第351話 「出撃の日」

 1月3日14時前。俺たち近衛部隊は、今闘技場にいる。

 今日、王都を発って戦場へ向かうけど、その前に訓示がある。そのためにこうして集合しているわけだ。

 俺たちの存在自体が極秘ということもあり、こんな日でもお見送りはいない。今集まっているのは、全員が現地へ行く仲間だ。ホウキ専門の空戦部隊と、反魔法アンチスペルでの陸戦部隊という、実働部隊に加え、サポート要員も結構いる。

 ただ、サポート要員といっても、全員が俺たちにピッタリくっついて移動できるわけじゃない。俺たちはホウキに乗れるから、早めに現地に着いて準備を進める手はずになっている。ホウキに乗らないサポート要員は、軍本隊の行軍について移動し、現地で俺たち先行組と合流するという流れだ。


 工廠の方からは、まずリムさんが参加することになった。将玉コマンドオーブの制御のためだ。

 峡谷ルートの場合は、地面に将玉を置いても機能するだろうけど、橋ルートでは水中に突っ込んでも戦力に加えるのには工夫が必要だ。

 そこで、ウォーレンが手掛けていた外連環エクスブレス試作器と、将玉を組み合わせることになった。もともと操兵術師ゴーレマンサーとしての素養があるリムさんならば、”こんな間に合わせ”の組み合わせでも、群れとしての動きは制御できるとのことだ。

 さすがに、開発期間の短さから、細かな動きの制御まではできなかったそうだ。しかし、王都近くの川で試した結果、水辺から上がらせたり、橋によじ登ったりといった動作までは成功している。だから、川ルートでの機動的な防壁の任はこなせるだろう。

 ただ、いくら操兵術ゴーレマンシーに通じていて、魔導師ランクBのリムさんといっても、結局は非戦闘員だ。そんな彼女を、将玉制御のためとはいえ戦場に立たせることに、抵抗感がないわけではなかった。

 当のご本人は、かなり緊張した面持ちでいる。しかし、目には前向きな感じがあって、頼もしさを感じた。できることなら、彼女がツラい思いをせずにやり過ごせるといいんだけど……。


 他のサポート要員としては、工廠軍装部から数人が、ホウキ等の魔道具の調整やメンテナンスのため同行してくれる。

 もちろん、軍装部は軍の方との関わりが深く、本隊にも帯同する人員が多い。俺たちを支援する人員は、そちらの本隊から独立して動く形になる。

 魔法庁からは数名、禁呪の適正利用の監視という名目で同行する。反魔法を公式に使う、初の実戦だからということもあるだろう。

 しかし、監視というのは、あくまで名目に過ぎないそうだ。実際には、俺たちが後でやらなきゃいけないであろう書類仕事を、前もってサポートしてくれる感じになるらしい。

 それと、近衛部隊の司令部になる、本営の守備戦力の任も買って出てくれた。機動力というか、フットワークの軽さを重視している部隊だから、そこまで危機に陥ることはないだろうけど……何らかの横槍を懸念しているようだ。


 今回は、人間同士の戦いになる。そこに、魔人は干渉するだろうか? そんな疑問が湧いて出て、訓示の前に俺たちは話し合った。

「たぶん、無いんじゃないか」と口火を切ったのはウィンだ。


「魔人が出れば、お互いに手打ちにする口実になるだろ。あっちの首脳陣は置いといて……現場がどう判断するかだな」

「だから、勝手にやり合わせた方がいいって?」

「たぶんな。戦火が届かないところから、見物ぐらいはするかもしれん」


 ウィンの考えには、俺も同意見だ。ここまで国の分断がなされた状況で、共通の敵をあらためて買って出る意味があるかどうか。もし、連中が出る幕があるとすれば……。

 考え込み俺に、ハリーが「何かあるか?」と尋ねてくる。ちょうど、ロクでもないことを思いついたところで、俺は思わず苦笑いしながら答えた。


「大勢が決してからなら、邪魔が入るかもしれないな~ってさ」

「勝ち負けがハッキリしてから、仕掛けてくるって?」

「ああ。勝った方に新しい問題を突きつけられるし、負けた方はすでにどうしようもないし……それに、お互い疲弊しているタイミングになるから、効果も大きいだろ」

「性格悪いなぁ、お前」

「俺がやるんじゃないって」


 そんなやり取りで、互いに乾いた笑いをする。それからまもなく、待っていた方々が姿を表した。ラックスを先頭に、ハルトルージュ伯と殿下が後に続かれる。

 ラックスは、今回の作戦には司令部として参加する。十分現場と言えるものの、それでも実戦の場と距離があることに、彼女は複雑な思いを抱いているようだ。信頼してくれている一方で、心配なものは心配なんだろう。

