第374話 「クリーガへの道①」

 2月10日、朝。軍本陣を引き払い、俺たちはスーフォンの方々に見送られながら、二つの"国"を隔てる山河へと向かった。

 もともと反政府軍に所属していた者のうち、もはや戦えないようになった者は、とりあえずこちらの町に残して面倒を見ていただく形になった。戦争が終結してから、本格的な処遇について決める。

 残る人数だけでも相当な規模だけど、そこは交通と流通の要所。なんとか世話して見せると、町の代表の方はじめ、商人の方々も大いにやる気を見せていた。その代金が、当面は国庫から払われるから、稼ぎ時というわけでもあるけど。

 そんなスーフォンの人々のたくましさが、戦に敗れた人たちに良い影響を与えればと思う。


 まだ戦える兵については、政府軍に組み込む形になった。

 両国の外交が開かれていないため、このまま攻囲戦になる可能性は高い。そこで無血開城を目指すとなると、数の利を見せつける必要はある。それも、かつて敵だった兵を糾合するという、こちらの徳を示すようにして。

 敗残兵の多くは、かつての友軍に対して剣を向けることに、当然難渋を示した。とはいえ、捕虜として連れていかれ、目の前で故郷が戦火に包まれるのを見たいわけでもない。

 最終的に、殿下や指揮官の説得で、とりあえず形だけでもこちらの味方として同行することとなった。


 ただ、いざ攻囲戦が始まった際、向こうの動きに共鳴するように裏切る可能性を完全には否定できない。

 そこで、クリーガ領内へ進行する先発隊を敗残兵で構成し、殿下に改めて臣従した貴族に統率させる。

 後に続くのは、両軍の混成部隊だ。混ぜる割合2:3ぐらいで、政府軍が多めという感じだ。これなら反乱のリスクをいくらか抑えられる。

 こうして念のための体制を整えたわけだけど、元は敵兵だった人たちは、全体として敵意よりも安堵の方がずっと強いようだった。お互いに無益な殺し合いをしそうになって、それが結局回避されたという経緯があるからだろう。あるいは、戦の熱が引いて、冬の寒さの前に頭が冷えたのかもしれない。

 また、行軍中は過去の所属を超えて会話することを、将軍閣下が大いに奨励なされた。まぁ、クリーガのことを知りすぎると、次の攻囲戦に響くんじゃないかという懸念もあるのは確かだ。それでも、道中の反乱の防止や、戦後の事も考えると、きっと必要なことだろう。


 そうやって、互いに語らいながらってのは、俺たち近衛部隊にも関係のある話だった。

 今回の行軍では、近衛部隊はホウキを使わない。殿下の護衛のためだ。

 そして、殿下の周りは近衛部隊や、政府軍の精兵、将校で固めてある。それに加え、向こうの軍に所属していた貴族の方が、日替わりで一人ってところだ。その一人と、行軍しながらコミュニケーションをとる。


 しかし、敵だった貴族の方がいようがいまいが、俺には少し居心地が悪いというか、緊張して仕方がない行軍だった。

 手口の詳細はともかくとして、俺が殿下とともに一番の会戦を回避したというのは、もう政府軍の上から下まで知れ渡っている。名前もツラも一致される勢いだ。

 だから、行軍中も明らかに見られている。自意識過剰かと思ったけど、たまに「リッツ殿」と話しかけられるから、間違いないだろう。

 そうして一躍時の人になった俺だけど、反政府軍に所属していた人たちに俺のことが知られないよう、配慮はしていただけた。例の魔法をぶっ放したのが俺だと知れると、報復されないとも限らないからだ。

 ただ、そういう配慮が不要な場においては、結構気兼ねなく色々と尋ねられた。



 雪化粧広がる平原を超え、緩やかに連なる山脈のふもとで、一時休憩となった。

 適当な大きさの岩に腰掛け、別にうまくもまずくもない、無感動な糧食を口に突っ込む。すると、同行する武官の方に尋ねられた。


「近衛部隊に関わるようになった経緯など、よろしければお聞かせ願えませんか?」


 尋ねられた方の目はこちらに向いているけど、口が詰まっていて答えられない。殿下はそんな俺を見て苦笑された。

 さすがに少し恥ずかしくなって、俺は手ぶりで仲間に話を振る。すると、ラックスが代わりをしてくれた。


「私は家柄の都合で、殿下とお話しさせていただく機会が度々ありまして……向こうからの宣戦を受け、なるべく血を流さないように終結させたいとのお言葉を承りました」

「それで、どうされました?」

「人間同士の戦争自体が前代未聞ですが、始まった戦をできる限り尻すぼみに終わらせようというのも、通常の軍事行動を逸脱しています。そこで、軍の枠に収まらない特殊な作戦と技能が必要と考え、冒険者仲間に声を掛けました」

