第354話 「布石」
町長さんとの話の後、俺たちは町に繰り出した。完全に買い物目当ての子もいたけど、多くは単にこちらの方々と話してみたいという感じだった。俺も、その中の一人だ。
商人の方々に色々伺ってみたところ、やはり町長さんと同じように考えられているらしい。つまり、殿下は「勝った方に付けばいい」と仰ったけど、こちらの方々は「勝ってほしい方に付いている」感じだ。
もちろん、軽い気持ちでそう決めたわけじゃないようだ。冗談交じりに、「フットワークが軽いもんで」という方もおられた。後ろで支えていただけるのはありがたいけど、いざとなったら本当に早く逃げてほしいとは思う。
殿下や正統政府を支持する理由は、様々だった。こちらに直接来られたからっていうのは、だいぶ大きいようだけど。今の決断を表すのに、「先約」という言葉を使われたのが、なんとも印象的だった。
日が沈んでからは宿の手配だ。俺たちの部隊は総勢で50名を下らない。そのため、宿をとるにしても、全員をひとまとめにというのは難しい。
そこで、いくらかバラけさせて部屋を取る形になった。町長さんからは「お気に召さなければお申し付けください」とのお言葉はいただいているけど、俺たちの部屋に関していえば特に不満はない。部屋も宿全体も、小ざっぱりとしていて快適だ。肩肘張って、逆に疲れるような装飾もない。
隊員間で不平等が出ないようにと、念のために他の宿や部屋に顔を出しても、さして問題はなさそうだった。
これなら、今後の活動にも不自由しないだろう。
☆
翌日から、戦いに向けての準備が始まった。峡谷と橋、それぞれのルートを封鎖するため、部隊を分けて工作等の下準備を行う。
峡谷側に回る部隊を率いるのは、ハリーだ。彼を中心とした地上部隊を、ラウル率いる空戦部隊が支援する。
こちらのルートでは、
一方の橋ルートはウィンが指揮を執る。また、こちらは将玉のコントロール役としてリムさんがつく。川の中で作ったゴーレムをどうしようかと、議論を重ねていった結果、やはりきちんと動かして橋まで上げようという結論に至った。そのための人員配置だ。
また、全体像を見ながらゴーレムを操作したいため、彼女にはより高い視点にいてもらいたい。そこで、サニーと二人乗りしてもらうことになっている。彼の技量なら、二人乗り中に地上から撃たれても大丈夫だ。実際、模擬戦では誰も当てられなかったし。
峡谷・橋担当とは別に、司令塔となる本営部隊もある。ここには、俺とラックスと、ホウキ乗り中心の予備戦力が配置される。
峡谷や橋の各部隊が、自分たちの戦場に赴いて準備や演習を行う中、俺たち本営部隊にもやるべきことはあった。
☆
1月8日、10時。スーフォンからは結構離れた場所にある砦に、俺たちは降り立った。
ただ、現物を見た感じでは、砦だったものといった方が正しいかもしれない。いつ作られ、遺棄されたかも定かじゃない遺構の多くは、長年の風雨にさらされてかなり劣化している。
そんな建物の群の中心には、石造りの大きな建物が見える。その周囲に、石造の建造物がまばらに立ち並び、外縁部を背が低い石壁が囲っている。壁の内側が、一つの陣地として機能していたのだろう。
陣地の中に立ち入ると、背丈の低い草の下で石を踏む音がした。かつてここを構成していた、あれやこれやの残骸が、今では草の下に散らばっているのだろう。人の営為や歴史の流れというものを思って、もの悲しい気分になる。
みんなも、この遺跡みたいな砦には、寂寥感を覚えたようだ。特に会話がないまま、俺たちは中心部へ進む。
中心部にある建物は、往時には立派なものだったのだろう。壁にところどころ崩落は見られるものの、しっかりと原形を保っている。この陣地の中核と思われる建物を前に、俺たちは集まった。
それから、「じゃ、ここを使えないようにするから」というラックスの声で、作業に取り掛かる。ここまで運んできた資材や、現場に転がる石材などを使って、この建物に立ち入れないよう手を加えていく。
しかし、なんでこんなことをしているのか、やはり疑問はあるようだ。仲間のうちから声が上がる。
