第390話 「クリーガ市街戦①」
こちらの出身者たちを先頭に、兵が門から市街地へなだれ込んでいく。待ち望んだ開門だったのだろう。その勢いは滝のようだった。
その流れから離れ、まずは俺たちの部隊で集合する。すると、将軍閣下の側近の方に声を掛けられた。頃合いを見計らって、こちらにいらしていたのだろう。
「あなた方の部隊の隊員が、すでに市街へ入っていますが、こちらへ呼び戻しましようか? 直接声を掛けられるわけではありませんが、どうにか伝達してもらうように頼むことは可能です」
確かに、転移門から入ったみんなのことは、心配ではある。しかし、やるべきことをすでに見つけて、そちらに力を注いでいるはずだ。今から集めようとするのは邪魔になってしまうかもしれない。
「一度状況が落ち着いたら、集めていただけると助かります」と伝えると、側近の方は一礼してから伝令の方に伝えに行った。
正門へ殺到する人の波は、まだ止む様子がない。ウォレス伯率いるここの出身者に続き、本陣から来た王都からの兵も、同じ目的のために駆け込んでいる。
そんな動きを横目に、俺たちはこれからの動きについて話し合う。最初に口を開いたのはラックスだ。
「今交戦中のみんなは、空中勢力とやりあってるはず。それを排除しないことには、全体像を把握できないから」
「まずは、そっちの加勢に向かうか?」
「それが急務だと思う。ただ……」
ラックスはそこで表情を曇らせ、少し辺りをはばかるような小声で言った。
「私たちには
「じゃ、方針はどうする?」
すると、視線が俺の方に集まった。明確な答えなんてないだろう。でも、迷わないだけの道を示さなければならない。
「空戦部隊は、すでに入り込んでる仲間のサポートをメインに。ただ、人手が余るようなら、貴族の方抜きで魔人とやり合っている方に加勢してくれ。陸上部隊は、貴族の代わりに前に立って、魔人の攻撃を引き付ける。それと……勝ち目のない無茶をするくらいなら、堂々と逃げよう」
「……つまり、リーダーの無茶は、最初から勝ち目がある奴だったのか?」
「あ、あったりまえだろ!?」
「……ホントかな?」
仲間からツッコミに慌てて答えるも、ラックスが意地悪く
しかし、指示を出してからハッと気づいた。魔法庁の職員さんはどうしよう。
ふと気になって彼女の方に視線をやると、どうも”陸上部隊”の一員だと自認しているようだ。どこか誇らしそうに、「浄化服も貸与されてます」と、魔法庁制服の前を少し開けて見せびらかしてくる。
そんな彼女に、仲間が「名誉隊員っすね」と笑顔で言って、みんなで笑った。
話し合いでリラックスしてから少しして、門へ駆けこむ人の波に切れ目が現れた。それを合図に俺たちも駆け出す。空戦部隊とはここから別行動だ。互いに励まし合って、改めて前方に向き直る。
すると、門の前に一か所、草が生えてない小さな円があった。おそらく、
怒涛の人波で踏み均され、穴はふさがったようだけど、これがちょっとした勲章みたいに思えて気分は良かった。とはいえ、あんまり浸ってられる状況でもない。
石で囲まれた門の、暗い通路を抜けだし、俺たちはクリーガの街並みに立ち入った。
ここに来るのは2回目になる。ただし、あの時とは全く状況が違う。おどろおどろしい赤紫の空に、前方の白亜の城が良く映え、夜とは思えないほどに光はあって、しかし住民の姿はない。激情とともに石畳を揺らす行進以外、人がいる気配を感じさせるものはない。
あまりに不気味な街の様子に、仲間の一人が不安もあらわに言った。
「人っ子一人見当たらないけど、ここに避難してるんだよな? 大丈夫か?」
「……大丈夫。どこに隠れているか、大体の見当はつくから」
答えたのは、クリスさんだった。てっきり、先を行く兵を率いているのかと思った。俺だけじゃなく、みんなも――ラックスも――そう思っていたようで、驚きを隠しきれていない。
ただ一人、ウィンだけは冷静だった。
「……門の前を開けるときから不在にしていても、ああして兵が動けるんだから、自分がいなくても大丈夫……ってことか?」
「ええ、そんなところ。それに、あなたたちに道案内も必要かと思う……いざというときの交渉役も」
