええ」

「普段からこんな、締りのない表情だが……」


 私がそう言うと、彼女は唇の端をやや上げて鼻で笑った。豪商殿は、苦笑いしている。

 ただ、大師殿はごまかせなかったようだ。冷淡な感じで、「何かお有りですか?」と尋ねてくる。


「まぁ、強いて言うならば……そなたのやり口が完璧に嵌まらなかったことを、嬉しく思う気持ちはあるな。内向きに崩れる国を攻め落としても、何の喜びもないのでな。もっとも、そなたはそういう国をこそ攻めたいのであろうが」


 私がそう言うと、彼はほんの少しだけ苦い微笑みを浮かべた。それから、次の話題を切り出してくる。


「皇子から見て、この内戦は完全に失敗したと?」

「……そうではないであろうな。王都の民は安堵したであろうが、それがじきに不満へと変わる可能性はある。それに、この企てに加担した貴族の存在は、彼らの間で疑心暗鬼を蔓延らせるだろう。他国からの心象も、決して良いものではあるまい。そこをどう突くか……といったところか?」


 正直に言うと、大師殿が何を考えているか読めたものではない。ただ、この内戦は彼が相当長期に渡って温めた策でありながら、やや尻すぼみ的な結末を迎えてしまったものの、これで終わりではないということは確信を持って言える。まだ、何かしら仕掛けはあるだろう――あるいは、これからの動きに合わせ、また策を練るか。

 しかし、策略が今ひとつな形に終わったばかりでなく、こちらの戦力の損耗も中々に大きな問題ではある。大師殿がろくに触れないものだから、業を煮やしたのか軍師殿が指摘を入れた。


「グレイを失ったのは痛手ですね。もっとも、安定に欠けるところはありましたから……働き者ではあっても、手放しに褒められたものではありませんでしたが」

「あれほどの死霊術師ネクロマンサーとなると、確かに百年に一度あるかないかの逸材ではあるな。後釜はあるか?」


 私が話題に乗っかり、話を聖女殿に向けてやるが、彼女は陰鬱な様子で首を横に振った。つまり、当分は死体遊びする奴がいないということだ。

 その事に対し、軍師殿はそのままの表情だった。つまり、死霊術師がいないことを残念に思っていないのだ。彼女はモラリストだから、それはそうだろう。私も、ああいう手合いはどうも苦手に思っていたところだ。

 ただ、失ったのは彼という偉大な死霊術師ばかりではない。彼の呼びかけに乗って街攻めに参加した下々の連中も、それなりの数がやられている。となると、調達と教育が必要になるところだが……。

 そのことを思うと、少し気が塞いだ。

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