第402話 「戦の後始末①」

 戦いは終わった。しかし、大変なのはこれからもそうだ。というより、これからの道のりの方が長く厄介で、険しいものになるかもしれない。


 最初に決めなければならないのは、俺たち近衛部隊の身の処し方だ。建前を除いた本来のお役目は、両軍衝突の回避だった。これをどうにか成し遂げた上で、「まだ戦いは終わってないし、できることはある」と、殿下に付き従って今がある。

 では、これからどうするか。あの戦いの翌日、殿下からは直々に「君たちも帰りたいんじゃないかな」とお言葉を頂いた。お許しを得たようなものだ。

 その後、俺たちだけで集まって話し合ったものの……帰ろうと言う奴は出なかった。戦友の多くは、「帰りたい気持ちはあるけど……」と言ってから、ここに留まる意志を示した。きっと、あの戦いが終わった後の殿下の激白に、感じ入るものがあったのだと思う。照れ隠し気味に、「お給金のため」という奴もいたけど。

 実際、殿下がここに残られるのなら、俺たちにできることはまだあるだろう。戦後の混乱に乗じる不埒ふらち者がいるかもしれないし……俺たち相手に気軽にお声がけしていただいて、それで面倒ごとの気晴らしでもしていただければ幸いだ。

 そういうわけで、俺たち一同は、ある程度状況が安定して殿下が帰還されるまで、ご一緒することとなった。殿下には、柔らかな笑顔で呆れられた。一方、将軍閣下は、どことなくだけど喜んで下さった。

 ただ、それでも王都に残してきた方々のことは気がかりだ。戦勝の報が王都に入るから、そう心配はされないだろうけど……まぁ、みんな思うところはあって、クリーガ駐在の間は手紙を書くのが日課みたいになった。


 俺たち以外の、王都からやってきた兵の方々の処遇については、早い段階で話がまとまった。既婚の一般兵は陸路で帰還、それ以外の未婚者や将官はクリーガに駐在する。これで、だいたい半分に分かれるらしい。

 軍を残す理由は、クリーガ軍の代わりを務めるためだ。クリーガ側の軍は、ろくに交戦しなかったとはいえ、王都側からすれば賊軍だ。政治的にも王都側の心情としても、不用意に用いるのは難しい。

 それに、新政府の上層部――というかむしろ、そのおこぼれに預かる中位の貴族――は、色々とすねに傷があって、とても兵を任せられるようなものじゃない。そのため、兵卒は無事でも指揮系統はぐちゃぐちゃだ。戦後の治安維持にそれはまずかろうということで、王都からの兵を中心に近隣の秩序を守ることとなる。


 ただ、治安面の心配は杞憂なんじゃないかという声は確かにあった。街に繰り出せば一目瞭然で、内戦は終わったというのに墓場みたいに静まり返っているからだ。とても、明るい気分になれるようなものじゃないだろうから、当然といえば当然かもしれない。

 市街のパトロールに王都側の兵や俺たち近衛部隊が駆り出されることもしばしばだけど、クリーガ市民から反発されることはまったくといっていいほどない。相変わらず諜報部の方々が動いてくださっているけど、影に隠れてレジスタンスを……みたいな動きも見られないらしい。本当に、この街の人々は気力を失っている。

 そんな街の有様を見て、俺は王都襲撃とその後の王都の静まり返りようを思い出さずにはいられなかった。結局、どちらの街も同じような人々が住んでいるんだろう。


 ただ、そんな街にも元気な連中はいて……同業者が、まさにそういう連中だった。彼らに言わせれば、「農作業でもやれば元気になるって!」とのことだ。

 というか、実際には元気になってもらわないと困る。すでに春を迎えていて、田畑に手を入れ始める時期だからだ。

 しかし、ここにも問題があって、山河を越えてスーフォン辺りまでやってきた農兵の回収が完了していない。あっちで農作業をやっているのなら、それはそれでという感じだけど……。

 ともあれ、彼らに再び故郷の土を耕させるため、軍から回収係を動員する運びとなった。


 まぁ、兵や市民、農民の問題は、全体からすれば些細なものなのかもしれない。

 一番厄介なのは、ここの政治だ。



 3月20日。黒い月の夜から1週間。

 俺は今、クリーガ市政庁庁舎の一室にいる。俺たちの部隊向けに空けてもらった部屋で、いわば詰め所みたいなものだ。ここで緊急時に備えつつ、書類仕事を延々とやっている。

 書かなければならない書類は、かなりある。名目上は近衛だけど、所属は冒険者ギルドで、今回の一連の作戦行動のために魔法庁や工廠の手も借りている。だから、関係各所に色々と書類を提出しなければならない。

 幸いにして、ラックスはこういう作業に強かったし、魔法庁から出向している職員さんも同様だ。彼女らのおかげで、まずはそれぞれの書類に手を付ける順番が決まり、段取りができたところで効率よく仕事を進められるようになった。

 そういうわけで、殿下の護衛や雑談、市街のパトロールをこなしつつ、書類の山とも格闘している。こういうのが苦手な奴も結構いるけど、文句は出ない。何しろ、論功行賞に関わってくるからだ。

 どちらかというと、金や名誉はおまけみたいな気持ちで、ここまで来た仲間が多い。それでも、公式に働きを認められ称揚されるのなら、それはとても誇らしいことだし、そうあってほしいと思う。


