第353話 「拠点の町スーフォン」

 軽い打ち合わせの後、俺たちはあらためて町へ歩を進めた。

 この町スーフォンは、王都とクリーガをつなぐ街道の中間にあって、交通の要衝のような役割を果たしている。加えて、前方に山々が連なっているため、山越えに向けて準備をしようという需要もある。

 そういうわけで、この町や近郊に際立った産物・産業があるわけではないけど、人の出入りは多く、商業も盛んだ――それは今も。


 町に足を踏み入れて面食らったのは、今の王都とは裏腹の活況を呈していることだ。状況は間違いなく伝わっているはずなんだけど、それにも関わらず、町には活気がある。

 幅広な大通りには、背の高い木造の建造物が並んでいる。おそらく、旅人や商人向けの宿だろう。街路の左右には露店も所狭しと並び、商人が客を引く声が響く。

 ヤケを起こしたというような、破滅的な熱狂はない。ごくごく自然に、商売を行っている。その有様に、妙な懐かしさと違和感を覚えた。ここだけ、別の時間軸にあるような。


 そんな変な空気に呑まれつつ、俺たちは町の中央へ進んでいった。そこには他よりも立派な石造りの建物があって、町の方に聞いてみたところ、ここに町長さんがいらっしゃるようだ。

 建物の中に立ち入り、受付で来意を告げる。すると、職員さんは跳ね上がるように驚いた。それから、上ずった声で「ご案内します」と言って、俺たちの案内についてくださった。一方で、別の職員さんに声をかけ、町長さんを呼んでくるようにと走らせる。

 そうして案内されたのは、ちょっと広めの部屋だった。無骨で殺風景な石の部屋の中に、木製のテーブルやイスが並んでいる。おそらく、会議室だろう。

 案内してくださった職員さんは、イスが足りないことを詫びてきた。その様が妙に低姿勢で、逆に恐縮してしまう。別にそう長居するわけでもないし、気にしないようにと伝えると、かなり安心された。なんだか、俺たちのことが気難しい団体客みたいに思えてくる。


 そんなやり取りの後、程なくしてやってきたのは、こちらの町長と思しき男性だ。少し白髪交じりで背が低め、威厳よりは親しみで上に立つタイプの方に見える。

 全体として柔和な雰囲気を醸し出されているけど、同時に表情には硬さがあって、緊張されているようでもある。受付の方もそうだったけど、俺たちに対して相当気を遣っているのがわかる。

 その町長さんは「お待ち申し上げておりました」と、大変腰の低いお言葉の後に、俺たちの待遇について話してくださった。

 曰く、宿泊や飲食などの生活費に関しては、こちらの町で持ってくださるようだ。もちろん、常識の範囲内で、だけど。また、必要な物品があれば、当座はこちらで立て替えてくださるとも。

 かなりの好待遇だけど、先発の偵察隊も同等の待遇を受けているそうで、それ自体に大きな驚きはない。

 一方で、どうしてここまでしてくださるのかとか、町の盛況ぶりは気になる。それを知るために、こうして雁首揃えてお邪魔したわけでもある。

 だから俺は、少し無礼と思いつつ、町長さんに話を伺う。


「すみませんが、少々よろしいでしょうか」

「はい、なんなりと」

「なぜ、我々に協力してくださるのでしょうか。迷惑をかける側という自覚はありますが……にも関わらず、ここまでしていただけることに対し、正直なところ疑問があります。施されておきながら不躾かとは思いますが、差し支えなければ、どうか」


 そう言って俺は、頭を下げた。すると、気配で他の連中もそれに倣ったのがわかった。口が少し悪い奴とか、ノリが軽い奴もいるけど、みんな根はこういう……目上への礼儀を重んじる奴らだ。

 俺たちが頭を下げると、町長さんは狼狽したような口調で「お顔を上げてください」と仰った。それから、逡巡した後、急に表情を崩される。


「皆様方のことは、王太子殿下の近衛と聞き及んでおります」

「はい」

「……殿下がこちらにお越しになられた際、王都から遠く離れた地にも関わらず、殿下は大変な礼を以って我々に遇してくださいました。君主たるものの威厳にこそ欠けるかもしれませんが、長く商売を続けるのならば……町の未来を皆で考え、結果として今の私たちがございます」

「……このままですと、こちらに軍が駐留することになりますが、もしかして」

「無論、商売させていただきますよ。接収・徴発はしないとの約定をいただいております。不当なつり上げなどがないよう、私共が目を光らせますので、そちらはご心配なく」


 話し始めの緊張はどこへやら。町長さんの語りは、今や堂々として誇らしげなものだ。

 きっと、今の地位に至るまでは何らかの商売を営んでいたんだろう――いや、今も商人と言った方が正しいか。この状況を、一種の商機と見ているように感じられる。

 町長さんが見せたたくましい商魂に、俺たちは驚いたり、得心がいったり、あるいは気圧されたり……様々な反応を示す中、彼は胸を張るようにして話を締めくくった。


「私共は、このような国の状況を引き起こした前王太子閣下よりも、それを収めようとなされる今の王太子殿下に理を感じ、支持する者でございます」



 町長さんとの話が終わり、俺たちは庁舎を出た。

 思い返せば、彼の不思議なバイタリティのようなものに圧される形になってしまった。歓待を受けるようだから、問題ないだろうとは思うけど、部隊の代表としてどうかと思わないでもない。