 伯爵閣下は、さすがに宮中警護という本来の役目を放って出撃することはできない。そのことについては……やはり、心中に割り切れない思いを抱いておられる。身分のある立場で、俺たちの訓練に精力的に付き合ってくださった恩があるから、ご信頼に背くようなことにならなければいいけど……。

 そして殿下は……今回の戦いには、総大将として出撃される。最前線での総司令も務められていた殿下が名ばかりの将帥でなかったことは、軍籍の者は当然として、世にも広く知られている。

 軍神・戦神とまで言われた、向こうのクレストラ”陛下”と比しても、俺たちの殿下は決して格落ちしないだろう。なにしろ、今も確かにご存命であらせられるんだから。

 総大将ということもあって、殿下は軍本隊と共に行動される。その軍本隊は、王都から離れた都市に一時集合して、明日全軍進発だ。そういうわけで、現地につくまで、殿下とは一時的に別行動になる。


 一同勢揃いして、後はお言葉を待つばかり……ところが、殿下はちょっとグダグダな雰囲気を漂わせていらっしゃる。苦笑いして懐から紙を取り出し、殿下は俺たちにそれを広げて見せられた――白紙だ。


「必死で考えたんだけど、まとまらなくて……伯爵から頼むよ」

「わ、私ですか」

「隊長だろう?」

「それは建前上で……」


 しかし、そんなことは殿下も百も承知だ。伯爵閣下は、微妙に苦い顔で目を閉じ、観念したように長いため息をつかれた。俺たちの知らないところ……例えば王城とかでも、きっとこういうやり取りがあるんだろう。なんとなくだけど、そう感じた。

 それから、伯爵閣下――いや、隊長――は、俺たちに顔を向け、仰った。


「私は隊長として、君たちに剣を教えることしかできなかった。自身の身を守り、敵を打ち倒すための剣だ。そうして教えた業が、君たち自身を助け……他の者を救うことを、切に願う」


 隊長訓示は以上だった。俺たち隊員は、ビシっと整列して頭を下げる。それから頭を上げると、隊長は困ったような笑顔になられ、殿下に向かって仰った。


「どうも、私はこういうのが苦手で……他の者に任された方が」

「私はいいと思ったけどね。でも、現場の隊長代理に言わせるのもいいかな」


 隊長代理と言われ、視線が俺とラックスで二分される。実働部隊としては、いつからか俺がそういうリーダー格になっているし、一方でラックスが部隊の頭脳でもある。

 ただ、ラックスはどちらかというと参謀寄りに思われているようだ。彼女が俺に譲るようなジェスチャーで先手をとったこともあり、俺が何か言う流れに一気に傾く。そうして、悪友に背を押されて俺はみんなの前に立った。


「……この内戦に魔人がどう関わっているかは知らんけど、まぁ、俺よりもずっと性格が悪い連中が暗躍しているとは思う。それに、戦場で高みの見物だってするかもしれない。だから、見てる連中が唖然とするような、肩透かしな戦いをしよう。重ならない軍功が、俺たちの勝利だ」


 俺の訓示に対し、目の前の仲間は指笛で囃したり、「まぁまぁ!」「60点!」などと言ってきたりした。

 でもまぁ、こんなもんだろう。緊張はほぐれたようだ。そこで俺が殿下に視線を向けると、殿下は真顔で出し抜けに仰った。


「もう十分じゃないかな。解散しようか?」

「いや、それは……殿下の言葉を聞きたくて、コイツら……失敬、彼らも待っていますので」


 いきなりの殿下の発言に、つい言葉が乱れた俺に、仲間が笑ったりヤジを飛ばしたり。とても、”近衛部隊”とは思えないけど、隊長は温かな笑みを浮かべていらっしゃる。だから、これでいいんだろう。後は、殿下のお言葉をいただければ。

