第366話 「主戦場②」

 敵主力を沈黙させ、降伏させるために思い至ったのが、大火力による威圧だった。数の利も消し飛ぶような破壊を見せつければ、戦意を喪失させられるんじゃないか? と。

 ただ、そういう大量破壊みたいな魔法は、さすがに教本にはない。加えて、図書館のどんな本を読み漁ってみても、そういう魔法の存在を匂わす記述すら見られなかった。禁呪としての使用記録もない。おそらく、あったとしても魔法庁管轄外の、系外禁呪だろう。


 しかし、魔法の威力を高めるのに、一つの魔法にこだわる必要はないことを、俺は経験で知っていた。王都が襲撃された際、敵の魔人を撃った時の魔力の矢マナボルトが、まさにそれだ。複製術で正確なコピーをいくつも作り、それを一つに重ね合わせて放てば、超高密度な攻撃になる。

 一方で、その手法にはリスクがあるのもわかっていた。重ね合わせる過程で、どうしても継続型・可動型を使わなければならない。そして、継続型を使えば、手を離れた魔法の距離と規模が増すごとに強い負担が襲い掛かる。一つの軍を黙らせる威力を出すためには、おそらく命がいくつあっても足りないだろう。

 とはいえ、一つの魔法にこだわらないというのは、有効な解決策のように感じた。それ以外に、思い当たる策がなかったというのもある。

 そこで、俺はそういう方向性で、打開策の検討を始めた。


 最初にインスピレーションを与えてくれたのが、反魔法アンチスペルだ。相手の魔法を吸わせるほどに、反魔法は威力を増していく。

 ただし、普通は邪魔にならないようにと使い切りで放つ。それに、移動させるのも難しい。だから、反魔法で吸わせ続けること自体は、そこまで有効な手法じゃないというのが、仲間内での見解だ。

 しかし、魔法の威力を高めたい俺にとって、反魔法の性質は重要な気づきを与えてくれた。

 反魔法がマナを吸って膨れ上がるのは、相手の魔法が勝手に向かってきてくれるからだ。反魔法を宙に浮かべただけじゃ、そうはならない。

 そこで到達した考えは、マナを吸わせて強化したい魔法にとって、重要なのはそれそのものではなく、吸われに行く魔法だってことだ。


 道筋は立った。必要になるのは、マナを吸い上げて強くなるボルトと、それにマナを吸われる何かだ。

 マナを吸われる側の、その何かについては、着想の最初に立ち戻ることで解決した。複製術だ。

 今回の用法では、複製術を重ね合わせるのではなく、単に周囲のマナを吸って固定するために用いる。一度、複製術でマナの塊を作り、それを本命に吸収させる。つまり、外付けの燃料タンクみたいなものを作ろうというわけだ。

 また、複製によってできあがる成果物は、吸った素材のマナが何色だろうと、俺のマナである青緑に染まる。これは、吸い込む側と色が合致して吸収効率が高まる点でも好都合だった。


 問題は、マナを吸い上げるにあたって、空中はマナが薄いってことだ。複製を展開しようにもスカスカになって、十分な威力は出せないかもしれない。

 しかし、その問題は、複製する対象を立体化することで解決した。複製対象が立体的であれば、複製を展開する方向も立体的になることは、以前にやった実験でわかっている。そうやって、空間を広くくまなく利用することで、密度の不足を補おうというわけだ。


 こういった考えと試行錯誤の末に、俺はある日、試作版を殿下とラックスに披露した。その時の二人の顔の驚きようと、奥からにじみ出るような悲哀の色は忘れられない。

 二人には、この手法の細かな部分については、話していない。広がると危険な知識だと思ったからだ。たとえ伝える相手が、信頼できるあの二人でも。

 一方で、魔法庁には伝えた。俺だけが詳細を知っているというのが、あの二人にいらぬ心配をかけると思ったし、今では俺を信頼してくれている魔法庁へ、誠意を見せたかったからだ。


