第388話 「クリーガ攻防戦⑥」

 こちらからの攻撃に対し、吹き出す瘴気を反魔法アンチスペルで抑え込みつつ、攻勢を加え続けて数分。奴に目立った変化はない。依然として禍々しい巨体は健在であり、門を通すまいと、どっしり構えていやがる。

 一方、こちらの防衛策は完璧だった――うまく行き過ぎていると言ってもいい。上に吹き出させた瘴気を吸い続け、奴を覆う藍色の渦の傘は、当初よりも輝きを増している。

 反魔法が効力を発揮しているその弊害で、空中からの射撃は徐々に威力が減衰していった。着弾後に吹き出す瘴気の勢いからも、それは明らかだ。一方、練達の術士3人が操る追光線チェイスレイは、隙間を縫うように奴を襲い続ける。

 しかし、それはあくまで補助的な火力だ。上空からの魔力の矢投射装置ボルトキャスター一斉掃射が、この戦いでは主要な火力だ。それが徐々に効かなくなっているというのは、この戦いが長期化するということを意味している。

 さすがに、この先の流れについて早くも懸念を抱いたらしく、ラックスが俺に真剣な眼差しを向けてくる。


「反魔法を、少しずつ動かして隙間を開ける? 今の吸う勢いなら、多少の隙間もカバーできると思うし、小さな隙間でも、上のみんなはうまく狙って叩き込んでくれると思う」

「……いや、誰がどの反魔法を操ってるか……」


 反魔法を並べていく際、それぞれの担当を把握しないのは失敗だった。やっておけば……そんな後悔のすぐあとに、脳裏でひらめくものがあった。

 しかし、口を開こうとする俺に先駆け、ラックスが考えを述べる。


「反魔法担当は、その反魔法の位置が曖昧でも、展開している向きはわかるでしょ? 一度攻撃を中断して、水平に近い向きの反魔法を一つ、少しずらすようにすれば」

「あ~、そうしよう、了解」


 思いついたのとほとんど同じ案を告げられ、先を越されたという思いと、彼女への信頼の念が入り交じる。それからすぐ、俺は「攻撃中止!」と叫んだ。たちまち、上空からの銃撃と陸からの光線がピタリと止む。

 そして、俺はラックスに向かって言った。


「ちょうど、俺がそういう水平の奴を一つ担当してるから、それを動かすよ」

「うん、お願い」


 ラックスからの返事を受け、俺は念の為に空歩エアロステップで空へ駆け上がった。反魔法4つ展開中での空歩だけど、死にそうなほどのキツさはない。訓練の賜物だろう。

 奴を覆う傘の全容がよく見える高度に達すると、俺は目を閉じ、展開中の反魔法に意識を集中させた。展開中の4つの内、水平に近いもの1つを選び出す。

 それから、俺は薄目を開け、脳裏のイメージと現実を照らし合わせた。薄ぼんやりとした藍色の傘の中、1つの大きなタイルが他よりも輝いて見える。傘の天頂付近……これだ。

 そいつを俺は、イメージと現実の双方で動かしていく。マナを吸わせまくった魔法は、さすがに重いものの、動かせないほどじゃない。少しずつ、蓋をずらすように動かしていって……。

 すると、不意に上空から仲間の声が響いた。


「リーダー! その穴を通せっていう訳だな!?」

「そうだけど、できるか? もう少し開けられるけど……」

「私たちを何だと思ってんの?」


 自信満々に答える仲間に対し、「試しに」と攻撃を合図を送ると、彼らは少し距離を開けてから円形にフォーメーションを組んだ。

 そして、一斉に放たれた彼らの矢は、俺が開けた隙間を通り抜けて奴の背に注がれた。吹き出る瘴気は、問題なく渦が取り込んでいく。

 凄まじい精度の射撃に思わず目を見張り、彼らの方を見て納得した。距離を開けて円になったのは、隙間を抜けた後に射撃を散逸させないためだろう。隙間との距離が開くほど、隙間を抜けた後の着弾点は狭まりやすい。

 ただ、理屈ではわかっていても、それを可能にするのは妙技という他ないけど……思えば、彼らは手頃な獲物がいないからと、空戦の訓練はお互いを相手取ってやっている。だから、図体だけの固定目標を狙うことなんて、なんでも無いんだろう。


 仲間の技量を改めて思い知った俺は、全員に攻撃の再開を指示し、地面に降り立った。少し無理したのか、地に足をつけた瞬間は地面がわずかに傾いた。

 すると、魔法庁の職員さんが「大丈夫ですか?」と心配そうな声をかけてくる。もちろん、追光線をぶっ放しながらだ。そのミスマッチさに妙な気分になりつつも、俺は「大丈夫」と返した。