 それから少しして静かになり、みんなの視線が殿下に向く。完全にそういう空気ができ上がってから、殿下は口を開かれた。


「私は、この内戦を、兄弟喧嘩だと思っている。普通の兄弟喧嘩と違うのは、こどもにやらせておけばいいものを、大人が盛り立てて大勢を巻き込んでいることだ。それは……とても醜いことだと思う」


 殿下はそこで言葉を切られ、地面に視線を落とされた。しばしの間、闘技場を沈黙が満たす。雲一つない晴天の下、吹きつける風もなく、まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。

 ややあって、殿下は顔を上げられた。そして、意志の光を湛えた目で俺たちを見据えながら、仰った。


「だから、こんな戦いを終わらせるために、私は兄を倒す。そこに至るまでの道が誰かの血で染まらないよう、どうか力と知恵を貸してほしい」

「……最初から、そのつもりですよ、殿下」


 横からラックスが優しく話しかけると、殿下は一瞬真顔になられてから「中々言葉がうまく出なくて」と、少し恥ずかしそうに仰った。

 そして、再び俺たちに視線を向け……少ししてから地面に目を落とされた。


「……ありがとう」



 1月3日、15時。クリーガ城内の玉座の間。

 玉座につくクレストラは、目の前で形式的にひざまずく白髪の魔人の話を受け、横の側近にそれを振った。

「卿はどう思う?」と問われ、ベーゼルフ侯はわずかに間を置いてから答える。


「一理あるかと」

「私の王威は、戦場に出てこそではないのか?」

「懸念すべき事項は多々ありますので」


 そう答えてから、侯爵はクレストラを城内に留めるべき理由を並べ立てた。

 まず、ホウキという航空戦力があることが大きな懸念材料だ。総大将を空から攻め立てられれば、完全に守り切るのは難しい。

 それに、彼が前線に身をおいたその隙に、旧政府側の王族や側近、精兵がホウキで空中から侵入するという作戦も考えられる。諜報の手が、新政府上層部のかなり深くまで及んでいるということは、侯爵も重々承知している。魔人と手を結んでクレストラを立て、反旗を翻したのと逆のシナリオになる、その下準備ができている可能性は無視できない。


「こちらに陛下が留まられることが、向こう方の持つ見えざる手への牽制となります。兵数の優位こそあれど、機動力は向こうにあります。それに加え……」

「何だ?」

「熱狂で物事を推し進め、立ち止まるのを妨げた代償と申しましょうか……考えるという点においては、向こうに大きな分がございます。状況を作ったのはこちらですが、奇手を打ち得るのは、今や向こう側です」

「強いて挙げるならば、我らも」


 自身の話に滑り込ませるよう発言したグレイに対し、侯爵はわずかに冷たい視線を向けた。

 今回の謁見において、グレイは「陛下は居城にとどまるように」と進言しただけで、魔人側としての目論見はいまだ表明していない。そのことを、クレストラは尋ねた。


「そちらはどう動くつもりだ?」

「人間同士、勝手に戦わせよと」

「私への進言は?」

「私の一存です、陛下」


 毛ほどの敬意も感じさせない口調に、クレストラは呆れたような笑みを浮かべた。それから、彼は二人に問いかける。


「私が居ない戦場に、旧政府の王族が立ったら、そのときはどうなる?」

「どうなる、とは?」

「我が方の兵は、その威光に呑まれるのではないか?」


 至極まっとうな問いかけに対し、側近はわずかに間をおいてから答えた。


「この戦いの原点は、王都にある王室の正当性を否定するものでした。力衰え、民草を導くに足る器は、すでにないと」

「ああ、そうだな」

「陛下の御威光と忠誠が、そのないがしろにした王族の光で上書きされるのなら……それは我らが虚偽で以って国を乱したか、単に我らが不明であったか、向こうで一人の君主が目覚めたか……あるいは、その全てでございましょう」

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