第389話 「クリーガ攻防戦⑦」
自動的に攻撃魔法を放つビットというのは、過去にもやったことがある。前にやったのは俺に追随して動く奴だけど、この場にいながらビットだけ飛ばすってのも可能だ。そうすれば、傘と奴の間に滑り込ませた魔法陣から、奴を狙うことはできる。
ただ、それには……俺は振り向き、魔法庁の職員さんに話しかけた。
「こういう場で、第3種禁呪の使用許可は出ますか? 一応、普段の承認は頂いてますが」
「……魔人の目がある可能性は、否定できません。ですが、回転型を使うなどして、見てもわからないものにできるのであれば問題はないかと」
「わかりました」
許可が出たところで、どういう魔法陣にするかの選定だ。
まず、ビットから放つ弾をどうするか。
しかし、相手に張り付かせるようにビットを飛ばすわけで、それなら
あとは、型の組み合わせをどうするかを決め、急場の魔法陣の設計図ができあがった。再生術の内側に槍を仕込み、外側には継続・可動・回転・収奪・藍色の染色型を合わせたものだ。
そこから、俺は早速記述に取り掛かろうとして……一つ気づいた。今の
この魔法がどれほど威力を発揮するかはわからない。しかし、事態が好転するんじゃないかという確信はある。そこで俺は、賭けに出ることにした。
「一度攻撃中止! 反魔法は全解除!」
すると、みんなその命令にすんなり従ってくれた。異論も何もない。このまま続けても……そんな感覚があったのだろうか。
続いて俺は、陸上班に指示を出す。
「これから俺も攻撃に回るから、俺抜きで反魔法を展開してくれ」
「了解」
最初にウィンが返答して反魔法を展開し、それにみんなが続く。反魔法の渦が再度奴の上を覆って傘になる。すると、「上は少し開けるぞ」とのウィンの言葉が。本当に、抜け目がない。
続いて、俺は空中のみんなに言葉を飛ばす。
「こっから俺も攻撃に参加する! みんなは、今まで通り射撃を!」
「よっしゃ、撃ちながら見物するぜ!」
ノリがいい隊員の一声を皮切りに、再度
こうして反魔法を再展開したものの、瘴気が溢れ出す感じはない。これまでとほぼ同様の状態にできた。
違うのは、俺がフリーになったってことだ。こっから、どうにかしてみせる。
俺は
やがて、遅くなった時間の中でも、そうハッキリわかるほどの速さで魔法陣は回転を始めた。回転に合わせ、中心が何回か輝いていたけど、おそらくは注ぎ込んだマナを回転用と槍の再生で折半したんだろう。
これなら大丈夫、そう思って異刻を解いた。すると、俺の前で作られた藍色の円盤は、ヘリのローターみたいに凶猛な回転をしていた。後ろからは、「これなら大丈夫です」という、やや震えた声が。
そうしてでき上がった円盤を、俺は奴の元へ動かしていく。さすがに、中にCランク魔法を仕込んだ上、その周囲にいくつも型を合わせただけのことはあって、大変重い。それでも、動かせないという程じゃない。
そして、瘴気を吸い込める程度の間合いに、ビットが侵入した。その瞬間、ズシンという重低音とともに、地面が僅かに揺れる。前方の俺の魔法陣からは、一瞬だけ藍色の槍が放たれたのが見えた。
魔法陣は、たぶんうまく機能している。ただ、瘴気を吸い込み始めた間合いに入ると、より一層魔法陣を重く感じる。それをどうにかして動かす。頭の中のイメージを動かしているはずなのに、俺はいつの間にか両腕を前に突き出し、ハンドルを握るようになっていた。
やがて、魔法陣は奴の直上を取り……藍色の槍が奴の巨体を刺し貫き、地面を揺るがす。それと同時に濃厚な瘴気が溢れ出し、それを吸って第二第三の槍が……。
そこから、ドリルとパイルバンカーを足し合わせたような、凶悪な突きのラッシュが始まった。地面の揺れと、両腕の腕がリンクする。腹に響く重低音も合わせ、まさに工事現場にいるような気分になってくる。
そんな今回の魔法陣の組み合わせは、制御に苦労させられるものの、奴に対して著効だった。ろくに身動きしないから、最低限張り付かせるだけでよく、可動型と槍の組み合わせがうまく機能する。それに、溢れ出す瘴気は、次なる攻撃の供給源にもなった。
しかし、槍の攻撃一発で吐き出させる瘴気と、その一発のために消費する瘴気が釣り合っていないようだ。徐々に使い切れない瘴気が溜まって濃くなっていく。
すると、ラックスが鋭い声で指示を飛ばした。
「反魔法を傾けて展開している隊員は、水平に寄せて上を重点的に覆って! 二つ重ねあわせるぐらいでもいいから!」
「そういうことなら……みんなは動かした後定位置で固定してくれ。俺は濃くなった部分を拭うように動かす」