 次いで、ラックスから「お疲れ様」とねぎらいの声が。


「とりあえず、これで当初の攻勢に戻したけど……どうかな?」

「……いかに腐土竜でも、無尽蔵にマナの蓄えがあるわけじゃない。いずれは倒せると思う。でも……」


 ラックスは言葉を詰まらせた。

 過去に腐土竜を始末した時と比べると、こちらの人数は同等かそれ以下ってぐらいだ。しかも、反魔法で取られている人手もある。

 その一方、今回の作戦では火力の大半を空戦部隊に任せられている。おかげで、回避運動や攻撃に対する瘴気への対応に煩わされることなく、彼らは攻勢を維持できている。時間あたりの攻撃量は、今回の方が上だろう。

 しかし……目に見えて奴を削れているという実感はない。ベターな解答にたどり着いているという感覚はあるものの……もう一手、何かが必要だ。


 へその下辺りからせり上がるような焦燥感で、体中がわずかに震えそうになる。すると、俺たちの後ろで草を踏む音がした。おそらく、誰かがホウキから着地したんだろう。

 振り向くと、やはり軍の偵察の方がいらっしゃった。顔を見る限りでは、良い報告じゃなさそうだ。彼は早速、差し迫った感のある表情で、少し早口に話し始めた。


「ご報告申し上げます! 峡谷側の軍と思しき勢力が、我が方の本陣と南方の陣の中間に差し掛かりました!」

「陣に仕掛ける様子は?」

「今のところはありません」


 口を挟んだラックスに、彼は即座に答えた。しかし、問いかけたラックスの表情は冴えない。やがて、彼女は口を開いた。


「彼らの到着を以って、城壁上の部隊に変化が現れるかもしれない」

「良くない方向で?」

「……うん」


 沈んだ口調で答えた彼女は、ほんの少し間を開けてから考えを述べた。


「友軍の到着に刺激されて、攻撃を仕掛けてくるかもしれない。あの人たちの中で、私たちが敵だという可能性は、まだ濃厚だから。腐土竜だって、私たちがいなくても友軍さえ来れば……そう考えても、不思議じゃない」


 すると、それにフィルさんが口を挟む。


「ならば、私が説得しましょう!」

「ええ、私も説得を! 二手に分かれ、こちらへ向かう軍と城壁上にそれぞれ対応すれば」


 フィルさんの申し出にクリスさんも乗っかる。しかし、ラックスは努めて落ち着いた声音で、しかしハッキリと言った。


「やるタイミングが重要です。距離が詰まり過ぎれば、単なる助命嘆願にしかなりません。その上で、私たちを自由に動かせてくれるとも考えにくいです」

「……では」


 硬い声音で尋ねるフィルさんに、ラックスはわずかに逡巡してから「やるなら今からです」と言った。

 説得を申し出たお二人は、元はと言うと向こう側の人間だ。もっと言えば、向こう側で相応の責任を負っていた方々でもある。

 そんな彼らは、今や敗戦してこちらに下った身であり――これから、かつての友軍に対して説得に向かおうという。俺たちが話しかけるよりはマシだろうけど、命の保証なんて無い役目だ。

 しかし、フィルさんは迷いなく「行ってまいります」と言った。すると、偵察係の方が彼に話しかける。


「では、私がお運びいたします」

「ですが、あなたも危険な目に」

「速い方が良いのでは?」


 すでに覚悟が決まった方へ投げかける言葉もなく、フィルさんは最後の追光線を放った後、偵察係の方に深く頭を下げた。そして、俺たちに向かって大きな声で話しかけてくる。


「では、行ってまいります!」

「……どうか、ご無事で!」


 俺からの言葉に、彼は柔らかな笑みを返し、そして二人乗りのホウキは空へと舞い上がった。


 見送りが済んでから、俺は腐土竜に向き直った。ああして、危険な役目を買って出ていただいたんだ。こっちはこっちで、どうにか成果を挙げなければ。

 そこで俺は、ラックスに尋ねた。


「アレを倒せば、説得材料になる?」

「おそらくね。実力と志を確かに示せると思う。後は向こう次第だと思うけど……」


 つまり、アレを始末できれば、話は割とシンプルにできるだろうってことだ。

 問題は、どうやってぶっ倒すかだ。空中からの射撃班は、相変わらず反魔法の渦の隙間を狙い撃ってくれている。しかし、それだけじゃ時間がかかる。さきほどの報告を踏まえると、ここまで峡谷の軍が到着するのに20分あるかどうかってところだ。それまで、どうにかできないだろうか?

 陸上部隊からも攻撃するという案もある。しかし、吹き出た瘴気の対応に手間取れば、かえって攻撃の機会が損なわれるだろう。瘴気が問題にならない態勢を構築できているからこそ、上から安定して攻撃を加え続けていられる。

 反魔法を維持しながら、俺は奴を睨みつけた。そして、反魔法を貼り合わせた傘の下をくぐり、奴を上から襲う光線を見て、背筋を何かが走った。


――傘の下に、攻撃用の魔法陣を仕込めないか?

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