第387話 「クリーガ攻防戦⑤」

 俺たちは陣地から駆け出し、クリーガ正門へ向かった。距離的に十分弱ってところか。到着する前に、どうにか作戦を定めなければならない。

 そうして考えを練ろうとしたところ、仲間の一人が声を上げた。


「今回、出ようぜって言いだしたの、ウィンだよな?」

「ああ」

「何か理由でも? 別になんでもいいけどよ~」


 純粋に興味から聞いたのだろう。俺も実は気になる。すると、ウィンはほとんど間を置かずに話し始めた。


「追い返した軍が、こっち向かってるって話だろ」

「ああ」

「で、目の前の故郷が魔人や魔獣に襲われてるってわけだ」

「ああ」

「で、正門前にバケモノみたいなのがいて……冷静に止まれると思うか?」

「……まぁ、微妙だよな」


 もしかしたら、この先あり得るかもしれない筋書きに、みんな口を閉ざした。そんな中、ウィンは普段の調子で言葉を続ける。


「見殺しにしたんじゃ、寝覚め悪いだろ。そちらのお二人にも悪いし……ハリーたちにもな」

「へぇ~!」


 周囲からは、少しからかうような声が飛ぶ。でもまぁ、ウィンは表に出さないだけで、結構仲間思いなところはある。いつも冷淡で、口を開けば少し辛辣なところもあるから、割と損してるとは思うけど。

 そうやって仲間たちが囃し立てる中、クリスティーナ嬢が口を開いた。


「本当に、こんなことにつき合わせてしまって……」

「……戦った相手が、こうもしおらしくなると、気分がいいですね」

「なっ!」


 振り向いてみると、ウィンはとびっきり悪い笑顔をしている。片や煽られた彼女は、頬を紅潮させている。

 ただ、こんなやり取りのおかげで、雰囲気はほぐれたかと思う。あんまりシリアスになりすぎると、まるで玉砕みたいな気分になる。それよりは、こういう空気のほうが好ましい。


 とはいえ、どうやって戦うかはさっさと考えなければ。タンカを切った手前、すごすご引き下がったんでは、将軍閣下に申し訳ない。

 そこでまず、俺は過去に戦ったときのことを思い出し、その情報の共有を行うところから始めた。


「昔戦ったときは、殿下の魔法で奴の弱点を探し出し、そこを集中的に撃っていた。弱点以外を狙うと、勢いよく瘴気が吹き出し、奴の周りの瘴気が濃くなると、その場で羽ばたいて瘴気を飛ばしてくるから危険なんだ」

「しかし、今回はその弱点狙いができないってわけか……」

「そうなる」


 仲間の発言を肯定すると、ラックスが落ち着いた口調で言葉を続けた。


「門と大きさを比べてみると、もしかするとあの時よりは少し小さいかもしれない」

「そう、ハッキリわかるわけでもないよな?」

「うん。普通にやると、やっぱり数時間はかかると思う」


 状況の把握を進めるにつれ、場の空気がどんどん引き締まっていく。しかし、何か道筋はあるはずだ。


「あの時と比べて、俺たちが変わったことは?」

「色々ありすぎて……」


 俺の問いにラックスが即座に応じると、一緒に走る仲間たちは含み笑いを漏らした。本当に、色々あったからなぁ。

 それからすぐ、ラックスは、これまでの軌跡をなぞるように続けた。


「まず、ホウキと魔力の矢投射装置ボルトキャスター。でも、腐土竜モールドラゴンには微妙かな。使えそうなのは反魔法アンチスペルだけど……」

「なぁ、教授。弱点とか無視して、瘴気を吐き出させるのはどうだ? 瘴気も結局はマナだろう。だったら、いけるはずだ」


 ウィンの提案に、一瞬だけ場が静まり返り、それからすぐざわつき始めた。行けるんじゃないか、そんな空気が漂う。

 そこで俺は、彼の提言に対し、口に出しながら検討を始めた。


「弱点を狙っていたのは、瘴気が濃くなるとこちらが危ないからだ。それを吸い取ってやれるのなら、弱点にこだわる必要がなくなるかもしれない。それに、こちらの攻撃で狙いを定める必要もないから、その分回避に意識を寄せられる?」

「反魔法を出しっぱなしにするのもいいかもね。吸わせ続けるほどに、反魔法の吸収力が高まるから。それに、腐土竜の動きは遅いから、張り付かせるのは容易だと思う」


 話がまとまってきた。どれぐらい時間がかかるかわからないけど、これが俺たちの一番の解法って感じがする。頭の中で作戦を詰め、俺はみんなに向かって声を上げた。


「反魔法を使える隊員は、全員陸から応戦! 使えない隊員は、ホウキと銃で上から狙ってくれ! アレは空には対応できないだろうし、狙われても空なら避けやすいと思う」


 特に異論は飛んでこない。しかし、そこで俺は、はたと気づいた。フィリップ卿とクリスティーナ嬢には、どうしていただこうか?