ラックスに続き、ウィンが発言して作戦の方針が修正された。奴の上側に反魔法の渦を重点的に重ね合わせる。その中で、ウィンの渦は遊撃みたいに動く。
そして、空戦部隊は相変わらずの技量の冴えを見せた。直上からの攻撃は吸われるだけと見るや、こちらからの指示を待たずに高度を落とす。それから、彼らは奴と反魔法の屋根の間に、矢を滑り込ませた。その射撃で生じた瘴気が、またも俺の魔法陣に吸われて槍が再装填され……。
攻勢を整えてから十分ぐらい経っただろうか。両腕の感覚がバカになりかけている。
しかし、奴の巨体はもっと悲惨なことになっている。次第に体表を亀裂が覆いはじめ、その間から赤紫の光が染み出してきている。最後が近い。
そして、その時がやってきた。全身の腐肉が滴り落ち始め、全身の亀裂から赤紫の泥みたいな粘液が溢れ出し……それら一切合財が、藍色の槍で消失していく。
最後に、奴は断末魔を発した――のだと思う。激しい杭打ちの重低音にかき消され、ほんのかすかにそんなのが聞こえた気がする。
もはや、あの巨体はない。ただ、その残り香みたいな瘴気だけが場に留まり、それも槍か渦の素材になって消えていく。余韻もクソもない。なんかもう、蹂躙したって感じだ。
あの巨体を始末したのを確認し、俺は槍の魔法陣を解いた。次いで、吸うべき瘴気を全て処理した反魔法の渦が、一つ、また一つと消えていく。
そうして戦場がキレイになると、空と陸から歓声が湧いた。
やっと終わった。そう思うと、急に体の力が抜けていく。片膝を付いてしまった俺に、みんなの視線が突き刺さる。「大丈夫?」と尋ねてくるラックスに、俺はどうにか笑顔を作って言葉を返した。
「いや、やっと終わったなぁって……そう思ったら、疲れてさ」
「……”やっと”っていうのは、ちょっと誤りかも。あなたのおかげで、ものすごく短縮できたんだから」
「……ああ、そっか。いや、でも長く感じたんだよ」
「まぁ、ね。みんな、そうだと思うよ」
そう言って彼女は、立ち上がろうとする俺に手を差し伸べてきた。少しだけ迷ったものの、この子の前で一人意地張ってもなぁ……とは思う。素直に手を取って立ち上がる。
ひとまずの勝利に、俺たちは確かな達成感を覚えた。これから門を開けてもらわなければならないわけで、まだ課題はあるものの、勝利は勝利だ。
一方、城壁の上は静まり返っている。唖然としているのだろう。「彼らに見せつけてやろう」という意図はあった。後は、どうにか意思疎通できれば……。
すると、ラックスがクリスさんに声をかけた。
「向こうに戦利品が転がっていますから、ご自由にお使いください」
「……ええ。後は、私が」
「お願いします」
ラックスとのやり取りを終え、クリスさんは前に歩き出した。しかし、何歩か進んだ後、彼女はその場で急に立ち止まり、俺たちに向き直って深々と頭を下げた。それを、少しよそよそしく感じる自分がいる。
それからまた、彼女は門へと向き直って歩いていった。上の兵からの反応はない。奇妙なくらいに場は静まり返っている。工事現場もかくやという、先程の騒々しさとは打って変わっての静寂だ。
そんな中、場の視線は彼女一人に注がれている。そうして一人歩き続ける彼女の背を見て、俺はアイリスさんのことを思い出した。目の森の前で、一人立ち尽くしていた彼女のことを。
門の前で立ち止まったクリスさんは、そこで屈んでからまた立ち上がり、右手を高らかに掲げてみせた。その手には、金色に輝く
そして、彼女は俺たちにも聞こえるくらい、朗々とした声を張り上げた。
「ハーリッシュ子爵家が一子、クリスティーナより、この正門を守る城兵の皆々にお願い申し上げる!」
返答はない。しかし、動揺は見て取れる。敗残し、”敵”に下った将官とは思えないほどの堂々とした態度に、彼らは気圧されているようだ。
そして、クリスさんは彼らからの反応を待たず、言葉を続けていく。
「すでに市街には魔人の手が及んでいると聞いた! その魔人たちを討つため、この正門を開けてほしい!」
「だ、黙れ! 降った将の身でありながら、ぬけぬけと! そうやって我々を騙し、この街を旧き支配者の元に捧げようというのだろう!」
「ならば、このまま魔人の好きにさせよというのか!?」
上からの非難にも一切臆さず、クリスさんは正面から言い放つ。その言葉に、門を預かる指揮官らしき方は押し黙った。なおも、クリスさんの叫びは続く。
「このような事態を招いた時点で、私たちはもう負けているんだ! それを認めろ! さもなくば、君たちが振り上げた剣の下で街は焼かれ、親しき者たちが骸を晒すことになるぞ!」
「お前たちがそうしようというのだろうと言っている!」
