第396話 「血戦①」
渦中の中央広場と城を横目に、俺たち二人はホウキをかっ飛ばす。誰にも見つからないよう、回り込むように。
向こう側の状況は、正確にはわからない。しかし、ラウルと現場の仲間が
いや、あの野郎の声それ自体がノイズか。
奴の言葉の切れ目に、エリーさんの道案内が腕輪越しに入ってくる。
『城の付近は中央広場以外無人です』
「わかりました、ありがとうございます」
ラウルが返答すると、今度は現場の仲間から、慌てた口調で言葉が届く。「俺たちはどうすれば?」との問いに、ラウルは俺へと視線を向けてきた。
さっさと考えて言葉を返さなければ。街路の上を並走するラウルに幅寄せし、声が届くようにと大声でゆっくり、俺は指示を出した。
「みんなは現場待機。大勢で行くと気づかれる可能性が高まるし、人質がいる以上、数で押すのも難しい」
『しかし、お前ら二人でどうにかできるってのか?』
「それを考えてるところだけど……まぁ、どうにかする。とりあえず、奴の上を取るけど、俺たちの姿を見ても変に反応しないようにって指示出してもらえるか?」
『わかった』
通信はそこまでだった。話が終わったところで、また奴の癇に障る声が響く。
すると、横のラウルが苦笑いしながら話しかけてきた。
「なんかさ、昔を思い出すな~」
「昔? ああ、Dランク試験の時の」
俺が答えると、彼は「それそれ」と言ってうなずいた。あのときは彼と一緒にシャーロットを助けたんだった。結構昔のことのように思えるけど、こうして二人で動く辺りは変わってない。
とはいえ、感慨に浸る暇はない。状況が動き出す前に、こちらの手でどうにかしなければ。そう思っていると、彼がまた話しかけてくる。
「あの時よりも、俺らだいぶ強くなったよな?」
「そりゃそうだ」
「しかし、今の状況の方がキッツいよなぁ」
「まぁな」
「それでも動くってんだから……まぁ、頑張ろうぜ」
そう言って微笑む彼の笑みは、少し力ない感じだ。しかし、目に宿った光は強く、気力は十分に感じさせてくれた。それが頼もしい。
やがて、俺たちは城の側面に続く大通りに差し掛かった。エリーさんの情報通り、ここにも人影はない。問題のバルコニーの様子は、影に隠れてわからない。
忍び寄るならここからだ。回り込むように動いていたのから方向転換し、俺たちは城に向かってホウキを走らせた。そして城の側部に着いた時点で大きく上へ傾け、高度をぐんぐん上げていく。
その間、特に動きはなかった。距離が近づいたこともあり、奴の挑発が耳に届くようになった。その事自体は腹立たしいものの、状況が把握しやすくなったのはありがたい。
城の側面を上向きに駆け抜け、俺たちは城の上方に着いた。例のバルコニーが眼下に数十メートル下方にある。まだ、気づかれてはいない。
しかし、猶予はなかった。下方からよく響く声が届いた。
「せっかくの機会なんだが、あんまり長居できないんでなぁ! 早く決心がつくようにしてやるぞ!」
そう
下の広場からは、怒号と悲鳴が響き渡った。ラウルの腕輪からは『どうする?』という焦燥感のある声が。
「現場待機。航空戦力がいるのを承知で、ああやってるんだ。あの子が落とされたところに、魔法の追撃が来る可能性はある」
『……わかった』
「それでも、いつでも動き出せるように準備だけは頼む。マジで落とされたら、すぐ出てくれ」
『了解!』
下とのやり取りが済むと、今度はラウルが話しかけてきた。口調は、意外と落ち着いている。救護隊長をやるだけのことはあって、こういう急場での肝は相当なものだ。
「俺たちはどうする? とりあえず、あのヤロウがああやってるってことは、あの子は魔法を使えないようにされてるっぽいけど」
「そうだな。使えるなら、落とされたって
「上から射撃して隙を作るか?」
彼の提案に、俺はほんの少し考えてから首を横に振った。
一番まずいのは誤射だ。あの子に当たっては元も子もない。それに、奴に当たったところで、事態が好転するとも思えない。狙い撃つなら
それに、薄ぼんやりとではあるものの、奴の周りに赤紫のきらめきを確認できた。おそらくは
単に、魔法を撃つだけじゃどうしようもないって気がする。しかし、諦めるわけにはいかない。思考時間を稼ぐため、俺は
この異刻を用いて、精密な集中砲火をかけるってのはどうだろうか。しかし、負荷が問題だ。ホウキを飛ばしつつ、飛行中でも魔法陣の記述ができるように異刻で時間を制御する。その上で奴を撃退するだけの火力を出すのは、無理筋という気がしてきた。
他に、できることはないだろうか。
もっと他に……そこで俺は、背負った剣の存在に思い至った。リーフエッジだ。これなら泡膜の影響を受けない。
この剣はマナを通さなければ役立たずだ。しかし、意味のある威力を出せる攻撃手段の一つではある。これをどうにか使えないものか。
そこで俺は、
しかし、まだ大きな問題はある。まず、送り込めるマナの強度だ。剣としての強度を維持するため、普通の視導術では足りない可能性はある。その問題に対しては複製術を使い、視導術を重複させることで解決しよう。
次の問題は、投擲のコースだ。当たらなければ意味がない。間違っても、あの子に当てるわけにはいかない。