 それから、あの二人と一緒に、実際の運用について話を詰めていった。

 重要なのは、威力を見せつけるために、人々を一所ひとところに集めることだ。一方で、人死が出ないように、爆心からは距離を置かせたい。

 構えている間に逃げるだろうという予想もあった。しかし理想は、向こうの人々をドーナツ状に並べることだ。

 そこでラックスから、砦の陣地を向こうにわざと取らせようという案が出た。その上で、一番堅牢な建造物を封鎖し、それを標的――すなわち、見せしめにしようと。


 そして、今に至る。



 視界を染める青緑の光に遅れ、地を揺るがす重厚な衝撃音が聞こえてきた。

 それから、光がまだ晴れ上がらない中、馬たちの激しいいななきが続いた。次いで、彼らが暴れるような音と人々の叫び声が響き渡る。


 やがて、光が収まり、下の様子が見えるようになった。

 その有様は、惨状というほかなかった。暴れる馬は、押さえつけようとする人々を薙ぎ倒し、一目散に陣地の外へ駆けていく。

 人々の多くは、その場でうずくまるように倒れ伏している。先んじて仕込んでおいた逃げ水フリーミラージュで爆発の閃光が反射され、それで目をやられたのだと思う。


 陣地外縁部辺りの騒動から、俺は眼下の、爆心地に視線を向けた。

 そこにはもう、あの建物はなかった。

 爆心というのは、正確じゃないかもしれない。使ったのは魔力の矢であって、魔力の火砲マナカノンじゃないからだ。

 着弾点で炸裂した矢は、爆発はしなかった。ただ、凝縮されたマナの威力が、あの建物を吹き飛ばすこと無く、何もなかったかのように消滅させた。今や俺の直下には、不自然なほどにきれいにくりぬかれた、円形の地肌が見える。


 見たこともない破壊を見せつけられ、下は混迷の極みにある。

 しかし、それでもなお、立ち上がる人も少なくない。そんな彼らに、頭上から殿下が言葉で追い打ちをかけられた。


「さあ、君たちの陣の中央に目をやるがいい! それでも戦おうという者よ! 何もない墓の前で、君の家族が膝をつくことになるぞ!」


――追い打ちは、上からだけじゃない。殿下の魔法、天令セレスエディクトの力で、下からも声が責め立ててくる。

 それに……地面一面に鏡を張った今、横を向いても下を向いても、映るのは人の顔ばかりだ。そうして目にする顔の多くは、きっと……。


 殿下の宣告からほどなくして、人々の動きに変化が生じた。陣地内におしとどめようという働きもある中、大勢が外へ向かって動き出す。きっと、正規兵ではない人たちだろう。彼らの一部は壁を越え、外に出た。

 それから、まとまりを欠く人々の流れが、徐々に一つの方向へ集中し始める。そちらは、政府軍による包囲が薄い。そのことに気づいた人々の流れに、別方向の人々が乗じているのだろう。

 もちろん、包囲の穴はわざと開けていただいている。相手の指揮官クラスには罠と映っただろうけど、遁走する人々にとっては唯一の逃げ道だ。一目散に走る人の群れは、少しずつ大きくなっていく。


 この動きは、俺たちの期待通りだった。

 向こうは現在の王政に異を唱え、新たな強い王を立てようという威勢のいい言葉で人々を煽り、軍に参加させたと聞いている。そして、熱狂がまた熱狂を呼び、人の群れがさらに人を呑み込み勢力を拡大したとも。

 つまるところ、農兵まで動員した相手の大勢力は、人の集まりが人を呼び反対意見を封殺する……そういう群集心理に本質がある、そう俺たちは考えた。

 だったら、一度まとまった人数が逃げ出すような状況を作ってやったら、どうなるだろう? 人が寄せ集まっていくのとは逆の、流出する流れを作り出したら?

 それを実現したのが、今の状況だ。


 逃げ出す彼らに、もはや熱意も志もない。もともと、そんなものがあったのかどうかもわからない。巻き込まれただけなのかもしれないし……今もまさにそうなのかもしれない。

 人々を飲み干して肥大化した大軍勢は、少しずつではあるものの、目に見えてやせ細り始めた。逃げ惑う人々は集団の規律をかき乱し、正規兵らしき人々も、ただ立ち尽くして状況を静観しているように感じられた。

 満足に手当てを講じることもできず、眼下の軍勢はとめどなく勢力をすり減らしていく。

 やがて、農兵の列に混じって逃げる、正規兵らしき装いの人々の姿が見え始めた。これだけで完全に崩壊するとは思えないけど、大打撃には間違いない。


 望んだはずの状況だった。これで降伏に応じるかもしれないし、こちらの軍本隊との連携で、そこまで持っていける可能性も高まっている。

 にも関わらず、俺は胸中に苦い感情を覚えた。言語化できない――いや、そうすることをためらってしまう暗いおりのようなものが、心の中で吹き上がって渦を巻く。


 眼下の混迷は、まだ収まらない。怒号が重なり合ってノイズのようにしか聞こえない。

 しかし、人々の流出は徐々に収まっていった。最初期に比べると、軍勢規模は3分の1程度になっただろうか。ここまでやれば、後は交渉と包囲の圧力で……。


 そう思った矢先、妙な動きがあった。下の騒乱の中でも、一際ひときわ鋭い絶叫のような声が響き渡ったかと思うと、数十人規模のまとまった集団が、敵陣地の外へと走り出した。

 そして、彼らが走っていくその向こう側に、包囲の切れ目はない。むしろ、反政府軍が厚く兵を配してさえいる方向だ。

 瞬間、俺は彼らの意図を察し……その後に、すでに動き出している自分に気づいた。全速力でホウキを下方へ向け、彼らが進む先へ自分を運ぶ。

 動き始めてから数瞬遅れて、殿下が鋭く俺を呼ばれる声が聞こえた。


 それでも、俺は、止まれなかった。

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