 考えを巡らせた末、俺はお二人に告げた。


「お二人は、城壁の上に気を配っていただければと思います。彼らにとって、我々はまだ敵だと思いますから」

「では、威嚇を?」

「必要であれば。ただ、こちらに危害を加える様子がなければ、腐土竜への攻撃を」

「攻撃のための魔法の選択は?」

「そうそう! あのときはボルトだけでやってたけど、火砲カノンは使わない?」


 隊員の子の指摘を受け、俺は頭の中で色々シミュレートした。徐々に、あの巨体へ近づいている。あまり時間はない。


「火砲はやめよう。爆発の勢いで瘴気が散りすぎる可能性がある。城壁の上の兵も心配だ」

「わかった、そっちも気遣えってね」

「うん。今後のことを考えると、アレを俺たちで倒して、あの人たちの信を得たいしさ」


 みんな、俺の発言には納得してくれた。アレをぶっ倒しても、門を開けてもらえるかどうかは別問題だ。だから、可能な限り、向こうにも納得できる状況を作って提示したい。


 そして、いよいよその間合いに入った。最後の景気づけに、俺はみんなへ号令を飛ばす。


「よし、俺達の手で、あのバケモノを”なかったことに”してやろう!」

「了解!」


 頼もしき隊員たちの返答の後、まずは空戦要員が空へと上がっていく。

 彼らには城壁からの射撃に注意してもらうよう告げたものの、こちらへ矢が飛ぶことはなかった。様子見といったところだ。城壁から身を乗り出すようにして、門の前の怪物に注視する人もいる。すでにあちらから攻撃を加えたものの、目立った効果がなく、今は静観に徹しているようだ。

 そうして”敵兵”からの視線が注がれる中、俺たちは共通の敵に対し、少し幅の狭い扇型に広がった。

 まずは、反魔法の展開を行う。普段は使い切りの単発型で作るところ、今回は継続・稼働・回転・収奪・殻の追記の各型を使う。さらに、色は藍色に染める。赤紫に近づけるほうが、吸収効率が高まるからだ。

 これらの反魔法の渦を、腐土竜の周囲へと展開していく。 しかし、各員一個ずつでは、奴の巨体を包むには及ばない。さっそく「どうするよ」と尋ねる声が。


「複数展開できる隊員は、限界よりも1つ減らして展開! それぞれをなるべくくっつけて、腐土竜の上方を覆うように!」

「横があくけど、いいんだな!?」

「考えはある!」

「了解したぜ、隊長!」


 俺の指示通り、みんなが動いてくれる。俺は反魔法の同時展開は5つが限界だ。だから4つ作って、奴の上へと一つずつ運ぶ。

 さすがに、他のみんながそれぞれどれだけ作れるかはわからない。でも、平均すると3つぐらい作ってくれているようだ。ボヤボヤしてると置いてかれるな――そんなのん気なことを思いつつ、頼もしさも確かに感じた。


 そうやって反魔法の傘を展開しているところ、奴も黙ってみているわけではなかった。首周りのある体表の亀裂から、赤紫の輝きが漏れ出し、緩慢な動きでその口を開く。


「ブレスが来るぞ! 首が向いている方の隊員は回避!」


 俺が言うか早いか、すでに草を踏む音が聞こえた。それからまもなく放たれた瘴気のブレスは、誰もいないところを通り抜け、ただ草だけを黒く醜く腐らせた。

 さすがに、みんな動きが機敏だ。ここまで無茶な作戦でも、いのちだいじに駆け抜けてきただけはある。目の前の化け物がいかに巨大でも、負けているという感じはまったくない。

 やがて、反魔法の展開が終わると、俺は大声で作戦を飛ばした。


「空戦部隊は、反魔法の傘の上から一発ずつ射撃! 矢がいくらか吸われるけど、気にしなくていい! 渦を育てるのも重要だから!」


 俺の指示を受け、それぞれの返答が空から響くと、奴の巨体に矢が降り注ぎ始めた。反魔法を通過しても、威力はそこまで減衰していないように見える。そして、矢が着弾したところから、赤紫の煙が吹き出した。その勢いは渦を超え、上に飛び出していく。

 しかし、どこまでも飛んでいくほどじゃない。ある程度吹き出して止まったところ、辺りの空気を貪欲に飲み込むような渦に捕らえられ、最終的には消えてなくなった。上の方からは歓声が湧く。


「よし、空戦部隊は攻撃継続! 陸上部隊は、反魔法の維持と自衛に専念! フィリップ卿とクリスティーナ嬢は……追光線チェイスレイ使えますか?」


 俺が尋ねると、お二人は声を合わせて「もちろん」と言った。


「では、奴の上から注ぐように、光線を放ってください! 今の攻勢でも、瘴気の処理は十分追いつけそうですから!」


 それだけ指示を飛ばすと、お二人が放った二条の光線は、あの巨体を覆う傘の下をくぐってから奴の後背を襲った。反魔法で吸われない、ベストな経路だ。マジで頼りになる。

 そうして光線を間断なく撃ち続けながら、クリスティーナ嬢が俺に話しかけてきた。


「次からは、クリスでいい!」

「えっ?」

「あなた達には、そう呼ばれたい!」

「私も、これからはフィルと呼んでほしい!」

「……了解!」


 貴族の戦友と言葉を交わし、胸の奥底から熱くみなぎるものを、俺は感じた。

 すると、後ろから声をかけられた。振り向くと、近衛部隊に帯同してくださっている魔法庁の職員さんがいる。


「私は、どうしましょう? 反魔法も追光線も使えますが……」

「えっ?」


 いきなりの発言に戸惑ってしまう。すると、彼女はわずかに自信ありげに答えてくる。


「あなた方についていけるようにと、配属された職員ですよ?」

「……そうですね! では、追光線で攻撃を」

「了解、隊長さん!」


 すると、彼女は貴族の二人に負けじと、傘と巨体の間をくぐらせて奴を襲った。

 本当に、誰も彼も頼もしい限りだ。

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