第403話 「戦の後始末②」
そわそわと浮足立つ感じを抑えながら、俺たちは市の政庁庁舎から講堂へ向かった。一つのでっかい敷地の中にある別々の建物という感じの位置関係だ。外に出ると、やはり警備のためにと周辺を張っている兵の方々に出くわした。
彼らにとって、俺たちはなんというか……ある種の立役者だ。歩いていって気づかれると、すぐに憧憬とか敬意が入り混じった視線を向けられる。それが、誇らしいような照れくさいような。仲間の反応は様々で、得意満面といった奴もいれば、俺みたいなのもいるし、澄まし顔で受け入れている奴もいる。
しかし、これから要人とお会いするわけだ。しっかりした態度で臨まなければ。白い石造りの、立派な建物に近づき、俺は気を引き締めた。そして中に入り、こちらの係の方の案内で進んでいく。
すると、メインホールらしきところの近くの、控え室前で案内の足が止まった。「こちらでお待ちです」とのことだ。誰も、「誰が」とは聞かなかった。
仲間から背を押されるようにして、俺はドアをノックした。「近衛一同、参りました」と告げると、中からは「どうぞ」という殿下の声が。
そしてドアをゆっくり開けると、中には殿下とマイルズ卿、そして”閣下”がおられた。いずれのお方も、俺たちに温かな目を向けてくださっている――マイルズ卿が、若干感極まったような表情をなされているのが気がかりだけど。
あまりバタバタしないように、それでいて迅速に部屋の中へ全員で入り込む。それから整列してお言葉を待つと、殿下が「楽にしていいよ」と仰った。
これは、一種のご挨拶みたいなものだ。本当に楽にするのは難しい。それでも、少し顔の力を抜いて次のお言葉を待った。
「いきなりで済まないね。実は、こちらのマイルズ卿が、君たちにどうしても会いたいと」
その、”どうしても”の部分を、殿下が妙に強調なされたのが気になる。
当のマイルズ卿は、なにやら含みのある殿下のお言葉に困ったような笑顔になられた。「殿下ぁ~」とでも言い出しそうな顔だ。それもほんの少しの間のことで、すぐに真剣で、熱を感じさせる表情を向けられたけど。
それから少しこちらへ歩を進められた卿は、30代前半ってところだろうか。長身で筋骨たくましく、精悍な顔つきをされている。履歴書に超名門大学のラグビー部主将とか書いてそうな感じだ。
だから、そんな立派で風格のあるお方が、俺たちの前で片膝をついたのには驚いた。あまりの出来事に固まってしまう。それを止めさせるわけにもいかず殿下に救いの目を向けると、殿下は「そのまま」みたいなジェスチャーをなされるばかりだ。
そうして戸惑う俺たちに、卿はややうつむき加減で仰った。
「詳細はまだ知らないが、あなた方の尽力があって、この度の内戦は最小限の流血で終結したと聞いている。また、黒い月の夜にも、この街の守備において多大な貢献があったと……」
そこで、卿のお言葉が詰まった。伏した目が少し揺れているように見える。それがなんだか、俺の胸を熱くさせた。
少し部屋の中は静かになった。その後、殿下が咳払いして「マイルズ卿」と呼びかけられる。
「そんな姿勢で、卿は相手に握手させるつもりかな?」
「あっ、いえ、そのようなことは」
殿下がお相手となると、卿はあまり締まらない感じになられるようだ。なんとなくだけど、素は素朴なお方なのかなと思った。
それから、卿はその場で立ち上がられ、俺に向かって手を差し出された。
「貴殿が、近衛の隊長殿だね?」
「はい……よくご存知で」
「いや、ドアを開けて最初に貴殿が入ってきたものだから……」
そう言えばそうか。言葉を交わすだけで、どことなく締まらなくなるようなゆるい空気が漂い始めた中、俺は「リッツ・アンダーソンです」と言って握手に応じた。
すると、厚みがあって熱のある両手に、俺の右手が包まれた。「ありがとう」と、万感の思いがこもった一言を添えられて。
俺の後も、卿はその長身を腰から曲げられ、隊員全員に握手をなされていった。みんな、少し戸惑い気味ではあったものの、それでも喜ばしい感じはあった。
それで、どうも俺たちが召し出されたのは、この感謝のためのようだ。その事自体は大変に光栄の至りではある。
しかし、閣下がこちらへ来られたご用件が、どうにも気になる。こちらの補佐にってことはないだろうけど……などと思っていると、俺たちの疑問を読まれたのであろう殿下が仰った。