「その虚妄こそが敵だ! 初めて剣を取ったときのことを思い出せ! 殺すことよりも、守ることを目指したはずだ! それが、何も救えないままでいいのか!? 私は……私は、そんなの嫌なんだ!」
クリスさんの叫びは、力強く、それでいて悲しい響きもあった。熱くたぎってこみ上げる感じと同時に、胸が締め付けられる感覚もある。
城壁の上の兵も、彼女の叫びに心を動かされているようだった。やりとりが途切れると、どよめきが辺りを満たした。それでも、指揮官は頑として譲ろうとしない。
すると、指揮官の傍らにいる兵が、剣を高く振り上げた。その剣が誰を斬ろうというのか、この場の誰にも明らかであるように思われた。上空から、隊員の子の「やめて!」という悲鳴が、城壁の上からは怒声が飛び交う。
そして……振り上げた剣に注目が集まってからすぐ、青い矢がその刃を撃ち、剣を構えた彼はそれを取り落した。
矢を放ったのは、ウィンだった。彼は右腕を城壁の上にかざしながら、若干のいらだちを込めて大声を上げる。
「そういうの止めろって言ってるだろ。ありがた迷惑だ、バカ」
口調こそつっけんどんだけど、彼なりにクリスさんの気持ちを汲んだ上での言動なのだろう。敵味方がぐちゃぐちゃになってしまう前に、彼の一矢が釘を差した。剣を振りかざしていた兵は、周囲に取り押さえられたものの、彼自身も取り押さえる兵も、すごくうなだれている。
それから静かになって、俺は後方から近づいてくる集団の足音に気づいた。そちらを向くと、統一軍の包囲の間を駆け抜けてくる、一つの軍勢が見えた。
集団の先頭には、フィルさんがいる。それに、こちらへ駆けてくる軍勢に、殺気立った感じはない。あちらはあちらで、うまくやり遂げたのだろう。直に会うまで完全に安心はできないけど、俺はホッと胸をなでおろした。
城壁の守備兵も、今や近づいてくる友軍に気を取られているようだ。
ただ問題は、それでも彼らが門を開けるかどうかだ。
やがて、例の集団は言葉を交わせる程度の間合いに入った。しかし、彼らの中に剣に手をかける者、あるいは魔法を撃たんとして構える者はいない。
そんな彼らの先頭にいるのは二人。片方はフィルさんで、彼は門の前が綺麗サッパリ片付いているのを認めると、目を見開いた。そして、俺に感極まったような顔を向け、頭を下げてくる。それが嬉しくもあって、照れくさくもある。
集団の先頭に立つもう一人は、壮年の男性だ。他よりも少し豪華というか立派な装いをしていて、それに見劣りしない風格を漂わせてもいる。おそらくは、あの軍勢の指揮官なのだろう。
そんな偉丈夫は、門の周囲に視線を巡らせた後、”敵兵”であるはずの俺たちに向かって一礼をした。その礼に、こみ上げるものがある。
礼の後、彼は門の前へ、一人で堂々と歩き出した。そして、その場の誰にも聞こえるよう、聞き逃すことがないよう、大きく少しゆっくりとした口調で声を発した。
「私はウォレス伯フランシスだ。市街に敵が入り込んでいるとの報を受け、救援に参った次第だ。門を開けられよ」
「し、しかし閣下! 敵と仰せになるのであれば、その者共を……」
「そう思うのであれば、なぜ撃たなかったのだ?」
ウォレス伯の指摘に、門を預かる指揮官は言葉を返せず黙り込んだ。そんな彼に対し、伯は言葉を続ける。その響きは少し重く、悲壮感に満ちていた。
「我々にとって唯一絶対の敵は、今や魔人しかいないのだ。我らの間にあった戦は、すでに決している。そのことは夜明けとともに明らかになるであろう。そして我々貴族は、正しき君主より、然るべき処罰を受けることになるだろう。だがその前に、最後の忠節を果たさせてはもらえまいか」
伯の言葉が終わると、城門の上は静まり返った。ただただ、悲しい空気だけが漂う。
そして、門の指揮官は声を震わせながら、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「閣下、恥ずかしながら申し上げます! 城壁から地面に至るまでの通路は、いずれも破壊されており、復旧には時間を要します! おそらく、他の門も同様でございましょう! だからこそ、我々にはここしかありませんでした! ただこの門を守り、通過せんとする者を阻むことしか、我々には!」
「閉ざすばかりが門でもあるまい! 信に値する者かどうか、ただその目で見極めよ! 任されたと自負するからには、その任を果たしてみせよ!」
それから少しして――「開門!」という絶叫とともに、閉ざされていた門が口を開いた。
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