とはいえ、今回使う魔法は視導術だ。物を操作するための魔法なんだから、コントロールはできて当然だ。投げた後、追うようにホウキで降下し、異刻を合わせて少しずつ軌道修正すればいい。
理屈の上ではやりたいことが決まった。これがうまくいく保証はないものの、電撃的に一撃を食らわせて即救助となると、良い案のようには思える。
そこで俺は、ラウルに作戦を告げた。リーフエッジを下に投げ、それを追うように二人で降下。あとはアドリブで動き、ラウルがあの子の救助、俺が野郎の足止めか排除。
一通り話し終えると、彼は苦笑いした。
「この状況でよく考えるもんだぜ……自信のほどは?」
「あんまないな……それでも、普通に魔法で攻めるよりはマシだと思う」
「了解、お前のタイミングに合わせて動く。あの子のことは任せとけ」
「ホレられても、キチンと断れよ」
俺が冗談を飛ばすと、彼はわずかに顔を赤くして「も、もっちろんだろ!?」と答えた。
そして、俺は下準備にかかる。一度リーフエッジを鞘から抜き、次は複製術で視導術を展開。それらを重ね合わせ、剣を保持する。そうやってマナの手で握った俺の剣は、手を離れてもその形状を維持した。
これならいける。俺はラウルにうなずき、宙に浮く剣の柄を握った。
そして、俺は異刻を使ったまま、下方へ狙いを定めて投擲した。そのコースがほぼ問題ないことを確認すると、ホウキを下へ走らせる。その動きに、ラウルもしっかり追従してくれた。
時間の流れをコントロールしつつ、剣の軌道を微妙に操る。緩やかな時の流れの中でも、少しずつ、その時が近づいてくる。
そうしてバルコニーが近づいてくると、俺の中であの子の声が響いてきた。あの野郎に命乞いをしろと言われた時の、あの子の言葉だ。あの子は逆に自身の覚悟を示してみせた。でも、そのことを尊くは思わない。この世の成り立ちや、貴族がどのように作られた階級なのかを知っている今、あの叫びに世の歪みを感じずにはいられなかったからだ。
もし、あの子の代わりに別の貴族が……たとえばアイリスさんやクリスさんが人質になっていたら、同じようなことを言うだろうか――それは、俺の中では愚問のように思われた。
眼下にいるあの子は、自身の命を捨てる覚悟を決めている。その彼女を守ることと、この内戦からアイリスさんを遠ざけることに、そう違いは無い……そんな気がする。彼女たちが背負っている物、世の中が背負わせてしまっている物、そんな重荷を少しでも肩代わりしてあげたい。
俺の前、宙を割くように落ちる剣は、いよいよ城の頂上よりも高度を落とした。もうじき、着弾する。奴は気づいていない。
その瞬間を迎え、わずかに斜め向きのベクトルを与えた剣に、俺は渾身のマナを注ぎ込んだ。青緑の光を湛えた剣が、奴の左鎖骨あたりからその身に入り、滑らかに体を裂いていく。
すると、右半身は力なく垂れ下がるようになった。その、切り裂かれた体の傷口に、俺は暗い赤紫の闇を見た。
体を斬られ、支えきれなくなったのだろう。奴の右半身はいよいよしなだれ、そして――奴はあの子を取り落した。
すると、並走していたラウルがスピードを上げて急降下。自然落下よりも速く動き、あの子を掴み取る。
しかし、それで万事解決とはならなかった。斬られた奴の体の前面に、赤紫の見たこともない魔法陣が浮かび上がる。それに刻まれた複雑な模様の一部が解かれ糸が体表を這う。
すると、垂れ下がるようになった右腕の先に俺は赤紫の光を認め、心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。何かされる前にと、俺は降下の勢いを生かして奴に飛び蹴りをかます。奴はよろめき、傷口から赤紫のもやをかすかに吐き出しながら、後ろに吹き飛ばされた。
そうして手すりから距離が空いたところで、俺はバルコニーに降り立ち奴に魔法を連発した。泡膜を破るために
しかし、まともに当たったのは火砲一発分だけだったようだ。様々な色のマナが入り交じる噴煙の中、どす黒い赤紫の人影が身を起こす。俺は反射的に「ラウル、そこにいるなら離脱しろ!」と叫んだ。
すると、だいぶ離れたところから「了解」という返答が。とりあえず、向こうは大丈夫そうだ。
やがて爆風が晴れ渡ると、奴は二本の足でしっかりと立っていた。体の前面にある魔法陣からは同じ色の糸が伸び、割かれたはずの体を縫合しているように見える。少し空いた糸と糸の合間から、その体の奥の闇が見え隠れする。
切り裂いた以外の部分、右腰辺りあたりにも、そんな縫合があった。火砲を受け、損傷した箇所だろう。それが、大した問題がないかのように修復されている。
そして……奴の顔は、不愉快なほど朗らかに笑っていた。こいつに痛覚はない――そう、直感した。
いや、痛覚がないというよりもむしろ……奴の正体について考えついたところで、奴は親しそうに話しかけてきた。
「よう、久しぶりだな半死人!」
「全死人は黙ってろ」
俺の返答に、奴は口の端を吊り上げて笑った。
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