「伯には、最前線の状況等を教えてもらおうとおもってね。それに、こちらから伝えなければならない情報もある。何しろ、今日まで情報のやり取りすら、最新の注意を払って細々としかできなかったものだから」
つまるところ、ここと最前線の情報を統合するために、向こうの代表として閣下がお越しになられたようだ。
また、せっかくだからということで、俺たちも最前線の状況について教えていただく流れになった。
今回の黒い月の夜、最前線は例年と変わらない戦闘規模だったようだ。それはつまり、あのときクリーガを襲った連中が、向こう側の余剰戦力で構成されていることを意味している。
「こちらを襲った連中の練度は、さほどでもなかったようだが……」と閣下が言われると、誰ともなくうなずいて肯定した。転移による奇襲性だとか、瘴気や魔獣による優位だとか、そういう魔人ならではの強みに任せただけの連中が多かったように思う。土壇場で連携を構築できただけでなく、そういう連中が相手だったことも、今回の被害が少なかったことの一因だろう。
ただ、ここで一つ気になることがある。ラックスが口を開き、それを尋ねた。
「昨年も、例の夜以外の突発的な襲撃がありました。それだけ戦力が余っている可能性は無視できませんが……新たに調達しているのではないかと」
「募兵や徴兵ということはないだろうが……何らかの形で、そうしているのだろうな」
言い換えれば、あの夜に仕掛けてきた連中は、向こうで調達されたばかりの新兵だったんじゃないか、そんな懸念だ。
ラックスが話題を振ったことで、彼女も、対面する皆様方も表情が暗くなっている。この世に魔人という存在が生じた経緯を知っているから……奴らが新兵をどのように仕入れているのか、考えずにはいられないのだろう。
しかし、場の空気が沈みそうになる前に、殿下が明るめの声音で仰った。
「懸念事項は多いけど、私たちにも彼らみたいな新しい戦力がいる。それは頼もしいことじゃないかな?」
「仰るとおりですな」
殿下のお言葉に、閣下はにこやかな笑顔で返され、それから俺たちに視線を向けられた。
「練度が低かろうと、魔人は魔人だ。あの赤紫の瘴気の前に、平民は太刀打ちできないとされてきた。そこへ、きみたちは割って入ろうというのだからな……本当に、頼もしい限りだ」
実のところ、
こんな調子で、俺たちは褒められっぱなしだった。まぁ……それだけの働きはしたのかな、と思う。
それから、俺たちの用も済んだし退出しようという頃合いになり、殿下からお声を掛けられた。
「隊長は残るように」
「私だけ、ですか」
「悪いようにはしないよ」
そうは言われても、かなり気になった。単にお褒めの言葉をいただけるのであれば、みんながいる前でそうされるだろう。だとすると、それ以外の用件か。
人払いが必要なお話ということで、隊員の多くは、尋ねるところまでいかなくとも気がかりそうでそわそわ浮足立つ感じがある。そんな中、ハリーがハキハキとした口調で声を上げた。
「この度はお褒めの言葉を賜り、身に余る光栄に存じます。この喜びを胸に、さらなる研鑽を重ねる所存です」
「期待しているよ。それと……あのときは守ってくれてありがとう、ハリー、ラウル。」
辞去の挨拶に、殿下直々の感謝をかぶされ、さすがのハリーもだいぶ照れくさそうになって頬を掻いた。
それから、ラックスが「ほら退散する!」と、だいぶ砕けた感じでみんなを追い出していく。今の場の空気には、それでちょうどいい感じに思われた。
そうして俺だけが残る形になると、閣下が真剣な眼差しを向けて仰った。
「実はね、ここに来れば娘に会えるかも……などと、今朝までは考えていた」
「それは……お嬢様は王都で民心の安定に尽くしておられましたので。何分、難しいご時世ですし」
「ふむ」
俺の返答に、閣下は短く返された。それから、どことなく奥様を思わせる感じの、人が悪い笑みを浮かべられている。
「しらばっくれる気かな?」
「……と言いますと?」
「殿下から聞いたよ」
思わず少し冷ややかな目になって殿下に視線を向けると、殿下は笑って目をそらされた。そして、俺の頭を大きな手でクシャクシャやって、閣下は「ありがとう」と仰った。
「ただまぁ……この件は娘には秘密だな」
「存じ上げております」
「あれでもだいぶ、負けず嫌いで意地っ張りなところもあるからな……」
どう返せばいいのか困り、言葉に詰まって微妙な顔になると、閣下はますます笑顔になられた。
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