第352話 「決戦の地を前にして」

 1月4日、王都を発ってから二日目。俺たちはホウキを飛ばしてひたすら西へ進んでいる。

 今日の天気は快晴だ。ほのかな陽の温かみも感じられる。それでも風を切って進む冬の空は寒い。

 そんな中で、俺は全身にじんわりと汗をかくような感覚を覚えた。まるで持久走の時みたいに。普段よりも、ホウキを飛ばすのに負荷がある。

 それは、後ろにリムさんを乗せているからだ。


 近衛部隊付きのサポート要員でホウキに乗れない人員の中でも、現場へ先に送りたい人ってのは何人かいる。

 その中の一人がリムさんだ。例の峡谷から小石のサンプルを採集してもらっているとはいえ、現場入りしなければわからないこともある。

 そこで、将玉コマンドオーブが万全の力を発揮できるよう調整するため、こうして俺たちに付き合ってもらってるわけだ。

 リムさんを乗せる係は持ち回りだ。1人に負荷をかけ続けるのは好ましくないし、コミュニケーション的な理由もある――というか、主に女性隊員から「色々お話ししたい」みたいな要望が多く出て、だったらみんなで交代でという話になった。

 飛行中、彼女は文字通りのお荷物になる。それは仕方のないことだし、俺たちは気にしていないけど……ご本人は申し訳なく思っているようだ。「重くないですか」と耳元で囁くように聞かれた時には、少し反応に困った。

 しかし、魔道具や魔法について尋ねると、すぐに話が弾む。おかげで俺は全く退屈しないし、彼女の方もリラックスしてくれているみたいだった。


 そうして色々と話し込んでいると、俺の方から色々聞いていたのが逆転して、彼女に尋ねられた。


「リッツさん、その、背中に背負っている剣は……リーフエッジですよね?」

「ああ、これはなんていうか、お守りみたいなもんです」


 今回、俺は普通の剣を一本腰に吊るしているけど、それとは別にリーフエッジも背負ってきている。

 修練を積まなければ、まともに使えない魔道具だけど、訓練に付き合ってくださったハルトルージュ伯のご協力もあって、どうにか剣として使えるようにはなった。とはいえ、さすがに実戦で使えるほどの技量はまだない。

 それでも持ってきているのは、一種の心の支えとしてだ。俺に剣を教えてくださった伯爵閣下への恩義や、ここまでやってきたという努力への自負、それと……アイリスさんへの憧れとか、そういうのがこの剣にはこもっている。その剣を背負えば、ツラい時も背筋を伸ばして立ち続けられる……そんな気がする。

 まぁ、それはさすがにちょっと言いだしづらいから、リムさんにはある程度端折るけど。


「この剣で訓練してきて、それなりにはなりましたから……目に見える努力の結晶というか、一緒に連れて行くだけでも、やる気が出るんです」

「そういうの、私もわかりますよ。最初に操兵術ゴーレマンシーを覚えた時の、核になる人形は、ずっとお守りとして持ち歩いてますし」


 俺たちがそんな話をしていると、隊員の女の子が注意深く幅寄せしながら、「そーゆーのわかる~!」と話に乗ってきた。


 そこから一気に盛り上がり、みんながお守り自慢を始める。初任給で買ったアクセとか、小さいときに河原で拾った小石とか、師匠のお古の外套とか……。

 しかし、みんなで大いに盛り上がっている中、ハリーとサニーはだいぶ照れ臭そうにしていて、言い淀んでいた。

 理由はわかる。腕に巻いたお守りのことは秘密にしなければならないし……まぁ、心情的なこともあるだろう。二人ともシャイだし。

 彼ら二人に加え、ラウルもお守りを言えずに口ごもった。シャーロットとの仲が進展したのかなと思う。他のみんなも、実に分かりやすい彼ら三人に対しては、もうお察しなんだろう。特に追及することもなく、話が落ち着いていく。

 それぞれのお守りにご利益があればいいんだけど……それは俺たち次第か。



 西へ西へ空を飛んでいき、目に映る風景が日に日に変わっていくにつれ、少しずつ緊張感が高まっていく。

 話が切れないようにと、主に女の子たちが頑張ってくれていたおかげで、変に息苦しい空気にはならなかった。しかし、それでも……確かに近づいているという実感で、ホウキを握る手にも力が入る。


