第378話 「クリーガへの道⑤」
統一軍はクリーガへ歩を進めつつ、行軍の最中の軍議で、黒い月の夜への対応を練っていた。
行軍中、街道沿いにあった人がいない町村に関しては、出身者がその場に留まろうとしたのを無理に引き止めはしなかった。そんな彼らが、例の夜において危険にさらされる可能性は無視できない。
そんな中、空中から偵察中の兵が、付近のパトロールにあたっていた冒険者の一団を発見したのは幸いであった。このときの接触により、統一軍はクリーガ領における冒険者ギルドの立ち位置を理解した。
もともと流れ者が多い冒険者ギルドは、国や都市からある程度の距離を置いている。それは現地民が多いクリーガのギルドでも例外ではない。他の支部のありかたに倣って、そうしているわけだ。
そんなクリーガの冒険者ギルドは、今回の内乱において、人間同士の戦いに干渉しない。
しかし、本来は例の夜において魔人・魔獣と戦うべき正規兵が、今は都市防御に専念している。その埋め合わせにと、冒険者が駆り出されているといわけだ。
統一軍にとって、彼らクリーガの冒険者の存在は、まさに渡りに船であった。もとはというと、分断された国を一つの旗の下に収めようと、王都から軍を動かしている。その過程で、領地が焼け野原になるというのは、それがいずれの領地であっても、避けなければならないことであった。
そこで、統一軍はいくらかの物資を供与した上で、ここまで置いてきた帰還兵の情報を冒険者達に与えた。面倒を見てやってくれということである。
また、このときの接触について、統一軍から口止めすることはなかった。知れて困ることでもない――むしろ、住民の感情を思えば、広く知られることに利があるかもしれない。
この接触の後も、数日に一度程度、冒険者側からの情報提供があった。
無論、彼ら冒険者は、この軍がこれからどうしようとしているのかを察している。にも関わらず、例の夜に向け、彼らは統一軍に協力する立場となった。
これは、統一軍を率いる王太子と、彼に連なる側近の善性を信じられたからであり……故郷の味方であると感じられたからだろう。
☆
クリーガへ近づく統一軍が、例の夜への対応を進める一方、王都でも動きがあった。
3月1日10時。王都冒険者ギルド本部の大会議室に、所属する冒険者一同が集合した。今この場にいないのは、何らかの理由で王都から離れているものだけである。
当然、この時期の招集となると、内容は聞くまでもない。話を耳にする前から、多くの冒険者達は緊張に満ちた面持ちでいる。
そんな中、大部屋の前方の議長席に立つウェインは、同僚たちに向かって言った。
「呼び出して悪いな。今回の話は、黒い月の夜に関してだ」
そう言って、彼はまず、確定度の高い情報から話し始めた。
今期、黒い月の夜が訪れるのは、天文院情報では3月13日。いつから始まった予報制度かは知られていないが、記録に残る限りでは今まで外れたことがない。外れても構わないよう、ある程度の備えはあるものの、外れれば人間社会が壊滅しかねないとまで言われる、重要な予報だ。
冒険者ギルドとしては、一週間前から依頼受注を極限まで絞る。緊急性が低いものは受け入れない形だ。そうして、冒険者を王都の中に留め、緊急時に対応できるようにする。
この対応自体は、例年通りではある。しかし、幸か不幸か、今年は内戦下ということもあって商業活動が冷え込んでいる。そのため、依頼の数は少なく、受注を絞ったところで大きな変化はない。
また、予報日1週間前から、王都待機の冒険者は少しずつ睡眠調整を行う。各冒険者ランク内でグループ分けをし、グループごとに睡眠周期をずらす。そうやって、例の日に向けて夜型へシフトさせていくわけだ。
こうした対応は、慣れた冒険者にとっては例年通りのことであった。取り立てて気になることでもない。
しかし、今年は例年とは違う、大きな要素が一つある。
「議長、今年何か、特別な動きがある可能性は?」
「ああ、それな……実は、なんとも言えないんだ」
同僚からの問いに、ウェインは若干申し訳無さそうな表情で答えた。そして、例年とは違うイレギュラーに関する話が始まる。
例年と違うのは、今が内戦状態ということである。十分な守備兵力を残した上で軍が出立しているため、従来どおりの攻撃であれば、問題なく受けられる。
しかし、そうやって冷静に情報を呑み込めるのは、治安維持関係者だけだ。この状況で魔人が出現する、その事実だけでも、民間人は強く恐怖するだろう。
一方、軍を送り出したからと言って、それに乗じて本格的に攻めようとするかというと……。
「王都近辺で大規模な襲撃がある可能性は、かなり低いだろう……ってのが、ギルドと衛兵隊上層部の見解だ」
「何か根拠は?」
「
「突発的に仕掛けてこれる可能性は?」
「んなこと言ったら、なんで俺らはまだ生きてんだ?」
不安から出た疑問を、ウェインが笑いながら退ける。すると、皆も多少は安心したかのように、笑い声で応じた。それから、彼は言葉を続ける。
「連中の転移にも、制約ってのはある。だからこそ、王都襲撃でも国が滅ぼされなかった。好き勝手に動いているようで、連中も工夫や努力はしてるんだろうさ」
「だいぶ歪んだ工夫や努力だけどな」
「いや、まったくだ」
少し軽口が続き、場の空気がほぐれてくる。すると、一人の冒険者がおずおずと手を挙げ、心配そうに言った。
「もし、この内戦に魔人が関わっているのなら……クリーガに相当数入り込んでいて、あちらが危険になるという可能性は?」
