第371話 「幕間①」

 今回の戦いにおいては、俺たち近衛部隊の働きで、大規模な両軍衝突を避けることはできた。それは確かな実績だ。

 一方、戦いが終わってからも、やるべきことには事欠かない――というより、決めなければいけないことがいくつもある。

 それは、これからどうするかについてだ。


 大筋では、この会戦で勝利を収めた場合、このままクリーガ領へ侵攻する流れになっている。そこで外交が開けて降伏するならそれでよし、そうならなければ都市を包囲しての攻囲戦となる予定だ。

 とはいえ、そのシナリオは、戦闘後の彼我の損耗度でいくらでも変わりうる。今回は、大変うまくいった部類だろう。政府軍は無傷、反政府軍もほとんどが投降兵として捕虜になった。

 しかし、人死にを避けることができた一方、捕虜やここまで連れてこられた農兵の扱いについては、慎重な対応が必要だ。もう反乱の火は鎮火しているようだけど、何がきっかけに暴発するかはわからない。対応を誤れば、終戦後に悪影響を及ぼす可能性もあるだろう。

 そういうわけで、今後の対応については色々と議論が必要になる。そしてそれは、俺たち近衛部隊についても同様だった。



 戦闘から一夜明けて7日の10時。一時スーフォンの町に戻った俺たちは、歓喜とねぎらいの声に包まれた。

 商人の方々は気兼ねなく本音をぶつけてくる。「ここまでやるとは思わんかった」だの、「話半分に聞いてたぜ~」だの、「リップサービスかと……」だの。

 そういうあけすけな態度で迎えられてたのが、むしろ心地よかった。気が軽くなる感じがある。


 しかし、この町に来たのは凱旋のためだけじゃない。

 町の庁舎へ向かった俺たちは、挨拶もそこそこに会議室へ案内していただいた。そこで、今後どうするかについて話を詰めていく。

 みんなに机とイスを並べてもらってから、俺は真ん中の議長席に着いた。すると、悪友が声をかけてくる。


「別に、寝ててもいいんだぜ」

「並べた机の、真ん中で?」


 俺が言葉を返すと、クスクス含み笑いが聞こえた。「さすがにカッコつかんだろ~」と続けて言うと、彼は「そうだな」といって提案を取り下げた。

 気を取り直し、本題に入る。俺の横にいるラックスが、口を開いた。


「私たちは、名目の上では王太子殿下の護衛ということで結成されてるけど、その真の目的は殿下のご意向を酌んで、両軍の正面衝突を避けることにあった……ここまではいいよね?」


 さすがに、ここで茶化す奴はいない。みんな神妙な面持ちでうなずいた。すると、勘のいい子が声を上げる。


「つまり、建前上はまだやることはあるけど、本来の目的は終わってるってこと?」

「そういうこと」


 ラックスが発言を認め、続けて言った。


「殿下からは、『みんな、よくやってくれた』とのお言葉をいただいてる。『これ以上拘束するつもりはないよ』ってお言葉もね。実際、私もここが一つの区切りかとは思う」


 すると、みんな顔を見合わせてざわつき出した。


「そうは言うが、護衛としての仕事は健在だろ?」

「うん。さすがに、近衛部隊が解体されるってことはないよ。ただ、何割か王都に帰すのは、良いことだと思う」


 ラックスが言葉を返すと、みんな口を閉ざして、続く彼女の話に耳を傾けた。


 別に、俺たちが帰りたいから帰るって話じゃない。詳しい事情は知らないなりに、俺たちの帰還を待つ方々がいる。そんなみなさんには、手紙や声だけじゃなくて、仲間の姿で無事を伝えたい。その仲間の口から、俺たちの無事を伝えてもらいたい……そう思う。

 それに、関係各所への顔出しも必要だ。俺たちがとった作戦とその結果、現場で得た実感などは、遠隔の報告で伝えきれない部分もある。

 さらに、今後の作戦行動においても、一時帰還は重要だ。峡谷も川の方も、将玉コマンドオーブを酷使したから、仮に攻囲戦を決行する流れになった場合、その前にメンテナンスはしておく必要はある。


 これら諸々の理由をラックスが話し終え、会議室は静まり返った。

 あえて軍本陣を離れ、ここで会議を開いたのはこのためだ。一度、俺たちだけでまとまって顔を付き合わせ、お互いのこれからを話し合いたい。

 しかし、すぐ話し合いという感じの空気にはならなかった。どことなく気まずいというか、お互いに顔をうかがい、様子見に入る。ほぼ全員が、辺りに視線を巡らしつつ、複雑な表情をしている。

 帰りたくても、そうとは言い出しづらいんだろうと思う。俺もそうだ。俺の帰還を待つ人はかなりいる。というか、孤児院の子だけで数える指が足りなくなるくらいだ。帰りたい――いや、「帰らないと」という気持ちは、確かにある。