 両軍進発よりも前に、現地一帯を偵察している先行隊からの気になる報告は、今のところない。彼らには深入りさせてないから、遠くのことまではわからない。とりあえず、現地辺りに向こうの手は入っていないと考えていいだろう。

 王都との定時連絡でも、諜報部が妙な動きを掴んだという話はなかった。強いて挙げるなら、向こうの総帥が居城にいるってことだ。

 このこと自体はラックスの見立て通りだ。制空権を掌握されている中、総大将をむざむざ前線に送り出すわけがない。よほど士気や統制に不安があれば別だろうけど……そういうのが目に見てわかる弱点にはなっていないようだ。

 つまり、特に異常なことは、ここまで起きていない。想定通りの流れだ――あえて言えば、俺たちこそが異常因子になっていかなければならないんだろう。



 そうして王都を発って5日目。運命の地の全景が視界に入ってくる。延々と広がる大平原の奥に、連なる山々と大きな川が見える。その山河が天然の境界線に見えた。

 実際、主たる会戦の場になるであろう大平原と、その近傍にある山河は、今や暫定的な国境といった扱いを受けている。それを侵犯して攻め入ろうという敵軍は、もはや敵性国家のそれ同等だ。

 山々のとばりの向こうは、空からでもあまり見通しが効かない。あちらの大軍勢が出動したとはいえ、まだ進発から5日だ。見える位置には達していない。戦いには、まだ遠い。

 それでも、目で見てわかる国境の存在が、俺たちにこれからの戦いを強く意識させた。


 戦場一帯を一望してから、俺たちは地面に降り立った。今から向かうのは、主戦場最寄りの町、スーフォンだ。

 ここには殿下が前もって訪問され、住民に説得――というか、詫び――をされたと聞いている。「巻き込んで済まない。戦いには関わらないでくれ。勝った方に着けばいいから。今から移住するなら、国からその費用を出す」といった感じのことを仰ったそうだ。

 ただ、話はその時の説得では終わらず、その後も色々と交渉があったそうで……結局、この町を中心として、政府軍の陣地を構築するということで話が付いている。


 街へ近づいていくと、仲間の一人が「罠だったりしてな」と言った。しかし、それに対してラックスが割り込む。


「それは、少し考えにくいかな。殿下は相手のウソがわかるって有名だし、ここにも諜報の方が入ってるし……」

「ここに入ってるってのは初耳だぜ」

「殿下が来られる前に、最低限の安全をってことでね。結局はそれも不要だったみたいだけど」


 まぁ、そういう材料があるのなら、安心してもいいのかなとは思う。罠とか言い出した彼も、発言を取り下げた。

 こんなご時世だ。簡単に信じすぎるのが危ないことはわかっている。何しろ、内戦という想定外が起きてしまったんだから。何が起きようと、不思議はない。

 しかし、だからって疑心暗鬼に取りつかれ、信じるべきも信じられなくなったんじゃ、それは愚かなことだろう。ありもしない溝を自分たちで刻み、掘り進めるような愚を犯すわけにはいかない。

 だから、自分たちの目と耳でも確かめたい。


 そこで、誰か代表を立てて、町の代表の方と話そうという流れになり……


「やっぱ、俺か?」

「そりゃーそうだ」


 俺を見ながら、みんなうなずいた。そんな中、ラックスだけは何も言わずに、優しい視線を向けながら苦笑いしている。


「いやまぁ、やるけどさ……他に適任者とかいないかな、念のため」

「こん中で、物怖じしなくて弁が立つのつったら……ウィンとラックスか?」

「ウィンはダメ~、ちょっと毒舌家だし」


 歯に衣着せぬ仲間の評に、彼は「そうだな」と、あっさり認めた。

 一方、名前が出てきたラックスの方はというと……判断をみんなに委ねた。


「リーダーとか参謀なんて肩書より、信頼で選ばれたいしね。今、みんなで考えよ?」

「その信頼の表れが、肩書なんじゃないか?」

「そこで冷静に突っ込まないでよ」


 微妙にトーンダウンした声で、彼女がウィンをたしなめ、みんなで笑う。

 ただ、みんなに再び判断を任せても、結論は変わらなかった。まあ、競合がラックスだと真剣に悩む奴も多かったけど……。


「頑張ってね、リッツ」


 ラックスはそう言って、俺の背中を軽く叩いた。それに悪友どもが無言で続いて、遠慮なくバンバン叩きまくってくる。


「お前らは遠慮しろっての!」

「へーい」

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