「なるほど。あのホウキと、反魔法アンチスペルを使おうということですね」

「はい」


 淀みなく話す彼女の語りに聞き惚れ、ふと思い出した。俺とみんなとでは、この舞台に関わり合う経緯が、微妙に違うんだった。俺は殿下に直談判して、そこからの流れで加わったけど、本流はラックスからの招集にある。

 だったら彼女がリーダーでいいんじゃないかと思わないでもない。でも、もう今更って感じだ。彼女も、なんだか俺を前に立てたいという感じが見受けられるし。

 全体として部隊が結成されるまでの顛末は、彼女が話した通りだ。しかし、それは尋ねられたことに対して半分しか答えていない。個々人が、呼びかけにどうして応えたかが抜けているからだ。尋ねてきた彼が、少し苦笑しながら話しかけてくる。

「プライベートに踏み入るようで恐縮ですが、個人的な事情についてもお聞かせ願えれば……大変興味があります」


 代表として尋ねてきている彼以外にも、同僚の方々は知りたそうに視線を向けてきている。そして、殿下も。

 そこで、一人一人参戦理由を話す流れになったけど、大体みんな同じだった。自分に何かできることがあるなら、血みどろの戦いを止めるために手を尽くしたい、と。

 ただ、みんながみんなそういうわけでもない。この際だからとぶっちゃける奴もいた。モテそうだからとか、いい稼ぎになりそうだったからとか、自分を試したかったからとか。

 俺の理由だって、結局は好きな子のためという一点に集約される。だから、そういう本音に対してどうこう言う筋合いはなかったし、むしろ聞けて嬉しく思った。


 そして、話がウィンに回ってきた。正直、みんな彼の発言を楽しみにしていると思う。仲間内から興味ありげな視線を投げかけられ、彼は苦笑して答えた。


「王都や王室に対し、一方的に悪しざまに言われるのは気に入らなかったですし、世直しのためと称して軍を動かすのもバカげてると感じました。それで、そういう向こうの意気込みを、俺たちの技と策でくじけたら、気分がいいだろうなと」


 彼のこういうところは、割と尊敬する。地位のある方々に囲まれても、堂々とした語り口だ。

 彼の動機に対し、武官の方々は合点がいったようにうなずいていた。川の戦いの報告書を呼んで、彼の人となりがしっくり来たのかも知れない。

 そんな中、一人気落ちする方がいた。ウィンと川でやりあったという、クリスティーナ嬢だ。

 彼女はもう殿下に恭順する意を示し、実際に敵意も害意も感じられない。ただ、彼女に戦いで勝った男が、参戦理由について直言したわけで……思うところがあるのは当然だろう。整った顔立ちが湿気っている。

 そんな彼女の様子に、ウィンも気づいたようだ。そちらに視線を向け、彼は真顔で何回か瞬きした。


「……まぁ、実際に戦う立場の人間は大変だろうと、やり合ってから実感しましたが」


 彼なりのフォローだったのかもしれない。それは目当ての相手にもきちんと届いたようで、少し顔が明るくなった。

 そして、彼の話はそこで終わらなかった。「他にも、この部隊に入った理由があります」と言うと、俺もみんなも体を乗り出した。初耳だからだ。武官の方々に殿下、そしてクリスティーナ嬢も、彼に視線を向ける。

 すると、彼は端的な理由を述べた。


「偉くなりたいんです」

「それってつまり、今後の士官のためとか、そういう立身出世のため?」

「そんなところだ」


 彼の口からそういう理由が飛び出したのは、なんとも変な感じだ。リアリストっぽい理由ではあるけど、同時に彼のことを独立独歩の人間だとも思っている。だから、そういう地位階級を求めるってのが、少し意外に感じられた。

 すると、仲間からも疑問の声が飛ぶ。


「何か、具体的に目指すものってあるのか?」

「それは、私も聞きたいね。今後の参考に」


 殿下が質問に乗ってこられると、ウィンは苦笑いした。「お気遣いありがとうございます」とだけ殿下に伝え、それから彼は、身の上話を始めた。


 彼の父親は、とある地方の軍人で相応の地位にあり、そこの領主である貴族の片腕的存在だったらしい。

 しかし、魔人の軍勢との戦いで大きな怪我を負い、退役。重篤な後遺症が残るほどではなかったものの、その負傷が一つのきっかけになったようだ。

 というのも、彼は、貴族と極めて近い立場で肩を並べていた。その中で、貴族が持つ力に憧れ、同時に平民の力の限界を強く感じたという。そしてその力の差は、自身の負傷で越えられない壁となった。