「頼みます」
クリスさんからの申し出を、ラックスはすぐさま受け入れた。それからすぐ、ラックスは先ほどの話題を掘り返す。
「人の姿が見えないことに対し、大丈夫とのことですが、それは?」
「この辺りは夏から秋にかけての収穫が多い一方、冬の寒さは厳しく、そして長い。だから、冬季を気楽にやりすごせるよう、大体の家には食料の備蓄のため、堅牢な地下室があるの」
「つまり、住人は各自の家に隠れていると?」
「実際には、広めの家や店の地下室に数家族で避難し、そこに兵が少数割り当てられていると思う。後は、公共設備で保護し、そこを兵で固めているか」
民家からの人気がない理由はそんなところだった。種明かしをしてもらっても不気味なことには変わりないけど、悲鳴が聞こえるよりはマシだ。
しかし、正門近辺は、人の気配ばかりではなく戦闘の形跡もなかった。一方、遠くの空には大きな翼を持つ魔獣が見える。
では、この正門辺りは、本当に何もないのだろうか? 俺の問いに、ラックスが答える。
「あくまで、私が連中だったら、だけど……正門とは反対の西側に、勢力を厚く展開する」
「そりゃ、なんでだ?」
「一騎打ちが既定路線で、魔人側もそれを承知しているなら、正門が一時開くのはわかってるはず。それに、決闘の場の中央広場は城の前方、つまり正門側にある。勝敗はともかくとして、注目は確実に正門のある東に傾くでしょ?」
「なるほどねぇ」
逆に言えば、西側は注目されにくいということだ。人目が東に集中すれば、城が遮蔽になって、西のことはなおさらわかりにくい。
そんなラックスの話に、俺は納得したものの、ウィンが一つ指摘を入れる。
「すでにそう読んでて、ここの守備勢力が西へ向かってる可能性は?」
「十分あると思う。でも、その場合は私たちが加勢に行けばいいし、その必要がなくても情報交換はできる。きっと、状況がわかってて話が早い相手だと思うから」
「確かに……それに、説得係もいることだしな」
ウィンも完全に納得したようだ。続いて、今度はクリスさんがラックスに尋ねる。
「西に向かうのはわかったけど、道選びに何か注文は?」
「伏兵は避けたいので、なるべく広い道を。それと、城からはある程度距離を置きたいです」
「城から?」
「……敵の手に落ちている可能性を無視できませんから」
難しい表情のラックスがそう言うと、先頭を行くクリスさんは少し間をおいてから、俺たちに背を向けて「わかった」とだけ言った。
俺たちは西へ直行する一方、前方を行く兵の群れは、少しずつ分かれていった。大きな交差点に差し掛かるたびに、北と南へ部隊が分かれていく。
そうして彼らが向かった先に目をやると、遠くに煙が上がっているのが見えた。同じ光景を見たのであろう仲間が、「ちくしょう」と苦々しくつぶやく。そんな俺たちに対して、ラックスが話しかけてくる。
「これで西に何もなかったら、ゴメンね」
「……いや、それで謝るのも変な話じゃね?」
「だって、単に走らせただけになるでしょ?」
「じゃあ、代案出した奴に責めてもらうとか」
「誰だよ」
俺が口を挟んで提案し、それを悪友が笑ってツッコむ。すると、不安そうだったラックスは、ちょっとだけ表情から力を抜いて微笑んだ。
ただ、幸か不幸か、予想はドンピシャだった。
前方の兵の集まりが西へ行くほどに細かく分割され、それと同時に道の先から感じる、嫌な気配が増していく。
そして、先を行く集団が立ち止まった。人の群れの向こうには、赤紫の霞のようなものが見える。
すると、俺たちの先頭を行くクリスさんは、声も出さずにジェスチャーをした。「左へ、回り込め」――そう、彼女の手がささやいている。
手短にそれだけ伝えると、今度は
同時に、紫色の
その意図を汲み、俺は目を左へ向けた。ほんの少し進んだところに、横に長い店がある。見た感じ家具屋のようだ。建物の裏へ回り込むように、俺たちは駆け込んでいく。
そして、ちょうど建物の影に入ったところで、激しい喚声とともに戦闘音が、建物の向こうから響いてきた。
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