 その一方で、ここで帰って良いのだろうかという思いもある。大一番を超えたものの、まだ終戦には至っていない。当初の目標と責務は果たしたけど、まだまだできることはある。

 それに……仮に俺じゃなくて、”彼女”がこの場にいたのなら、きっと最後まで戦い続けるだろう。戦って戦って生き残って、すべてが終わってから凱旋するんじゃないかと思う。

 殿下や、俺に感謝してくださった将軍閣下、それに兵の方々のために、まだ力添えをしたいという気持ちもある。


 俺は目を閉じ、帰る理由と残る理由を戦わせた。そして、腹が決まり、後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、俺は目を開けた。相変わらず、互いの出方をうかがうような空気が漂い、咳をするのもはばかられるような、妙な緊張感が漂っている。

 すると、ウィンが唐突に話しかけてきた。


「リーダーの一存で、誰を返すか決めたらどうだ?」

「ちょっと横暴じゃないか?」

「いや、それを話し合うきっかけにすればいいだろ」


 それもそうかと思い、俺は誰を返すか考えた。まぁ、名指しは良くない気がするし、何か基準を設けて分ければ……そう思った俺は、みんなに向けて言った。


「恋人がいる者、挙手」

「片思いは?」

「そのまま」


 聞いてきた仲間に目配せし、力なく互いに笑い合う。

 それから、おずおずと手が上がり始めた――意外と多い。6割はいるんじゃないかって勢いだ。というか、こいつら恋人残してここまでやってきたのかと思うと、頼もしいやら申し訳ないやら……どうにも感傷的になってしまう。

 そんな中、ラックスの方を一暼すると、彼女は手を挙げていなかった。まだ本決まりってわけじゃないから、彼女自身はフリーという認識なんだろう。

 それと……ハリーも手を挙げていなかった。何人かがそれに気づくと、若干の驚きとともに彼に視線が釘付けになり、徐々に視線が集まり始める。そんな場の空気に、さすがに彼は少し頬を赤らめ、顔をわずかに下向けた。

 すると、悪友の一人がおどけた調子で尋ねてくる。


「隊長殿、既婚者はいかがなされます?」

「もちろん挙手!」


 すると、かなり照れ臭そうに、ハリーは手を上げた。

 傍目からみると、二人はまだ恋人って感じの空気だけど、彼にとってネリーは妻なんだろう。だから、さっき手を挙げなかったのだろうけど……まぁ、色んな意味で彼らしいと思った。

 それで、予想よりは少し多いものの、それなりにいい塩梅で部隊を分けることはできた。手を挙げた戦友たちに、俺は告げる。


「今手を挙げている者は、一足先に王都へ帰還してほしい。何かあれば、こちらから連絡するから」

「……ちょい待った、リーダー」


 頬を朱に染めながら、手を挙げっぱなしのラウルが尋ねてきた。


「……ああ、そっか。やっぱり、ホウキを飛ばすのはまだ厳しいか?」

「あんまり自信ないな」


 他のみんなは特に大きなケガをしていない中、ラウルは体に何か所も矢傷を負っている。深い傷こそないものの、血を流しすぎて倒れたとのことだ。帰還で無理させて傷が開いては元も子もない。

 そこで、二人乗りのローテーションで、彼を帰そうという話になった。彼はサニーに次ぐ空戦部隊の隊長格だけに、「他人のケツに乗るのは」と少し複雑な面持ちをしていたけど、結局彼は載せてってもらうことに同意した。

 そうして話がまとまった。こういう、独り身かどうかで分けるやり方に、異議は挟まれなかった。帰る方は安堵の中に申し訳なさをにじませ、残る側は帰る仲間に優しい視線を向けた。


 本題が一つ片付き、次の課題に移る。報告書作りだ。昨日3か所で行ったそれぞれの戦闘について、関係各所向けに報告書を上げなければならない。

 特に、工廠にとっては重要な報告書だ。将玉の初実戦だし、ホウキやボルトキャスターについても、ここまで大規模な運用は初めてだからだ。この報告がフィードバックになって、後に控える戦闘にむけた重要な改良につながる可能性はある。

 そう考えると、記憶が新しいうちにやらなければならない仕事だった。


 そこで、会議室内で3班に分かれ、報告書の作成に取り掛かる。峡谷側と、川側と、中央本軍側だ。

 しかし、中央本軍の対応は俺とラックスが担当したものの、ラックスは他のルートの作戦についても深く関わっている。そのため、彼女は全作戦について報告書に目を通す、統括役になった。

 そこで、俺は中央本軍についての報告書を、近衛部隊付きの魔法庁職員とほぼ二人で仕上げる形になった。実際、書くべきことは禁呪がらみ――建物を消失させたアレとか、散弾ビットとか――の割合が多くなるから、魔法庁向けの報告書を上げる感覚に近い。