「あー……俺たちじゃ、それはどうしようもないな」
室内に重い空気がのしかかる。そんな中、ウェインは「せめて、祈っておこうか」と言った。
全体向けの話は以上だ。ウェインが閉会を告げ、冒険者たちがぞろぞろと部屋を後にする。
そんな中、椅子に座ったまま動かない者が20人ほど。やがて室内が議長と居残り組だけになると、ウェインは身振りで居残り組を前方へ引き寄せた。
居残り組は、近衛部隊の内、先に王都へ帰還した者――つまり、恋人か配偶者持ち――の一部である。彼らにウェインは、静かな口調で話しかけた。
「おま……じゃねえな、あなた方近衛部隊の帰還者について、王太子殿下より我々冒険者ギルドに指揮権が移譲された……正式な書面はないが」
ウェインが後輩に対し、その立場や肩書を考慮した言い回しをすると、後輩たちは笑った。「いつもどおりでいいですよ」とラウルが朗らかに言うと、ウェインは「だよなぁ」と表情を崩す。
しかし、ここからの話自体は真面目なものだ。改めて表情を引き締め、ウェインは話を続ける。
「近衛の帰還者組……なんか名称ほしいんだがそれは置いといて、この集まりは基本的にギルド本体とは独立して行動する。当日はラニーの指揮下で動いてもらう形だ」
「ラナさんが臨時の隊長ってところですか」
サニーの問いに、ウェインはうなずいた。次いでハリーが問いかける。
「この部隊の任務は? 緊急時の即応班ですか?」
「ま、そんなところだな。とりあえず、睡眠調整を頼む。当日は完全な夜型で動けるようにな」
「了解です」
こうして大まかな通達が済むと、ウェインは窓の外に視線をやって、つぶやくように言った。
「あいつら、そろそろ着いたかな?」
「出たのが5日前ですし、もう着いていると思います」
「……ホント、信じられんくらい速くなったよなぁ。俺もホウキを覚えようかな?」
しみじみと話すウェインに、サニーが「結構キツいですよ」と、にこやかに返す。すると、ウェインは妙な圧に一瞬たじろぎ、そんな彼を後輩たちは笑った。
☆
3月2日、空が茜色に染まりかけた頃、後方からちょっとした歓声のようなものが聞こえてきた。
その理由に思い当たるものがある。視線を向けると、やはりホウキに乗った仲間が10人ほど、こちらへ向かってきているところだった。
仲間たちは、それぞれ大荷物を背負っている。背負うだけじゃ足りず、ホウキにも吊り下げているくらいだ。それでもバランスを崩すことなく、彼らは滑らかに空を飛んで、隊列の横に降り立った。
「頭ぁ! お荷物お持ちいたしやしたぜ!」
「何賊だよ!」
まるで山賊だか海賊みたいな口ぶりの戦友に、俺は笑顔で言い返した。
それから、彼より真面目な隊員が歩み出て、肩掛けのカバンから書類を取り出した。「これを」と言って手渡された書類には、物資の内訳が記してある。署名は工廠の各部署のものが。一丸となってやってくれたらしい。
「それ、目次みたいな書類で、本命はこっちに」
書類を渡してくれた彼は、苦笑いしながらカバンを開け、中身を指差した。そちらに入っているのは、数十枚程度の冊子だ。そいつも手渡されると、ちょっとした重みを感じた。
改めて目次側に目をやる。運ばれた物資は、今まで使ってきた魔道具をメンテナンスしたものもあれば、これから必要になるものなどもある。
ここまでお世話になった
そのため、オーバーホールして万全の状態に戻ったものの、次なる攻囲戦では使えないだろうという見通しだ。
こういう改良に関しては、実戦で大勢が使わなければ、中々有用なデータが集まらないんだろう。一緒に行軍した戦友たちが、さっそくそれを手に取って振り回してみると、「しっくりくる」と好評だった。
そして、ここまで運ばれた物資の中に、
輸送部隊を代表して、先程の彼がその件について触れる。
「今後の戦いで、魔人の横槍が入る可能性が高いってことで、念の為にと」
「なるほど」
「……実際、どうなるだろう? 隊長から見て、どうだ?」
即答できず、俺は口をつぐんだ。
そして、一度視線を外して後ろを振り返る。そちらには、ここまで行軍をともにした、統一軍の兵の方々がいる。王都の辺り出身の方も、クリーガ近辺出身の方も。
都市を包囲した後、こっちから積極的に攻めようという話は、今のところ無い。囲んだ上で降伏勧告を出し、対応を迫ろうってのが基本的な方針だ。武力行使は、相手が打って出てからだ。
では、向こう側が城壁を越えて包囲陣を崩しにかかるかというと……かなり微妙なんじゃないかと思う。なにしろ、こちらには同郷の兵がいるんだ。やりづらいことこの上ないだろう。
ただ、どういう兵がクリーガの守りについているのか、それはわからなかった。熱狂に呑まれない、謹厳実直な兵が多いのかもしれない。命令とあらば、同郷だろうとなんだろうと、斬って伏せる兵かもしれない。
しかし、それでも、硬直状態になる可能性は高いんじゃないかと思う。それこそ、例の夜が過ぎ去るまでは。
つまり結局は、両軍が互いに向かって構え続ける中、魔人側が仕掛けるだけの備えと理由、そして覚悟を持っているかどうかだろう。そして、それは、あるんじゃないかと思う。
「使わずに済めばいいんだけど……まぁ、使うんだろうなぁ」
向き直って彼に言うと、彼は力なく微笑んだ。
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