 ただ、今日はみんな書類仕事に身が入らないようだった。俺もそうだけど、窓際に集まって街の方に興味津々といった感じの視線を送っている。

 視線が向かう先は、転移門管理所だ。そこにつながる街路は、多くの兵で油断なく固められていて、物々しい雰囲気を感じられる。

 今日、こうして転移門の守りを固めているのは、内戦勃発以降で初めて“公式に”門が開くからだ。それも、王国西端の最前線と。

 そして、厳重な警備の中でお招きするのは――現ロキシア公の嫡男、マイルズ卿だ。


 現在、ここクリーガの統治者の座は空席となっている。そこを、早々に埋めておきたいというのが、殿下と重臣の大多数による総意だ。空席のままでは政治的に安定を欠くし、民心も落ち着かない。

 しかし、そういう状況にあって、殿下は終戦からずっとクリーガ城に足を踏み入れられていない。それどころか、一日の政務の後、寝泊まりは市街の外の軍陣地と決められている。

 ここにも政治的な理由がある。ご本人からお聞かせいただいたところによると、「既成事実」ができてしまうからだそうだ。主を失った城に、戦を平定した王侯が足を踏み入れる。それも、王都に迫るかそれ以上の大都市の城に――まぁ、間違いのもとだろう。

 実際、今の陛下を快く思わない勢力は、王都にも存在している。ただ、新政府みたいに武力で陛下を退位させようっていうんじゃない。メルに以前教えてもらった話では、彼らは殿下を立てて、陛下には譲位していただこうと目論んでいるようだ。

 だからこそ、ここを穏当に治めたいご意向の殿下としては、政争の具を作るわけにはいかないとのことだ。


 殿下が形式的に統治者となることすら、政治的には危うさがある。そんな中で、誰にこの大任をお頼みすればいいだろう?

 白羽の矢が立ったのは現ロキシア公だ。公爵閣下が体調不良で一時的に政務から離れられたことが、今回の内戦の遠因となった……そんな酷薄な声が無いこともないけど、それもクリーガと王都の間を取り持とうと心労を重ねられた結果のことだ。別の人物がここを治めていた場合、この内戦がなかったかどうかを判ずることはできない。

 公爵閣下は人品確かなお方であらせられる。ご本人も、再びここの統治をと、ご意志を見せられたようだったけど、ご典医からドクターストップがかかったそうだ。「罪滅ぼしのため」というのが、公爵閣下の心身に障るだろうとの判断だ。


 そこで、公爵閣下からご子息へ、家督をお譲りいただこうという話になって、今に至る。

 嫡男のマイルズ卿は、長く最前線でご活躍なされたという歴戦の勇士だ。家柄と人柄の両面に優れ、兵からの信望も厚い。

 問題は、軍事の経験は豊富でも、政治の方はまだそうでもないということだ。その補佐のために、王都から重臣が派遣される。まぁ、お目付け役の意味もあるのだろうけど。


 その、話題の人物マイルズ卿について、隊員の女の子たちが窓の外を眺めながら黄色い声で話し合っている。気になって仕方ないといった風だ。

 そうしてみんなで外の様子をうかがう中、隊員の悪友がウィンに向かって冗談を飛ばした。


「ここの統治者の席さ、『俺がやります!』って手を挙げてたら良かったのにな~」

「ははは、そりゃいいや! 一発で立身出世だ! 俺らも鼻が高いぜ」

「あのな……」


 偉くなりたいとは言っていたものの、そういう考えはないようで、ウィンは苦笑いするばかりだった。


 やがて、外で動きが見られた。居並ぶ兵の方々の頭が少し動いた。一様に同じ方へ微妙に顔を向けている。たったそれだけのことだけど、部屋の中に緊張が走った。

 そして、くだんの人物が現れた。顔は見えないけど、背が高く、たくましそうな感じではある。さすがに護衛の方も多い。ちょっとした一集団って感じだ。

 その集団の中に、どことなく見覚えのある方がいらっしゃった。やはり、顔は見えない。しかし、全体的な風体には覚えが……。


「あちらのお方って、もしかしてフォークリッジ伯じゃない!?」


 誰かが驚きつつも声を発すると、みんな食いついた――ああ、そうだ。閣下だ。最後にお会いしたのはいつだったか忘れたけど、言われてみればって感じだ。

 俺は、たぶんこの中でも一番世話になった部類の人間だけど、みんなも何かしらの機会に拝謁したことはあるようだ。閣下のご登場で、どことなく晴れがましい空気になった。


 ご一行の行進が済み、市の講堂へ姿が消えると、俺たちは書類仕事を再開した。

 しかし、筆が進まない。どういうお話をされているのかとか、伯爵閣下のご用件は? とか、みんな気になって仕方ないようだ。

 ただ、ご会談に俺たちが混ざることはほとんどない。せいぜい、会場まで殿下の護衛を務めさせていただき、後でお話を聞かせていただく程度だ。それだけでも、容易には得難い経験だろうと思うけど。


 そうしてダラダラ書類とにらめっこしていると、部屋へ慌ただしく寄ってくる足音が聞こえ、ドアがノックされた。隊員の一人が向かってドアを開けると、こちらの職員の方がいらっしゃった。

 あんなことがあったから、どの職員の方も大変腰が低く、懇切丁寧に応対してくださる。目の前の女性もそのうちの一人で、俺たち担当の窓口みたいな感じだ。

 そんな彼女は、さっきまで立てていた足音同様に、少し慌てた様子で用件を切り出してきた。


「皆様に、講堂へ来ていただくようにと……」

「わかりました」


 おそらく、用件は会談絡みだろう。護衛には別の隊員を付けているから問題ないはずだけど……。

 少し気になる部分はあるものの、職員さんの様子から、相当上の方からのお呼び出しだとは察しが付く。お待たせしないよう、四の五の言わずに、俺たちはさっと部屋から退出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る