「何か考えとかあんのか?」
「うん。軍の本隊とも協議済みなんだけど」
その前置きに、仲間たちはピクンと反応した。これだけでも効き目はあったのだろうけど、彼女は話を進めていく。
おそらく、敵の主戦力は低めの山々を超えるルートを選択する。その敵主力が、山越えした後に着くのが、この砦跡だ。
それで、進軍の速さを考えると、こちら側政府軍の方が現地入りするのは早い。向こうは数の圧力を発揮するため、新兵や農兵まで動員している。その代償に進軍速度が遅いというのは、諜報部の観測からも確認が取れている。
そうなると、政府軍が先に布陣しているのを、ここに到着した反政府軍が目撃する……そういう流れになる可能性が極めて高い。
「そうなったら、まず間違いなく、ここをベースに布陣するはず。ある程度の壁はあるし、壁が半壊した建物も、物見台にはなるからね」
「それで、いまやってる作業は?」
「さすがに、この陣地全体に罠を仕掛けられないから、ちょっとした嫌がらせ程度にね。でも、こんなのでも不信感は煽れるよ」
「そうかぁ?」
「使えなくするだけなら、
みんな図星だったようで、顔を見合わせてからラックスに向き直る。完全に彼女のペースだ。こういうの、うまいよな~と思いつつ、俺も彼女の語りに耳を傾ける。
「向こうも、ここに入ったらそう思うよ、きっと。明らかに最近、人の手が入った廃墟があって、中に入れないように嫌がらせがされている。単に壊せばいいものを……ってね」
「その気味悪さが、効果を発揮するのか?」
「結局は指揮官次第だけど、意見の違いで現場の統制を乱すことができるかも。それに、勢いだけで立ち上がった人たちを、一度立ち止まらせて迷わせるのは、案外効果的じゃないかな」
「ふ~む」
「……結局は机上の空論で、やらないよりマシ程度の仕掛けだけどね。でも、うまくいけば大きいよ」
彼女の講釈が終わると、みんな合点がいったようだった。ケガをしないように注意しながら、建物に嫌がらせの工作を施していく。
しかし、さすがに寒い。手がかじかんで、徐々に力仕事がツラくなってくる。そこで、壁が崩れた建物の天井を借り、そこで暖を取りながら作業をすることになった。
そうして封鎖作業を進めていくと、鈍い色の空から、ちらちらと白いものが舞い降り始める。
雪は、王都や付近一帯では、少し珍しい。真冬でも、なかなか降らないと聞いている。一方こちらでは、ものすごく積もるほどではないものの、冬になれば普通に降ってくる。町の方がそう教えてくれた。
雪を見ただけで、余計に寒くなった気になってくる。焚火の前で手をすり合わせ、手の感覚を取り戻してから作業へ……そんな流れを繰り返し、昼過ぎにはどうにか作業が完了した。
「これでいいかな」というラックスに、仲間が話しかける。
「うまくいけばいいんだけどな」
「うまくいくよ、きっとね」
俺の横で、彼女はそう言った。どこか遠くを見るような目で、廃墟を見つめながら。
彼女が仲間に説明した、この工作の理由は、あれが全てじゃない。
軍の方に対しては、堅牢な建物を減らすためと話してある。こちらが航空戦力を保有していても、屋根や壁に囲まれていては有効活用できない。そこで、空から圧力を加えて牽制・かく乱を行うための布石に……というわけだ。
しかし、単に空から攻めただけでは、実は分が悪い。さすがに、想定される敵兵の数が多すぎる。人数差がある状態で攻め込んでも、対空砲火を受けて長くは持たない。
だから、この策を実行するなら、警戒が整う前の一回限りでヒット&アウェーを繰り出す形になるだろう。
そういうのが、軍の方々と協議した内容だ。
しかし、軍の方にも伏せてある、俺とラックスと殿下しか知らない策が一つある。
みんなに対する説明で、彼女は相手指揮官の懸念事項を増やすためと言った。そうやって、相手の心を少し攻めてやるんだと。
でも、俺たちの本当の標的は……一般人だ。今まで武器を持ったこともない人たちに、真の狙いがある。
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