 そうして取り掛かった報告書作成は、どの班も難航した。

 峡谷側は、やはり心情的に厳しいようだ。あそこだけが、敵だった方々を手ずから埋葬している。人数差を押し返して撤退させたという確かな功績があっても、苦い勝利には違いない。

 しかしそれでも、彼らからは感情に折り合いをつけたような、前向きな意志を感じられた。

 後から聞いた話だけど、彼らが負傷した敵兵を伴って帰還した際、将軍閣下が大いに激励してくださったらしい。つまり、俺みたいに救われたってことだ。


 一方の橋ルートは、単純に情報量で悩んでいた。事前に用意した策、想定されていた敵行動と、それに対応する行動等々……現実に現れなかったものまでカバーしていくと、大変なことになるようだ。

 ただ、その辺りまで抑えて報告書に上げておかないと、単に運が良かっただけと思われかねない……と、みんな考えているらしい。だから、事前の仕込みも含め、可能な限り完全な報告書を目指して頑張っている。

 実際、すごくうまくいった作戦だったから、画竜点睛を欠かないようにってところだろう。


 で、俺はというと……やっぱり、あの魔法をぶっ放した時のことを思い出すのが、少し苦しい。

 昨日兵の方々にお礼をいただいたこともあって、自分の決断を肯定的に受け止められるようにはなった。それでも、自分が放った魔法一つで大勢が苦しんだ……それを思い出すのは、決して快いことではなかった。

 しかし、使った魔法とそのメカニズムだけじゃなく、その効果の記述もなければ、報告書としては不十分だ。それに、受け入れなければならないことでもある。思い出すだけでも額に嫌な汗が浮き出る中、少しずつペンを進める。

 すると、対面する職員さんが、すごく心配そうな顔を向けてきた。


「あの、今日だけで完了させなくても大丈夫ですから。ちょっとずつでも構いませんよ? 記憶が薄れる前にいただければ、それで」

「まぁ、薄れそうにはないですね……」


 目を細くして報告書とペンを見つめながら、何の気なしに答えると、不意に「ごめんなさい」という小さな声が聞こえた。そちらに視線を向けると、彼女が謝意もあらわに気落ちした様子で身を縮めている。

 そこで、自分の返答が少しつっけんどんだったように感じた。そのつもりはなかったけど、皮肉みたいに聞こえたかもしれない。なんか悪いことをしたと思い、俺はペンを一度置いて伸びをした。

 それから、「一緒にどーですか」と言ってみたところ、彼女も伸びをしてくれた。目を閉じて、本当に目一杯伸びをしている。なんだかかわいらしい人だと思いつつ、俺は少し脇道にそれて雑談を始めた。


「魔法庁って、机仕事が多いですか? 肩が凝ったり、腰が痛くなったりとか」

「部署次第ですね。法務関係は、一番肩が凝るって言われてます」

「でしょうね」


 それからも他愛のない話を交わしつつ、とりあえず報告書の大筋を別紙に描いて考えをまとめていく。

 すると、雑談の切れ目に、彼女は神妙な顔つきで言った。


「あの魔法ですが」

「どうかしましたか?」

「名前は決めてありますか?」

「いえ、特に」


 あの魔法について、名前が必要になるほど使用機会があるとは考えていない。固定目標に対し、時間をかけて準備しなければならないからだ。とてもじゃないけど、魔人との戦いで使えるものじゃない。

 魔獣の群生地とかで使えるかも……とは考えないでもない。ただ、魔獣が多いってことは魔人の勢力圏と考えてもいいわけで、使えるかどうかはやはり微妙だ。それに、準備段階で見られて連中に真似されるのが一番まずい。

 そういった考えを説明すると、彼女は合点がいったようにうなずいた。しかし……。


「報告書の体裁上、何かしらの呼称が必要になるかと」

「ああ、なるほど。確かに、仮にでも何かしらの呼称がないと、文に起こした時に困りますね」

「はい。それに……思うところあるのはお察ししますけど、それでも紛れもない偉業ですから! 堂々と、命名してあげてください」


 そう言って彼女は姿勢を正し、こちらにまっすぐ視線を向けてきた。その目は微妙にキラキラしていて……なんというか、俺の命名を心待ちにしているように見える。

 そこで俺は、腕を組んで思考を巡らせた。あの魔法の書き方、仕組み、イメージ等々……。


「じゃあ、一なる嵐ストーム・ワンってところで……」

「勇壮な名前ですね、そうしましょう!」

「報告書以外で呼ぶ機会はないと思いますけどね。物騒にも程がありますし……」


 苦笑いして言うと、彼女もそれに倣った。それから、そのままの表情で話しかけてくる。


「実は、出立の前に、先輩方からリッツさんについて色々と伺っていまして……」

「何て?」

「……面白い人だけど、関わり合いになると、少し面倒な仕事が増えると」


 言われて俺は、視線を机に落とした。報告書の余白はほとんど手つかずで、俺はただ乾いた笑いしか返せなくなった。

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