 彼が特に惹かれていたのが、剣と一緒に魔法を操る、貴族の技だ。生まれ持ったマナの色を、紫へ変えることはできない。しかし、あの技ならば、平民でも修練次第で……。

 そのように考えた彼は、在官中から独自に訓練を積み続けたものの、それが実ることはついになかった。持って生まれた才能の差というのもある。しかし、それだけではなかった。剣を振りながら魔法陣を記述するというのは、長年体に覚え込ませた記述法と、まったく違うからだ。新しい書き方を覚えようとする努力を、もっと深くに沁み込んだ努力が否定するように、彼は感じた。

 そこで、彼は思い至った。最初からそのつもりで――貴族のように、剣と魔法を一緒に行使する、そのための訓練を平民に施せば……。


「……なぁ、ウィン。もしかして、お前の親父さんって」

「お察しのとおりだ。ガキの頃から無理やりやらされてな。しかも、我流と来たもんだ。一応、文献の類は読み漁ったらしいが」


 つまり、果たせなかった自身の夢を、彼の父は我が子に押し付けたというわけだ。彼の才覚には大いに助けられているだけに、その根底にある苦労を知って、複雑な気分になる。


「それで、偉くなりたいって話と、どうつながるんだ?」

「ああ……俺が貴族並みに地位や権力を得たら、クソ親父を臣下にしてやろうと思ってな。そうすれば、アイツも泣いて喜ぶだろうし」


 歪んだ親孝行に聞こえなくもない。しかし……実際は意趣返しだろう。この場の誰もがそう受け取ったようで、しんみりしたような顔はない。敵対勢力に嫌がらせしたら胸がすくとか、そういう話をした彼だから、まぁ当然か。

 ただ、思いも寄らない動機を聞けたのは、なんだか良かった。互いに戦友だとは思っているだろうけど、それでも彼は、少し他人と距離を置く感じがあった。それが、だいぶ縮まった気がする。


 そういうわけで、話それ自体は何かアレだったものの、彼の口から聞けたという満足感があった。みんなも、こころなしか嬉しそうに見える。

 それで……動機語りは残すところ、俺だけになった。


「リーダーはどうなんだ?」

「俺は……みんなとほとんど同じかな。人間同士で戦うのを止めたいって」

「ふーん」


 微妙に納得がいっていない感じだ。おそらく、俺の前にウィンがぶちまけたからだろう。俺にも、そういう隠し玉があるんじゃないかと。

 すると、ラックスが俺の方を向いて言った。


「言っちゃわない? あなたの戦う理由、すごく好きだよ、私」

「ちょっと!」


 みんなの興味に火をつけるような発言に、俺は戸惑った。しかし、彼女の視線にいたずらっぽさはない。むしろ、本心からそう言ったように聞こえる。


「大筋でいいから、ね? いい理由だと思うよ、ホント」

「……わかったよ」


 彼女に促され、俺は頭の中で言葉をまとめながら、話し始めた。


「実を言うと、貴族の友だちを今回の戦場に立たせたくなかったんです。誰かを守るために磨いた技で、人を傷つけることになったら、あんまりだと思って。でも、その子を遠ざけることで、代わりに誰かが傷つけば、きっと気に病むだろうとも思いました。そうなるともう……人じゃなくて戦闘そのものを……ブッ潰すしかないな、と」

「それで、実際にやっちまうんだもんな~」

「まあね。もう少し敬ってくれてもいいんだけどな」

「でも、ウチのリーダーって、そういう感じでもないし……」


 せっかくイイ話した後だってのに、いつもどおり遠慮のない軽口が飛ぶ。

 そんな中、小さくすすり泣く声が聞こえた。そちらに目をやると、クリスティーナ嬢が顔をうつむかせ、体を小さく震わせていた。そんな彼女に、ラックスが優しく寄り添って背をさすっている。

 やがて、泣き止んだ彼女は、俺に顔を向けて言った。


「こんな事を言うのも変かもしれないけど……私たちに勝ったのが、あなたたちで良かった」

「……そうですか」


 俺が言葉を返すと、悪友の一人が「あなたたちの中に、コイツも含まれるんですが」と言いながらウィンを指差した。

 すると、彼女は微妙に顔をひきつらせ、口ごもった。それを見てから、ウィンも微妙な苦笑をしているのを見て、みんなで笑った。

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