 幸い、その事を追及する奴はいなかった。みんな、こちらの方々の商売っ気や根性に対し、感銘を受けているようだ。

 仲間の一人からは、「殿下の御威光もさすがだよな~」という、心底感心したような声が上がる。それに対し、ラックスは「御威光というより、ご慧眼に打たれたのかもね」と返した。


「ん、なんで?」

「この戦でどちらが勝とうと、ここは確実に要所になるからね。戦に巻き込んで大きく傷つけば、それだけ復興が遅れて、東西の分断も長引く。そのご理解があるから、殿下は……どちらが勝ってもいいように、戦いには関わらず、勝った方に付けって仰ったんじゃないかって」


 人読みや大局観において、俺たちの中で彼女の右に出る奴はいない。今回も、うならされるばかりだ。うなずく連中の納得したような声を受けつつ、彼女は言葉を続ける。


「もちろん、殿下のお考えが完全にそうだったとは断言できないし、町長さんがどのように受け取ったのかも定かじゃないけど……殿下がここの価値を高く見られたのは間違いないと思うし、それが町長さんや町の方々に、十分伝わったんじゃないかなって」

「なるほど……僕はてっきり、殿下はこちらの方々のことを案じられただけかと」


 読みの浅さを恥じ入るように、頭を掻きながらサニーが言った。彼の発言に、他の連中も「俺も俺も」と同意を示す。

 すると、ラックスは微妙に苦笑いしながら言った。


「そういうご配慮もあったと思う……というか、むしろそっちの方が大きかった可能性も……」

「ん? さっきの話は?」

「いや、その……殿下のお心を推し量るなんて、本当に無理だからね?」


 だいぶ自信なさげな態度で彼女は言った。

 実際、俺はサニーと同じことを考えていた。単にこちらの方々に対するご配慮から、町長さんに話を持ちかけられたのかと。

 そうやって話が殿下についてのものに変わりつつある空気の中、ラウルが声を上げた。


「殿下ってさ……なんか、俺たちに対しては妙に……」

「何だ?」

「腰が低いっていうか……訓示のときも、なんだか申し訳無さそうであらせられたしさ」

「そうだな」


 ラウルの疑問に、ハリーも認めた。

 確かに、あの時の訓示は、一種の”お願い”のように感じられた。大上段から放つ勅とか、そんなんじゃない、同じ目線でのものだった。だからこそ、感じ入るものはあったけど、そういう効果を見込んでのポーズには決して思えない。あれが”素”なんじゃないかと思ってしまうぐらいだ。

 ご本人がいないのをいいことに、割と不敬な話題に突入している感じではあるものの、近衛部隊としては無視できない話題だ。ご主君について、周囲に気をつけ声を潜めつつ、しかし話は盛り上がる。

 俺たちの中で、殿下に一番近いのはラックスだ。意見を求められた彼女は、だいぶ尻込みして、言葉を探すような素振りを見せた。


「……なんていうのかな。軍人でも公人でもない相手だと、だいぶ気を遣われている感じは、あると思う」

「へぇ? なんでだろ?」

「そこまでは……お気遣いとは思うけど、気後れのようなものも、感じなくはないし……」


 結局、ご本人不在の中で言葉を交わしても、有る事無い事言い合うだけで謎が深まるばかり。どうして、俺たちみたいなのに対し、殿下はお立場に釣り合わない低姿勢であらせられるのか。まったくわからなかった。

 そんな中、ウィンが俺に話しかけてくる。


「リーダーが殿下にお尋ねしたらどうだ?」

「はぁ?」

「案外、笑って話してくださるかもしれん」


 まぁ、そういう気がしないこともない。ただ、その任は俺じゃなくてラックスでも……と思ったけど、彼女は首を横に振った。


「殿下とそういう話をするなら、リッツの方がいいかなって思う。ご信頼されてると思うし」

「それを言うなら……いや、いいか」


 俺としては、ラックスの方が殿下により近いと思うけど、それでも彼女は俺を推してきた。彼女のことだから、責任逃れというか、面倒を押し付けたってわけじゃないとは思う。まぁ、なんかあるんだろう。わかっているのは、彼女は俺を信頼していて、おそらく殿下もということだ。それだけで十分な気がする。

 俺が役割を引き受けたことで、案の定、隊の悪友どもが囃し立ててくる。


「よっ、隊長!」

「隊長は伯爵閣下だっての!」

「じゃ、なんだ? 代理?」

「リーダーでいいだろ」


 ウィンがそう言うと、みんなそれに同調した。

 しかし、近衛部隊における立場はともかくとして、1つ湧いてきた疑問がある。

 俺は、殿下にとっての何なんだろう。

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